ジュナチたちはオバー様の根本で、やわらかい風が木々を揺らす音を聞いていた。昨日の夜、疲れて早々に眠ってしまったルチアは、パースから聞きたい話がまだまだあった。幹に座っていたパースの前に立ち、期待をこめて言う。
「ミジュリス陛下の話をもっと聞かせて」
「説明しましたけど…?」
パースはこれ以上話すことはないと思い、やんわりと断った。
「あれだけじゃ足りないわ、もっと詳しく聞きたいの。ね、ジュナチもそうでしょ?」
「うん、すっごく興味ある」
ジュナチは、ゴールドリップでもあるミジュリス陛下の情報ならどんなことでも知りたくて、ルチアと一緒に前のめりになる。ルチアが話を促すように微笑むと、パースの持つ空気が少しだけ鋭くなったのを、3人の様子を遠目で見ていたダントンだけが気付いた。
「どうしたもんでしょうかね、これ以上話すとだいぶ踏み込んだものになりますけど」
首をかしげながら、自分が話し出すのを待っている2人を見た。
「…なぜ詳しく聞きたいんですか? その情報をどう活用するのか知りたいですね。ジュナチさん、教えてくれますか」
指名されたジュナチは、まさか質問をされるとは思わず、おずおずと話し出す。
「…昔の歴史を知れば、なんで国王がゴールドリップを狙うのかわかるかもしれないよね。それでルチアを守れるならって思ったからだよ」
「あなたが、本当の歴史を知ったと国王側に気づかれたら、きっとルチアさんと同じように、あなたも命を狙われるんじゃないですかねぇ」
忠告するように言うパースは、言葉を続ける。表情は笑顔のままだけど、口調はいつもよりも厳しかった。
「国の歴史は湾曲されています。ミジュリス陛下…つまり、ゴールドリップと国王の繋がりは、意図的に国が隠しています。それをわざわざ暴くのは、必ずリスクがありますよ」
パースの言葉に、ジュナチの目は大きく揺れた。
「そうかも、しれないけど…」
一気に、彼女の顔色が悪くなるのをルチアも、パースも理解できた。後ろからやってきたダントンは彼女の肩に手を置いて、
「この話は終わりにするぞ」
と言って彼女を庇うように言った。輝いていたジュナチの瞳が、みるみる力をなくしていく。
「ボクが話すかどうか、決めるのはルチアさんですよ。どうされますか?」
ジュナチの様子を無視して、パースが自分の主へ確認すれば、
「今は、聞かないことにするわ」
考える間もなく、ルチアはすぐに答えた。その表情は薄く笑っていて、パースが何を言いたいのかは察しているようだった。そして、ルチアはしょげたジュナチの手を取って歩き出す。「2人で散歩がしたい」と言ってダントンとパースの前から去っていった。
カレバは宝物殿の最奥にいた。誰もいない真っ白な地下室だった。魔法のおかげでライトがなくても明るくなっている。この部屋にたどり着くためには、入り組んだ廊下を抜け、複雑な魔法で隠された秘密の階段を見つけなければいけなかった。その秘密を知るのは国王、王妃、カレバの3人だけだった。
部屋の中央には、もう1つの国宝具である指輪が、ベッドで眠るように重厚な布の上に置かれている。カレバは持ち出したオーブをそっとその隣に置いた。手のひらに余裕で収まる小さなそれを撫でる。この中にどれほど強力な魔法が込められているのだろう、そう考えながらじっと見つめる。オーブは今は動かず、細かいチリが底に溜まっているだけだった。
宝物殿を出ると、長身の女がカレバのもとにやってきた。羊のように気だるげで、どこを見ているかわからない目をして、柔らかな空気を醸し出していた。露出が少ない空色ドレスで身を包み、アクセサリーは一切付けていない。歩くたびに軽やかなスカートの裾がフワフワと揺れ、蝶のようだった。
彼女は国王と王妃が話し相手として城に住む哲学者リスタタンという。カレバは彼女を避けていた。突拍子もない話題を振られることが多く、何を話しているのか理解が難しかった。そのうえ、カレバが急いでいたとしても、ずっと早口で話し続けるところが苦手だった。
「こんにちは、リスタタン先生。これから国王様のもとに行かれるのですか? お疲れさまでございますッ」
彼女から離れたくて、カレバは早々に挨拶を終わらせて、一礼し、去っていこうとした。
「わたくしは貴殿に入り用がございます」
彼女の澄んだ声が、カレバを少しだけイラつかせた。
「ふむ、なんでしょうッ?」
カレバは逃げたい気持ちを隠して、彼女と向き合った。
「王から伺ったのですよ。国宝具が動いたのでしょう? 是非そのお話を伺いたく存じます」
「ふむ…」
国王が重要な情報をあっさりとリスタタンに漏らしていることに驚きながらも、カレバは表情に出さなかった。
「まさかもうお耳に届いているとは、さすが先生ですねッ」
持ち上げるような言葉を言っても、彼女は表情を変えずうっすらと笑っていた。
「国宝具のどちらが動きましたか? オーブか指輪か」
「!」
この国で3人しか知らないはずの国宝具の形状を把握している彼女を、カレバは危険視することに決めた。こればかりは国王が漏らすはずのない情報だった。ほかの「誰か」から情報を得たことは間違いがない。相手は誰なのか探るべきだ。
カレバは一度黙ってから、
「それは秘密事項ですのでッ、失礼いたします」
そう言って彼女から離れた。背中で小さく笑う声が聞こえ、小馬鹿にされている気がしたが無視する。
自分の部屋に戻ると同時に、カレバは囁く。
「集まりなさい」
黒い服をまとった、比較的小柄な人間5名が目の前に並んだ。その密偵たちへ、哲学者の一挙手一投足を今後すべて報告するよう命令した。
森の中に流れる小さな川。その傍に座って、ルチアとジュナチは黙ったままだった。先にルチアが口を開いた。
「ミジュリス陛下の話、長くなりそうよね」
「うん…」
ジュナチは元気がなかった。ずっと「ゴールドリップを守る」と心に決めているのだから、国王の思惑を暴くべきなのに怯んでしまった。「命を狙われる」という言葉を聞くと同時に、パースが自分に向けた殺気やボロボロになったダントンの姿を思い出した。
(怖い…)
不安から、体を抱きしめるように両腕をぎゅっと抱いた。ジュナチのその様子を見て、不安を消すようにルチアは明るくふるまった。
「パースの話は聞かなくって正解だと思うわ」
「でも…」
ルチアが自分を庇っていると、ジュナチは気付いていた。自分のせいでルチアが国王の情報を手に入れられなくて、申し訳なさでジュナチは苦しくなった。彼女が顔を上げると、ルチアは口角を上げて満面の笑みを浮かべていた。
「私のことは気にしないで、ルチアだけでもミジュリス陛下のことを聞いたほうがいいんじゃないかな…?」
ジュナチが弱弱しい声で伝えると、彼は首を横に振った。
「必要ないわよ」
だって、と言葉を続ける。
「僕ね、この島に来て今までの人生で、いえ、たくさんのゴールドリップの記憶を探しても、こんなに深く眠れたことなんてなかったの」
ルチアはジュナチの手を握ると、彼女もそれを握り返した。
「命を懸けて国王の話を聞くよりも、この島でジュナチと一緒にいたいわ。本気でそう思ってるの」
「そうなの…?」
ルチアの心の内を知って、ジュナチはしょぼくれた表情が変わり、ほっと安心した様子を見せた。ルチアはもっと話題を楽しいものにしたくて、これからの予定を考える。サイダルカの島で自分が何をするべきか、確認した。
「僕はここにいて、いい?」
「もちろんだよ」
「そしたら、ジュナチのお手伝いをするわ。いつでも材料集めに行くわよ。ドラゴンの島は楽しかったからね!」
「ありがとう」
ウキウキしているルチアに笑いかける。彼は楽しくなって、たくさん話しだした。
「帰り方もわかってるし、今度は1人でも島に行けるでしょ。それに、ジュナチも新しい道具を考えたりもするわよね? それも手伝う!」
「う、うん…」
ジュナチはぎくりとした。あいまいに返事をして、ジュナチは魔法道具を作る話題を避けてしまった。自分が新しい発想を思い浮かぶ日が来るとは思えなかったからだ。そんな自分が情けなくて、ジュナチはみるみる気分が落ち込んでいった。
「ジュナチの魔法道具なら、ステキな物ができそうよね」
「…そう、かな」
囁くようにルチアが伝えた本音は、ジュナチを笑顔にした。
(ルチアと一緒なら、新しい発想が生まれるかも?)
そんな前向きな言葉が彼女の中で思い浮かぶ。今までなかった思考によって、ずっと開けられなかった扉が、ガシャリと開いた感覚がした。
そうして、色々と話ができた2人は立ち上がった。そろそろ家に戻ってもいい時間だ。だけど、とルチアは思いとどまる。
「———、」
川にうつった自分の姿を見て、地味な格好と顔つきをした少年がいることを改めて確認する。彼は勢いよく振り返って、ジュナチを見つめる。
「…ルチア?」
淡く光ったルチアから、ジュナチは目が離せなかった。
「!!」
強く風が吹き、木々が揺れる。ルチアの長い髪も一緒に風に乗った。猫のような大きな目と、すらりとした手足、柔らかい微笑み。ジュナチには、目の前の女の子が特別なオーラを纏っているかのように、キラキラして見えた。
「これで、またカレバ宰相がこの島に来ても、国宝具は反応しないわ」
黄金色に輝く唇でルチアはそう言う。そして、胸元にいつも下げていたジュナチからもらった銀の小さな筒を手に取った。それは絶対に落ちないリップで、ジュナチがルチアに渡した魔法道具だ。淡い紅色のそれを唇に塗れば、金色の唇は赤く染まる。
「似合う?」
「うん、とっても…」
ルチアを見惚れているジュナチは、言葉を続ける。
「ルチアって本当、キレイだね。最初に会ったときから思ってた」
カーニバルで会った瞬間、少年の振りをした彼女の姿を見たときを思い出していた。ジュナチは元の姿に戻ったルチアに近づく。
「あら、嬉しいわ。ありがとう」
ルチアは自分をうっとりと見る彼女の頬を愛しそうに撫でた。その柔らかい感触にジュナチの表情が緩む。
「…魔法を解くと、どんな感じなの?」
「じわじわと疲れていくのがなくなったわね」
今まで聞いていた少年の声から、透き通った声に変わったルチアをジュナチはじっと見つめた。ルチアもそれに負けないくらい、熱を持った瞳で語り掛ける。
「あなたは「ゴールドリップを自由にする役目」を果たしたいって、最初に言ってくたわ。わたし、今とっても自由よ」
くるりと回って、今の自分の姿をアピールした。ジュナチの前で本当の自分を見せられたことに、喜びを感じる。
「わたしのために国王を探ろうとしてくれて、ありがたいと思ってた。でも、事情は思ったより複雑そうだから…」
ルチアは、一度黙る。そして、
「だから、今は国王のことから距離を置きましょ。パースから話を聞くのは、必要なときが来たらでいいじゃない?」
とジュナチを諭すように提案すれば、ジュナチはこくりとうなずいた。ルチアの考えを優先したいと思ったから。
「ありがとうジュナチ。色々と…本当に色々とね」
ルチアはそうゆっくりと言いながら、ジュナチの背中に手をまわした。
2人のハグを影から見守る男が微笑ましそうに見ていた。
「女の子だったんですねぇ。だからいい匂いがしてたのか。ずっと姿を変える魔法が使えるなんて、さすが陛下だなぁ」
感心しながらパースは横に立つダントンを見た。眉間にはしわが寄って、犬歯も若干出ているほど、表情がゆがんでいた。
「…まさか、ルチアさんに妬いてるんじゃないでしょうね。怒りの感情は外に漏らさないように訓練しなさい」
「は? んな心狭いわけねーだろ」
パースの言葉にすぐさま反応したダントンは、移動魔法を使ってすぐに自分の部屋に戻っていった。それは子供が不貞腐れたときにやるもので、やれやれとパースはため息をついた。
微笑む自分の主人の表情を見て、パースは安心したように口角を上げた。
「あなたの魂は、幸せなんですね…」
かつての主人を思い返しながら、囁いた。
「良かった」
姿を戻したルチアは、川に映った自分をじっと見ていた。最後に見た自分の姿からずいぶん大きくなったと言って、何度も何度も確認していた。ジュナチは彼女が姿を変える前は、どんな場所でどうやって暮らしていたのか質問する。ルチアは少し考えてから、口を開いた。
「生まれた場所? 誰にも話したことがないわね、記憶があいまいだけど…」
「大丈夫だよ、時間はいっぱいあるもん。ゆっくり話そうよ」
ルチアは家族のこと、生まれた雪国のこと、通っていたアカデミーのことを、たどたどしく説明する。ジュナチはずっとキラキラした瞳で、彼女の話を聞いていた。
つづく…
閲覧いただき、ありがとうございました!
第1章が終了し、次から第2章に入ります。
第1章を書き直したものをいつか本にしたいと考えていますので、そのときはどうぞよろしくお願いします。
次回は3月3日(来月の第1金曜日)の夜に更新します!
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