『……………ふん。よかろう。仲間になってやる。しかし、手はかさんぞ。おまえと一緒にいて、おまえの死にザマを見てやる。』
こう言って奴の仲間になった手前、関わるのは避けようと思っていた。しかし、顔は似てなくとも将としての在り方がテオ様にそっくりで。気付けば目で追ってしまう。
だが、いくらなんでもあれは見過ごせなかった。一体誰なんだ、リオンとずっと一緒にいる色男は。
食堂でテオ様の部下だったクレオを捕まえて問い質すと、
「彼は坊っちゃんの恋人です。」
という答えが返ってきた。恋人、恋人?
「リオンは男ではなかったのか?」
「間違いなく男の子です。」
「あの色男は間違いなく男だよな?」
「間違いなく男性です。」
ふと、食堂のある一席に視線を向ける。そこには、話題に上がっていたリオンと、リオンの恋人という色男が仲睦まじく食事をしていた。私に対して、テオ様を彷彿とさせる毅然とした態度とは打って変わって、あの色男の前ではまるで少女のように顔を綻ばせている。あんな顔、初めて見た。
しかし、テオ様の息子であるリオンにまさか男性の恋人がいようとは。
「クレオ、お前はあれをどう見る?」
「どう、とは?」
「あのままではテオ様の血筋は絶えるぞ。」
「それは心配しておりません。」
「何故だ?」
「坊っちゃんはこれから永い時を生きることになるのですから。」
「………は?」
聞けば、リオンは彼の親友から真の紋章を譲り受けたのだとか。確か、宿した者は不老になると書物で読んだことがある。何ということだ、死にザマを見るどころか、これから先、周りの者が老いる中、1人で生きねばならないのか。知らなかったとはいえ、私は。
「坊っちゃんが生きていれば、テオ様の血筋は残ります。それに、恋人である彼も真の紋章の持ち主なのです。」
「そう、か。…良かっ、た…」
あの色男も真の紋章を。ならば、リオンが1人になることはない。思わず良かった、と呟いてしまった。
その呟きに、クレオが目を見開いて。どこか安堵したような眼差しを向けた。
「やっぱり、ソニア様は坊っちゃんの母になったかもしれない方ですね。坊っちゃんを心配してくださる。」
「わ、私は、ただ、」
言い訳しようとしても、うまく言葉が出ない。
「実は、坊っちゃんはソニア様とテオ様が好い仲だったのはご存知でした。」
「何っ?」
「それで、テオ様にとって自分はいらないんじゃないかと悩まれたこともありました。」
「そんなはずはない。」
テオ様はよく語っていた。ある人に憧れて幼い頃から鍛練を積み、兵法書を読み、いずれは自分を超える逸材になる息子の話を。しかし、子供らしいことを何一つしてやれなくて父親として不甲斐ないとも。最近連れてきた少年と友達になって、やっと年頃の少年らしいことをするようになったと。それを語るテオ様の顔が私は好きだった。いつかその子の母になるのかもしれないと思いを馳せて。
「坊っちゃんなりに悩んで、テオ様と話さなくなってしまって。今思えば子供らしい反抗期です。それにテオ様は、坊っちゃんに“私の息子はお前だけだ”と仰って。」
それはそうだ。あれだけ自慢の息子をテオ様が見限るはずがない。
「坊っちゃんは、テオ様からあなたを紹介されるのを待っていたんですよ。心の中で、あなたを母と認める準備をしていたのです。」
「それ、は、」
「それにあなたは、将軍としてではなく、1人のテオ様を愛する女性として坊っちゃんと対峙なされた。テオ様のことをお聞きになった時点で、坊っちゃんはあなたを生かし仲間にすると決めていたのです。」
「……テオ様は、殺したくせに…。」
「テオ様と坊っちゃん、どちらも1人の武将として己の信念を貫くために戦いました。坊っちゃんはテオ様との一騎討ちに勝ち、息子が己を超えた姿を喜んだテオ様は安らかな顔で亡くなられたのです。」
「………。」
「坊っちゃんは、こう仰っていました。“父に息子殺しをさせなくて良かった。父なら必ず陛下に自分を処刑するように嘆願する。私は父が反逆者の父親として処刑されるなんて耐えられない。誇り高い武将のまま死なせたい。”と。」
「っ!?」
そうだ、きっとテオ様のこと。自分の信念のために大事な息子を殺して、その息子の罪を償うために自分を処刑するように陛下に嘆願していたかもしれない。だとしたら、リオン、お前はどこまで。
「どちらも武将としての意思ばかりで。頑固ですよね。」
「…そう、だな。」
「よくも悪くも似てます。坊っちゃんはグレミオも、テオ様も、親友のテッドくんも亡くされて。それでも、恋人の彼の支えもありながら、皆の信念と決意を背負って戦う決意をされました。」
「……強いな。」
やっぱり、テオ様の息子だ。父親も親友も亡くして、それでも前を向くのか。ならば、私は。
「…この戦いが終わるまで、見守ってもいいのかもな。」
「ソニア様…。」
「勘違いするな、リオンへの恨みは無くなったわけではない。が、私も前を向く時が来たようだ…。」
心底安心したような顔をするクレオ。少なくとも、ソニア様から坊っちゃんへの対応はこれから和らいでいくだろう。この戦いも、もうすぐ終わる。それまでほんの一時。
ところで、とソニアがテーブルに両肘をついて手を組み、改まって話し出す。
「あの色男、さっきから他の少年や青年に微笑んで、そいつらが顔を赤らめてるような気がするんだが。」
「あー、それは、ですね…。彼、どうも美少年キラーだそうで。」
「美少年キラー?」
目を合わせた美少年は必ず頬を赤らめ、その気が無いはずの美少年をその気にさせる。元美少年だった美青年も彼に惚れてしまう。抱いた美少年美青年は数知れず、ついたあだ名が美少年キラー。とジーンに聞いた文言をそのまま流れるように語ったクレオ。その文言に、ソニアはあんぐりと口を開ける。
「な、な、な、なんだそれは。そんな男が、リオンの恋人だと?何故だ?一体どうやって出会った?」
「ええと、実は一番詳しかったグレミオが亡くなっておりまして、私も詳細は…。何でも10年前、ゲイル派の兵に誘拐されそうになった幼い坊っちゃんを助けてくださったとか。」
「10年前?あの色男そんな年には見えないが…、あ。」
「そうなんです、彼は真の紋章を宿してらっしゃいます。」
「ならばあの色男、一体いくつなんだ?」
「群島解放戦争から生きているそうですよ。」
「馬鹿な。あれは150年ほど前の戦争だろう。……いや、真の紋章を持っているなら可能なのか?」
「何でも、ラインバッハ3世の冒険小説に登場しているそうで。」
「あれ、実在の話だったのか。」
リオンの恋人という色男の話題ですっかり盛り上がってしまっている。仕方ない、何しろ同じような女性と話すのは久しぶりなのだ。色男があの冒険小説に出てきているなら、もう一度読み返してみるのも悪くない。
リオンと再会して恋人になる前は数多の美少年美青年を泣かせてきたと聞いて、そんな男とどうやって再会したのが気になった。だが、クレオがどんなに問い詰めてもリオンは頑なに教えてくれないのだとか。
ん?10年前?
「もしや、幼かったリオンが鍛練をするきっかけになったある人とは…。」
「ええ、彼だそうで。ついでに一緒にいたグレミオの初恋も彼だったと。」
「…そのグレミオとやら、私は会ったことないが、10年前は、」
「美少年でした。」
「やっぱりか。」
「生前グレミオは彼を見ると頬を赤らめてました。」
「あの色男どうなってるんだ。」
クレオと共にあの色男に視線を移す。美少年キラー、なるほど一筋縄ではいかない魅力を感じる。しかし、あいつ、
「顔が良すぎないか。」
「同感です。しかも彼、息子もいるんですよ。」
「は?美少年と美青年を相手にしていたのではなかったのか?」
「血は繋がってないそうですよ。捨て子だった子の父親代わりになったと。その子、レックナート様の弟子でして。」
視線の先の色男の隣に、これまた茶髪の生意気そうな美少年が肉まんを持って座った。よくあの二人の隣に座れるな、と思っていたら色男が美少年の頭を撫でて。美少年も心なしか嬉しそうだ。リオンも微笑ましそうに見つめて。もしかしてあの子がそうなのか。
「…血が繋がってない割には顔が良すぎないか?」
「同感です。」
本当にどうなってるんだあの色男。真の紋章を持っているせいか?いやそれだけじゃない気がする。もしかして。
「あいつ強いのか?」
「グレミオに聞いた話では、間違いなくテオ様より強いと。」
「なんだと?」
「紋章による結界を展開しながら一歩も動かず敵を薙ぎ払ったと。」
恐ろしい、そのような戦い方、私にも無理だ。そんな男が解放軍にいたらこの戦争はとっくに終わっているだろう、と聞いたら、力が強大すぎるのと他国の人間だから戦争には参加しないと。その代わり、リオンを守るために動くとも。そうか、だんだん分かってきたぞ。
「…あの色男が美少年キラーなのがなんとなく分かってきたぞ。男は皆、強い者に惹かれる。」
「それ、テオ様も言ってましたね。」
「言っていたな。」
顔を見合わせて、ふふ、はは、と笑う。
それだけ強い者がリオンの恋人で、側にいるなら心強い。しかし、あの色男の遍歴を聞いた限りではやっぱり心配だから。
「もしもリオンを泣かせたら、あの色男が不能になる呪いをかけてやろう。」
「ソニア様、すっかり保護者ですね。」
「お前もあの色男の味方か?」
「いいえ、私は坊っちゃんの味方ですので。呪いの件は私も賛成です。」
また顔を見合わせて、ふふふと笑い合う。
テオ様の部下であるクレオと、こうしているのも悪くない。
リオンの保護者がまた1人。
そして、不能の呪いを一番に反対する保護者が復活するまであと少し。
「ソニアさんとクレオ、何話してるんだろう。」
「あれがあんたの父親の好い人?へえ、あの将軍やるじゃん。」
「どうも僕に対する何かよからぬ話をしている気がするんだけどな。」
「それは私も気付いた。」
「父さんが不能になる呪いだったりして。」
「それ以前言われたんだよね…。」
「ラスが不能になったら私が困るから解いてあげる。」
「ありがとうリオン。」
「息子の前でイチャイチャすな。」
終わり。
おまけのシーナさん。
食堂で話すソニアとクレオを見ていたシーナは、ふと、二人がどこか似ている気がして首を傾げる。
そういえば、あの女将軍とリオンもどこか顔立ちが似ているような。
クレオ→勝ち気な美人
女将軍→美人で気が強そう
リオン→気が強めの美人(男)
リオンの顔は母親似だという。つまりは。
「テオ将軍の好みって…、気が強い美人か?うーん、やるなぁ。」
うんうんとシーナが頷きながら1人納得していると。
「今テオ様に関してよからぬことを考えたな?」
「げっ、クレオさんいつの間に!?」
「それは捨て置けんな。」
「女将軍まで!?」
二人が獲物を構えてシーナに斬りかかり、間一髪で避けたシーナは逃げていった。
げに恐ろしき、テオ様ガチ勢。
終わり。
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ソニアとクレオの会話。4様の名前がほとんど出てきません。
坊っちゃん→リオン
4様→ラス