第3章.過去と未来編 10話 曹操の決意
大声を出した一刀に皆の視線が集まるがそれに構わず一刀は部下に問い質す。
「どうして菖蒲さんが曹操のところに行くようなことになったんだ?」
「はあ、それについては郭嘉殿より書簡を預かってきていますのでそれを読んでください。」
一刀は渡された書簡を開いて中身を見ていく。
曹操が境を越えて略奪にやってくる青州黄巾党の討伐許可を求めてきたこと、賈駆達もその情報は掴んでいた為問題無しとして許可を出そうとしたが馬騰が何か懸念を感じて援軍を兼ねて監視に行くと言い出したこと、危険だとして郭嘉と程昱が止めたのだが聞き入れてもらえなかったこと、その為一刀達に至急戻ってきてほしい旨が書かれてあった。
これを読んで一刀は後悔していた。
一刀は馬騰にだけはある程度正史や演義について話していた。
(馬超には反董卓連合のことは話したがそれ以外は話していない。)
そう、曹操が青州黄巾党を取り込むことにより大きく飛躍したことを教えたのだ。
一刀は現在の状況が史実や演義と大幅に異なっていることより、この通りになるとは思っていないが先を読む為の参考になるかと馬騰に教えたのだが裏目に出てしまったのだ。
現在入手している情報からすれば賈駆のように判断するのが普通で青州黄巾党取り込みという考えに至らなかったはずなのである。
だがそこで一刀は「でも」と思った。
青州黄巾党を取り込んだとしてもすぐに使える訳ではない。
自軍との連携等、調練する時間が必要で今のままでは混乱の元に成りかねない。
ましてや曹操のことだ、劉琦や孫策との同盟をすぐに察知するだろう。
今馬騰を騙まし討ちのような形で討てば一刀達同盟の報復を呼び、それに自軍だけで対処しなくてはならなくなる。
そう考えると今馬騰を討つことにメリットがない、曹操にとって最善はなんとか誤魔化すか、理由を付けてお帰り願うことになる。
今回のことは老人が言った馬騰の危機と違うものなのか?
悩んでいた一刀に周瑜がそう言えばと話し出す。
「一刀、生き残りの刺客だが、意外なことがわかったぞ。」
「えっ、なに?」
顎に手を当て俯いて考え込んでいた一刀は周瑜に声をかけられ顔を上げる。
「調べてみたら、十常侍の張譲に仕えていたことがわかったんだ。」
「えっ?張譲?でもよくそんなことがわかったな、自白したのか?」
「明命がそいつが張譲のところに居たのを覚えていたんだ。時々洛陽にやって情勢を調べさせていたからな。後…あいつは自害した。」
「じ、自害?」
「ああ、明命が奴の素性に気がついた後、ちょっとした隙を付かれてな。」
周瑜の話しを聞き一刀は考える。
「(張譲?思わぬ名が出てきたな。主人が死んでこっちに流れてきたということかな?でもなんかおかしくないか、仕えて余り経っていない主人の仇を討とうとするほど義理堅いのなら、なぜ張譲の仇を討とうとしないんだ?それに自害した?素性がばれて追求されるのを恐れてってのなら判るが?)」
一刀の疑問は深まっていく。
「ふ~ん、主人が死んでこっちに流れてきたって訳か。」
「いや、翠。調べさせてわかったのだがあやつが許貢に仕えていたという事実はないんだ。」
「へっ?じゃあなんであいつは雪姉を襲ったんだ?」
その時、一刀は疑問を解く鍵を見つけたような気がした。
「(つまり、あいつは許貢は関係無く雪蓮を暗殺しにきたということだ。暗殺…!月を襲った王允が最後に言い残したのが「ちょ」…張譲と言おうとしたのではないか?ということは張譲は生きてる!そして失った権力を取り戻す為動き出した。)」
そう考えれば一刀は納得がいった。
死んでいないのだから仇を討つ必要がない、素性がばれて主人に追求が及ぶ可能性があるので自害した。
辻褄は合う。
董卓を狙ったのもわかる。
董卓軍は同盟で最大の戦力を誇る、しかし個性的というか灰汁の強い将や軍師が多い為董卓がいなくなったら崩壊してしまう恐れがある。
董卓が将達の接着剤となってる訳で、ある意味董卓軍の弱点とも言えるところである。
孫策が狙われたのはよくわからないが、同盟の戦力になるくらいならというところだろうか?
一刀のこの考えは孫策が狙われた理由以外はほぼ合っていた。
ついに一刀は真の敵の存在に気がつく。
「(ということは奴が次に狙うのは…)いかん!!菖蒲さんが危ない。」
いきなり大声をあげた一刀に視線が集まるが構わずに寝台より起き上がろうとする。
「早く予州に帰らないと…ぐっ!」
しかし激痛が走り蹲ってしまう。
「ばかやろう!しばらく安静だと言ったばかりだろうが。」
「くっくそー、肝心な時に動けないとは…なさけない!」
「母様が危ないってどういうことだよ。」
苦痛に顔を歪めながら、一刀は書簡を馬超達に渡し説明する。
馬騰が曹操の下に向かっている、これ自体は現在の状況と曹操がどういう人間かを考えれば馬騰に危害を加える可能性はかなり低い。
しかし張譲が生きていて同盟に対して謀略を仕掛けてきているとなると話しが違ってくる。
張譲にとっては現在の状況も曹操も関係ない、唯、馬騰を亡き者にできればいいのである。
馬騰が自分が害される可能性が低いと油断していれば刺客にとってはやりやすいことこの上ないのだ。
その上なにも直接馬騰を狙わなくてもよく、例えば涼州兵の格好をして曹操を狙ってもいいのだ。
亡き者にできなくても重傷を負わせれば部下達が逆上して馬騰達に襲い掛かるだろう。
そうすればいくら大陸最強の涼州騎馬隊といえども20~30倍の相手に生き残れる訳がない。
それに青州黄巾党がそうなった時にどう動くかわからない。
青州黄巾党を取り込まれるのは痛いが馬騰を失うよりは遥かにましで早急に馬騰を戻す必要がある。
「それなら伝令を送ったらいいんじゃないの?」
一刀の説明を聞いていた孫策が軽い感じで言うのだが一刀は首を左右に振る。
馬騰は智勇兼備の名将であるが本質は武にあり己の武には誇りを持っている。
そのような人物が危険だから帰れと言われて素直に言うこと聞くとは考えにくい。
だからその場に留まり謀略に立ち向かうことになると思われるのだ。
張譲がどのような手を打ってくるかわからない以上、その場その場で対応しなければならず軍師もしくはそれに類する人が傍にいる必要がある。
しかし馬騰軍の軍師は今のところ一刀1人、類する人物がいることはいるのだが・・
「!、そうだ。おい、馬岱は何か言ってなかったか?」
「ああ、そう言えば馬岱様より伝言です。「大丈夫だよ~」とのことです。」
「よし!翠、2人ほど残し残りとともに予州へ向かってくれ。城に着いたら郭嘉を伴い菖蒲さんの下へ急ぐんだ。程昱には全軍召集をかけた上で劉備、董卓陣営に支援要請を出すよう伝えてくれ。」
「一刀、蒲公英になにさせたんだ?」
「ちょっとした確認だよ。」
時間は遡って一刀達が荊州へと向かってから数日後
とりあえず一仕事終わり程昱が庭の長椅子で一息ついてるところへ馬岱がやってきた。
ちなみに2人はもう真名を交換している。
「あれ?風ちゃん、怠業?」
「む~、風は蒲公英ちゃんより年上なのですが。いえ~一仕事終わったので少し休憩してるだけですよ~。」
不快そうな声を出すもののいつもの眠たそうな顔を馬岱へ向ける。
「あはは、わかってるんだけど風ちゃん見てるとどうしてもそうは思えないのよ。ところで~、星姉様に聞いたんだけど風ちゃんは程立って名だったのよね。」
「はい~、そうですよ~」
「ふ~ん、いつ頃立から昱に変わったの?」
馬岱の質問におや?と思ったのだが顔に出さず
「こちらに来た時にですけど~、どうしたんですか~」
「ふ~ん、ということは…風ちゃんにとっての太陽は菖蒲伯母様?それとも一刀兄様?ひょっとして翠姉様?」
程昱の眠たそうにしていた目が見開かれる。
「!?どうしてそれを知ってるんですか?その夢のことは誰にも言っていないのに。」
「へえ~、ほんとだったんだ。」
馬岱は一刀に聞かされたことを程昱に説明していく。
郭嘉と程昱、この2人は一刀の知っている歴史では曹操の軍師になるはずだった。
しかし馬騰のところに来ており、最初は間者かと疑ったのだがこれほど優秀な人物を2人も間者に使うとは考えにくい。いくらなんでももったいないのである。
そこで思い出したのがさきほどの程昱の夢の話である。
いつ立から昱へ変えたかがわかれば程昱が誰に仕えようとしたのかがわかると思ったのだ。
程昱がシロとなれば自動的に郭嘉もシロになる。
つい最近までいっしょに旅をしていたのだからお互いの能力や性格をよく知っているはず、程昱が居るのを見たら諦めて戻るだろう。
だから郭嘉もシロという訳である。
「は~、天の御使いというのは本当だったんですか~」
「頼り無さそうでそうは見えないけどね。」
ということがあったのだがとりあえず横に置いておく事にして。
「よっし、皆いくぞ!」
部下に指示を出し、急いで部屋を出て行こうとしたが扉に手をかけた処で立ち止まり振り向く。
「いいか、一刀。華陀の言うこと聞いてちゃんと安静にしてるんだぞ。」
苦笑する一刀に念を押した後、孫策の方を向いて
「雪姉、一刀に手出すなよ。冥姉、ちゃんと見ててよ。」
と言うと扉を開け、出て行った。
やれやれと寝台に体を横たえようとする一刀に孫策が
「さて、邪魔者はいなくなったし…か~ずと(きゅっ)」
と抱きつこうとするのだが周瑜が孫策の襟首を掴み食い止める。
「さてと、雪蓮?政務が残ってるぞ。我らも執務室に行こうか。」
孫策の首根っこを掴んでぐいぐいと部屋を出て行く。
部屋の外から孫策の声が聞こえる。
「え~ん、冥琳のいじわる~」
一刀と華陀は顔を見合わせて
「なあ?ここに居た方が安静にならないんじゃないか?」
「俺の家に来るか?」
2人で大きな溜息を吐いていた。
処変わって陳留は曹操の居城
朝廷へと向かった使者が軍の移動許可と共に馬騰来援の知らせを持って帰ってくると即座に動くべく準備を済ませていた曹操の部下達は大騒ぎとなった。
「おい!桂花。天和達のことがばれたのか。」
「そんなはずないわよ。厳しい緘口令を布いてるのよ、洩れるはずないわ。」
「じゃあ、なぜ馬騰がやってくる?」
「そんなの私が聞きたいわよ。」
夏候惇と荀彧がいつものように喧々諤々の口論を繰り広げているが、曹操と夏侯淵を除く他の将も“どうして?”という顔である。
今回の策はほぼ完璧と言っていいものである。
実際、曹操による青州黄巾党取り込みに気づいたのは馬騰と一刀のみでそれも天の知識というインチキみたいなものにより気づいただけで他の諸侯は誰1人として気づいていなかった。
とりあえず夏侯惇と荀彧はほっておいて夏侯淵は曹操へと問いかける。
「華琳様、その言葉通りに討伐の援軍としてということは考えられないでしょうか?」
少し考えた後、
「いえ、それはないわ。いくら彼女達が官軍という立場だとしても自分達に逆らった勢力に援軍を送るほど甘いとは思えない。それに本当に援軍ならば千騎というのは少なすぎる。多分監視するつもりなのでしょう。」
「監視?ですか。」
「ええ、黄巾党を取り込もうとしていることには気づいているもののどうやって取り込もうとしているかまではわかってないということだと思うわ。」
曹操の見解を聞き、なるほどと夏候淵は頷く。
「援軍という名目で我らを監視し黄巾党取り込みの邪魔をする、なんらかの証拠を発見したらそれを大義名分にして我らに攻め込むと言う訳ですか。」
それを聞いた楽進が挙手し立ち上がる。
「それならば天和達を使うのは拙いのではないですか。もし張角だとばれると言い逃れのできない証拠を与えることになります。」
「でも凪ちゃん、あの時張角のこと知ってる人誰もいなかったんだよ?天和ちゃんが張角だとは馬騰さんでもわからないんじゃないかな。」
「いいや沙和、あの時はそうでも今もそうかはわからん。それに天和が黄巾党を説得したとわかれば絶対怪しまれる。張角とわからなくても黄巾党の上層部の人間とわかるだろう。それでも大義名分になる。」
「そやけど凪、あいつら使わんと取り込みなんて無理やわ。」
「ということは、今回は諦めるの?真桜ちゃん」
「いや、そういう訳にはいかんぞ沙和。討伐すると言ってしまったのだ、やらなければ黄巾党を恐れて戦わない軟弱な軍と風評が立ち、人々が離れていってしまう。かといって本当に青州黄巾党と一戦交えればかなりの損害が出る。どうしても天和達を使って取り込むしかない。」
「じゃあ秋蘭様、天和ちゃん達にすぐ行ってもらって降伏するよう話しをつけてもらっておいてさ、僕達が行ったら降伏しましたってのは駄目?」
「季衣、そんな簡単に奴らが降伏したら絶対怪しまれる。そうしたら黄巾党は取り上げられ、我が軍に取り込むことはできなくなるぞ。」
「なら、秋蘭様。黄巾党と模擬演習をやることにして誤魔化すことはできませんか?」
「無理だ、流琉。それくらいでは馬騰の目を誤魔化すことできん。それに誤って1人でも死んでみろ、奴ら騙されたと思って暴走しかねん。」
全員う~んと渋い顔になり悩む中、荀彧が曹操の方を向く。
「華琳様、最早これしかないと判断致します。」
荀彧は曹操の方を向いたまま説明を始める。
青州黄巾党を取り込むには張角達を使うしかない。
しかし張角達を使えば馬騰に見つかり攻め込む大義名分を与えてしまうことになる。
かといって今回は諦めるという訳にもいかない。
風評のこともそうだが、世の中の状況が状況だけにこの機会を逃せば我が軍はジリ貧になってしまう、このような機会はそんなにあるものではないのだ。
だから当初の予定通り張角達を使って青州黄巾党を取り込む。
但し、
「但し、馬騰達は全軍を使って包囲し拉致します。後顧の憂いを除く為討ち取っておきたいのですが流石にそれをすると騙まし討ちの謗りを受けた上で即時開戦になってしまいます。ある程度死傷者が出たとしても馬騰及び将は無傷で確保します。そして馬騰達を人質に1ヶ月の猶予を得、その1ヶ月で青州黄巾党の調練を行い現在の我が軍と同程度の錬度まで引き上げます。こうして戦力を拡充しておけばこの後馬騰達と戦端を開くことになっても十分勝機はあります。」
荀彧は説明を終える。
「桂花!拉致だとしても卑怯の謗りは免れんぞ!!」
「じゃあ、どうしろっていうのよ。今回は諦めてジリ貧になっていくのを座して待つつもり?」
「なんだと!きさまー」
それまでじっと荀彧の説明を聞いていた曹操が夏候惇を制し立ち上がる。
「春蘭、そこまでにしなさい。桂花、あなたの策で行きましょう。ふふ、引いても地獄、進んでも地獄、ならば進みましょう。」
馬騰の一手により追い詰められた曹操は引くに引けぬ道へとその一歩を踏み出す。
傍に居た夏候淵は何か言いたそうだったが口を開くことはなかった。
荀彧のこの策、今の曹操の状況からすると仕方ない策と言えるかも知れない。
しかし危険な策とも言える。
それは包囲した際に万が一にも馬騰に危害を加えてはならないと言うことである。
そうなれば馬騰の兵達が暴走しかねず、結果騙まし討ちのような形になり同盟軍と即時開戦となってしまう。
荀彧は自軍の錬度と馬騰の統率力に自信があるのかもしれないが他勢力の介入を考慮していない。
情報はいろいろと入ってきているのだが荀彧1人では処理しきれないのである。
そのため荀彧の頭にある他勢力とは袁紹のみで張譲は入っていない。
袁紹は内部固めに手一杯でこちらにちょっかいをかける余裕はない、だから考慮から外した。
本来の歴史なら郭嘉と程昱がもう曹操の配下となっており3人で対処すれば張譲のことも察知できたかもしれない。
しかし一刀が歴史を変えたためか郭嘉と程昱は馬騰の下にいる。
曹操は現在を雌伏の時と考え十分力を付けた上で馬騰達と正々堂々の決戦を望んでいたのだが図らずもそれは叶わぬこととなる。
<あとがき>
どうも、hiroyukiです。
今回は大幅に更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
1週間ほど出張に行ってまして続きは出張先でちょこちょこと書いていたんですがネットに繋げなかったので更新できませんでした。
さて対曹操パートが始まりました。
史実において曹操の飛躍は黄巾党(青州)を取り込んだところから始まっています。(まあ、献帝を保護?したということも上げられると思いますが)
それはこの外史(物語)でも同様で依然確かな勢力を誇る青州黄巾党を確保していた張角達を使って取り込もうとする訳ですが、一刀に聞かされた歴史知識によりそれを察知した馬騰が妨害しに来るという訳です。
原作において曹操は張角達の人を魅了する能力に目をつけ徴兵に使っていますが、それが生きるのは袁紹を倒し冀州を手にしてからだと思います。
なぜなら張角達を使ってかたっぱしから徴兵すれば働き手がいなくなり産業が廃れてしまうからです。
今の時点で曹操が確保しているのは兗州だけで、その上反董卓連合戦では大した風評も上げることができなかったので民は風評を得た董卓(司州)、馬騰(予州)、劉備(徐州)に流れていきます。
この状態でこれ以上の徴兵を行えばバランスが崩れ自領の経済が危うくなると曹操や荀彧はわかってますので他へ兵を求めた訳です。
次回、曹操と馬騰は相対し悲劇が起こります。
馬超は間に合うのか、一刀は孫策に喰われるのか(関係ないか)乞うご期待!
では、あとがきはこのくらいにしてまた来週?お会いできたらいいな~。
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えー、更新遅れて申し訳ありません。
3章10話 対曹操パートスタートです。