No.1125628 結城友奈は勇者である~冴えない大学生の話~個別ルート:乃木園子 前編ネメシスさん 2023-07-20 09:06:11 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:272 閲覧ユーザー数:272 |
~決意の大作戦~前編
「桐生さん、大好き!」
「私も、お兄さんの事が大好きです!」
「兄ちゃんを一番好きなのはあたしだ!」
1人の男、桐生秋彦を間に挟め、3人の少女が言い争いをしていた。
乃木園子、結城友奈、三ノ輪銀。
桐生の事を愛する3人の少女達だ。
1人は桐生の右手を、1人は桐生の左手を、1人は桐生の胴体に抱き着いて、自分のモノだと桐生を引っ張り合っている。
「ははは、3人とも僕のために争わないでくれたまえ」
桐生は3人の少女達に引っ張られながら、自分のために争わないで欲しいと3人に言う。
しかしここで引いては相手に盗られる、そう思ったのか3人の少女達は誰も引く力を緩めることはなかった。
そんな少女達に困った困ったと笑いながら、桐生は無抵抗にされるがままとなっている。
と、そんな時。
1人の少女が新たにその場に現れた。
「友奈ちゃん! こんな往来で、いったい何をやってるの!?」
「東郷さん!?」
東郷美森だ。
言い争っている3人を見て驚愕した東郷は、キッと目つきを鋭くする。
「そんな人は放っておいて、友奈ちゃんは私と幸せになればいいじゃない!」
東郷は友奈に抱き着き、引きはがそうと力を籠める。
「待ちなさい!」
そこに、更に1人少女が現れた。
「友奈はあたしのよ! いくら東郷だからって譲らないんだから!」
「夏凛ちゃん!?」
三好夏凜だ。
夏凜は友奈に抱き着く東郷を引きはがそうと、東郷に抱き着き力を籠める。
「乃木!」
「そ、その声は!」
そこに更に1人、少女が現れた。
「実は私、乃木の事をずっと前から!」
「ふ、ふーみん先輩!?」
犬吠埼風だ。
風は驚く園子に抱き着き、引きはがそうと力を籠める。
「待って、お姉ちゃん! お姉ちゃんは、ずっと私の事だけを見ててよ! 他の人の事なんて見ないで!」
「い、樹!?」
そこに更に現れたのは、風の妹の犬吠埼樹だ。
樹は風に抱き着き、引きはがそうと力を籠める。
「三ノ輪さん!」
「そ、その声は!」
「先生と生徒だけど……実は私、前からあなたの事が!」
更にそこに安芸真玲が現れて、銀に抱き着いた。
「待ってくれ安芸先輩! 流石に齢の差があり過ぎる、というか性別からして問題だ! むしろ俺と付き合ってくれ!」
そこに待ったをかけたのは三好春信。
銀に抱き着いている安芸に抱き着き、安芸を引き剝がそうとする。
『待ったー!』
そしていつの間にか、周囲にはたくさんの人間が集まっていた。
「実はあたし、三好さんの事が」
「私だって!」
「わ、わたしはめぶーが……」
「銀、私と付き合おう?」
「芽吹さん、私の事はどうでもいいんですか?」
「楠さんは私と共に来てもらいますわ!」
集まってきた人達が、それぞれ想いを寄せる人に抱き着いていく。
「ははははは、落ち着きたまえよ。こんなに引っ張られたら僕が壊れてしまうじゃないか」
その中心にいる桐生は、そんな中でも笑顔を絶やさず皆を落ち着けようと声をかける。
だが、その声に耳を貸す者は誰もいなかった。
右から、左から、上から、下から、いろんな方向から引かれ……。
「ははははは、落ち着きたまえ。皆、落ち着きたまえよ……あ、ちょっと体が……」
それに耐え切れなくなった桐生の体はピキピキと音を立てて……。
「……あ……あぁ……アッ―――!」
「ダブルバイセップス!」
どんな困難にも負けない、ムキムキの筋肉マッチョメンとなってしまいました。
「ナイスバルクッ! ……はれ~?」
気が付くと、そこに桐生さんはいなかった。
桐生さんどころか、他の誰も。
ボンヤリした心地の中、体を起こして周りを見渡す。
そこは見慣れた私の部屋だった。
「……なんだ夢か~」
それが私、乃木園子の今日の夢でした。
◇
「なにその大岡裁き?」
「その体を成しただけの、別の何かですね。てか、なんですかこの桐生? 気持ち悪いくらい清々しい笑顔で、「~たまえよ」とか。もはや誰こいつ? ってレベルですよ」
「まぁ、そこは夢だからね。しかも乃木さんの見る夢だもの、どんな内容でも驚かないわよ私は」
「桐生さんを中心に、世界中の人達が1つに……はっ!? 人類は桐生さんによって救われる~!?」
「その救われた世界、全員もれなく筋肉ムキムキになってません? 嫌ですよ、夏凛ちゃんまで筋肉ムキムキのマッチョガールになってるなんて」
「筋肉は全てを解決するんよ~!」
「何ですか、その筋肉への熱い信頼は……しかし大赦の宗主様が見た夢となると、もしかしたら復活された神樹様からのお告げとも……さ、流石にないでしょうけど、そう考えられてしまうのが恐ろしい」
「まぁ、仮に神樹様が復活されていても、乃木さんに巫女適正はないはずだから大丈夫よ……多分」
「だと、いいですけど……」
「ムキムキになった桐生さん、桐生さんの加護を受けて皆もパワーアップ! きっと、また天の神が攻めて来ても追い返せちゃいそうだね~」
「筋肉の海が天の神を押し流す、みたいな感じかしらね?」
「な、なんて嫌な世界だ」
救われるとしても、そんな暑苦しそうな世界は嫌だと思う安芸と三好だった。
「……と、まぁ、はい。とりあえず閑話休題ということで、この話しはお開きにしましょう。それでは第……何回かは忘れたけど、「桐生と乃木様をくっつけよう会議」始めていこうと思います」
三好が音頭を取り話を進める。
大赦の仕事が終わり、外も暗くなった時間帯。
何も雑談をするためだけに、3人が集まっているわけではない。
「桐生と乃木様をくっつけよう会議」、その話しをするのが今回集まった理由だ。
いや、大赦でも発言力のある面々が集まって何を話してるの? と言われるかもだが、本人たちにとってはいたって真面目な話しである。
「で? 今日も今日とて、桐生君の反応は相変わらず?」
「えぇ、まぁ、そうですね」
「そう……まったく、これで本当に何回目になるのかしら」
「もう数えるのも面倒なくらい、ですかね」
この会議、「桐生と乃木様をくっつけよう会議」は定期的に行われている。
内容はその名の通り、桐生と桐生に恋する園子をくっつけるための会議。
桐生の友人である安芸や三好のアドバイスの元、それぞれが様々な案を出し、これまでにあの手この手で園子にアプローチをかけてもらっていた。
このように集まってという形式をとってないものも含めれば、園子が宗主になる前からになり、もう数年は続いている。
そして今もなお続いていることからわかるだろうが、これまで園子がしてきたアプローチは全て失敗という形で決着しているのだった。
ちなみに今回の作戦は、「愛妻弁当で桐生の胃袋をわし掴み作戦!」というもの。
地方の巡視に赴いた園子の付き添いに三好と桐生が加わり、昼食時に園子と桐生が2人きりになれる状況を三好が作り出したのだ。
小さい頃は料理が苦手だった園子だが、今ではもうどこに出しても恥ずかしくない腕前へと成長を遂げていた。
その功績の大部分は、親友である東郷にある。
東郷は子供の頃からすでに料理の腕は一級品、それを知っていた園子は東郷に料理の指導を頼み込んだのだ。
東郷も親友の頼みということもあるが、それ以上に友奈を巡る最大の恋のライバルである―――と勝手に思っている―――桐生を排除出来るかもしれないのだ、自然と指導にも熱が入るというもの。
元々天才肌で真剣に取り組んだ園子、指導に熱が入った東郷。
2人の本気が実を結んだ結果、教え始めて1カ月ほどで、和食なら東郷に近いレベルの料理を作れるようになっていた。
もう教えることが無いくらいの園子の上達ぶりに、東郷もニッコリと微笑んだとか。
異性の心を射貫くには、胃袋を掴むのが一番とは西暦時代から言われている。
これならば桐生の心も少しずつ園子の方に流れていくだろう。
園子を応援する者は皆そう思っていた……思っていたのだが。
『……はぁ』
余りの進展の無さに、3人同時にため息が零れる。
実際、弁当作戦に関しては今回が初めてではない。
すでに桐生の好みの料理、味付けに関しては三好や安芸含め、本人からもそれとなく聞いて把握済み。
もはやこの四国において、桐生の母親の次に桐生好みの料理を作れるだろう。
もちろん好みのものばかりではなく、ちゃんと健康にも気を使った料理にすることで、家庭的で思いやりのある女の子アピールは欠かしていない。
それに今回に関しては少し大胆に攻めており、白米の上にハート形に鮭フレークをのせた、あからさまな愛妻弁当と呼べる見栄えである。
おまけに恋人、新婚ならお馴染みの「あーん」までした。
ここまでやれば、普通は何かしらそれっぽい反応はあるだろう。
しかし桐生の反応はというと、弁当を作ってくれた園子に対する感謝のみ。
影から覗いていた三好にも、そばにいた園子にも、気恥ずかしさはあっても桐生が園子を恋愛対象として意識しているようには見えなかった。
「桐生の奴、どんだけ鈍感なんだよ。普通気付くだろ? ここまでされたら」
「もう桐生君のあれ、わざとなんじゃないの?」
「と言うと、気付いていて敢えてあの態度だと? だけど理由は?」
「んー、立場の違いから? もしくは友達とか、妹分として見てるからとか……」
「それって~、どんなに頑張っても報われない定番じゃないですか~?」
「わからないわよ? いまだに煩い人はいるけど、その気になれば立場の違いなんてどうとでもなるわ。それに見方なんて頑張って沢山アプローチを続けてれば、そのうちコロッと変わっちゃうこともあるものよ」
「“そのうち”なんて言えるの、最初の頃だけだと思いますよ?」
「これまでも沢山、アプローチは続けてるんだけどな~」
「……そうなのよねぇ」
立場の問題はともかく、気持ちの問題はとても気の長い話になりそうだと、曇り顔の園子の口からため息が零れる。
これまでの努力を知ってるだけに、中々報われない園子の想いに同情する2人だったが……。
「……でも、お弁当を残さず食べてくれて、いつも「おいしかったよ」って優しく微笑んでくれるだ~……振り向いてくれないのは悲しいけど、でもあの笑顔を見てるだけで、なんかそれだけで満足しちゃうっていうか~、心がポカポカしてくるって言うか~……えへへ~♪」
「(夢の中の桐生もそうだったけど、乃木様の中のあいつってかなり美化されてないか? 言うほど優しい笑顔してたっけ?)」
「(一途ねぇ)」
アプローチを仕掛けて数年、中々報われない恋だというのに全く挫ける様子がない。
むしろ時を、回数を重ねるごとに、園子の恋心はより深く、重くなっているようにすら感じられる。
「ここまでやっても堕ちないなんて、本当に難攻不落って感じですね。俺なら夏凛ちゃんに同じ事されたら、最初の1回目で陥落してるってのに……夏凛ちゃん、俺にも愛妻弁当作ってくれないかなぁ」
「三好君も相変わらずねぇ。昔より距離が縮まったといっても、がっつく男は嫌われるわよ?」
「がっついてません~、適切な距離感を持って夏凛ちゃんをいつも見守ってます~!」
唇を尖らせながら、ブーブー文句を垂れる三好。
普段の真面目で優秀な大赦の幹部としての三好春信しか知らない人が見れば、さぞ目を疑う光景だろう。
見慣れてる安芸からすれば、三十路近い男が何を子供っぽい事してるのかと呆れるだけだ。
「大の男が、そんな仕草しても可愛くないわよ……大赦幹部がストーカーで通報されるとか、ほんと止めてよね? なんか最近タガが外れて来てるんじゃなないかって、ちょっと心配になってくるわ」
同じ本土調査メンバーで交流のある桐生の仲介もあって、着々と兄妹仲が進展していくのはいい。
だけどその一方で三好がこれまで隠していた本性が解き放たれて、もう自重とか出来てないんじゃないかとすら思える時がある。
桐生からの情報によると、夏凛から兄のことで相談されたことが何度かあるという。
その時は三好の本性がばれない程度にフォローを入れて誤魔化してるらしいが、多分そう遠くないうちに化けの皮が剝がれて、その本性が夏凛に露見することになるだろう。
「はぁ~、夏凛ちゃ~ん……」
「はぁ~、桐生さん~♪」
「……まったく、こいつ等は」
自分の世界に入ってしまった2人に、若干頭痛がしてきて安芸は顔を顰める。
もうさっさと話しを勧めようと、安芸は園子に目を向けた。
「乃木さん。幸せそうなところに水を差すようで申し訳ないけど、この際だから言わせてもらうわ。今まで言わなかったけど、もう少し危機感を持った方がいいわよ? ほんと今更な話しだけど」
「え、危機感?」
「乃木さんも知っての通り、結城さんも多少なりとも好意は持ってるみたいだけど。それ以外でも大赦内で、桐生君を気にかけてる女性って結構いるのよ?」
「そ、そうなの!?」
「えぇ。仕事は真面目だし、人当たりも悪くないし、顔も良い方……かしら? まぁ、そんな感じだから同僚の中でも、桐生君の話題は時々出てくるのよ。私も桐生君とはよく話すし、その関係で桐生君について聞かれることもたまに、ね」
「え、えぇ~!?」
友奈が桐生に対して恋心か憧れかは知らないが、それなり以上の想いを寄せていることは知っていた。
とはいえこれまで見ていた限りでは、2人の関係が進展する様子は見られない。
一番のライバルとの関係が進展する様子が無いのだ、こちらは焦らずじっくり腰を据えて攻略していけばいい。
そう思っていたのに、ここで出てきた安芸からの新情報に園子が驚きの声を上げる。
「あー、あいつ結構面倒見も良いからなぁ」
「色々文句言いつつも、面倒事を引き受けてくれるし。なんだかんだで人が良いのよね、桐生君って」
「……う、うぅ~!」
桐生の良さは、ずっと見てきた自分がよく知っていると園子は自負している。
だからこそ桐生の良さを知れば、桐生に好意を寄せる人が出て来てもおかしくはないとも思っていた。
だからと言って今更出てきた相手に桐生が盗られるのは、流石に園子としても許容出来るものではない。
仮に自分以外の相手とくっつくことになるのなら、どうせなら自分と同じくずっと桐生を見てきた友奈がいい。
その方が園子としても、悔しいのに違いはないが納得は出来た。
だがそんな中でも「それで桐生さんが幸せになれるなら……」という思いもあり、複雑な感情が胸の中に渦巻いていた。
「……まぁ、とにかくよ。流石に案も尽きてきた、というかもうだいぶ前から似たような事しかしてない気がするし。そろそろ本格的に動くしかないと思うわけよ」
「そうは言っても、今までだって結構本格的にやってませんでしたか? 愛妻弁当なんてモロじゃないですか……まぁ、まだ告白はしてないみたいですけど」
「さ、流石に面と向かって告白するのは、まだちょっと心の準備が必要というか~……でも、思えばほんと色々やってきたよね~。バレンタインでハート形のチョコ作ったり、クリスマスで手編みのマフラー作ったり……」
時には腕に抱きついたり、時には関節キスなんて大胆なことまでやってのける園子。
そんな園子でも、いまだに告白には至っていなかった。
「あ、も、もしかして本格的って……ついに告白~!?」
自分が告白をすることを妄想して、赤くなった頬を両手で押える園子。
そんな園子に、安芸は小さく溜息を吐きながら首を振る。
「それが一番とは思うけど、告白に近いことは前にもうやってるのよねぇ」
「近いこと? ……あー、確か何年か前のバレンタインの時に、本命だって伝えてチョコ渡したんでしたっけ?」
「うぅ~、今思い出しても、すっごく恥ずかしかったんよ~」
「そうね、乃木さんも頑張ったとは思うわよ……で、結果は?」
「……『ははは、そっか、ありがとう。だったら俺も、ホワイトデーには気合入れたのを渡すから期待しててくれよ』って。結構高そうな万年筆を貰いました」
そしてそれは数年経った今も、園子が仕事で使い続けているものだった。
園子は懐からその万年筆を取り出し、若干ハイライトが消えた目で見つめる。
「……最初、やっと私の気持ちが届いたんだって浮かれてたんよ。でも、これ渡される時、普通に渡されて、それからも全然恋人に対する接し方じゃなくて……それで気付いちゃったんだ。あぁ、私の気持ち、桐生さんに伝わってなかったんだなぁって。あれ結構ショックだったな~、あはは~」
「本命だって言ったの、冗談だと思われたんでしょうねぇ」
これまでにも何度か勇気を出して、少し大胆なアプローチを仕掛けることはあった。
それこそ告白染みた発言、自身が好意を寄せているそぶりは何度も見せてはいるのだ。
しかし最後の最後でもう一歩踏み出すことが出来ず、結局冗談っぽい雰囲気で流してしまう。
1度や2度ならともかく、それが何度もとなればそういう冗談をしてくる子だと思われてもおかしくはない。
「というか、そもそものあいつのストライクゾーン自体が、自分に近いか少し年上の女性ですからね。これまでの作戦で、若干方向修正してるとは言っても……」
「まぁ、そうなんだけどね。でも、それって大学の時の話しでしょ? 乃木さんだってそろそろ20歳になるし、流石にもう子供扱いは出来ないでしょ。少なくとも私が見る限りでは、今の乃木さんは十分桐生君の好みに刺さってると思うけど」
「そ、そうかな~?」
「えぇ、私が見る限りでだけど」
誰もが見惚れるような柔らかい微笑み、包容力のある優しい性格、そして安芸や東郷には及ばずとも随分と成長を見せたその豊満なボディ。
大学の時からの付き合いである安芸から見て、今の園子は容姿、性格共に十分桐生の好みのタイプと思えた。
少し齢の差があるといっても、昔ならともかく今の園子を相手にまったくの無関心でいられるものだろうか。
「……まぁ、ともかく本題に戻りましょうか」
「えっと、確か本格的なアプローチを仕掛けるんでしたっけ。結局、何か案はあるんですか? もう誤魔化さず普通に告白するくらいしか、俺には思い浮かばないんですが」
「や、やっぱり、それしかない、よね~……」
その状況を想像したのか、少しだけ顔を曇らせる園子。
告白をするということに恥ずかしさはあるが、それだけならまだいい。
問題ははっきりとした告白には、はっきりとした結果がついてくること。
告白をした後、下手をすればこれまでの関係が変わってしまうかもしれないことに、園子は不安を感じていた。
「そうね、告白はしてもらうつもりよ。だけどただ告白しただけじゃ、また冗談か何かだと勘違いされかねない。だから桐生君に勘違させないようなシチュエーションを作り出す必要があるわ」
「勘違いされないようなシチュエーションかぁ。それはそれで、中々に難しそうだ」
「そうでもないわよ? これは以前から考えていたことではあるのだけど……そうね、これはある意味で最終手段かしら」
「最終、手段?」
「えぇ。正直、これはあまりやりたくなかったのだけど。少し、いえかなり強引だし。それにいろんな人を巻き込む手段だから。だけど少なくとも、ここまですれば乃木さんが本気だって伝えることは出来るでしょうね」
「……」
最終手段。
つまりこれに失敗したらもう後はない……こともないだろうが、かなり難しいだろう。
しかも話を聞く限り、かなり大事になりそうだ。
それを感じ取り、園子は緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲みこむ。
「……その最終手段、教えてくれる?」
しかし園子は覚悟を決め、安芸に尋ねる。
そもそもこれまでやってきて、ここまで想いを募らせておいて、今更止まることなど園子には出来ない。
どのような結末になるとしても、自分の気持ちを届けられないまま終わることだけは絶対に嫌だった。
―――勇者部六箇条、なるべく諦めない!
―――勇者部六箇条、なせば大抵なんとかなる!
園子の心に今もなお刻み込まれている勇者部六箇条に勇気を貰い、安芸の言葉を待った。
「私が考える最終手段、それは……」
「「それは?」」
安芸はキッと鋭い視線を園子と三好に向け、口を開く。
「お見合いよ!」
◇
「……でけぇ」
目の前の光景に、俺は思わず声を漏らす。
事前に三好から聞かされて自分でもちょっと調べてみたが、実際に見るとその凄さがより際立って見える。
この重厚さを感じさせる門構えだけで、由緒正しい場所だと頭で理解させられる。
もちろん外見だけではない。
中庭は鯉の泳ぐ橋の掛かった大きな池があり、専門の職人に剪定された立派な庭木のある広い庭園となっている。
中の建物自体も、高名な宮大工が手掛けて作ったもの。
そしてここで出される料理は味はもちろん、値段も一級品。
安いのでも数千円、高ければ数万はするそうだ。
ここがどんな場所か。
それは、この建物を利用するに相応しい由緒ある家柄、上流階級の人達が会食したり、見合いをしたりする時に使う、四国でも1、2を争うほどの超高級料亭だ。
「なんか俺、場違いじゃないか?」
「お前なぁ、普段から由緒ある場所にはよく出入りしてるだろ? 大赦本部なんて最たるもんじゃないか。シャキッとしろ、シャキッと」
隣の大赦の装束に身を纏った三好が、どこか呆れた様子で言って来た。
ちなみに園子ちゃんが宗主になってから、あの不気味な仮面は付けないようにする体制にしたらしく、以前までなら仮面に隠されていたその表情が今ではまるわかりだ。
「つっても俺がその当事者にされるなんて初めての事だし、いつも通り平然となんて難しいっての」
ちなみに俺は黒いスーツ姿で、襟の所に大赦のマークが描かれたバッチを付けている。
俺は大赦の人間とはいえ、神官ではないから三好のような装束は与えられていない。
スーツは前の仕事の時から着慣れてはいるが、今の俺はガチガチに緊張してて、傍目では入社したての新入社員にすら見えるかもしれない。
「なぁ、今更だけど本当に俺じゃないとダメか? 正直、荷が重いというか、なんか胃がキリキリしてきたんだけど」
「本当に今更だな。だけど、ダメだ。乃木様たってのご指名だからな、諦めて受け入れろ。これも立派なお役目だ」
「……お役目、ねぇ」
俺がこんな立派な料亭の前にいる理由、それは三好が言う乃木様、つまり園子ちゃんから頼み事をされたからに他ならない。
その頼み事というのが、また俺にとって気が乗らないことこの上ないものなのだが。
「俺なんかが務まるとは思えないんだけどなぁ、見合いの練習相手なんて」
そう、見合いの練習である。
園子ちゃんはそろそろ20歳になるというのに、普段はそれを感じさせないくらいのほほんとしていて、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。
しかし実際には、この国の根幹を担う重要な組織である大赦の宗主。
それに乃木家は大赦における2トップ。
偉い立場なだけでなく家柄も凄い、四国きっての重要人物なのだ園子ちゃんは。
そんな園子ちゃんだからこそ縁を結びたいと思う相手は多く、見合いというものが付きまとって来る。
「良家同士の見合いなんて、俺には遠い世界の話しにしか思ってなかったのになぁ」
「何度も言うが、これは乃木様自身が望まれたことだ。普段はどんなことにも毅然と振舞われる乃木様といえど、流石に将来を決めるかもしれない見合いとなれば緊張されるのも無理はない。だから乃木家としても、大赦の宗主としても、本番で恥をかかないように事前に練習をしておきたいんだろう。その相手を務められるのは普段から気心の知れた男、お前くらいしかいないだろ?」
「それなら三好でもよかったんじゃないか? お前だって園子ちゃんとは長い付き合いだろ」
むしろ付き合いの長さで言えば、俺よりもずっと長いはずだ。
「それは、あくまで大赦の神官としての話しだ。まぁ、多少は私情で関りを持ったこともありはするが、それでもやっぱり神官としての立場が邪魔してなぁ……」
「……一応、俺も大赦の人間ではあるんだけどなぁ」
「お前は大赦での上下関係だけじゃなく、普段から友達付き合いもしてただろうが。まぁ、とにかくだ。今回に関しては、お前が自分で引き受けた事だろ? ここまで来ておいて、今更弱音なんて吐くのはみっともないぞ」
「……わかってるよ、ちくしょうめ」
三好の言葉に、少し不貞腐れ気味な態度になってしまう。
そう、今回の事は大赦を通してではなく、園子ちゃんから直接頼まれたことなのだ。
そしてそれを受けたのは、まぎれもない俺自身。
俺だって本当は、こんな重要な役目なんて受けたくはなかった。
いや、園子ちゃんの頼みなら極力聞いてあげたい気持ちはあるけど、今回はどう考えても俺には荷が重い役目だろうと。
なんせこの四国を治める組織、大赦の宗主様の見合い相手だぞ?
相手が普段から付き合いのある園子ちゃんだとわかっていても、いやわかっているからこそ下手な失敗なんてして園子ちゃんに恥をかかせられない。
「(せめて園子ちゃんが、どこにでもいる普通の女の子なら……いや、それでもきっついなぁ……)」
そんなだからこそ、一度は断ろうとしたのだ。
だけど俺に見合いの練習相手を頼んできた園子ちゃんの目は、俺を大赦に誘った時と同じくらい、いやそれ以上に真剣な目をしていた。
あの真っ直ぐな目で見られるの、ほんと弱いんだよ俺……。
「さて、そろそろ行くか。いいか桐生、これは確かに練習かも知れないが、練習だからこそ本気でやってくれよ? 宗主であり、乃木家の御令嬢の見合いなんだ。本番で乃木様に恥はかかせられない」
「わかってるよ」
「本当だぞ? 冗談じゃなく、本気でやれよ? 相手の言葉に定型文みたいに返すんじゃなく、お前自身の本音で応えるんだ」
「だからわかってるって! 何回言えば気が済むんだよ!?」
「……わかってるならいい」
三好のしつこい念押しにうんざりしてくる。
そこまで俺は信用されてないのかと……そりゃ、三好や安芸先輩と比べれば、頼りない人間なのは自覚してるけど。
先を歩く三好に続き、俺もデカい門をくぐって中に入る。
地面に埋められた石畳、いや飛び石というのか? その上を歩いて建物の入り口に着くと、そこには三好と同じく神官の装束を身に纏った安芸先輩がいた。
普段は園子ちゃんの秘書としてスーツの時が多いから、結構久しぶりに見る姿だ。
「待ってたわ。さぁ、早く入って。もう乃木様方の準備は出来てるから」
「え、もう? ……あの、俺、もしかして遅刻でもしちゃいました?」
安芸先輩の口ぶりから、俺の方が後に来たのがわかる。
練習とはいえ相手を待たせたらいけないと思い、30分前くらいに着くようにしていたのだけど、それでも遅かったのか。
「今回は乃木様方の方が早く来たというだけで、別に桐生君が遅刻したわけじゃないから心配しないで。予定より少し時間は早いけど、それならそれでじっくり話も出来るでしょう」
「……話し、かぁ。出来るだけ短く済ませたいんだけど……無理そうだなぁ」
「さ、桐生君」
「桐生」
「「覚悟していってこい」」
「……あい」
俺は安芸先輩、三好の2人に両脇を固められるような感じで、重い足取りで見合い会場までの通路を進む。
これで両腕を掴まれていたら、西暦時代の資料で見たFBIに連れられて歩く宇宙人みたいだなと変な妄想が浮かび、乾いた笑いが小さく零れた。
通路を歩いて少ししたころ、建物に見劣りしない立派な襖の前で止まった。
「乃木様、御相手の桐生秋彦が参りました」
『……入りなさい』
中から聞こえてくる男性の声。
静かで、それでいて深みのある声だ。
それにここに来てからどことなくピリピリと、威圧感のようなものを感じる気がする。
練習とはいえ本番を見越しての見合いの席だからこそ、相手も本気でそこにいるということだろう。
俺は意を決し、気持ちを切り替えて襖を開けよう……として、安芸先輩や三好が先に両方の襖をあけてしまった。
「……」
「……ほら、桐生。なに突っ立ってんだ?」
「もうお見合いは始まってるのよ? シャキッとしなさい」
「……あい」
所在なく伸ばしていた手を引っ込め、微妙な気持ちのまま中に入った。
見ると木造りのテーブルの上座に園子ちゃんを中央にして、両隣に壮年の男性と女性が座っている。
今日の園子ちゃんはあの宗主の装束ではなく、白いブラウスに淡い紫色のロングスカートといった少し大人な感じの洋服だ。
何度か園子ちゃんの私服は見ているが、今着ているのは始めて見る。
どことなく新品っぽい印象で、もしかしてこの日のためにわざわざ用意したものなのだろうか。
そして。
「(この2人が園子ちゃんのお父さんとお母さん)」
園子ちゃんの両隣りにいる2人に目を移す。
何気に間近で見るのは始めてかもしれない。
大赦でも発言力のある家柄のため重要な会議とかには参加しているのだろうが、生憎俺はそんな重要な会議に呼ばれることなどない。
お偉いさんとの顔合わせなんて、ほぼないと言える立場の人間だ。
「(……いや、そういえば三好も安芸先輩も偉い立場なんだっけ)」
三好は大赦の幹部、しかもその中でも発言力は高い方だ。
そして安芸先輩はこの国の頂点、大赦の宗主である園子ちゃんの秘書。
忘れがちだけど、俺って結構偉い立場の人達と付き合いがあるんだった。
「……そんな所で立っていないで、早く座りなさい」
「あっ、は、はい」
ボーっとしていた俺に、園子ちゃんのお父さんが座るように促してきた。
まだ大して話してないけど、印象としては厳格な父親といった感じだろうか。
反対側のお母さんの方は、どことなく園子ちゃんの面影が感じられる柔らかそうな顔立ち。
彼女は薄っすらと笑みを浮かべて軽く会釈してくるが、しかしどことなく観察されている感じがする。
「(観察というか、値踏みか? これ。 なんだか居心地が悪くなってくるな)」
とりあえずこれ以上待たせてはマズいと、俺はテーブルを挟んで園子ちゃんの対面の位置に座る。
一緒に入って来た三好と安芸先輩は、俺の両隣りに一礼してから座った。
……俺も頭を下げておくんだったと、今更ながら少しだけ後悔した。
練習とはいえ俺の人生で初めてのお見合いは、重苦しい気持ちを抱えたまま始まることとなった。
(あとがき)
個別ルート、園子ちゃん編の前編、これにて終了です。
安芸先生の名前って載ってなくて分からなかったのですが、何か調べていて安芸真玲と西暦時代の巫女の子と同じ名前が出てきたので使わせてもらいました。
多分、誤植か何かだとは思いますが、友奈ちゃんと同じく何か特別な意味を持ってたり、一族の中で女児が生まれたら名付けていたとかそういう理由なのかなぁと、脳内で保管してます。
友奈ちゃんが何人もいるのですし、まぁ、同じ名前が出て来ても別に今更かと開き直りもあったり。
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個別ルート、園子ちゃん編です。