No.1102165

悔いなき青春

融志舫清さん

何でも許せるかた向け。鬼滅・原作の刀鍛冶編ぐらい以降22巻くらいまでとファンブックのネタバレあり。
重め大正軸です。伊黒さんの柱就任時・お館様との初面会がどうだったかの妄想、捏造、願望あります。
以前投稿の「少しだけ嘘」の伊黒さんサイド詳細記述バージョンでもあり、一部同じ文章の一節があります。(以前の投稿作とは独立していますのでそっちの読了必須ではないですが、力量ないので別バージョンになったかもしれません…。)

9月15日の誕生花であるススキの花言葉いろいろあるそうです。その一つが「悔いのない青春」とありました。

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2022-09-10 20:59:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:426   閲覧ユーザー数:424

柱に就任して初めてお館様に会った日。帰宅して後、伊黒はお館様の言っていた「死生一如」を、書物で調べていた。

 

死生とは、死ぬことと生きること。一如とは、一体であること。

死ぬことと生きることは一体。

 

ほかの文献にもあたった。荘子は万物齋同(すべてのものは同じである)としている。生も死も同じである。どちらがすぐれていてどちらが悪いということもなく、どちらが幸せでどちらが不幸ということもない。

 

そんな風に思えたらどれだけ良いだろう…。口の両端の傷に触れた。今は包帯をほどいている。

 

元・炎柱に救われてから伊黒は、鬼殺隊士を志し煉獄家で炎の呼吸を習得しようとしたが、炎の呼吸は向いていなかった。水の呼吸の育手に預けられた。剣術だけでなく、体術、兵法や礼法において指導してくれた育手と自身の努力によって、体格の不利や右目のこと、生育歴といった逆境を克服していっていた。水の呼吸からやがて蛇の呼吸を独自に創設した。

鬼殺隊に入隊し、やっと何者かになれた。階級が上がり、とうとう柱になった。

 

その日は産屋敷耀哉から静かに語りかけられた。「小芭内、先祖からの業に苦しんだのは、我らも同じなんだよ。私は病み、皮膚はさらに爛ただれ、やがて目も見えなくなるだろう。命も、長くない。私の近親者は業のために苦しみ、そのために死んだようなものだ。業に囚われてしまった。己の使命として受け入れることも、それに立ち向かうこともできなかった…。」

 

「君は立ち向かうことができた。私には振れない剣において血の滲むような努力をして実力を蓄え、鬼殺に命を賭けてくれている。ありがとう、小芭内。」

「ありがたきお言葉。お館様、そして師範に感謝いたします。」

伊黒は報われたような気がした。心の奥で煉獄一家にも感謝した。

 

耀哉「小芭内。気になることがある。鬼殺よりも大事なものがこの先現れるだろうか。」

伊黒「そのようなことは断じてありません。」

何を意図しておっしゃっているのか、皆目わからない。

 

耀哉「死生一如という言葉を知っているかい?」

伊黒「死も生も同じということでしょうか。」

耀哉「そうだね。死ぬことと生きることは一体。ひとつながりのものとして考える見かただよ。生があれば必ず死が訪れる。いくら奴が千年以上生きてても我らは鬼舞辻無惨を必ず滅する。我らには、一族の呪いを解かなければならない使命がある。そのためには私には死も生も大きな隔たりはない。」

と一息ついた。

 

「しかし、柱であっても君達には一線を退くこともできる。己の心に正直でいてほしい。現に元柱の育手が何人かいるだろう。」

同席していた産屋敷あまねは驚いた。耀哉がここまで長く深く会話するのは、初めてだ。しかもその内容は柱就任のこの時に決してふさわしいとは…。

伊黒「俺は鬼を、無惨を倒すため、死ぬまで戦う覚悟です。」

耀哉「無惨を倒した後、生き残っていたら?」

伊黒「それは。」言葉に窮した。

耀哉「それも運命だと思う。」

伊黒「…。」

耀哉「命は己次第で生きてくる。どうか小芭内。これから先、悔いなき道を選んで欲しい。」

伊黒「…御意。」

 

耀哉は面会後、会話が長かったために少し体調を崩し床に臥した。傍らにいるあまねに漏らした。「まさか、だ。」

あまね「どうなさったのですか?」

耀哉「冷静沈着、頭脳派の彼にもまさかの日々が来ることが、見えたんだよ。」

「まさかの日々ですか…。」あまねは腑に落ちないという顔をしたが、次の耀哉の言葉で察した。

 

「ああ春の日差しを浴びたような心躍る日々だ。親の愛情を知らず苛烈な運命だった彼にね。」

 

私があのように言っても、おそらく君は引退など考えず死ぬまで戦うだろう。だからこそ私は言ってしまったんだよ、小芭内。

 

耀哉「親心かな…。」

 

それから数年経った、産屋敷邸・柱合会議。うら若き女性隊士が、屋敷内で迷っている場面に伊黒は遭遇する。彼女の髪色は桜色と萌葱色だった。

その時、伊黒は鏑丸に噛まれた。

 

さらに時が経ち、痣の出た彼女に宛てて手紙を書く。いてもたってもいられなかった。彼女とは出逢ってから何度も文通している。もっともそれだけでは、なかった…。

 

手紙を書き進めていき、お館様の顔が思い浮かんだ。あの時の言葉は予想外だった…。

「柱であっても君達には一線を退くこともできる。己の心に正直でいてほしい。…。」

今この時、お館様の言葉に救われるとは思わなかった。あのように思っても良いのだ。甘露寺に伝えたい。

 

ー失礼を承知で書かせてもらいたい。

これは憶測なのだが、恋の呼吸は察するに、迷っていると力を発揮しにくいのではないだろうか。

もしも迷っているのなら、

我々他の柱のことは気兼ねしないでほしい。君が普通の幸せを選ぶことも尊重しよう。ー

 

しかし、手紙の最後の一行は。すぐにもう一枚、書き直していた。

俺らしくない。今考えると他の柱たちの意向も考えず、おこがましい。そもそも、違う、逆だ。俺にはそんなことを言う資格はない。甘露寺の幸せは、彼女自身が選ばなくては。

 

ーどうか君の心のままに生きて欲しい。息災を祈る。ー

 

だが、伊黒の心は意図せず揺れた。

あの日、退席する直前にお館様はこうも言った。「命は己次第で生きてくる。どうか小芭内。これから先、悔いなき道を選んで欲しい。」

伊黒は相棒に語りかける。

「俺が普通の青年ならば、反故にした手紙の主旨のほうが悔いなき道だったのだな、鏑丸。…うん?」

「何をする!」相棒に噛まれたのは二度目だ。

 

「鏑丸、俺の場合は己次第じゃなくて巳次第で生きる命だ。」と言って噛まれた傷を消毒し手当てしてから、困ったように少し微笑んだ。そして相棒に餌をやり、支度する。

「少し遠出するぞ、眠っている杏寿郎に会いに行こう。」

 

 

(了)

お読みいただきありがとうございました。


 
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