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堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 5

野良さん

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

軍師会

2023-09-01 23:52:50 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:345   閲覧ユーザー数:333

「惜しいな……」

 いすずひめから追加で送られてきた、落城前の堅城の情報を集めた報告書に目を通していた鞍馬の口から呟きが漏れる。

 怪訝そうに主が目を向けて来たのに対し、鞍馬は小さく肩を竦めた。

「堅城の最後の城主殿の報告を見ていてね」

「お前さんが感心するほどの傑物だったか?」

 まぁ、堅城の話と、その城下の繁栄は、山一つ隔てた地に住んでいた自分にも届いていた程。

 そして、そんな風聞だけではなく、実際にこうして式姫と共にいくつもの戦を経験し、人の世の面倒くささと、堅城の威容と防備を目の当たりにした今、あれだけの城を構えつつも、領民から慕われていたというのが、どれ程凄い事だったかは、男には何となくわかる。

「死んだ子の年を数える類の話ではあるが、彼が存命で、同盟の一つも結べたら、我らの負担はかなり軽くなったろうと思ってね」

 そう言いながら、鞍馬は巻紙を軽く手の甲で叩いた。

「元は黒鍬の出だが、都から迎えたという母親は武家、しかも源家の系譜に連なる血筋だったらしいね、そして彼女に付き従ってきた家臣団の手により鍛えられ、最後の当主殿は武士としてもかなりの物だったらしい」

 軍略の才も相当、武芸十八般に関しても、何れにもかなりの力量を示したそうな。 中でも剣技は、家臣の中にも相手出来る者が居なかった程だという。

「そりゃまた大したもんだ、剣一つ扱いきれずにひーひー言ってる俺なんぞとは物が違うな」

 こういう言葉にも、卑下や、相手への嫌味を感じさせない飄然たる空気を纏わせるのは、彼の良いところであろう、淡く微笑みながら、鞍馬は今は亡き城主殿の事績を数え上げるように指を繰った。

「他にも領地の経営、殊に商工の活動の手綱捌きが絶妙だな、自由にさせ過ぎず、だが委縮はさせない……中々出来る事ではないよ」

 締め付けすぎれば活動は停滞し、自由が過ぎれば、その活動は富を追い求める余りに放埓に堕す。

「そして、直接自分の支配が及びにくい山川の民への対応もお手本にして良い物だ、長の存在や集団の規模、移動経路や扱う品や技術の把握はしっかりしていたようだが、過度の干渉はしない、ただ、縄張りが被る鉱山の開発などでは、どうしても対立する事が折々あったようだが、交易権や領内の移動の安全を保障したりする事で、大体は上手く収めている」

「紅葉の仲間の山の民の長もそんなような事を言ってたそうだ、あそこの領主は交渉が出来るから助かってたと」

「あれだけの武力を持ちながら、自分に従おうとしない集団に対し、互いの利益の落し所を探り、平和裏に事を収めるというのは大したものだよ、大本の出自が武家ではないというのも大きかろうが、それでも中々に出来る事じゃない」

 余程に理性と自制の心が強いと見える……が。

「……どうした?」

 若干言い淀んだ鞍馬に、怪訝そうな顔を見せた男に、彼女は自分の考えを消化しかねる様子で首を振った。

「出来が良すぎる」

 それが気に食わない。

「出来が良くて文句言われた日には俺なんぞは……」

 冗談かと思った男が何か軽口を叩こうとしたが、鞍馬の表情が硬いのを見て、表情を改めた。

「どういう事だ?」

「名君が一人出る、これは別に珍しい話では無い、二代続くのも無い話ではない……だが、経営が順調で対外的な脅威も低い国で、五代百数十年も名君、名臣と言って差し支えない集団が続くというのは」

 考えづらい。

「言われてみれば、確かに……」

 大陸や本朝の興亡を眺めていても、名君が作り上げた盤石と思われた大帝国も二代過ぎた頃には崩れ去っていた事例など枚挙に暇がない。

 凡庸な君主、そして暗君と呼ばれる存在、そして国を食いつぶす、奸臣、佞臣などと呼ばれる類の取り巻きは必ず現れ、美味しく実った国を食い潰しにかかる物。

 結局、人間というのは危機に臨まねば、自らを律し、賢明に振舞うのは難しいという事なんだろう……基本的にぐうたら酒飲んで寝ていたい男としては、安定した王朝に寄り掛かって無為の日々を送る類の凡夫の気持ちの方が良く判る。

「そう、だが国を食い潰す類の連中は居たかもしれないが、少なくともこの地では表舞台に出てくる事は無かった……これら事績があの地で正式に編まれた史書の記述なら、その内容の真正性を真っ先に疑いたくなる位の代物」

 それぞれの国で編まれる正史は、当然ながらそれを編纂した者らによる美化や改竄を免れる物ではない、とはいえ隠しきれぬ部分はどうしても出てくる、それら綻びの間から、暗君ぼんくらがひょいと顔を出し、歴史を面白い読み物に変えてしまう。

 正史ですらそうだというのに……これは。

「だが、このいすずひめ君の報告は、外から見た彼らの事績の記録をまとめた物、改竄や過度な美化を施す余地が極めて少ない物だ」

「信憑性は高いって事か……驚き入った連中だな、兜率天で何かやらかしたホトケが苦行に降りてきた生まれ変わりか何かかね?」

 主の軽口に苦笑しながら、鞍馬は首を振った。

「傑出した人々だったのは間違いないが、城主も家臣団も人格者の群れ、そしてそれが数代続いた……と思うのは、少々お目出たかろうね」

 人を作るのは教育と、後は周囲の環境に依る……それは社会という鋳型と言っても良い。 その影響の多寡は兎も角、完全にそれを免れるのは不可能と言っていい。

 従って、人を観れば、その人を作り上げてきた鋳型たる社会そのものを観る事ができる。

 では、堅城の城主やその周辺の人たちの事績から、把握できる彼らの周囲の状態とはどうだったのか?

 社会というのは通常、平穏の中で弛緩していき、弛緩した規律は徐々に綻びを見せる、少なくとも、その兆候位は出て良いだけの期間、この地は安寧を享受していた。

 だが、彼らはそうならなかった……つまり、ここまでの高い士気と規律を長期間保ちえたのは、彼らを弛緩させなかった、まだ鞍馬の目に見えない何か ー恐らくは脅威ー が隠されているのではないか。

 あの不落の堅城の奥に隠された何かが。

「そして、彼らの事績の理解が深まる程に、もう一つの疑問が存在感を増す」

 鞍馬の言葉に、男が何かを思い出した様子で、一つ唸った。

「何故これだけのまともな国家運営やってた名君、家臣連中が、無駄とも思える大枚叩いて、あんな化け物みたいな城をおっ建てたのか」

 確かめるようにこちらに向けられた主の顔に頷き返す。

「そうだ、先だっても少し話をしたと思うが、あの城の役割が未だに私には見えないんだ」

 確かに要地を抑えた完璧な城だ……あそこに城がある意味は分かる、だが。

「目立った敵対国も無い、民衆による反乱の恐れも無い、この城を今の姿にし始めた当初、この辺りにそれほど目立った妖の跳梁があったという話も無いし、何より妖に対抗するなら餅は餅屋だ、神社仏閣でも勧請して、怪しい所を鎮めた方が早い……何故あんな巨大で堅固な物を、あの場所に作らねばならなかったのか……」

 鞍馬がつと立って、仮の本拠地としている大きな宿の中庭に視線を向けた。

 戦の準備にと、式姫だけでなく人も忙しそうに立ち働いている。

 明後日には出立。

「可能なら、攻めかかる前に、それをはっきりさせておきたかったんだがね……」

 あの堅城が、あの規模で存在せねばならなかった理由が判れば、目で見て判る以上の弱点もまた見えてくる。

 そう、厳しい顔で口にした鞍馬の顔をしばしじっと見ていた男は、茶で口を軽く湿してから、静かに口を開いた。

「お前さんの事だ、全くとっかかりも無い訳じゃあるまい?」

 どうだ?

「……そう、蓋然性が高そうだと思っている考えなら一応は」

「それで構わない、どうだ、聞かせて貰って良いか?」

 そう口にした男の顔をしばし見てから、鞍馬は頷いた。

「そうだね、そう、君には確かに聞いておいて貰った方が良いかもしれない……少々お付き合い願おうか」

「ほう、式姫どもの拠点に動きありか……」

「へえ、周囲の土塁を厚くし、人共も矢や竹槍、糧食を集めておりまする」

 廃坑の硬い岩盤に包まれた空間で、声が殷々と響く。

「……ふむ、人による防備を固めておるか……という事は、式姫共の防備が期待できない。つまり奴らが総出か、それに近い規模で動く準備、という事か」

 少女の傍らで輪入道が呟く。

「どうなのじゃ?」

 それを受けて、少女が目の前の獺に問いかける。

「何せ式姫の拠点ですから、結界が強くてですね、手前程度の小妖ではちょいと中の様子まで……は」

 それと判る程に、みるみる少女の表情が険しくなる、それに怯えたように獺の語尾が弱く震える

「近所の川から偵察できる範囲、という約束じゃからな、無理もあるまい」

 少女の姿の妖が何か言う前に、輪入道が言葉を挟んで、獺をねぎらうように頷きかけた。

「……他に何かあるか?」

 怒りの矛先を逸らされ、不機嫌さを滲ませながらも、少女は獺の方に顔を向けた。

「へ、へい、ここ最近、式姫の出入りが激しいです、中でも鬼と天狗が」

 行先は不明です。

 そう言いながら身を竦める獺に、輪入道はニヤリと笑いかけた。

「鬼と天狗か、成程、空と山に行かれてはお主では追えぬだろう。 ご苦労だった、引き続き見張りを頼むぞ」

「へぇ、へぇ、心得まして、何かありましたらお知らせします」

 では、手前は失礼、そう言いながら左右にペコペコ頭を下げながら、獺はこの剣呑な空間から逃げるように立ち去った。

 それを面白そうに見送っていた輪入道が、いかにも力強そうな手で顎を撫した。

「かわゆい物ではないか、なぁ」

「……まるで偵察の役に立っておらぬに、随分とお優しい事じゃな」

 機嫌の悪さを隠そうとしない傍らの少女に、輪入道は渋い顔を返した。

「そうでも無かろう、奴の報告で少なくとも式姫共が近日中に何か事を起こそうとしているのは間違いない事を我らは把握できた、何より質の高低は兎も角、目はとにかく多い方が良い、そして情報を持ってきた連中には、不満をあまり抱かせぬ事じゃ」

 緊張感を持たせるのは良いが、余り威迫すると、あの程度の弱妖、式姫共の方に靡かんとも限らぬからな。

 む、と押し黙った少女に、輪入道は言葉を続けた。

「ただでさえ、こちらは磯女、雪入道、大百足、そして一つ目入道に蝦蟇まで失い、各地の睨みが効かなくなって来ておる」

 あの人間との約定で、彼は堅城の領域を、そしてそれ以外の地域は妖怪たちの力の及ぶ範囲で自由に制圧してよいという取り決めをしていた……今となっては、それに乗り、堅城攻めの恩賞代わりにあちこちに妖を送り込んで支配域を一気に拡大した事が、式姫たちによる各個撃破という形で裏目に出ている、一旦は戦力を呼び戻し、この地の堅守に依って式姫を撃退する事を優先した方が良い。

「であれば、やはり目は多い方が良い、という事になる」

「面倒な事じゃな」

「たまさかには、こんな駆け引きも面白かろうよ。我らの力と拮抗出来る敵手が出てくるというのは中々無いからな」

「違いない……ではお主、式姫共はどちらに来ると思う」

 城か、それともこの廃坑を利用した砦か。

「さて、連中の考えも掴めぬ現状では、五分五分……一度痛い目を見ているが、様子はある程度しれている堅城か、外部からはうかがい知れぬ、未知の廃坑跡の砦、どちらを狙うか、それともわし等の思いも付かぬ場所を目指すのか」

 こうなると完全に判じ物じゃな、賽子でも振った方が早い。

「賭博でもあるまいに、余りいい加減な事を言うでないわ」

「あながち戯言でもない、賭博は古来、神意を占うための物、奴らの情報が乏しい現状では、その程度の話しか出来んという事よ。 まぁ、希望を言わせてもらえば、城の方に攻め寄せてお互い潰しあってくれれば、我らの手間も随分と省けて助かるが」

 そう上手くいかぬが世の理じゃ。

 くっくと笑う輪入道を不機嫌そうに見やり、少女はその表情に相応しい声を上げた。

「確かにそうじゃが、奴には我らの為にも、あの城の軍師としての後始末をして貰わねばならん……それまでは生かしておく必要があるぞ」

 面倒な話じゃが。

「判っておる……その為にも、式姫共がどちらに攻めかかるかを見定めた段階で、我らはどう動くか、それは決めておかねばなるまいよ」

 人共が言う所の、泥縄では何もかもが間に合わぬでな。

「違いない……そしてお主の事だ、何か腹案はすでにあるな?」

 それを聞かせてもらおうか。

 彼女の言葉に、周囲の妖も耳をそばだてる。

「無い事も無い、そうだな、一通り聞いて貰おうか」

「函谷関は知っているかな?」

 鞍馬の言葉に男は苦笑を浮かべて頷いた。

「流石に観たことはねぇがな、史記の一つも枕にしてりゃ聞いたことくらいはあるさ」

 秦が六国連合軍を退けた、漢中を守る鉄壁の関。

「それで十分だ、あれは山中の狭隘な道の中に築かれた関という意味で、あの堅城に通じる存在」

 だが、決定的な違いがある。

「判るかね?」

 鞍馬の問いに、男は僅かに渋い顔で何かを考えていたが、それほどの時を置かず回答を出した。

「あっちは出城でこっちは本拠地そのもの」

 弟子の回答に満足した表情で、鞍馬は頷いた。

「そうだ、そしてあの堅城の位置は要地を守る関を置くなら理想的だが、領主の居城を置く場所としては、寧ろ不向き」

 函谷関の位置に咸陽が有っては、話がおかしくなる。

「あそこには関だけ置き、普段は一定の兵を置き、有事には増員すれば足りる。 例えばこの交通の要衝に当たる宿場町だな、彼らの領土の中央に当たるここに本拠を置いた方が、各地への支援も行き届くし、万一関が失陥した折にも、逃走なり迎撃なりの次の手も打ちやすい」

「ふむ、確かにな……この辺の地域一帯を抑える領主殿の居城としちゃ、身動きが窮屈に過ぎるか」

 では、何故あんなご立派な代物を作り上げたのか。

「そういう事だ、そして彼らは建設道楽に淫する類の統治者だったとは思えない」

 あの賢明な領土運営に加え、その出自は土木建築を得手とする黒鍬の者……もっとまともな本拠地を選定する能力は有った筈。

「そうだな……ではこんなのはどうだ? 実は彼らは領土を更に先に拡げようとしていた、だから関ではなく、あれだけの兵が常駐できる城塞を作り上げ、機を伺っていた」

 つまり、防御ではなく侵攻拠点として、あの地に堅城を築いた。

「この案ならどうだ、師匠?」

 弟子から仕掛けられた問答に、師匠は面白がるような顔でその話に乗ってきた。

「成程、有りうる話だね、では検討してみようか。 先ず事実としてだが、彼らは侵攻に十分な精兵を雇い、鍛え、彼らを十全に戦わせられるだけの資金も蓄えていた。 にも関わらず周辺に一切の出兵をしなかった」

 小競り合いすら……だ。 この事実は揺るがない。

「……むぅ」

 そういやそうだった……。

 ぼそりと呟いた男が腕組みをする。

「そして、君の案のように侵攻を考える場合でも、やはりあそこは関だけ作って置いた方が利が多い。 精兵を必要なだけ配置し、常に国境で相手国を防ぎ、機が至れば、中央で軍を整え、一気に侵攻する方が大軍を動かすに際しては何かと融通が利く。 更に言うと、天守閣という奴は、見た目で威を示す意味もあるが、何より領主の命を守るための最後の防壁、いわば防御拠点向けの構造物だ……あの規模の天守は経済性から検討しても侵攻拠点に設けるにはあまり妥当な物ではない」

 以上だ、事実として彼らが十分な力を持ちつつ領土拡張に走らなかった点は大きい上に、侵攻拠点として扱うには、利が薄い。

「何か反論はあるかな?」

「いいや、やはりまだまだ俺は軍略向けの考えを思いつける頭が無いな」

 男のぼやきに、鞍馬は真面目な顔で首を横に振った。

「主君、そうではない、勘違いしては駄目だ、私が幾通りも検討した案の中にそれに近い物はあった、私はその上で先ほどのような検討を加え、可能性が低いとして除外した」

 先人の遺した政戦の理論を学び、それに基づいて可能性を考え、その土台となるべき情報を集め、それを元に検討し、良さそうな物を選別していく……それをなるべく幅広く、早く、正確に、一つの視点に拘らず行い、その結果を実行し、結果を冷静に評価し、次に生かす。

「軍師というのは、天才的な閃きや妖術で解決策を思いつく存在ではない、こうして泥臭くかき集めた情報をどう扱うか試行錯誤し、正解らしいものを時間内に見出し、実地に施行していく……訓練だ、体同様、頭脳の鍛錬もまた、全ては正しい手順に則り、反復して行う訓練なのだよ、主君」

 それを積み重ねた時、人はより素早く自らの置かれた状況を把握し、次に行う行動を見極める事が出来るようになる。

 私は、不思議とそんな、何かを磨き上げていく営みに……その結実が放つ輝きに魅入られた。

「とはいえ、それらを必要としない軍事的な天才は確かに居る、その輝かしい才知は凡愚をたやすく蹂躙する事もある……だがね、それだけで勝ち続け、栄光を手にし、戦場を離れて後、最後まで生き延びられる程、世界は甘くないのだよ」

 甘く……無いのだ。

 その言葉の中に、隠しきれない悔悟と苦さが滲む。

「……鞍馬」

 気遣うような主の言葉の響きに、鞍馬は自分の想念が過去に流れそうになっていた事に気づき、僅かに頭を振った。

「少し余計な講釈に逸れてしまったね、話を戻そう。 ここまで聞いて貰ったように、あの位置は要地ではあるが、領土を統治する為に本拠地を置くのは、政治、軍事共に不自然であり、ここの代々の領主は、それを認識できる程度には間違いなく優秀な人々だった」

「……つまり、政治、軍事以外の必要が有って、堅城はあそこに築かれた」

「そうだ、そしてそれは恐らく祭儀の類だろう」

 鞍馬が傍らに開いていた近隣の絵図を二人の間に拡げる。

「その片鱗は、先だっての仙人峠攻めでも見えた、あれだけの遠隔地にも関わらず、敵は仙人峠の山頂に設えた祭壇を通じて、軍と呼べる規模の死霊を操ってみせた……術に応じて取り替える壇は兎も角、そこに至る力の流れ、あれは堅城が妖に制圧された後に作り上げられるような仕組みではない。 この辺りを治めていた領主達が健在だった時代から、堅城の南北に広がる山脈を霊的に統御する為に準備を重ねてきた結実だ」

 鞍馬の言葉に男の表情が硬くなる。

「……つまりあれか、この地の領主は、あんな死霊を操るような外法を、陰で準備していたような連中だったと?」

 名君の顔は偽りの仮面。

 主の懸念は尤もだ、だが鞍馬は小さく頭を振った。

「その可能性は付きまとうが、恐らく違うと私は思う。 呪術というのは祝福と表裏一体だ……幸いを願うのも不幸を願うのも、向かう方向が違うだけで、行使される力は、本質として差はない。 ここで押さえておくべき眼目は、堅城は居ながらにして南北の山脈の霊的な力を利用できる中心地として作られた可能性が高いという事だ」

 確かに場所は申し分ない、堅城は東西を大きく繋ぐ街道と、南北に延びる山脈の交わる、いわば地脈の辻に当たる要の地。

 その霊的な力を統御しようとした目的までは判らないが……恐らく今はその仕組みを妖に悪用されている状態。

 そうつぶやく鞍馬の顔を見ながら、男はふむ、と腕組みをして、窓外に視線を向けた。

「何となくわかったが、そうだとしてもやはりあそこに領主殿の居城がある理由が判らんな、霊的な要を抑えつつ、軍事的な要衝が欲しいてんなら、それこそ都の比叡山みたいな山寺でもおっ建てれば十分足りる話だ」

 時は戦国、寺社だか山城だか判らない代物は幾らもある、ここにそれが建っていても珍しい話では無い。

「私の疑問もまさにそれだよ。 まぁ、得られる力が力だけに、部下の反乱を避ける為に、直轄にしたと考えれば、説明できなくも無いんだが」

 どうもね……弱い気がする。

 あぐねた様子の鞍馬を見ながら、男は静かに口を開いた。

「お前さんの話を全部考え合わせると、結局、あの地に政、軍、祭、何れにおいても本拠地を置く積極的な理由はないんだな……待てよ、って事は逆か?」

 あそこは、本拠地でなければならなかった。

 この地を治めた領主たちは、その不合理に従うように、この地を治め、堅城を築いた。

「だが、そんな事あるのか?」

 男の言葉に、ふぅ、とため息をついて、鞍馬は絵図面を睨んだ。

「そう、私が今一番蓋然性が高いと思っている可能性がそれだ……そして、実はこの考えはそれほど突拍子もない物ではない、なにせ、実例はすでに存在しているのだから」

「……実例? そんな物があるのか」

 怪訝そうな男に、鞍馬は物憂げに口を開いた。

「彼らは恐らく望まぬ形で本拠地をあそこに置き、軍事、そして霊的な力をとにかくあの地にかき集めようとしていた……そこから導かれる答えは一つ、あの城は、何かの封印の要、そして、その封印は、僧や陰陽師などの、他者には委ねられぬ物だった」

 すっと鞍馬の細い指が上がり、声も無くこちらを見つめる男を指す。

「あの地の領主殿は、君と同じ存在だったのかもしれない、という事だ……式姫の庭の主にして、黄龍の封の要たる君と、な」

■鞍馬

人間の姿で軍師修行やってた時代のイメージ、竹簡いいよね……長持ちするし


 
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