No.1094438

変わらぬ愛情

砥茨遵牙さん

2軸のグレックミンスター。テオ様と親友だったカシム将軍が坊っちゃんと会話する話。
坊っちゃんの母親の名前が出ます。
バルバロッサ様はこうだったんじゃないかという妄想と独自設定もあります。
坊っちゃん→リオン
4様→ラス

2022-06-09 17:04:23 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:455   閲覧ユーザー数:455

グレッグミンスターの屋敷で、いつものようにグレミオによる強制花嫁修業をさせられていたリオン。何があってもいいようにラスが見守っていたのだが、案の定ボンッとフライパンを爆発させた。グレミオがムンクの叫びのような顔でキィヤアァア~!と叫んでいると、玄関の方向から来客を知らせるベルが鳴った。普段ならクレオが出るのだが、この日はソニアと外出していたため不在だった。

「僕が出よう。」

「すみませんラス様、お願いします。」

ラスが玄関へ行きガチャッと扉を開けると。

「おお!ラス殿!お久しぶりですな!」

「カシム将軍…!久しぶりだね、いつこちらに?」

「先ほど到着しましてな。城へ報告に行ったところ丁度リオン殿が戻られていると聞き、挨拶に参った次第で。」

トラン共和国になってからも将軍職に就き、モラビア城に赴任していたカシム・ハジル。最近は都市同盟が新しい体制となり共和国と協力関係を結んだためモラビア城付近は平和になり、カシムがこうしてグレッグミンスターに戻ってこれるようになったのだ。

「リオン殿はご在宅かな?」

「ああ、今は厨房にいてね、フライパンを爆発させてしまったから後始末中なんだ。」

「フライパンを爆発?はははは!不器用さはテオ譲りのようですな!」

「それ、ミルイヒも言っていたけれど……、テオ将軍もそんなに酷かったのかい?」

「若い頃、野営で奴に調理器具を持たせたら全て黒焦げにされたことがありましてな。それ以降奴に炊事をさせず、薪拾いをさせておりました。」

「ははは、なるほど。」

玄関先で笑い合って、ラスがどうぞ中へと促しカシムがお邪魔致すと一礼して中へ入った。

カシムはラスに対して敬意を払っている。それはリオンの伴侶である以外に理由があった。

遡ること三年前、解放戦争の頃。モラビア城の一戦後に解放軍に入ったカシムは、リオンの恋人であるラスに会って早々一騎討ちを申し込んだ。カシムにとって、リオンは親友テオの大事な一人息子。その息子が男と恋人同士。生半可な男にやるわけにはいかない、亡き親友テオの代わりにラスの人柄と腕を見極めるために。

だが、結果はカシムの大敗。青い月のカシムといえど、ラスに一太刀も浴びせることが出来なかった。その日の夜に酒の勝負を挑むもワクであるラスに勝てず、それどころか当人に介抱され背負われ自室に連れていってもらったのだ。ラスが不老であり、百年以上研鑽を積んだ身だとクレオから聞かされたのはその翌日だった。自分より腕も立つ上に介抱してくれるほど優しい。これから先もリオンを手助けし守ってくれるに違いない。しかも遥かに年上ということで、カシムは敬意を払うようになったのである。

 

 

カシムを客間へ案内し、ラスが厨房に戻ってカシムの来訪を伝えると煤だらけの二人がピャッと飛び上がって驚いた。こういう所は親子らしい。グレミオとラスが後始末を引き受け、煤を払ったリオンはエプロンを外して客間へ向かった。

客間へ入ってきたリオンに、カシムは立ち上がり一礼する。

「リオン殿、お久しぶりですな。本当に、お変わり無いようで……。」

百聞は一見に如かず。その身に真の紋章を宿した者は不老となると聞いてはいたが、三年前と全く変わらないリオンの姿にカシムは一抹の寂しさを感じて目を細めた。寂しさを感じたのはリオンも同じで、畏まった態度にふるふると頭を横に振る。

「カシム殿、私はもう解放軍のリーダーでは無い。昔のようにとはいかないかもしれないが……、敬語は止めてほしい。」

リオンにとって、カシムは親戚のおじさんのような存在だった。テオと親友だったカシムは昔からこの屋敷に何度も訪れており、必ずお菓子を持って来たカシムに幼かったリオンも懐いていた。仕事の話が終われば二人で酒を酌み交わすのが定番で、グレミオがよく酒の肴を作っていたのを覚えている。

「…いや、面目無い。あの頃は儂の上官の立場となったが、もう三年も経ったのであったな…。分かった、敬語はやめることにしよう。」

気が抜けたようにフゥと息をつき、カシムは椅子に腰掛けた。向かい側に座るリオンが、テオの姿と重なる。

「お主を見ていると、テオと最後に会った時のことを思い出すわい。」

「父と?」

「北方の守りを引き継ぐ時に会ってな。これから息子と戦いに行くというのに、お主と刃を交えるのが楽しみで仕方ないといった顔をしておったわ。互いに今生の別れになるやもしれぬと覚悟していた。時の流れは止められぬ、もしも自分が討たれたならば、息子とこの国の行く末を見守って欲しい、と。それにあやつときたら……、」

「自分が処刑される時は、貴方に首を落とすように頼んでいたのだろう?」

「……見抜いていたか。」

「父は私を討伐したら自分を処刑するように嘆願していた。その首を落とすことを頼むとしたら、親友である貴方しかいない。」

クワンダとミルイヒが共にバルバロッサを諌める道を選び、もしかしたら父も、とリオンは一縷の望みを持っていた。だがそれもテオとの初戦で打ち砕かれた。考えてみればテオの性格は厳格な上に頑固、解放軍へ加わることを選ぶはずが無い。皇帝の命令に従いテオは息子の首を落とし、自らを大罪人の父親として処刑されることを望んでいるのだと察した。

「だから私は、あの場で父を討たなければいけなかった。父が大罪人の親として処刑されるなど許せないし、貴方の刀を父の血で染めたくなかった。父を誇り高い将軍のまま死なせたかったんだ。」

『天下の反逆者として名の知れ渡った息子を生かすことは不可能だろう。だが、私は息子を処刑台に立たせたくは無い。ならば私の手で息子の命を絶つ。そして解放軍を討伐した暁には私を大罪人の父親として処刑してもらう。その時はカシム、お前が私の首を落としてくれ。』

バルバロッサに対し揺ぎ無い忠誠を捧げ、帝国の乱れや世の流れを感じつつも己の意地を通し続けたテオが、将軍としてではなくリオンの父親として処刑されることを選んでいた。息子を処刑台に立たせたくはない。ならば自分がその首を落とし、その罪を全て背負って処刑台に立とうと。

父は息子を処刑から守るため息子殺しの道を選び、息子は父の誇りを守ろうと親殺しの道を選んだ。一騎討ちの時は互いに強者と戦うことを歓喜しながら打ち合っていたと聞く。本当によく似た親子だな、テオよ。

「顔と戦いぶりはオリオンにそっくりだというのに、本当にお主の中身はテオに似ているな。」

「似なくていいところまで似てしまったと父に言われた。」

「ふはは、あやつらしい。」

オリオンとはリオンの母でありテオの亡き妻の名前。リオンの名前は母の名前から取ったものだ。

オリオンは元軍人で、テオとオリオンの出会いも戦場だった。その名前から弓による狩りも得意だったが、得物は薙刀。自分の身の丈の倍近い巴型の薙刀を振り回し敵を凪払う姿は吹き荒れる暴風のようで。勇ましいオリオンの姿にテオが惚れ込み、二人が結ばれるまでカシムはテオから相談を受けていた。二人の結婚式の仲人もカシムだった。

武勇を誇ったオリオンだったが、リオンが四歳の頃に肺の病にかかり、かつての勇ましさを取り戻すこと無くこの世を去ってしまった。その息子であるリオンは棍だけでなく薙刀も扱い、母が戦う姿を覚えていないはずなのに敵を凪払う姿はかつてのオリオンを彷彿とさせる。

テオとオリオンの両方を受け継いだリオンにカシムは感慨深くなり目頭をくっと押さえた。

「カシム殿?」

「…いや、すまん。テオとオリオンを思い出してな。」

コンコンと扉がノックされる音が聞こえて、リオンがどうぞと答えるとお茶一式を持ったラスが入ってきた。

「お取り込み中だったかな?」

「ううん、大丈夫。父と母の話をしてもらっていた。」

ラスがハーブティーを注いで配り、リオンの隣に座る。このハーブティーもミルイヒが作ったものだとラスが教えると、あやつも元気そうで何よりですなとカシムが笑った。

 

 

お茶を飲んで一息つくと、リオンが話しかける。

「私もずっとカシム殿に聞きたいことがあったんだ。父と同期の貴方ならば、陛下に関して詳しいことが聞けると。」

「お主は未だにバルバロッサ様を陛下と呼んでくれるのか。」

「ああ。……父を討った時、父の忠誠を無下にした陛下とウインディに復讐心を抱いたこともあった。ラスが諭してくれなければ、二人を直接殺していたかもしれない。」

「…そうか……。ラス殿、感謝致す。」

「頭を上げてくれ、カシム将軍。感謝されるようなことはしてないよ。」

ラスに促され顔を上げたカシムは改めてリオンの方を見る。

「それで、バルバロッサ様に関して聞きたいこととは?」

「…フッチが黒竜蘭を持ってくる時、陛下に見逃してもらったと言っていたことが引っ掛かっていた。貴方が最期に陛下が飛び降りる前に『変わってしまった』と言っていたことも。もしかして陛下は、元々心優しい方だったのではないか?」

噂通りの暴君ならば厳格なテオとカシムが忠誠を誓うはずがないし、ウインディ以外に愛人がいてもおかしくはない。しかし、そういった話は聞かなかった。ブラックルーンに操られていなかったバルバロッサが長い間国政を省みなかったのは、全てウインディの好きにさせていたからだろう。

リオンの問いかけに、カシムはゆっくりと頷いた。

「バルバロッサ様は慈悲深く、愛情深いお優しい方であったよ。義理堅く清廉な方でな、クラウディア様亡き後も、あの女を後添にしてからも、他に側室も妾も娶ることは無いと公言していたのだ。」

「…だが、前皇后との間にもウインディとの間にも子はいなかった。皇帝がそうは言っても周りは放っておかないだろう。」

「ああ。大臣共は何とか自分の娘に後継ぎを産ませその子供の後見人の座を得るために、警備兵に賄賂を渡し娘を寝所に送り込んだのだ。野心のある娘はあの女に消されていたが、ほとんどはお手付きにならずに戻れば命は無いと脅されていた者ばかりでな。それを哀れに思ったバルバロッサ様は決して娘達に手を出さず、こっそり国外に逃がしていたのだ。」

「国外へ?」

「何を隠そう、バルバロッサ様の命を受け娘達をモラビア城から国外に逃がしていたのはテオだったのだ。」

「父が…!?」

「グレックミンスターからモラビア城への物資に紛れ込ませ、都市同盟の警備が手薄な場所から逃がしておった。一時期、頻繁にテオが北と都を行き来していたのを覚えておらんか?」

「……そういえば…。」

継承戦争が終わってから数年ほど、テオが北から屋敷に帰ってきて翌日にはまた北へ出発するといった慌ただしい往来をしていたのを思い出した。将軍であるテオが自ら率いる部隊を検問する者などいない。当時北へ同行していたテオの部下はクレオやパーンといった正義感の強い者ばかりだった、物資に紛れ込ませるのは容易いだろう。

娘達が次々行方不明となったことで殺されてしまったのだと勘違いされ、寝所に潜り込ませることは無くなっていったのだとか。

「それでも、後継ぎ候補はいたのだ。ゲイル・ルーグナーの庶子がな。」

「!?」

ゲイルを討った直後、ゲイルが侍女に手を付けて産ませた赤子が見つかった。バルバロッサの前に連れてこられた母親は、私の命と引き換えにこの子をお助け下さいと自分の心臓をナイフで貫き自害した。残された赤子の泣き声が響く中、バルバロッサが赤子を抱き上げ『すまぬ、お前の母も私が殺してしまったようなものだ。』と謝ると、赤子はぐずりながらゲイル似の金茶の瞳でじっと見上げ、へにゃりと笑ったのだ。

軍師レオンはゲイル派の残党への見せしめに赤子を殺すべきだと進言したが、バルバロッサは決して首を縦に振らなかった。『この子に罪は無い。』と極秘に生かすことを決め、国境近くの村だったカレッカの外れに乳母と護衛一人を付けてその子を匿ったのだ。荒れた国を立て直し、ほとぼりが冷めたら後継ぎとして養子に迎えるつもりで。元々愛情深いバルバロッサ。義によってゲイルを討ったものの、実の叔父であり赤子の父親を殺し、母親も死なせてしまった血縁上の従弟への罪滅ぼしだったのかもしれない。

継承戦争終結後、バルバロッサは優れた政治手腕で荒れた国を復興していった。慌ただしい国政に追われながらも、必ず月に一度お忍びでカレッカに行き無垢な赤子を可愛がっていた。クラウディアに生き写しのウインディを宮廷魔術師に迎え妻とし、国が乱れる兆しを見せてもそれは変わらなかった。

赤子は乳母の娘とよく遊んでいて、バルバロッサが来ると愛くるしい笑顔で出迎えてくれていた。自らが幼い頃に読み聞かせられた帝王学の本を持ってきて、これを読んでくれたのが叔父だったと取り戻せない過去に想いを馳せていると赤子がペタペタ本を触り、まだ早かったなと笑っていた。

カシムはそのお忍びに同行しており、会うたびに成長していく赤子の前で朗らかに笑うバルバロッサに安堵していたのだ。この子を正式に養子に迎えれば、陛下の心を孤独から救ってくれる、あの女から離せる。きっと国を省みるようになってくださるはずだと。

「だが……、その子もいなくなってしまった。カレッカのあの事件によって。」

継承戦争の二年後に起きた、カレッカの民が都市同盟によって皆殺しにされた事件。しかし実際は、レオンの指示で都市同盟へ反発するための士気を上げるためだけに帝国兵がカレッカの民を皆殺しにしたのだ。その真実が発覚したのは、都市同盟を追い返しマッシュが帝国を離れた頃。

しかもその当時バルバロッサは帝都に不在で、皇帝代理として命令を下したのはウインディだった。ウインディの部下であるユーバーが虐殺を行っていたことと、レオンがユーバーを呼び出す手段を知っていたのが何よりの証拠。

「元々奴はゲイルの子を殺すべきだと主張していたし、あの女は月に一度バルバロッサ様が赤子に会いに行くのを不満に思っていた。互いの利害が一致しこれ幸いと指示を出したのであろう。」

子供の存在を知っていたのは帝国六将軍とレオンだけだったが、キラウェアは亡くなりゲオルグは既に帝国を去っていたため実際は四将軍だった。だが、いずれ子供を養子に迎えるためにバルバロッサはウインディに打ち明けていたのだ。ウインディはそれが面白くなかった。バルバロッサの寵愛を受けた後継ぎなどいれば国を私物化出来なくなる。兵に女子供一人残らず殺すように指示を出せば結果は見えていた。

カシムとテオで極秘に捜索隊を出し調べたところ、混乱に紛れて乳母と子供は護衛と共に逃げたらしいのだが、北の砂漠の入口で乳母の死体が発見された。砂漠の向こう側は都市同盟領、それ以上の捜索は不可能になってしまった。だが生きていれば護衛から何かしら連絡があるはず。それが何も無いとなると、亡くなったという結論に達するしかなかった。

「……報告を受けたバルバロッサ様は、ひどく心を痛めておったよ。幼子一人すら守れぬとは何が黄金皇帝か、不甲斐ないと。それからだ、益々あの女の言いなりになっていったのは…!バルバロッサ様は何故、あの女を…!」

ダンッと握り拳をテーブルに叩きつける。帝国の腐敗と庭園から身を投げたバルバロッサを止められなかった後悔、ウインディへの怒りの念を滲ませたカシムに、リオンはかける言葉が見つからなかった。

「…ウインディはこの世の全てに復讐するために唯一の身内であるレックナートの想いを拒絶し、レックナートの命を狙うようになった。そこから四百年近く、彼女は孤独だった。その孤独と悲しみをバルバロッサは愛してしまったんだろうね。」

「ラス……?」

ウインディのことを詳しく知っているのはレックナートと、彼女のしてきた罪が見えていたラスぐらいだ。裁定者としての役割を知っているリオンはラスが口を開いたことが意外だった。

「ラス殿は、あの女をご存知で……?」

「ウインディ本人に会ったことは無いけれど、レックナートから聞いていてね。ただただ、悲しい姉だったと。」

正確には、レックナートから頼まれバルバロッサとウインディの首を斬った時に初めて実物と会ったが、それを伝える気は無い。

元々門の紋章を宿した者はこの世界と異界との歪みを調整する役割が与えられる。レックナートはその役割に準じたが、ウインディは復讐のために役割を放棄し、異界の入口を度々開けてバランスを崩していった。異界から霧の船の導者を呼び出した時に決定的な亀裂が生じ、一介の魔術師が紋章砲の材料となった生物を呼び出したり、ある男が使い魔を呼び出すに至った。導者はウインディでも制御出来ず放り出され、いきなり呼び出されたこの世界へ復讐するためにテッドを自らの船に乗せソウルイーターを取り込んでいたのである。自分が制御出来なかった異界の者が長年求めていたソウルイーターを一時でも得ていた事実は皮肉だ。

三年前の解放戦争終盤にウインディが十万もの魔物を呼び出したことで、百五十年前と同じく異界とのバランスに亀裂が生じた。バランスの執行者であるレックナートはそれを長い時をかけて修復するために入口である表の門の紋章を封じる必要があったのだ。

「ウインディのしてきたことは数々の悲劇を生み出し、世界のバランスに亀裂を生じさせた。それは決して許されることじゃない。ただ、そんなウインディと孤独を分かち合えると感じたバルバロッサは彼女を愛した。それを信じられなかった、自分が愛されるはずがないと思い込んでいたが故に、クラウディアの面影だと[[rb:頭 > かぶり]]を振ったのが彼女の悲しいところだね。」

バルバロッサの愛に気付いていれば、とレックナートは言ったが、ウインディの復讐は元凶であるハルモニアではなく世界に向けられていた。その凍りついた心を解かすのは容易では無い。

クラウディアも子供も失い孤独の淵にいたバルバロッサ。そのバルバロッサを操るためにウインディは側に寄り添ったが、覇王の紋章の影響で操られていなかったバルバロッサは打算であると知りながらも彼女を愛した。愛したが故に、ウインディが国を求めているのならばとそれを捧げてしまったのだ。

「愛したことは罪ではない。滅びの道であると知りながらウインディが望むならと国を捧げてしまったのがバルバロッサの罪だ。本来皇帝とは孤高の存在ではなく、民の言葉に耳を傾け、民を束ねる[[rb:標 > しるべ]]であるべき存在だ。だがバルバロッサは民に尽くし民の安寧を願うよりも、愛するウインディを選んでしまった。彼が愛情深い人間だったのは君がよく知っているはずだよ、カシム将軍。」

「……バルバロッサ様……、」

「自らを君たちに手を下させることはしたくないと、ウインディと共に身を投げた。それは彼の優しさだ。」

「陛下……。」

「バルバロッサの優しさを覚えていてくれる人間がいるのは彼にとって救いになるはず。カシム将軍、リオン、愛に殉じ優しすぎたバルバロッサを、覚えていてあげてくれ。」

「承知…!」

カシムは涙を滲ませそれをぐいっと拭うと力強く頷き、リオンもコクリと頷いた。

愛情深く優しすぎる皇帝だったバルバロッサを、悲しい人だったウインディを、いつまでも覚えていよう。

 

「いやはや、長々と話してしまってすまん。バルバロッサ様のことは未だに表で話せないものでな。」

「構わない。陛下のことが知れて良かった。」

話が終わったタイミングで、バンッと扉が開いてグレミオが入ってきた。

「カシム様挨拶が遅れてすみませ~ん!お掃除に時間がかかって…、あれ?」

「はははは、元気そうだなグレミオよ。リオンが焦がした物の後始末をしておったのだろう?構わんよ。」

「そうなんですよー!ラス様のおかげで厨房は元通りになったんですがフライパンはもう…」

「あれは流石に僕でも無理だったね…。新しいのを買い直そう。」

「グレミオよ、リオンの不器用さはテオ譲りだ、早々に諦めた方がよいぞ。」

「そんなぁー。」

ガックリと肩を落とすグレミオにリオンはそんなに酷いか?と問いかけ酷いですよ!と返ってきた。そのやり取りを見て、カシムは何かを思い出したように握り拳を手のひらにポンと置いた。

「おお、そうだ。大事な用事を忘れるとこだったわい。グレミオよ、テオの部屋はまだあるか?」

「はい、テオ様の部屋はそのままにしてあります。毎日お掃除して布団も干してるんですよ。」

「確かめたいことがある。入ってもよいか?」

「カシム様なら喜んで。」

全員でカシムをテオの部屋へ案内すると、カシムは部屋に入って直ぐ、テオとオリオンと三歳のリオンが描かれた肖像画が飾られた壁の前に向かっていった。まだオリオンが病に倒れる前に描かれたそれを、テオは家を発つ前に必ず眺めていたものだ。

「ふむ、これだな。」

肖像画をまじまじと確認すると、カシムは額縁を掴み肖像画を壁から外した。カシム様、何を!?とグレミオが叫んで、壁を見て目を丸くした。そこには小さな隠し扉があったのだ。

「え、え、え?何ですかこれ!?」

「グレミオも知らなかったのか?」

「知らなかったですよ!!あっ…、でもテオ様、掃除する時はこれを壁から外さないようにって仰ってました…!」

引き戸になっていたそれをカシムが空けると、小さな四角い箱の中に数本の酒が入っていた。

「これ、は…」

「テオが隠していた酒だ。」

「テオ様が!?」

数ある酒の中でカシムは一本のワインを手に取り、それをリオンに見せた。

「これはお主が産まれた年に作られたものでな。テオとオリオンが二人で買っていたのだ。」

「父と母が…?」

「お主が酒を飲める年齢になり、初めて武勲を上げたら祝いに開けるのだと。」

「っ!?」

「オリオンが亡くなってからは、お主と共に飲みたい酒を追加していったがな。」

ワインを手渡され、ボトルを回し瓶の裏側のラベルを見るとテオとオリオン二人の名前が書かれていた。父と母の想いを目の当たりにしたリオンは目頭が熱くなり、奥歯を噛み締める。

「これを知っていたのはテオから聞いていた儂だけだ。我が親友テオが果たせなかった望みを代わりに果たそう。お主の武勲は言うまでもない。このワインを空けて共に飲もうぞ、リオン!」

「っ、はい…っ!」

ぎゅっとワインを胸に抱き、ポロリと涙が溢れた。ラスの胸の中以外で泣いたのは五年ぶりだ。リオンの子供の頃を思い出したカシムはその頭をガシガシと力強く撫でる。その力強さに父テオを思い出し、ボロボロと涙を溢れさせながらありがとうカシム殿、と呟いた。

ひとしきり泣いて、ラスが右手でリオンの涙を拭い、目の腫れを流水の紋章を使って治した。

「リオン、お主酒は強いか?」

「いくら飲んでも酔わない程度には。」

「やはりオリオン譲りか。」

「えっ?母は酒が強かったのか?」

「ああ、儂とテオが束になっても敵わぬ酒豪っぷりであった。」

だからリオンの産まれた年のワインを買ったのか。肖像画からは想像もつかない女傑であったらしい。強く美しい女性が好みだったと聞いて、父と好みまで似るのか、と思ったリオンはラスに寄りかかってじっと見上げる。ラスと目が合って、微笑むその顔の良さにきゅんっとときめいた。

ラスとリオンがいちゃついているのを見て、カシムは幸せそうだなとグレミオに呟いた。相思相愛ですから当然です、とグレミオが胸を張って、その肩をカシムはポンと叩いた。

「グレミオよ、お前が死んだと聞いた時、もうあの肴は食えぬのかと儂は涙を流し落ち込んだのだぞ。流した涙の分酒の肴を作ってくれ。」

「んもう、カシム様ったら昔からそればっかりなんですから!」

頬を膨らませてプンプンと怒りながらも、昔から知っているカシムにそう言われるのがグレミオは嬉しい。

「坊っちゃん、壊したフライパンと料理の材料買いに行きますよ!」

「えっ、あ、今からか?」

「当たり前です、クレオさんが帰ってくるまでに準備しないといけませんからね!ソニア様も一緒に食べられるように多めに買わないと!」

「なんと。あ奴等共に出掛けておったのか。」

「ええ。クレオさんもお酒好きですし、皆で食べられる方がいいでしょう?さあ行きますよ坊っちゃん!」

「待てグレミオ引っ張るな…!」

グレミオは張りきった様子でリオンの手にあったワインを取り上げて棚に置き、首根っこを掴んでズルズルと引き摺っていった。残されたカシムとラスは、グレミオは変わりませんな、そうだね、と笑い合って客間に戻り、ラスがお茶を淹れ直した。

「そういえば、ラス殿はバルバロッサ様が身を投げたのを知っておられたのですな。」

「ああ、実はあの時レックナートに頼まれて僕もあの城にいたんだ。ウインディの門の紋章を回収するのと、ビクトールとフリックを国外に逃がすために。」

「なんと。噂には聞いておりましたが、あの二人はやはり生きていたのですか!」

「ビクトールはあの砂漠を越えるのに慣れているからね。フリックは大変だったみたいだけど。」

「はははは、あれを易々と越えるのは奴でなければ無理でしょうな。」

「今は二人共都市同盟軍の中枢にいるよ。」

「ほほう、だから都市同盟との和議の話が早かったわけですか。しかし、儂が生きている内にモラビア城が平和になるとは思いもよりませんでしたな。今の都市同盟の軍主は少年と聞いております。リオンを思い出させるような担ぎ上げられ方ですが、かの者は本当に我がトラン領内に侵攻する気は無いのですかな?」

「ああ。彼は領土拡大に興味は無いようでね。『ハイランドとは向こうの侵攻から守るために戦ってますけど、他に領土を広げるなんて馬鹿な真似はしません。距離が伸びればその分兵も兵糧も追い付かないし、一つの国が世界を、大陸中の人間抱えるなんて出来るわけないです。ハルモニアも前の赤月帝国が独立するの防げなかったですもん。今いる民を豊かにするために統治するのが一番でしょう?』と言っていた。」

「うん?」

『距離が伸びればその分補給も兵も追い付かぬ。たかが一国の人間が大陸を、世界中の人間を抱えるなんて出来るわけがないのだ。あのハルモニアでさえ、我が赤月帝国の独立を阻止出来なかったのが何よりの証拠。世界征服など世界の広さを知らぬ愚か者の戯言にすぎん。今この国にいる民に豊かさを、安寧をもたらすのが国を統治する者の義務だ。』

遥か昔、皇太子時代にバルバロッサが言っていたことと重なる。それを何故、都市同盟の英雄ゲンカクの孫という新たな軍主が。まさか。

「ラス殿、今の都市同盟軍主の名前は?」

「ん?ヒエンという名前だけど、それが何か?」

「……いや、何でもありませぬ。」

名前が違う。バルバロッサ様があの子に読み聞かせていた帝王学の本に似たような一文があったが、気のせいであったか。

生きていれば十五、六歳になっていたであろうゲイルの庶子の名は、デルフィニウム・ルーグナー。母親が名前を告げる前に自害したため、花のような愛らしい顔からバルバロッサが付けた名前。

あの子が生きていればどんな子になっていただろうか、とカシムは想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

その後、グレミオとラスによる料理の準備が済んだところでクレオがソニアと共に帰ってきて、ワインと他の酒を飲む食事会が始まった。

潰れたソニアを酒豪のクレオが抱えて送っていった後にカシムが潰れ、ラスがテオの部屋に運んで泊まらせた。

翌日に元気になっていたカシムは清々しい表情で『また会おう、リオン』と言い、意気揚々と城へ出仕していったのだった。

 

 

 

 

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「ところでリオン。君、俺と二人きりで飲む時はすぐ酔うよね?」

「えっ。」

「他の人と飲む時は全く酔わないけれど、何故だい?」

「あ、あれは、その…、ラスと二人だと、気が抜けるから……すぐ酔ってしまうだけで……。」

「…つまり他人の前では酔わないように気を張ってると?」

「……うん。」

「……リオン、今後あまり人前で飲まないように。」

「えっ。」

「強い酒を飲まされすぎたらどうなるか分からない。君の可愛い姿は俺だけが知っていればいい。」

「ラス…っ。」

ラスの独占欲が嬉しくて、きゅんっとときめいたリオンなのであった。

 

 

終わり。


 
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