No.1090248

唐柿に付いた虫 後日譚 1

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。
今回は殆ど式姫要素の無いお話になります、後始末の一つという事で。

2022-04-28 20:35:57 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:504   閲覧ユーザー数:493

 庭への襲撃から、数日が経った。

「儀助さん……と、知ってる名で呼ばせて貰うけど、良いかい?」

「ご随意に」

 短い返答に感情は伺えない。

 大して広くない、普段彼が執務に使用し、数人の式姫と仕事をしている部屋。

 その隣には彼を壺に閉じ込めた式姫、鞍馬が控えて居るとはいえ、儀助は縛られてもいない自由な姿で、そこに座っていた。

 そこにひょろりと入って来たあの庭の主の青年は、まだ体のあちこちにあざを残し、右手を吊った痛々しい姿ではあるが、別段緊張した様子は見えない。

 儀助がどれだけの手練れかは、鞍馬から聞いているだろうに、だ。

 それまで彼の座布団で寝ていた、白い猫のような生き物を軽くつまみ上げてからそこに座り、代わりに自分の膝の上にそれを乗せる。

 それは小さく欠伸をしてから軽く一伸びし、再び彼の膝の上で丸くなり、すよすよと寝息を立てだした。

「病み上がり故、行儀の悪い姿は勘弁願いたい」

「……いえ」

 儀助の言葉が重いのは、まぁ無理も無い。

 彼の主二人の憎い仇敵。

 今すぐにでも彼を殺したいと思われていても仕方ない。

 どう繕っても、円満に話が出来る状況にはなりようがあるまい……。

「まぁ、それじゃ単刀直入に話をしようか、貴方に一つ頼みたい事がある」

 儀助が、その言葉に鼻で笑うような気配を微かに漂わせたが、外見には無反応なまま、男の顔をじっと見返した。

「鞍馬」

 男の目くばせに一つ頷いた鞍馬が、傍らの行李を開いて、中から二つの小さな壺を取り出し、それを丁寧に儀助の前に並べた。

「これは?」

「……旦那と、『真祖』だ」

 男の言葉に、儀助の顔が硬くなる。

 それを見ながら、男が言葉を継いだ。

「どうだろう、二人を、弔ってやっちゃくれないか?」

「……なんと?」

 二つの壺と、男の顔を、その意図を量りかねるという様子で見返していた儀助が、探るように低く声を発した。

「弔えとのお言葉ですが、手前は、僧でも神主でもございませぬぞ」

「だろうな、ただ……さ」

 男が何処か、優しい目で、小さな壺を……そこに二人が居るかのように見ながら。

「あの二人は多分、寺や神社や伴天連の坊さんの祈りじゃ、安らう事は無いんじゃないかと思ってさ」

 二人と戦った時の感触が……そう告げる。

 日輪の金色の輝きの中に居られない。

 月の銀光の中でしか安らえない、そういう人たちは、確かに居るのだと。

 無言の儀助に、男は言葉を継いだ。

「あの二人が安らえる場所を知り、掛けられる言葉を持っているのは……多分、あんただけじゃないかな」

 違うかい?

「……手前は、貴方様の敵ですぞ」

 私を野に放てば、いつか御身の命を。

「そん時は、まぁ……そん時だ」

 男は冷たく光る儀助の目を、真っ向から見返した。

「で、どうする?」

 静かで、強い目だった。

 人を威圧する強さではない……己の中の闇も悪も、真っ向から見て、それと折り合う事が出来る人だけが持つ目。

「何故、御身の敵に、そこまで信を預け、慈悲を掛けまする?」

「敵だったからだ」

 間髪を入れずに返された男の言葉には、一片の迷いも無かった。

 剥き出しの感情を刃に載せ、それを交えねば判らぬ事もある。

「俺は……二人の死を、きちんと礼を以て送ってやりたいと思ったんだ」

 何度も殺されかけた、大事な式姫達も危ない目に遭わされた……だが、あの二人を憎む気には、どうしてもなれなかった。

 まして、二人とも死した今、せめて安らかで居て欲しいと。

 男の言葉や態度には、勝者が余裕を示すように慰霊の儀式を寧ろ盛大に行う類の、ある種の傲慢さは無かった。

 そう、そういう意図ならば、どこかの寺社にでも寄進と共に、二人の遺灰を預けて法要の一つも行わせれば、形は付く。

 だが彼はそうしなかった……二人に穏やかな敬意と鎮魂への祈りを込めつつ、それを儀助に預けようと。

 儀助は無言で、目の前に置かれた壺に手を添え、顔を伏せた。

 じっと、そのまま。

 二人と何かを話すように。

 ひたり。

 本当に微かな音。

 男の膝の上で丸くなっていた白まんじゅうの目が薄く開き、大きな耳が少しだけ動く。

 壺を握る手を濡らした、その一滴に気が付いたのは彼女だけ。

 ややあって、儀助の顔が上がる。

「お引き受け致します」

 二つの小さな壺を押し戴き、儀助はそれを大事そうに懐に入れた。

「請けて下さるか」

 居ずまいを正し、小さく礼をした男に、儀助も端正な礼を返した。

「いえ、望外の事でした、これは手前の方から、幾らお礼を申し上げても足りぬ事ではありますが……」

「何か?」

 礼をした拍子に少し動いてしまった、彼の膝の上で寝ていた白い猫のような生き物の位置を軽く直していた男が、怪訝そうに顔を上げた。

 それに儀助は謹直な表情を向け、一礼した。

「手前からも、貴方様にお願いしたき事がございます」

 去っていく儀助の背中を見送った、男と鞍馬が顔を見合わせる。

「軍師殿……どうするよ?」

「ありがたい話ではあるが、少々大きすぎる置き土産だな」

 この貧乏軍隊にとっては、降ってわいたような僥倖だが、同時に少々大荷物が過ぎる。

 ふむ、と一つ唸った鞍馬の顔が、それでも何処か嬉しそうなのを見て、男はにやりと笑った。

「出来る事が増えると、軍師ってのはやっぱり楽しいもんかい?」

「頭が痛くもあり、嬉しくもあり……だね。 とはいえ私も、国家財政を動かす方は多少心得もあるが、陶朱猗頓(とうしゅいとん)の真似事は本業では無い、早急に誰か適任を見つけて押し付けたい所ではあるな」

「確かにな、小銭を袂に放り込んで、おっちゃんの家で野菜買ってくるのとは訳が違うよなぁ……」

「その位が気楽であるのは間違いないけど、ゆくゆくは必要だった事さ、腰を据えて取り組む事としよう」

 鞍馬と苦笑気味に顔を見合わせて、肩を竦める。

 しかしまぁ、えらいもん引き受けちまったな。 

 

「ちょっと待ってくれ、儀助さん……今何と?」

「あの御店、そっくり貴方様にお預け致します」

 現在店にて立ち働きたる者は、皆、盗賊稼業と縁なき近在の子女にございますれば、事を荒立てず、引き続き仕事を与えてやって頂きたく思いますが、ともあれ、諸事采配、貴方様の自由にお使い下されたく。

 静かに全く同じ言葉を繰り返し、儀助は一通の書状を前に置いた。

「これは、手前と旦那様連名での書状で、これを持参した御方に、お店の権利を預ける旨を記してございます、今の御店を私の下で差配している者に見せれば、この書き付けの通りに致しましょう」

 私や旦那様は、裏に回れば盗賊団ではございましたが、表の顔の商いに関しては、ごく真っ当な物を貫いて居りました。御身に引き継いで頂いて、何らのその名の瑕疵になる物ではございませぬ。

 儀助の言葉に傍らの鞍馬が頷く。

 今の話しは理に適っている、疑われる事を避ける必要のあった彼らにしてみれば、表の顔は非の打ち所の無い物である事が望ましい。

 今の儀助の言は、十二分に信じるに値しよう……だが。

「疑う訳ではないが、その書き付け一つで彼らは納得する物なのかな?」

 横から発せられた鞍馬の尤もな懸念に、儀助は言葉を返した。

「あれだけの店の権を書き付け一つで、そう懸念されるのはご尤も、ですがそこは我らの事情が有りましたのでな」

 あのお方の為に暗躍し、必要とされる宝物や物品を調達するのが役目であった旦那と儀助は、ある程度の拠点を各地に作りつつ、その場所での仕事を終えれば次に赴く、そんな事を繰り返していた。

 従って、ある程度信の置ける、堅気の人物を現地で雇い入れ、彼らの手で拠点を平和裏に維持させつつ、旦那と少人数の側近たちは遠方への買い付け等を口実に店を空ける事の方が多かった。

 榎の旦那が上手かったのは、この際、残った者らが工夫して稼いだ分は、そっくり彼らの物にするという約束をしていたことだろうか。

 旦那不在の折は店として確保しておく利益は一定で良い、代わりに励んで超過した分の稼ぎは仲間内で分け合って良い、と。

 拠点として、隠れ蓑の役を果たすために存続してくれてさえいれば良い旦那と、現地で働く者らの利害が一致したというべきか、この命令は中々に良く効いたようで、旦那が不在でも拠点の維持に努める者が多く出て……結果、かなりの数の店が、あちこちで栄えている事は把握している。

「無論、店の金を持ち逃げして潰してしまう連中や、勢い込んで手を拡げた挙句に、店を潰した連中もそれなりにはございましたが、それはまぁ仕方なき事」

 手綱を締める緩めるのさじ加減が全ての肝……今思えば、店を建てるのも、盗賊団を組織するのも、人の欲の流れをこちらで御す業なれば……煎じ詰めれば、同じ事でございましたな。

 さらっと怖い事を言いながら、儀助が苦笑しながら言葉を続けた。

「そのような訳で、店の人間には、我らが不意に不在になる可能性に関しては常々周知しておりました、その際の責任者はこちらでその時指定する、とも」

 常なら、店で一番商売を心得ている者に預けるのだが、だれが責任者になる等の言質は与えていない、つまりこの書付を持っている者が、あの店の権理を持つ事になる。

「念のため、出立前に手前が店の者に、簡単に説明はしておきまする」

 旦那様と私、そして護衛の数人は、急用あって遠出せねばならない、長い留守になると思われるので、今回に関しては信の置ける方にお店の権利を預けていく、諸事その方の差配に従うように……と。

「俺に信を置くと?」

 旦那の敵だった男に。

 男の言葉に、儀助は静かに笑み返した。

「貴方様も仰いましたな……敵だったから、と」

 私も、同じです。

 敵として、吸血姫殿と、鞍馬殿に対し……そして今、貴方様と言葉を交えた。

 その結果として、です。

「……む」

 そう言われると男としては言葉も無い。

「旦那様に万一の事ありし折は、私がお店の処分は、最善と思う手段で行うように仰せつかっております。皆さまの戦のお役に立つならば、ただ一介の商人として生きたかった、旦那様と私の思いも多少は活きましょう……」

 書き付けがすっと、男の方に差し出される。

「商人として生きたかった……お二人の」

「はい」

 旦那様とあのお方に捧げたこの生、悔いている訳ではございませぬが。

「所詮、店の経営などは、我らの目的を隠すための偽りではございました……ですが、それでも」

 あの時間は、血と炎の中に潰え去った、若かった旦那様と私が見た夢の欠片のような物でした。

「お納めください」

「……承知した、確かにお引き受けしよう」

 そして、現在店で働いている人々には、能う限り不利益の無いよう計らう事を約束する。

「忝のうございます」

 儀助の背が完全に見えなくなったのを確かめ、鞍馬と男は踵を返した。

「どこに行くんだろうなぁ」

 彼が、旦那の生まれ故郷を目指すのか、それとも二人の思い出を辿るのかははかり知れぬ事だが。

「あの御仁がどこに足を向けるかは量る事も出来ないが……孤独な巡礼となる事は間違いない」

 神仏に祈る事も出来ない魂を抱え、孤独な鎮魂の道を歩く。

 それはひょっとしたら、領主に彼を突き出す以上の、過酷な道を強いる事なのかもしれない。

 それでも、それだけが恐らく彼らが救われる唯一の道だと……男と鞍馬はそう信じて彼を送り出した。

「そうだな……それにしても……」

「うん?」

 珍しく歯切れの悪い主の様子、だが鞍馬には続くその言葉が何となく判っていた。

「考えた上での事ではあるが、良かったのかな、曲がりなりにも盗賊団の主だった一人を、俺たちの裁量で放り出しちまって」

 予想通りの言葉……誠実というか、些か繊細な彼の言は、好ましくも危ういな、などと思いながら鞍馬は言葉を返した。

「何を正しいとするか、難しい所だね、だが、首魁二人は既に死という罰を受けていて、盗賊団があの規模と能力で再起する恐れは無い……そして、儀助殿をあの盗賊団の重要人物として突き出してしまうと、結局あの商家の人たちや、その家族までもが無用の猜疑に晒され、下手をしたら命も危うい事となる……疑い晴れて無罪釈放と相成っても、仕事先のあの店は、盗賊団の拠点として領主殿に接収されてしまい、彼らは慣れた仕事を失う」

 それは、誰も望む所ではあるまい。

 そもそも、妖相手だけと限定しての協力だ……妖絡みの話はある程度こちらの裁量を認めて貰うしかあるまい。

「私達は表に出せない事情を考慮して、今回の決定をした……それで良しとしようよ、主君」

 君が、そこまで背負い込む事は無い。

「……そうだな」

 理想を言い立てれば、この世界は切が無い……どこかで折り合いを付けて生きていくしかない。

「話しは変わるが、主君、榎の旦那の商う商品の中に何か甘い物はありそうか、何かご存知ないかな?」

 取り急ぎ、館に有った饅頭だの飴だのを月読様に捧げたのだが、それが端から消える様を、奉納に当たった一同で唖然として見る羽目になったが、あの調子では、恐らく全く足りていないのだろう。

 あの旦那の商品の中にそれが有るなら、随分と彼女としては助かる事になる。

「甘味か……そういや、俺が押し掛けた時に、上等の落雁出してくれたな、案外その辺も扱ってるかもしれねぇぞ」

 ありゃ、俺みたいなのが食っても旨いと思ったもんだが。

 そこで男は言葉を切って鞍馬の顔を見た。

「それにしても奇遇だな、俺もあの店の扱う品の中に、石蜜でもねぇかと期待してたんだが」

「ほう、主君もか?先程の言もそうだが、まさか甘党に鞍替えかね?」

「よしてくれ、甘い奴も嫌いじゃねぇが、俺はやっぱり酒が良いよ」

 小さく肩を竦めた男が潜り戸に手を掛ける。

 そういや、おやっさんが唐柿を持ちこんでから、数日しか経ってねぇのか。

 あの日、夕日の中で、戦乙女と話をしたのが、随分昔に思える。

 まさかに、あの唐柿と、それについていた謎の虫の調査が、これ程の大騒動になるなどと、思いもよらなかったが……。

「戦乙女と話してた折に、彼女の故郷で作られる、果実を蜜で煮詰めた保存食、『じゃむ』とやらいうそうだが、そいつを、桑の実集めて一度作ってみるかという話になってな」

 その為に、それなりの量の蜜が必要でな。

「成程、果実も摂取できる甘い物とは、行軍時の心の平安や体に良い物かもしれないね、携行食の研究の一環としてやるか」

 鞍馬らしい言い種に、男が苦笑した。

「軍師殿の賛同が頂けると話が早いな……ところで、そちらの話だが」

 どういう事だ?

「ん、ああ、私の方の話は、別に蜜に限った話じゃない、それこそ干した果実や甘酒や飴の類でも良いんだが、それらをご進物にしなければならないのさ、だがある程度の質と、何より量が必要らしくてね」

 贅沢な好みを持った方に借りを作ると、何かと厄介だよ、全く。

 珍しくぼやく様子の軍師の顔を面白そうに見ながら、男は小さく笑った。

「鞍馬も甘党に宗旨替えした訳じゃなさそうだな、しかし、お前さんがあぐねる程の相手に作った借りとなると聞き捨てならんな……あの戦の折に何か有ったのか?」

「ああ、そういえば寝込んでいた君には話して居なかったな、実は……」

 後に、彼らが譲り受けた店が、その幅広い交易経路と、式姫達がその交易路の保護を担うという安心感から、この地方の物流、ひいては金融の中心へと育ち、地域一帯の復興を担う莫大な富と人脈を生み出すようになるまで成長し、そして、それは同時に、式姫達の戦を側面から補助する大きな力となっていく。

 その時、店の地味だが重要な業務を引き受け、静かに、誠実に働き続ける一人の男の姿があったのだが、それはまた、別のお話。


 
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