No.112715

現代恋姫演義 一刀のお姉ちゃんズは 魏の三羽烏 ~炎の文化祭編~ 中編

藤林 雅さん

更新遅れて本当に申し訳ありません。
その上、後編じゃなくて中編になっちゃいました。

最後に作者から一言。
「お姉ちゃんズを押しのけて今回はぶっちぎりの『天和おねーちゃん†無双』」

2009-12-17 14:01:17 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:14335   閲覧ユーザー数:10107

 

 少女が目を覚まして始めに見た光景は、白い天井と蛍光灯の眩しい光だった。

 

 耳の奥がジジジジと唸り、右の瞼は開かない。

 

 身体のいたるところから激痛を感じ、まるで火の中に居るように火照っている。

 

 ただ――右手の先に感じる小さく暖かな温もりが少女の心に落ち着きを感じさせてくれた。

 

 それが何かを確かめたかったのだが、どうやら首も医療用のコルセットで固定されている所為で思うように動かなかった。

 

 それが煩わしくて、声を上げようとしたが、呼吸器が着けられている所為か、上手く声が出ず、代わりに呻き声を上げた。

 

「――凪! 気が付いたの!?」

 

 そんな声と共に少女、凪の瞳に彼女の母の姿が映し出された。

 

 はじめは、驚いた表情を浮かべていたが、次第に安堵した表情に変え、娘の頬を撫でながら、母は涙を流す。

 

「……もう、目を覚まさないかもってお医者様に言われて、覚悟はしてたけど……本当に良かった」

 

 母の言葉に凪は自分がどうやら生死を彷徨うような怪我を負った事を理解するが、混濁した意識ではそれが精一杯で、記憶が曖昧になっていた。

 

「凪。あなたは、空き地で遊んでいた子供達のボールが道路に出て、それを追いかけて飛び出した女の子を庇って脇見運転をしていトラックにはねられたのよ」

 

 凪の様子を見ていた母が、彼女の思考を察し、説明をする。

 

 母に視線を向け、凪は目で問うた。

 

「大丈夫。あなたの機転のおかげで女の子の方は膝を軽く擦りむいただけですんだわ」

 

 その言葉に凪はホッとする。

 

「けどね。あなたのしたことは確かに尊い事だけど――みんなを悲しませるなんてダメよ」

 

 優しさの中にも母の強い意志が篭められた言葉に凪は萎縮する。

 

「父さんなんか普段素っ気ないくせに有給使って会社を休もうとするし、凪が目を覚ますまで真桜や沙和も学校休むって聞かなかったのよ。母さんが凪の傍にいるからって言い聞かせたけど……みんな本当に心配したんだから」

 

 前髪を手櫛で梳く母に凪は視線を向けてまた問う。

 

 その表情に母は苦笑してみせた。

 

「一刀ならそこに居るわよ」

 

 母は、続いて溜め息を吐き視線を凪から外す。

 

 自由の効かない首を何とか少し持ち上げ、視線をそちらへと向けると――

 

 自分の手を取り、椅子に座ってうたた寝している弟、一刀の姿がそこにあった。

 

「厳しく注意してもね、頑として動かないのよ。『お姉ちゃんが目を覚ました時に誰もいなかったら寂しいから、僕がここにいる』ってね。流石に私も手を焼いたわよ。普段、素直な一刀がここまで頑固なんて思わなかったから――全く誰に似たんだか……」

 

 そう言いながらも、母は凪へと視線を移した。

 

 要は、アンタに似たのよと言いたいらしい。

 

 凪は苦笑するしかなかった。――けど、手に感じる一刀の小さな温もりが、自分が生きている証拠だと考えると、胸が熱くなる。

 

 事故のことは、まだ思い出せないけどこの確かな温もりがある限り、きっと大丈夫だ。と凪は考えた。すると、安堵感から睡魔を感じ、左の瞼を閉じ始める。

 

「凪? 寝ちゃったかな。まあ、無理もないわね――ゆっくりとお休み」

 

 母の心地よい声を聞きながら凪は、再び眠りへつくのであった――

 

 

 

「……夢か」

 

 凪の瞳に映るのは、見慣れた自分の部屋の天井であった。

 

 カーテンの隙間から朝日を感じ、目覚まし時計の秒針のチッチッチッという音が、部屋の中に響き渡る。

 

 凪が見た夢は、遠き幼き頃の思い出。

 

 事故から十年以上の歳月が経った。

 

 今、こうして身体に不自由な所が無く生活出来ているのは、周りの支えのおかげである。

 

 凪は、また改めて感謝の気持ちを心の中で反芻させるのであった。

 

「……さて。今日は、一刀が通う学園での文化祭だ」

 

 凪は、ベッドから身を起こして、カーテンを勢いよくシャッと開いた。

 

 眩しい朝陽が眠気を吹き飛ばしてくれる。

 

 凪は、窓の外に見える快晴の空を見て微笑みを浮かべた。

 

「まずは朝食を作らなきゃ」

 

 北郷凪の一日は、こうして始まるのであった。

 

 

「やばっ! 寝坊した!」

 

 一刀は、制服の上着に袖を通しながら階段をドタバタと音を立てながらかけおりる。

 

「おはよーなのカズ君」

 

「お、おはよう沙和お姉ちゃん」

 

 リビングへの入り口を通過する際、ソファで腰掛けていた末の姉へと朝の挨拶をしながら、一刀は洗面所へ駆け込み、鏡に自分の姿を映して寝癖をブラッシングで急いで直す。

 

 一、二分程で身だしなみを整え終えた一刀は、キッチンへ赴き、そこで朝食の用意をしている凪へと声を掛けた。

 

「凪姉さん。時間が無いから朝食は――」

 

 慌てた様子で告げながら再び一刀が、自室にカバンを取りに戻ろうと踵を返したその時、彼の足が宙に浮く。

 

「こら一刀。朝はちゃんと、とらなきゃダメだよ」

 

 猫を捕まえるが如く、ヒョイッと片手で一刀の上着の首部分を引っ張って制止する凪。

 

「ちょっ! ね、姉さん。俺、時間が無いんだけど」

 

 姉の女性らしからぬ力に困惑しながらも、学園に遅刻しそうだと訴える一刀。

 

「今日は文化祭の関係で、一時間遅れの登校で良いって言っていたじゃないか」

 

 凪の言葉に一刀はピタリと動きを止めた。

 

「そう言えば、そうだった」

 

 そもそも、寝坊したのなら今、目の前にいるしっかり者の姉が起こしに来てくれるはずである。

 

 昨日までの文化祭準備で(主に華琳にこき使われて)忙しい日々を送っていた一刀は、登校時間の事をすっかり失念していた。

 

「ほら。ちゃんとしなきゃダメだよ?」

 

 凪は一刀の制服から手を離して、対面させだらしなく制服を着ている彼の身なりを整える。

 

 まるでその光景は、新婚ほやほやの新妻のような姿である。

 

 姉のご機嫌の良さに首を傾げながら一刀はリビングへと戻った。

 

「凪ちゃん。いつもに増してご機嫌なの」

 

 やりとりを見ていた沙和が、少し驚いたような表情で一刀に向かってそう呟いた。

 

「なにか良い事でもあったのかな?」

 

「凪ちゃんがあんな風になるのは、きっとカズ君絡みなの」

 

「どうしてそんな事がわかるの?」

 

「……カズ君はどうしようもない程の朴念仁さんなの」

 

 ジト目で視線を送ってくる沙和に少し、タジタジになる一刀。

 

 そんな姉弟のやりとりのうしろで猫背になり、目をショボショボとさせてフラフラと危ない足取りをしながら真桜がリビングへやってきて、そのままキッチンへと向かって行く。

 

「まあ、そのおかげでよけーな虫がつかないのでお姉ちゃんは満足なの」

 

 途端に笑顔に変わる沙和の態度に一刀の思考は混乱するばかりであった。

 

「おはよーさん。……凪。朝からそんなに腰をふりふりさせてぇ。カズとええことでもあったんか?」

 

「ね、姉さん!」

 

 キッチンから聞こえて来る姉達のやりとりを聞きながら一刀はわからないといったふうに首を傾げ、そんな弟を見ながら沙和は、微笑んでいる。

 

 まあ、北郷家では多少の差異はあれ、よくある朝の光景であった――

 

 

 学園に遅刻する事無く、無事に辿り着いた一刀は、文化祭というイベントに高揚する級友らに混じり、気分も上々であった。

 

 だが、彼はクラスの催しには参加出来ないというか、させてもらえなかった。

 

 いや、別にクラスの皆から嫌われているのではなく、生徒会長直々に、一刀を臨時生徒会役員として徴集されていたのだ。

 

 華琳の権威を知っているクラスメイトは、のしをつけて一刀を生徒会へ快く差し出したのである。

 

 クラスメイトの仕打ちに涙する一刀であったが、本人はそれを『これは心の汗だ』と言って憚らなかった。

 

 そういう訳で、一刀は仕事という名の奉仕活動に従事すべく生徒会の部屋に向かった訳なのだが、

 

「午後に開催されるコンテストの審査委員以外に今日は仕事はないわよ」

 

 と、生徒会長様からのありがたいお言葉を頂いた一刀であった。

 

 華琳もさすがにこの一週間、人手が足りないということで、一刀に負担をかけすぎたという負い目が実はあったのである。

 

 だからこそ、今日の文化祭当日ぐらいは休ませてあげたいという想いがあったのだ。それと――

 

「――まあ午前中、少しぐらいなら時間が空いているから、今日まで頑張ったご褒美に暇を持て余しているアナタに付き合ってあげてもいいわよ」

 

 彼女自身の願望も混じっていたのである。

 

「華琳さま。残念ながら一刀お兄さんは、もうここにはいませんよ~桂花ちゃんが早々に追い出したので」

 

「ちょっ! アンタ何を告げ口してんのよ!」

 

「おお? これは失敬」

 

「――桂花。覚悟は出来ている?」

 

「か、華琳様! こ、これは違うんですっ!」

 

「と、言いながら桂花ちゃんは恍惚の表情を浮かべているのですよ――この○○【文章中に不適切な発言】が! ってかんじですねー」

 

「……おいたわしや。華琳様」

 

 華琳が絶対零度の態度で桂花に対し、当の本人はこれから受ける懲罰に期待を寄せ、風がいつものように毒舌極まるツッコミをいれ、稟が眼鏡を外し、報われない生徒会長に鼻血ブーではなく涙をほろりと流す。

 

 聖フランチェスカ学園の生徒会は今日も絶好調のようであった。

 

 

「お姉ちゃん達との約束まで、まだけっこう時間があるんだよなぁ」

 

 生徒会を追い出された一刀は、暇を持て余していた。

 

 姉達と合流するのは昼前とわかっていても、学園の校門まで赴き、その姿を探す一刀。

 

 当然の事ながら待ち人はおらず、生徒の父兄や招待チケットを持参した人達をながめながら、一刀は校門の外へと赴いた。

 

「……クラスに戻って手伝いでもした方がいいかな?」

 

 そう思い直して、一刀が来た道を戻ろうと振り返ったその時――

 

「きゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴と共に一刀は、胸元にドシーンと強い衝撃を感じ、足がもたついたが、何とか踏ん張った。

 

 そして、衝撃の原因に目を向ける一刀。

 

 自分の胸元に飛び込んできた形になったトレンチコートに帽子姿の人物に視線を向ける。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていまして」

 

「わ、私の方こそごめんなさい。周りに見とれて前方不注意でした」

 

 互いに謝罪をして頭を下げる。

 

 先に一刀が頭を上げ、相手がそれに少し遅れて続く。

 

 甘くて良い匂いが、一刀の鼻腔をくすぐる。

 

 一刀の目の前に飛び込んできた桃色のロングヘアの髪。

 

 そして、どこか吸い込まれそうな神秘的な瞳が視線に映る。

 

「「あっ」」

 

 そこで互いの記憶に残っている人物だと理解した。

 

「君は――この前の喫茶店で、私とちーちゃんが迷惑をかけた時の弟さん?」

 

「ええ。そうです」

 

 互いに忘れないほど印象的な出来事故に、二人は難無く思い出すことが出来たのである。

 

「でも、びっくりしたよーこんな所でめぐり合うなんて……でも、あの時、お姉さんとの話題から君がこの学園に通っているのはなんとなく知っていたけど……」

 

「えっと――」

 

「そっか。お互い名前を知らないもんね。私の名前は天和だよ。君の名前も良かったら教えてくれないかな?」

 

 整った顔立ちに人懐っこい笑顔を浮かべる天和に一刀は見惚れて頬を朱に染める。

 

「俺は、一刀です」

 

「じゃあ、一刀君だね」

 

 幼馴染の長女と同じ名前の呼ばれ方だったので、違和感無く、一刀は頷く。

 

「俺は、天和さんと呼んでもいいですか?」

 

「うん。一刀君がそれでいいならいいよ」

 

 二人は互いに笑顔を交わし、それぞれの呼び方を認め合うのであった。

 

「――ところで、天和さんはどうして、こんな所に?」

 

 一刀の質問に天和はあらぬ方向へ視線を泳がせた。

 

「えっと、その、何っていうかぁ」

 

 はっきり答えない天和に一刀は、これ以上自分から聞くのは良くないと感じ、ただ黙って彼女の言葉を待った。

 

「――おかしいって思うかも知れないけど、実は私、学園祭って経験した事がないから、ちょっと気になって。同じ年代の人達の学園生活っていうのに興味があって、ふらふらっと」

 

 天和の言葉に驚きはしたものの、彼女のどこかしら視線から、同世代に対する羨望のようなものを一刀は肌で感じとっていた。

 

 故に一刀は、天和の願いを叶えてあげたいと考えた。そして、

 

「あの、良かったら中に入ってみます?」

 

 と、天和に声を掛けたのである。

 

 一刀の提案に天和は瞳を大きく見開き、驚きの表情を浮かべる。

 

「あっ、でも。私、学園の中に入るチケットを持っていないから……」

 

 その事に気が付いた天和はしょぼくれる。

 

「それなら大丈夫ですよ。受付の方に行きましょう」

 

「う、うん」

 

 困惑する天和であったが、一刀の言葉を信じ、彼の後に付いてゆく。

 

 一刀は、天和を連れ立って校門から敷地内に入り、受付のある野外テントへと赴いた。

 

 

 

 「兄ちゃんだ!」

 

 「あっ、兄様! おはようございます」

 

 一刀達を出迎えてくれたのは、髪を左右にグルグル巻きにし、いかにも活発そうな印象を与える明るい少女、季衣とショートカットの髪に正面をカチューシャのようにリボンで結んだ、礼儀正しい少女、流琉であった。

 二人は、生徒会長である華琳の関係者で、時折、ヘルプで生徒会を手伝っていたりする事から一刀と知り合いであった。

 

 季衣と流琉は、身の丈に合わせて話を聞いてくれたり、何かとフォローをしてくれる優しい一刀を本当の兄のように慕っている。

 

 一刀自身、幼馴染の鈴々の例もあり、自覚はしていないが、彼は女の子に限らず年下にはそうとう甘い。

 

 だが、二人に慕われているのは一刀にとっては嬉しい事でもあったが、問題も出たのである。

 

 それは、一番の妹分である鈴々に「お兄ちゃんが浮気して、鈴々に黙ってよそでいもーとを勝手に作ったのだ!」とかなり責められ、彼女の許しを得るまでかなり骨が折れた苦い思い出があったのだ。

 

「おはよう流琉。季衣は今日も元気だな」

 

 一刀の言葉に二人はより笑顔になる。

 

「二人は今日も華琳の手伝いか?」

 

「はい。生徒のご家族の受付やチケットの回収をここで行っています」

 

 流琉の言葉を聞いた一刀は後に控えてトレンチコートを脱いでいた天和を目で促す。

 

「こちらは、俺の従姉の天和さんだ。チケットはないけど、親族として入場出来るかな?」

 

 季衣は、天和を笑顔のまま何やら興味深そうに見つめていた。

 

 対する流琉は、ムッとした表情で天和に視線を向ける。

 

「……もしかして、従姉は駄目だったりする?」

 

「――いいえ。問題はありません。こちらに記帳をお願い出来ますか」

 

「あ、うん」

 

 流琉に促されて、天和は記帳を済ます。

 

「それでは、このビジター用のバッチを服につけるか、無くさないように所持してください。学園内の係員に提示を求められたら、お手数ですがそれに従ってくださいね」

 

「ありがとね」

 

「お帰りの際はこちらにバッチの返却をお願いします」

 

「うん。わかった――じゃ、一刀君。いこ?」

 

 受付を済ませた天和が横にいた一刀の腕を取った。

 

 その光景を見た季衣は、表情に喜色を浮かべ、流琉は、可愛らしい顔に不満げな表情を少し浮かばせる。

 

「ちょ、天和さん。いきなりなにを――」

 

「もちろん、一刀君が学園内を案内してくれるんだよね?」

 

「それは別に構いませんが――」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は受付から離れて行くのであった。 

 

「ねぇねぇ、流琉」

 

「――何?」

 

「やっぱり、兄ちゃんはおっぱいが大きいのがいいのかな? さっきのお姉ちゃんも大きかったもんね」

 

「……そんなの知らないよ」

 

 そう言いながら、流琉は自分の胸に手を当てる。

 

 見事なまでに洗濯板のような胸だった。

 

 流琉は、厳しい現実に溜息を吐かずにはいられなかった。

 

 ――兄と慕う彼を己の魅力をもって魅了するのは、こんな幼児体型では無理なのであろうかと。

 

「流琉? どうかしたの?」

 

 流琉は、季衣の呼びかけに全く反応を示さず、もう一度、溜息を吐くのであった。

 

 

「あのー天和さん?」

 

「なぁに?」

 

「別に腕を組んで歩く必要はないかと思うんだけど?」

 

 一刀の言うとおり、天和は彼にトレンチコートを預け、残った腕を取りあたかも恋人のように学園内の廊下を歩いていた。その際、彼女から「他人行儀な敬語は禁止!」と念を押されて、彼の呼び名も君を取られて呼び捨てになっていたりもする。

 

 行き交う生徒やゲストの視線を感じ、何より天和の人の目を惹く可憐さに恥ずかしさもあって、一刀の動きはギクシャクとしていた。

 

 そんな、たよりのないエスコートにも不満を述べず、天和は楽しげな様子で学園内の催し物に次から次へと目を向けていた。

 

 瞳をキラキラと輝かせながら、色々なものに興味を示す天和を見て、一刀は、仕方が無いかといった感じに溜息を吐く。

 

 こういったイベントに参加するのが初めてだという彼女の為に、折れた形となる。

 

 一刀自身もこんな美人と腕を組んでいるのだ。役得が無い訳ではない。

 

 そんな事を考えていた一刀の目に『料理研究部』主催の試食会の看板が目に映った。

 

「あっ、天和さん。ちょっと、ここに寄っていいかな?」

 

 看板を指差して、天和に同意を求めると彼女は「うん!」と言って、了承してくれた。

 

 

 

 彼女を伴って、部屋の中に入ると「ようこそお越しくださいましたー」と女の子達の明るい声が響いた。

 

 どうやら調理実習室の机にテーブルクロスを掛け、壁や窓に飾り付けをしたファンシーな空間の中で、生徒や父兄が調理部の部員が作ったクッキーやケーキなどのお菓子を味わい、一緒に淹れらた紅茶を楽しむ空間がそこにあった。

 

「一刀は、こういった洋菓子とかが好きなの?」

 

 男一人では中々、入り辛い空間にだろうなと感じた天和は、一刀に感じた疑問をたずねてみる。

 

「えっと、もちろん嫌いじゃないけど、ここに妹分がよくお世話になっている子達がいるので、挨拶がてらによってみたんだ」

 

 一刀の頭の中に、天真爛漫な幼馴染である鈴々の笑顔が浮かび上がる。

 

「そうなんだ」

 

「えっと、どこにいるかな――「一刀先輩!」――っと、朱里ちゃん」

 

 一刀のが声に反応して振り返るとそこには、制服の上にエプロンを着けた格好をしているクリーム色の髪を首の辺りまで伸ばした可愛らしい少女、朱里が居た。

 

「……一刀先輩」

 

「雛里ちゃん」

 

 その朱里の後に隠れて、恥ずかしそうに一刀の顔をチラチラと見上げているツインテールの少女は、朱里の親友である雛里という名の少女である。

 

 二人は一刀の妹分である鈴々の友人でもあり、彼女達が振舞う料理をいつも鈴々がごちそうになっているという経緯から、兄貴分として、彼女達にお礼をよくしている経緯があり知己を得た間柄であった。

 

 先程、校門でやりとりをした季衣と流琉の二人と同じく何かと気遣ってくれる一刀を朱里と雛里も慕っていた。

 

 可愛い後輩達に慕われる事を嫌がる一刀ではないので、彼の八方美人振りと朴念仁ぶりに、周囲からは、聖フランチェスカ学園きっての年下キラーと思われていたりする。まあ、彼の場合、ただ単に、慕ってくれる妹分を兄代わりとして可愛がっているだけなのだが。

 

 一刀の来訪に二人の少女は喜びの笑顔を見せていたが――彼の隣に仲睦まじく寄り添って腕を組んでいる見知らぬ女性の姿を確認すると、途端に可愛らしい顔を少しムッと不満げに見せる。

 

 それに気付いた一刀が、天和から慌てて離れようとするが、彼女は彼の腕を頑なに離してくれなかった。

 

 どうして彼女がそういう行動をするのか理解できない一刀は、「何故!」と頭を悩ませる。

 

「一刀先輩。お隣の美しい女の人は誰ですか?」

 

 朱里の可愛らしい顔立ちから発せられる冷たい非難の色を含んだ視線と言葉が、一刀の胸に突き刺さる。

 

 雛里も言葉には出さないが、じっと一刀に何か問い掛けたそうな、それでいて悲しげな視線を彼に向けていた。

 

「一刀のこいび~~むぐぐっ」

 

 天和の危険極まりない言葉に目の前の少女達から、黒い瘴気が発したのを姉達や幼馴染とのやりとりで瞬時に感じ取った一刀は天和の口をふさぐ。

 

「従姉! 従姉の天和さん!」

 

 一刀の言葉に朱里と雛里は、疑いの眼差しを、じとっ~とした視線を一刀に向ける。

 

 蛇に睨まれたカエルのように脂汗をダラダラと流す一刀。

 

「え、えっと、天和さんを色んな所に案内しなくちゃいけないから、じゃあ!」

 

 下手な言い訳が出来ないと判断した一刀は天和を連れて、一目散にその場から逃げ去ったのである。

 

 取り残された形になった朱里と雛里は、互いに顔を見合わせると、シュンとした表情になり項垂れた。

 

「せっかく、先輩が来てくれたのに……」

 

「……二人で一生懸命作ったシナモンケーキとシュークリーム食べて欲しかったね朱里ちゃん」

 

「そうだね……でも、私達が悪いんだよね。女の人連れているからって、醜い嫉妬をして先輩困らせちゃった」

 

 目の端に涙を潤ませる朱里に雛里は手を取り、両手で包み込む。

 

「大丈夫だよ。先輩は優しいから許してくれると思うから――二人で文化祭が終わったら今日作ったお菓子を持って謝りにいこ。きっと、先輩喜んでくれるから……ね?」

 

「……うん」

 

 雛里に慰めて貰い、朱里は笑顔を浮かべ、彼女言葉通りにしようと考えるのであった。

 

 

「と、とんでもない誤解を与えたかもしれない……」

 

 天和を連れて、朱里と雛里から逃れた一刀は、校庭に逆戻りをしていた。

 

 焦ったのと急いでいた事が重なって一刀は疲労困憊し、ゼー、ゼーと荒い息をしている。

 

「あはは、ごめんね一刀」

 

 笑顔で謝罪をする天和。

 

「そ、そのわりには、と、とても楽しそうだね?」

 

「うん。だって、同年代の子達と同じ場所で文化祭に参加できるだけでも楽しい上に、一刀がエスコートしてくれるからね」

 

「そ、それは何より」

 

 ちょっと棘のある一刀の言葉にも天和はニコニコ笑顔であった。

 

「でも、だめだよ一刀。あんなに可愛い女の子達に慕われているのにちゃんと応えてあげなきゃ」

 

「? みんなとは仲良くやってるつもりだけど」

 

「あー、なるほどね。一刀は、ボクネンジンさんなんだね」

 

 天和の言葉に一刀は驚いた表情を浮かべる。

 

「姉さん達や他の知り合いにもよく言われるけど、俺自身はそんなに酷くはないと思っているんだけど」

 

「そーゆう事を言っている時点でそーなんだよ?」

 

 そう言って笑顔のまま一刀を窘める天和の姿が、彼には姉達の姿にダブって見える。

 

「う……善処します」

 

 故に一刀はそう言って答える術しかなかったのであった。

 

 一刀の答えに満足したのか天和は、満足そうに頷くと辺りを見渡した。

 

 煉瓦造りの校舎の前に拡がる敷地には、生徒達が、色々な食べ物が選べる屋台を出して、楽しそうに競っている。

 

 その中の一つに天和は目を付け、まだ息を乱して呼吸を整えている一刀から離れそこへと赴く。

 

 一刀は目で彼女の後ろ姿を追っていたが、少し休憩できると判断し、校庭の芝生へ倒れ込むように座る。

 

 少しの時間が過ぎ、天和が一刀の許へと戻ってきた。

 

「お待たせ一刀」

 

「いや、こっちも休憩になったんで別に気にする事はないよ」

 

「さっきはごめんね。楽し過ぎて調子に乗っちゃった――これはお詫びだよ」

 

 天和は、そう言ってタイ焼きを差し出してくれた。

 

「ありがとう」

 

 彼女の心遣いに一刀は笑顔でお礼を述べ、彼女のトレンチコートを渡しながら、タイ焼きを受け取る。

 

 そして、彼女が横に座るのを見て、「頂きます」とタイ焼きに頭からかぶりつく。

 

「うん。甘くておいしい」

 

 屋台のタイ焼きの味は思いのほか上々のようで一刀は満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「へぇーそんなにおいしんだ。――ねぇねぇ。私にも一口ちょーだい」

 

 そう言って天和は、雛鳥のように「あーん」と口を開く。

 

 一刀はその光景に躊躇してしまう。

 

「ほーら。私、コート持っているんだから一刀が食べさせてよ」

 

 天和に促され、一刀はタイ焼きのお腹の部分を千切り、自分の口の付けていない部位を恥ずかしそうに彼女の口の前に差し出した。

 

 差し出されたタイ焼きを、一口でパクッと食べた天和はタイ焼きを咀嚼し、飲み込む。

 

「――うん。確かにおいしいね。……一刀がヘタレじゃないともっと良かったけど」

 

「からかわないでくれよ」

 

 ニコニコ笑顔の天和の言葉に一刀は首を項垂れて溜め息を吐くのであった。

 

「うーん。ちょっと、喉が渇いたかなぁ……あっ、一刀。あれ、なんかおもしろそうだね」

 

 天和は、そう言って、少し離れた場所にある掲示板の前に立てられた看板を指さす。

 

 一刀はそこに書かれた文字を見て驚愕する。

 

 そこには『水泳部主催 スク水喫茶 ~カップル限定のメニューをたくさん取りそろえています~』とあった。

 

 本当にここは、元お嬢様学校だったのかと一刀は思い悩む。

 

 いや、それ以前にこんな事をしてP○Aとか、卒業生OBなどからクレームはこないのだろうか――多分、主催は『顧問』であるあの人だろうし、その人の妹のあの娘は、無理矢理付き合わせられているんだろうなぁーと一刀は心の中で思うのであった。

 

 

 一刀は天和と共に問題の『スク水喫茶』がある室内プールへと辿り着いていた。

 

 歩き出すと相変わらず、天和は嬉しそうに一刀と腕を組む。

 

 周囲の視線が痛いが、彼女がそれで学園祭を楽しんでくれているのならそれでいいかという諦めも含んだ心境の変化もあり、なすがままにさせていた。

 

「いっらしゃいませー。二名様ですね? ご案内しまーす」

 

 スクール水着の上にフリルのついたエプロンを着けた女の子が一刀と天和を席へと案内してくれる。

 

 室内は、大きなディスプレイに常夏ビーチの写真が飾られ、プールサイドに机とパラソルを開き、南国の雰囲気を出していた。

 

 ふと、奥の方から喧騒が聞こえた一刀は何気なしにそちらへと視線を向ける。

 

 そこには褐色の肌をした三人の女性がいて、メガネを掛けた理知的な黒髪のロングヘアの女性が机に頭を乗せて項垂れており、それを囲むように二人の女性が――酒盛りをしていた。

 

 倒れているのは、学園の数学教師である冥琳であり、意気揚々と酒を飲んでいるのは、学園の歴史教師であり多分この模擬店舗に一役買っている水泳部の顧問でもある雪蓮と彼女の悪友である国語教師の祭であった。その酒盛りは周りにいた父兄方も参加し、和気藹々としている。

 

 そんなカオスな光景を見た一刀は、我関せずとそこから視線を逸らした。

 

 が、――カモがネギをしょってきたと言わんばかりに二人の不良教師が一刀の存在に気付く。

 

 そして、一刀と腕を組んでいる天和の姿を見て、雪蓮は口笛を吹き、祭は、杯を片手にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。

 

「へぇーあの一刀が、彼女同伴でねぇ?」

 

「くっくっくっ。飛んで火にいるなんとやらじゃな――権殿がどういった反応を見せるか見物じゃな」

 

「間違いなく修羅場でしょうね。ひとりでのこのこやってきたら、からかってあげようかと思っていたけど、これは見物ね」

 

「じゃな。儂等はここで北郷がどう立ち回るかを肴にして、もう一献」

 

 妖艶な女性教師二人組は互いに杯を乾杯させ静観を決め込むのであった。

 

 

 

 好奇の籠もった視線を一刀と天和に送っているのは二人に限らず、水泳部の女の子達からも注目を浴びていた。

 

「ご注文は何になさいますかー? 一刀さん」

 

 そんな一刀達の許に注文を取りに来たのは、彼の知り合いで、一学年先輩でもある穏であった。

 

 眼鏡の奥にある瞳は穏やかで、ニコニコと一刀と天和に笑顔を振りまいている。

 

 一刀はなるべく彼女を直視しないように視線をそらす。

 

 なぜなら、彼女は一刀に視線を合わせ、注文を取る為にやや前かがみの体勢でいたからである。

 

 もっとつこんだ言い方をすれば――彼女のたわわに実った胸の谷間がスク水からはみ出て一刀の目の前にあったからだ。

 

「? どーしました一刀さん。お顔をが真っ赤ですよ?」

 

 気付いていないのか、それともわざとなのか穏は一刀に密着するように近づく。

 

「い、いえお気になさらず。の、穏、せ、先輩! ちゅ、注文をお願いします!」

 

 目の前にある天国のような地獄の拷問に耐え、一刀は穏の動きを制した。

 

「あっ、はいそうですね~改めてご注文はなんですかぁ?」

 

「私は、メロンソーダ」

 

「えっと、俺はオレンジジュースをお願いします」

 

「ご注文は以上ですか?」

 

 その言葉に頷いて一刀は、穏が持ってきてくれたお冷のグラスを手に取った。

 

「えっと、これもお願いできますか?」

 

 穏は天和が指差したメニューを見て、頷く。

 

「はい。カップル限定メニュー『ラブラブ南国ジャンボパフェ』ですね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、一刀は口にしていたお冷の水をブーッと勢いよく噴出させる。

 

「もー何やってるのよ一刀」

 

 眉を八の字にして不満げな表情をする天和。

 

「ゴホッ、ゴホッ! それはこっちのセリフだって! なんで、そんなデンジャラスなのを注文するんだよ!」

 

「えーだって、こんな事が出来るチャンスって二度とないと思うし、一刀だってそうでしょ」

 

 天和の言葉を一刀は頭の中で吟味する。

 

 確かに行為そのものは、恥ずかしくはあるが、天和のように可愛い女の子とこんな風に――まるで恋人のように接する機会なんて二度と無いのかも知れないと。

 

 一刀の今の心情を聞いたら彼を慕う多くの女性陣からブーイングが巻き上がる事は間違いないが、彼自身がそういった相手の好意に気付いていないのだから致命的というか、故に女の子達が報われないのであるのだが。

 

 腕を組みながら「うーん」と真剣な様子で考えている一刀の姿を見て天和は、楽しそうに微笑む。

 

 だが、そういったちょっとだけいい雰囲気を醸し出していた二人の席にダン! という荒々しい音を立てて、オレンジジュースが入ったグラスが一刀の目の前に置かれたのである。

 

 一刀がジュースを運んできてくれた人物に視線を向けると、桃色髪肩より少し上の位置で切りそろえた長さを持つ桃色の髪で姉の雪蓮と同じく褐色の肌の蒼い瞳をした少女こと蓮華がそこにいた。

 

 彼女の表情は、見るからに不機嫌で負のオーラを身に纏っているように一刀は感じた。

 

「や、やあ蓮華。お邪魔してるよ」

 

 勇気を出して一刀は、クラスメイトでもあるスク水にエプロンといった姿の彼女に声を掛ける。

 

「……」

 

 蓮華は何も答えず天和の目の前にクリームソーダを置く。

 

 そして、両雄は互いに視線を交わした。

 

 まるで、それぞれのバックに龍と虎が現れ、互いに牽制しあっている如く。

 

 蓮華と天和のやり取りを雪蓮と祭は酒を片手に「おおっ!」と声を上げながら楽しんでいる。

 

「どーも。私は一刀の従姉で、名前は天和です。貴女は一刀のお友達かな?」

 

「ええ。彼のクラスメイトで、孫といいます」

 

 笑顔の天和に笑顔で返す蓮華。だが、両雄の目は笑っていない。

 

 二人のやり取りをハラハラドキドキしながら見ていた雪蓮の視界に、おっぱいをたっぷん、たっぷんと揺らしながらパフェを運ぶ、穏が映った。

 

 そんな彼女が運んでいるパフェを見て雪蓮は、キュピーンと怪しく目を光らせる。

 

「穏。ちょっと、こっちに来なさい」

 

「? はーい。何でしょうか雪蓮先生」

 

「ちょっと、耳を貸しなさい」

 

 そう言って人差し指でこいこいと動かす雪蓮。穏はそれに素直に従い耳を彼女の口に寄せる。

 

 そして、雪蓮がごにょごにょと何やら吹き込み、穏は「ふんふん」と相づちをうちながら話を聞いていた。

 

「……とまあ、こんな感じでヨロシクね」

 

 雪蓮は言い終えると、椅子にどっこししょと寄りかかり、杯を片手にまたちびちびと飲みながら、妹達へ視線を戻した。

 

「……先生もいじわるですねぇ~」

 

 穏の言葉に最高だと言わんばかりに雪蓮は、口の端をニィっとつり上がらせる。

 

「可愛い妹と生徒だもの。つい、からかいたくなっちゃうのよ」

 

「――ふむ。やはり策殿は、権殿の姉じゃな」

 

 一刀達から目を離し、雪蓮と穏のやりとり聞いていた祭がそう零した。

 

「はぁ? 当たり前じゃない」

 

 雪蓮の呆れた表情と言葉に祭は、クックックッと意地の悪い笑いを浮かべる。

 

「いや、そうではない。性格に陽と陰という違いはあれど、根は一緒なのだと思っただけじゃ」

 

「……」

 

 祭の言葉に雪蓮は何も答えず、美しく整った顔立ちをどこかしら拗ねた表情に変えて酒をグイッとあおった。

 

「まあ、何にせよ素直になることじゃな。儂のように干支が一回り違うほど離れているわけではないのじゃし」

 

「もしかして雪蓮先生は、かず――「穏! 早く言った通りにしなさい!」――は、はぁい」

 

 心をこれ以上他人に見透かされるのが嫌なのかそれとも照れ隠しのつもりであるのかは、雪蓮本人にしか分からないが、彼女は穏を急がせて、話を切るのであった。

 

 ――今日の酒は旨い。

 

 心からそう思い、祭は酒をまた一口あおるのであった。

 

 

 

「おまたせしましたぁ~ こちらが、ラブラブ南国ジャンボパフェでぇーす」

 

 天和と蓮華のやりとりを持ち前の天然で華麗にスルーし、穏は三人のいるテーブルに注文されたパフェを置く。

 

「えっとぉ、このカップル限定メニューに実は一つ特典がありまして、こちらの提案するゲームを見事クリアする事が出来ましたらこちらの商品はタダになるんです」

 

「えっ?」

 

 穏の説明は、蓮華は知らない。先程、雪蓮が作った特別なルールなのだからそれは仕方が無い事でもあるのだが。

 

「それで、どんなゲームなんですか?」

 

 蓮華との争いを止め、天和は興味ありげな様子で穏を促した。

 

 穏は、パフェに突き刺さっている棒スナックにチョコレートがコーティングされた某有名なお菓子を取り、両手の人差し指にて先端の部分を押さえ一刀と天和の視線に合わせる。

 

「このお菓子を両端から同時に互いに食べて~最後まで折れずに完食出来ればクリアというゲームですよ」

 

 完食すれば、互いの唇と唇が合わさり、自然とキスの形と移行する――良い子はマネしちゃだめよ的なアダルトテッィクなゲームである。

 

 一刀は戦慄する―― これは孔明の罠だと。

 

 そんな事をすれば、間違いなくA級戦犯として、姉や幼馴染達に折檻される事は確実である。

 

「じゃあ、一刀やってみようか?」

 

 だが、天和は一刀の心中など全く気にせず、菓子を口で咥えて「ん」と催促をする。

 

 突然、近づいてきた天和の髪から甘い香りが一刀の鼻腔をくすぐり、心地良さから酔ったようにクラクラしてしまう。

 

 一刀もれっきとした年頃の男である。天和のような美人からそんな事をされたら、いくら鈍感で朴念仁と言われている彼でも、据え膳食わぬは男の恥という言葉が頭をよぎった。

 

 そして、一刀は何かに操られるように身体を震わせながら、天和が口で差し出してきた菓子を反対側の端から咥える。

 

 一番近くに居た蓮華は、そんな二人の様子を見てはわはわと慌て出す。

 

 穏も興味ありげに視線をそこへと集中させていた。いや、彼女だけではない。

 

 この場に居た者達全てが、一刀と天和へと集中させていたのである。

 

 シンと張り詰めた空気の中、ゆっくりとしたスピードで互いにカリカリとお菓子を食べ、その差は縮まってゆくに連れて、見守っている皆は、ある種の期待感に気分を高揚させていた。

 

 そして、後少しの所で目を閉じていた一刀の顔に天和の息遣いを感じ、目を開く。

 

 姉や幼馴染達でさえもここまで近い距離で見た事が無い一刀は心拍数をバクバクと上げてしまう。

 

 目を閉じたままの天和のやわらかそうで綺麗な形をした唇が一刀の唇にせまり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 一刀は、勢い良く首を動かして菓子を折るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端に室内プールのプールサイド全体で、一刀のヘタレさに対し張り裂けんばかりの大ブーイングが発生し、一刀は非難の的にされるのであった――

 

 

 騒ぎが何とか静まった後、天和は、パフェをつつきながら、一刀にどうして、さっきは途中で放棄したのかを聞いてみた。

 

 一刀は、恥ずかしそうに「こういったことは、本当に好きな人とやるべきだと思うし何より、一時的な気分に流されて天和さんの気持ちを蔑ろにするのが嫌だったから」という言葉が返したのである。

 

 これにはさすがの天和も驚きを隠せずに唖然としていたが、まだ知り合って短い時間にも関わらず彼なりのやり方で、きちんと自分を気遣ってくれているという事実に思わず嬉しくなり、おもわず頬が緩んだ。

 

 これにより、さらにご機嫌になった天和は、羞恥心をどこかに捨てたのか、パフェのクリームが入ったスプーンを「あーん」という言葉と共に一刀に差し出してきたのである。

 

 やはりというか当然の如く、恥ずかしがった一刀は、それを断った。

 

 すると、天和は瞳の端から涙をにじませ、悲しむ。

 

 本当に泣きそうになった彼女に焦った一刀は、「あーん」を受け入れた。

 

 途端に、天和は笑顔になる。

 

 一刀は、そんな彼女の態度に末の姉や幼馴染の長姉の姿がダブり、疲れた溜息を吐くのであった。

 

 だが、第三者の目から見れば、二人のやりとりはカップルがイチャイチャしているようにしか見えない。

 

 特に、二人のやりとりが気になり、少し離れて見ていた蓮華の不機嫌パラメーターはフルチャージ状態でいつ破裂してもおかしくない状態であった。

 

 蓮華の殺気の籠もった視線を一刀はひしひしと感じてはいたが、「友人が異性にだらしなくしていたらそりゃ怒るよなぁ」と、また勘違いをしていたりする。

 

 だが、そんな一刀の視界に黒髪をロングヘアにして伸ばしている小柄な女の子の頭がピョッコ、ピョッコと見えた。

 

 そんな傍目から見ても奇怪な行動をしているのは、一刀の後輩で水泳部に所属している明命という女の子であった。彼女も例の如く紺のスクール水着に白色のエプロンという格好である。

 

 明命は、蓮華の部活の後輩で彼女を通しての紹介で、知り合ったのがきっかけだった。

 

 礼儀正しく明るい彼女はすぐに一刀と仲良くなり、今は良き先輩後輩の関係を築いている。

 

 その明命が、懸命に何かを一刀にアピールしているのである。

 

 所謂、二人の間でしか通じないブロックサインで、それによると「一刀さん! 蓮華先輩だけじゃありません! 横、横を見てください」とあった。

 

 一刀は、それに従い視線をそちらに向けると――

 

 まるで猟犬のように鋭い目つきをした少女、思春が殺さんばかりの表情を一刀に向けている。

 

 彼女も水泳部所属であるが故に、皆と同じくスク水エプロンという格好であった。

 

 物陰に隠れ、照明の反射を利用し、エプロンの胸部に隠した刃物をちらつかせ、一刀に「殺」とアピールを行っていたのである。

 

 敬愛する蓮華をたぶらかせる色魔一刀に対して彼女の辞書に銃刀法違反と殺人の文字はない。あったとしても、器物損壊の罪ぐらいにしか考えていないアブナイ目つきだった。

 

 一刀は、そんな異様な光景を目の当たりにし、情報を提供してくれた明命に自分もブロックサインで礼を述べ、今回の御礼はまた日を改めてと伝えると彼女は、嬉しそうにニッコリと微笑んで返してくれる。それを確認すると、まだ残っているパフェと格闘している天和の腕を取り、会計を机の上に置いて急いで室内プールから離脱するのであった。

 

 無論、そんなやり取りを不良教師達が見過ごす筈も無く、杯を手にやんや、やんやと盛大に笑って楽しんでいる。

 

 そして、当分このネタで一刀をからかえると雪蓮と祭は、悪魔のような事を考えていたのであった――

 

 ちなみに余談ではあるが、孫家の末妹である小蓮が、後日、雪蓮から話を聞いて「やだねぇーいかず後家は、下手に年取るとそんな風な事でしか楽しめなくなるなんて――シャオは、一刀に娶ってもらうからそんな心配はないんだけどね」と発言し、姉妹ゲンカが勃発する。

 

 最後には「そんな貧相な身体じゃ、一刀が満足出来ないわよ!」、「なによ、大きければいいってもんじゃないわよ! シャオはお姉ちゃんと違って若さがあるから、一刀も喜んでくれるもの」、「洗濯板!」、「おっぱい魔人!」といった感じでどっちもどっちになってきたので、姉妹の真ん中である蓮華が、「二人とも、もうその辺で――」と仲裁に入ったのだが、

 

 

 

「「――魔性のお尻は黙ってろ!」」

 

 

 

 そんなやりとりがあったとか。

 

 

 天和を連れて何とか思春の殺意から逃げる事に成功した一刀は、校舎の中へと来ていた。

 

 疲れて動きを止めている一刀に対して、相変わらず好奇心を剥き出しにし、子供のようにキョロキョロと辺りを見渡している。

 

「ねぇ、一刀! 一刀! アレ、あそこに行こうよ」

 

 一刀の腕をグイグイ引っ張って天和はある看板を指差す。

 

 その看板には『ふれあい動物園』と書かれていた。

 

 

 

 二人が教室に入るとそこには、犬や猫にウサギ、タヌキに狐。さらには鳥類などたくさんの動物で溢れ、子供連れの父兄がそれらとふれあうという光景が見られた。

 

 一刀が、その異様な動物のラインナップを見渡していると、「ワン! ワン!」と嬉しそうに吠えながらウェルシュコーギー犬のセキトがこちらに向かって駆けてくる。

 

 セキトはそのまま一刀の足元をグルグルと回り、尻尾をはちきれんばかりに振って歓迎の意を示し、二人を迎え入れてくれた。

 

「わ~カワイイ」

 

 セキトの愛らしさに魅了された天和が、屈んでセキトの頭を優しく撫でる。彼はそれを受け入れ、彼女のなすがままになる。

 

「賢いねぇ。君は」

 

 犬を愛でにこやかに微笑んでいる天和を見て、一刀もつられて微笑む。

 

 そんな二人の下へ、二人組みの少女がやってきた。 

 

「カズト」

 

「またお前は、恋殿をたぶらかしにやってきたですか!」

 

 燃えるような赤く染まった髪とスラリと伸びた背丈に健康的な小麦色の肌が印象に残る少女の名前は恋といい、普段は、ぽーっとしている事が多いが、スポーツ全般に関して学園内はおろか、IHでも追いつかず、世界レベルの腕前を持つスーパーアスリートであるが、彼女はそちらの道には興味を示さず、動物達や自然のものが大好きな奔放な少女である。

 

 感情を押さえ込んでいるわけではないのだが、表に感情の起伏が出にくい恋は度々、他人から誤解を受ける事が多い上に先ほど述べた異常な運動神経を有するが故に他人から誤解される事が多かった。だが、一刀やその周りの人達との出会いにより、彼女は成長を遂げる。

 

 社交的とまでは言わないが少しずつ他人との距離を狭める努力をしたおかげで、消極的な彼女の性格は、どこかしら保護欲をかきたてるものになり、生徒や教師、果ては男女を問わず、校内一の人気者となる。

 

 そして、一刀の幼馴染でもある愛紗とは、クラスメイトかつ親友の間柄でとても仲が良い。色々とおせっかいを焼いている愛紗と恋の関係はとても良好であり、一刀にとってもそれは嬉しい事であった。

 

 続いて、恋の傍で腕を組んでふんぞりかえりながら一刀に強い非難の眼差しを向けている小柄な少女の名は音々音という。

 

 淡いライトグリーンの髪を後ろで二つに、顔にかかるまで伸びた前髪を髪どめで分けた髪型をした愛らしい顔立ちをしているので、一刀を威嚇するように睨んでいても、可愛らしいとしか表現できない女の子である。

 

 飛び級で聖フランチェスカ学園の高等部へと編入している彼女は、その知識の高さゆえに周りと折り合いがつかず、本人の負けず嫌いな性格も手伝って、孤立していた。

 

 だが、ひょんなことから恋に助けられ、それ以来彼女によく、くっついて行動している。恋は、恋で彼女を友人かつ、本当の妹のように大切にしている。

 

 そして、慕っている恋と仲の良い一刀の存在を音々音はよくおもっていない。というのが、表向きの理由。

 

「よっ! ここの主催者は恋と音々音?」

 

「うん。音々音が話を生徒会に持ちかけて部屋を借りてくれた」

 

 一刀の言葉に恋は、頷いて答えてくれる。僅かに微笑んでいるように見受けられる。

 

「なるほど。盛況で何よりだね」

 

「遊びに来てくれた人達とみんなが仲良くできる。恋はそれが嬉しい」

 

 辺りを見渡すと、みんな動物とふれあい楽しそうにしている。特に子供たちには大人気のようであった。

 

「こら! おまえ! ねねを無視して恋殿と楽しげに話をするなですっ!」

 

 両手をあげて、ぴょんぴょんと跳ね、一刀と恋の間を音々音は引き裂こうとしていた。

 

 一刀はそんな彼女の頭を軽く押さえ、幼馴染の末妹である鈴々にいつもするように髪を優しく撫でてやる。

 

「今日も音々音はかわいいな」

 

 そして、一刀は偽りのない笑顔で正直にそう述べた。

 

 音々音の動きがピタリと止まり、少しの間を置いてその呆けた表情が首まで真っ赤になり、瞬間沸騰する。

 

「ななななな、な、なにをいっているですか! この、ヘンタイ! そーやって、幾人のお、女の子をだ、騙しているなど、わかっているのです! そ、そのような姦計にひっかかる、ねねではないのです!」

 

 一刀を指差して、目をぐるぐるさせながら早口で一刀にまくしたてる音々音であったが、そんな彼女の姿はとても可愛いらしい。

 

「―― 一刀って、ボクネンジンの割には、女の子を口説くのが上手いよね?」

 

 セキトを抱っこしながら立ち上がった天和はそう言いながら、一刀を非難する。

 

 頬をぷくっと少し膨らませて、不満げにそっぽを向いた天和の態度に、一刀と恋は「?」と一緒に首を傾げるのであった。

 

 

 その後も、時間が許す限り、天和は一刀を連れ校内を巡り、文化祭を楽しんだ。

 

 だが、昼前になると天和は、午後から用事があるという事で、一刀は、学園の正門まで彼女を送る事となった。

 

「十二時の鐘がなるまでの一夜限りのパーティーとても楽しかったよ?」

 

「いや、シンデレラとは違うから」

 

「ぶー! 一刀、ノリが悪いよ」

 

 出会いからわずか二時間程度しか経っていないのに、二人はかなり打ち解け、以前からの友人のように話、冗談まで言い合える仲になっていた。

 

 一刀はそれを文化祭のおかげによるものだと思いながら、こうして天和と仲良くなれた出会いと幸運を心の中で感謝していた。

 

「……ねぇ、一刀?」

 

 そんな事を考えていた一刀の腕から離れた天和が、どこかしら神妙な表情を浮かべて一刀を見据えてきた。

 

「どうしたの?」

 

「一刀は私と文化祭で遊んでおもしろかった?」

 

 天和の一刀の表情をかから覗き込むようにしながら、そう問う。

 

「――もちろん。天和さんと一緒に遊べて本当に楽しかったよ」

 

 一刀は満面の笑顔で天和にそう伝えた。彼女も笑顔で返してくれた。

 

「ねぇねぇ。今日はここで終わりだけど――また、一刀と一緒にお話したり、遊びたいから携帯のメルアド交換しよ?」

 

 天和のお願いに一刀は頷く。

 

「喜んで。じゃあ、赤外通信で……」

 

 一刀は制服の上着のポケットから携帯電話を出して、天和と赤外通信にて電話番号とメールアドレスの交換を行った。

 

 そして、携帯のディスプレイに表示された天和のデータを登録する。

 

「プライベート用だから、仕事中じゃない限りすぐに出れるから」

 

「――プライベート用?」

 

「あっ! う、うん。まあ、一刀と私を繋ぐホットラインってことだよ」

 

 天和は、慌てた様子で手を顔の前で横に振りながら一刀にそう伝えた。

 

「……必ず、連絡してね?」

 

 彼女のお願いに一刀は頷く。

 

 すると天和は、ニッコリ笑って満足したように上機嫌となる。

 

「じゃあ、今日はここでお別れだね。一刀」

 

「うん、またね。天和さん」

 

 一刀から自分が着てきたコートを受け取ると、天和はそのまま踵を返し、長い髪を靡かせてその場から離れる。

 

 ――が、少し歩いた所で、また一刀に向かって振り返った。

 

「一刀、ちょっといいかな」

 

 そう言って、笑顔で自分を呼ぶ天和に従い一刀は、彼女に駆け寄る。

 

「どうかした?」

 

「うん。ちょっと言い忘れていた事があって」

 

 天和は、そう伝えながらちょいちょいと指を動かし、一刀に耳を貸せとジェスチャーを行う。

 

 一刀が素直に天和に耳を近づけて内緒話のような態勢をとった。

 

「あのね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那、一刀の耳に届いたのは言葉ではなく、彼の頬にキスする「チュッ」という音と、そこに残る天和のやわらかくてあたたかい唇の感触であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか瞬時に理解出来ずに、石のように硬直した一刀から離れ、天和は、タッタッタッと軽やかに走って、すこし距離をとり、また振り返る。

 

「じゃあね一刀。ごちそうさまっ!」

 

 天和は、人差し指を唇に当てながらウインクを一刀に贈る。その表情は、少し恥ずかしそうに頬が朱に染まっていたが、最高の笑顔であった。

 

 そして、そのまま彼女は今度こそ本当に聖フランチェスカの校門の外へと去っていくのであった――

 

 

 

 

 

 

 聖フランチェスカ学園一、いや、そんな小さな世界ではなく、ある意味ワールドクラスの女難の相を持つ男。北郷一刀は、自分が何をされたのか未だに理解出来ず、校門の前で阿呆のような顔をして立ち尽くしていたのである。

 

 

 

 中編 了

 

 怒涛のプリンセス・コンテスト 後編に続く


 
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