No.111198

Princess of Thiengran 最終章ー夕暮れ時再び

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「もし陛下が逃げたりしたら、必ずぼくが追いかけて捕まえますから」

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2009-12-08 20:11:50 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:621   閲覧ユーザー数:596

空が茜色に染まり始めた。

トモキは内心ため息の嵐だった。目を離したすきにリウヒが逃げたのである。

今日の政務は終わっているから、いいんだけど。

もしかして、これからは本殿でぼくたちは追いかけっこをするんだろうか。

 

足はまっすぐ東宮に向かう。

普通、王は政務も居住も本殿で行うものだ。しかしリウヒは毎日東宮から本殿に通って政務をこなした。本殿の奥が未だ建築中だった事と、やはり先代の寝殿を使うのは嫌なのだろう。

臣下たちも何も言わなかった。

東宮の部屋に戻ると、夕餉の支度をしていた女官たちが声を上げた。あの三人娘である。

再会した時、女官たちとリウヒ、トモキは手と手を取り合って喜んだ。

この部屋の空気は、昔と同じままだ。

リウヒはいなかった。探してくる、と告げてトモキは外に出た。

その後ろ姿を見ながら三人娘はほほ笑んだ。

「昔と変わらないのね」

「本当に仲のよろしいこと」

「早く準備してしまいましょうよ」

もうすぐ、腹を空かせた王と口うるさいお付きが帰ってくる。

 

探していた少女は、東宮の小さな庭に立っていた。ティエンランの城下を見下ろしている。

その後ろ姿は妙に静かで、結った藍色の髪や裾が風に揺れていた。簪の飾りが小さな音を立てている。トモキは文句を言おうと開いた口を閉じた。声をかけられない。

「トモキか」

リウヒが口を開いた。

「タイキとジュズは、まだ見つからないそうだ」

そうですか、とトモキは答えた。

帰ってきてほしいな、カガミも。とリウヒが呟いて小さく笑った。

心が絞られるような悲しい声だった。

王女を愛してくれた教師たち。だからこそ彼女を王にしようとしたのか、それとも唯の駒だったのか。カガミはこのことに関して、何も語ってくれない。

前者であってくれればいいと思う。

「なあ、トモキ」

目線は城下に注いだままだ。

「わたしは王と言うものは、何でも命令できるものだと思っていたよ」

もちろん国務はそんなに甘いものではなかった。リウヒは日々臣下たちと喧嘩をしている。

王は臣下たちの言っていることが分からない。臣下たちは王が言っていることが分からない。

シラギとカグラが中間地点に立って通訳と調整をしている。この二人がいなければ、政務は機能しないという情けない状態なのだ。

「もしかしたら先王は国務に疲れ果てて、ショウギに逃げたのかもしれないな」

そうかもしれない。国を動かすのは生易しいことではない。それでも王は責任がある。

逃げることは許されない。

「もし陛下が逃げたりしたら」

トモキはにっこりとほほ笑んだ。

「必ずぼくが追いかけて捕まえますから。お覚悟しておいてくださいね」

ぼくだけじゃない。シラギやカグラ、マイム、キャラもいる。カガミさんも早く治してもらって一緒に。

リウヒは声を上げて笑った。

「ならば、海を渡って逃げてやろう。兄さまもいることだし」

憮然としたトモキを振り返る。

「みんなが追いかけてくれるのだろう。楽しそうじゃないか」

「陛下」

冗談だよ。とリウヒはクスクス笑う。

「ここがわたしの居場所だ」

そしてトモキに近づき、その手を取って歩き始めた。

 

「にいちゃん」

 

驚き足を止める。気が付いていたのか。分かっていたのか。知っていたのか。いつから。

リウヒは相変わらずクスクス笑ったままだ。再び手を引いた。

トモキもつられて笑ってしまった。

「早く帰ろう。腹が減った」

「そうですね」

今日の夕餉はなんだろう。菜飯じゃないといいけれど。

笑いあう二人は手を繋いで東宮へと向かう。

 

陽は遠く西へ傾き、歩く二人の影を間延びして落としていた。

 


 
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