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新・恋姫無双 ~呉戦乱記~ 第15話

4BA-ZN6 kaiさん

続きを上げます。よろしくお願いいたします

2021-10-19 12:55:32 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1527   閲覧ユーザー数:1406

 

蓮華は執務室で気難しい顔をしながら書簡を睨めつけ、気になる点は文官を呼んでは確認をとり、大臣たちと会談をしたりと多忙を極める。

 

「はぁ・・・・忙しいわね」

 

「お疲れ様」

 

詠がお茶を持ってきては、書簡の山である蓮華の机に差し出す。

 

「ありがとう。詠」

 

蓮華は礼を言って熱いお茶を飲む。

 

「しかし姉様はいつもこんなに仕事を?」

 

「まぁ・・・・いっつもどこかに姿を消しては私たちが探す、という感じだったけど・・・・」

 

「そ、そうなの・・・・」

 

「でも、あの人サボってるように見えて実は仕事は手を抜かなかったわね。集中したときなんて、恐ろしい速さで仕事をするんだもの。びっくりしちゃうわよ」

 

詠が思い出すかのように遠い目で蓮華に説明をする。

 

蓮華も雪蓮が姿を消すことは承知してはいたが、いざこうして他人から姉の振る舞いを知るや、申し訳なさがあり苦笑する。

 

「姉様は表裏のない性格ゆえに、ムラがあるのは困ったものよね」

 

「まぁね。苦労は絶えなかったけど、私は雪蓮と仕事するのは好きだったわ。私に任せてくれるし、信頼もしてくれる。そして責任は彼女が全てとってくれたからね・・・」

 

蓮華はつくづく姉のそういった度量の大きさを聞いては誇らしい反面、自分の胸にも行く分かの焦燥感が湧き上がるのを感じていた。

 

自分は王として、姉のようにできるのか?

 

つねにその懸念が蓮華の頭に浮かんでは消える。

 

蓮華からしてみれば、雪蓮は超えるべき壁でもあり、尊敬する姉であった。心境は相当複雑であった。

 

「あ!でも蓮華も頑張っているって思うわよ?これだけ逃げずに正面からがっぷりよっつで議論を重ねるのは雪蓮にはできなかったから・・・」

 

詠は蓮華のそう言ったコンプレックスを察したのか、直ぐ様フォローをする。

 

「そう言われると助かるわ。ありがとう詠」

 

「どういたしまして。でも蓮華、月もそうだったけど・・・あまり一人で抱え込むと深みにはまって帰って来れなくなるわよ」

 

詠は反董卓連合で諸侯たちの謀略に嵌ってしまった月と今の蓮華を重ねていた。自分で思い悩み全てを抱えようとするあまり、視界が狭くなる。

 

そこから隙が生まれる。月や蓮華としては人は全ての事柄を処理することなど不可能であると分かっている。

 

だが彼女たちのそういった思慮深さや慎重さは時として急激に変化する情勢に対処できない弱さを持つことを、詠は反董卓連合戦で痛いほど実感をしていた。

 

「忠告感謝するわ。そうね・・・私は私。それ以上でも、それ以下でもないのだから、私に出来ることをする。それだけなのよね」

 

笑顔で詠に礼を言うと、遠い目で窓から空を見上げる。

 

雪蓮が王をやめると言い出して早1ヶ月。蓮華自身も驚いたが、雪蓮は北郷が死んできっと王を辞するであろうという予感は蓮華にはあった。

 

「もう1ヶ月ね・・・雪蓮が王を辞めてから・・・・」

 

詠はどこか寂しい表情でそう呟くが蓮華の顔にも暗い影を落とす。

 

「そうね・・・・」

 

蓮華も未だに北郷の死から立ち直ってはいなかった。仕事が忙しい時は忘れる事ができるが、一人になれば彼の死ばかりを考えてしまう。

 

もし北郷が助かっていたら・・・・、なぜ彼が犠牲にならなければならなかったのか・・・・どうしようもない事ばかりずっと考えてしまうのである。

 

蓮華もそうであったが冥琳は深刻であった。

 

表面はいたって普通であり、仕事も彼女らしく、妥協なく完璧であるが先の会議で蓮華は冥琳の心の一面を垣間見た。

 

会議が進行し議論が盛り上がる中、議長であったが冥琳が流れるようにこういったのだ。

 

『ではほんご・・・・・いや・・・すまない』

 

冥琳は北郷に必ず意見を聞いていた。

 

それは友人としてでもあるが、北郷は冥琳の考えを理解してくれている数少ない理解者であり、生前冷静に冥琳とよく議論を交わしていたからだ。

 

『北郷、お前はどう思う?』

 

冥琳は必ずこう言って北郷と議論を交わしていたのを軍参謀たちは知っていたし、北郷が彼女にとって最大の理解者であったことも参謀たちは承知していた。

 

ゆえに誰も指摘することはできず、彼女がなんでもないと振舞う仕草に、皆は沈黙する。

 

いつもの名残でつい冥琳は北郷の名前を口走ってしまったその時の表情を、蓮華はきっと一生忘れる事は出来ないだろう。

 

彼の名を出した時、目の光りが無くなり、一気に闇が広がり、その後唇を噛む。

 

頭が俯き、チラリと見える彼女の端正な顔は悲しみと悔恨で表情が大きく歪んでいた。

 

冥琳は北郷の喪失に深い傷を負っている。それも蓮華以上に。

 

荊州の多大な犠牲を払い制圧したのは正しくケガの功名と言えるが、一つ間違えたら呉が滅んでいたかもしれない賭けでもあり、蓮華は氷薄な思いであった。

 

だが自分が愚かだと分かっていても、冥琳、そして姉を止めることができなかった。

 

それが呉が謳う文民統治に逆らう行いであってもである。

 

落とし前をつけたい、この怒り、やるせない悲しみ、悔しさ。

 

この矛先を魏に向けることをしなければ、我々は自戒の念で押しつぶされていたであろうからだ。

 

『私の王としての最後の仕事よ。この怒りを・・・・悲しみを・・・奴らに償わせてやるわ』

 

姉はそう言って、最初で最後の私怨的な報復戦を打ち上げ、その責任を取り王を辞任した。

 

呉が法の支配を国家のアイデンティティとする以上、雪蓮の行ったことは許されることではなく、雪蓮もそれを覚悟でのことでもあった。

 

だが蓮華はあの時見た姉の表情は、以前のような悲痛な表情ではなく、前を向き強い闘気を身にまとうかつての小覇王であった。

 

蓮華は思う。

 

きっと姉は自分の気持ちに区切りをつけたかったのではないか、と。

 

だが蓮華は魏を圧倒し、荊州を制圧してもこの胸に沸く虚しさが満たされることはなかった。

 

蓮華は未だに立ち直れていない心境の中、姉の心中を思い、断腸の思いで目を閉じる。

 

『私、王を辞めようと思う』

 

姉がそういったのは、あれは北郷の葬儀が終わった後であった・・・・・。

 

蓮華は姉の辞任の決意した出来事をもう一度頭の中で整理するべく、目を閉じるのであった。

 

 

 

本来は国葬時に行われる部隊というの別個にあるのだが、北郷が入った柩を直下の部下であった北郷隊の兵士たちが志願し、その勢いに根負けした軍令部は北郷が入った柩が部下たちに担がれることになり、それに合わせて音楽隊が隊列で囲み、哀愁の音頭をとりはじめる。

 

陸軍が参加してでの大規模な葬儀ではあったが、国葬は適切に行われ、柩が埋葬墓地へ運ばれるのを雪蓮たち首脳は城壁から見下ろしていた。

 

連合の首脳陣たち、特に蜀の人間たちは北郷の死を未だに信じることができずにいたが、雪蓮は号泣する愛紗、涙する桃香を隣に粛々と北郷の柩が通り過ぎるのを敬礼をし見守る。

 

涙を浮かべながら桃香は雪蓮のその振る舞いを心配そうに一瞥した。

 

桃香は雪蓮と北郷が恋仲であった事を知っていたがゆえの心境を慮ってのことであったが、友人であるはずの雪蓮の表情は決して読み取れず、王として威厳のある風体を保ち無表情で敬礼を送っていた。

 

宰相として隣にいた冥琳も雪蓮同様に表情を変えず、北郷を敬礼で見送っていた。

 

(・・・・・・あ・・・)

 

だが桃香は冥琳を見て気づいたことがあった。

 

冥琳の表情は無表情ではあったが、彼女が敬礼とは別に留守にしている片手は、強い握りこぶしを作り、震えていた。

 

(・・・・冥琳さん・・・・・・辛いんだ・・・・)

 

桃香は冥琳が宰相としての仕事を全うするため、こうして無理をしていることを知ると悲しみが彼女を襲う。

 

柩はゆっくりと、ゆっくりと音楽隊の後ろを兵たちが担ぎながら、去っていくのを雪蓮たちは見送った。

 

その表情は空虚な表情であり彼女の心境そのものを物語っており、王としての勤めを粛々と務める雪蓮の姿が皆には痛々しく映った。

 

その後冥琳と雪蓮は北郷が埋設される瞬間を立ち会うことはせず、淡々と各国と会談を行い、参加国に最大限の礼を述べる。

 

これからの連合の進路の確認をし、各国が連合での立ち位置を明確にするとともに、今後は連合内での広域な政策決定を行うべく、諮問機関を別個につくるべきであるという意見が多くでた。

 

桃香や雪蓮たちもその主張に対しては賛成を示すと、今度の首脳会談までに連合内での諮問機関の枠組みを議論していく事を確認した。

 

北方の警戒も要塞の建造を本格化させ、魏において戦略的に重要な場所に位置する荊州の経済封鎖、魏への間諜員の増員などを各国が連携して行うこととなった。

 

こうして国葬はつつがなく終わった。

 

連合会談が終わり蜀に帰還途中での休息を皆が天幕で各々過ごすなか、蜀は未だに悲しみが支配しており、特に北郷と雪蓮の結婚の約束を知ってしまった桔梗と紫苑はずっと涙を流し続け、その勢いは止まる事は知らなかった。

 

「・・・・・・なんて神様は残酷な仕打ちをするのでしょうか・・・・・」

 

泣き腫らした目で紫苑が弱々しくつぶやくと桔梗は震える声で誰に言うまでもなく呟く。

 

「大切な・・・・・守るべきもの・・・・それが真っ先に失われるこの現世・・・。なんと非情で・・・・憎らしいことか・・・・・お館様よ・・・・」

 

震える手で忘れようと酒に手を出す桔梗であったが、その手を止める。

 

今飲んでも酔えない。そう思ったからだ。

 

「雪蓮殿は・・・・あの方は一体どんな思いでお館様の・・・・・死を受け止めたのだろうか・・・・・」

 

「・・・・・・私も夫を亡くしているけど・・・・あのような振る舞いはできなかった。・・・・雪蓮さんは辛いはずなのに・・・・・」

 

夫に先立たれた未亡人である紫苑は雪蓮の気持ちが痛いほど理解できるために、あのような空虚な雪蓮がまるで自分を戒めているように見え、自分で自分の体を剣で刺しているような痛々しさが紫苑には感じられた。

 

愛紗と星と翠は天幕の中で3人酒を飲み交わしていた。

 

だが3人の表情は依然として冴えず、杯に入った酒は一向に減ることはなく、沈黙が支配する。

 

「北郷殿は・・・・・・彼がいないという現実が・・・私は受け入れることができないのだ・・・・」

 

「・・・愛紗よ、それは私も同じだ。北郷殿と我々はよく演習で共に汗を流し、背中を預け、戦場を駆け抜けた、いわば戦友だ。この超子龍・・・・彼の存在の大きさを・・・今になって痛感している」

 

「私も・・・・・愛紗や星と同じだよ。雪蓮や北郷には涼州が滅んでから本当に良く励ましてもらったからな・・・。蒲公英も・・・・随分救われたって言ってたのに・・・・・」

 

3人は沈痛な面持ちで思いを語り始める。

 

特に翠は自身が精神的に辛い時に雪蓮によく支えてくれていた恩義があり、自分も親族を魏に奪われた身としては雪蓮の心境が痛いほど理解できた。

 

「・・・・・北郷殿は生き残るべき人間であった。雪蓮殿と二人で・・・・幸せを享受するべきお方だった・・・・」

 

珍しく星が悔しさと激情を混ぜた怒気のはらんだ声で搾り出すと、酒を一気飲みした。

 

愛紗は悔しがる星を見て、ふとした懸念が頭をよぎり、顔をしかめた。

 

「どうした?愛紗」

 

翠が愛紗の様子がおかしい事に気づき声をかける。

 

「ん、いや・・・・我々ですらこうして悔しい思いをしている。では呉の人々は?と思ってな・・・。雪蓮殿や冥琳殿、そして蓮華殿といった者たちは、当事者だ。我々以上の無念さ、後悔、怒りを感じているはず・・・・」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

 

「呉の参謀たちの信頼も北郷殿は厚かった。ゆえに魏に対する恨みはさぞ深かろう・・・・」

 

「何が言いたいのだ愛紗よ・・・」

 

珍しくイラついた様子で的を得ないことを言う愛紗を睨む星。愛紗は片手をあげ、すまないと謝ると説明を続けた。

 

「すまない。結論から言うとだな、呉はおそらく報復をしてくる可能性が高いという事だ」

 

「それがどうした。彼女たちにはそれをする権利があるのだ」

 

「愛紗、星の言うとおりだぜ?私たちですら魏に対し恨みはあるんだ。それを晴らしたいと思うのは仕方ないことなんじゃないかなぁ・・・と私は思う」

 

星と翠は愛紗に対し報復は同然だと言い放つ。

 

「そうだ。だが・・・呉は法治国家を目指すと宣言をしている・・・・。法による正当な行いではない報復を・・・・彼女たちが行えば・・・・。もちろん報復を否定はしているわけではない・・・・。だが・・・」

 

呉は法の支配を掲げ、徹底した法支配を行い、それが世の安定、平和をもたらすと疑わなかった者たちだ。

 

だが冥琳たちが主張した法支配を無視するかたちで、報復を行えば・・・・果たして北郷は喜ぶのか・・・・?

 

きっと北郷は悲しむだろう。

 

愛紗には分かる。法の支配を誰よりも喜んでいたのは北郷自身であったのだという事を。

 

彼のそんな思いを無視し、個人的な感情で恒久平和のために作った法を無視し戦を仕掛ける事は最早私刑であり、組織的な殺戮以外何者でもなかった。

 

それはかつて無差別な略奪を行った黄巾党の連中と同じであることを意味している。

 

だが呉は愛紗が抱くジレンマを抱えているであろうと推測できたし、果たして呉は報復を行うのであろうか?

 

そういった思いが愛紗にはあった。

 

だが星や翠は依然としてその考えは間違っていると主張し、報復を行うべきであると主張を譲らなかった。

 

嫌な予感がする。

 

愛紗は北郷が失った事で呉が大きな分岐点を迎えているような気がしてならなかった・・・・。

 

そして愛紗の予感は的中してしまうのである。

 

ただ愛紗の懸念が、そして呉の行いが吉と出るか、凶と出るかは後の歴史家が判断することであろう。

 

 

 

国葬が終わり、会談を済ませた私はそのまま執務室で仕事に励んだ。

 

詠や月は相変わらず、心配そうに私を見つめては仕事を手伝ってはくれるけど・・・・、私からしたらその視線が一番辛く、そしてキツい。

 

彼女たちは一刀が死んで、私を心配しているのかもしれないが、私はその視線こそが一刀が死んでしまった事実を思い知らされる鋭い凶器であり、胸がえぐられた。

 

「大丈夫?」

 

詠が珍しく心配そうに私を伺うが、私は少し笑うと大丈夫よ!と頭をワシャワシャと撫でてやる。

 

(やめて・・・・・。その視線・・・・・)

 

そう言うことも、またそう言う気力すら私は湧かない。

 

そう、とにかく仕事がしたかった。

 

仕事をして・・・・少しでも溢れ出てしまいそうなこの思いに蓋をしておきたかったからだ。

 

だが私が仕事をこなせばこなすほど・・・・私の頭には一刀の声が思い出され、私の頭をかき乱してくる。

 

結局・・・・いてもたってもいられず、執務室を飛び出した。

 

「そういえば・・・・・」

 

ふと気がついて、彼が住んでいた部屋を訪れようと訓練場へと赴く。

 

私がついた場所は第3演習場と呼ばれる場所であり、この場所ではかつての北郷隊、第15特務部隊が訓練を行う場所であった。

 

一刀の姿はもちろんなく、演習場で指示を出す男は北郷のかつての副官である男であった。

 

副官は私に気づくと、敬礼をする。急な私の訪問に部隊の者たちも困惑の色を浮かべながら訓練を続ける。

 

「これは・・・・孫策様でありますか・・・・」

 

「ご苦労様。私の直轄部隊だからね。気になって見に来ちゃった」

 

「そうでありますか・・・・」

 

副官はそれ以上私に聞いてくることはなく、深く頷くと訓練に視線を戻し、激を飛ばしていた。

 

私は彼らの訓練をしばらく見ていた。

 

皆無駄がなく、洗礼された動きだ。私が手合わせしても、それなりには戦える技量をこの部下たちは持っている。

 

この15部隊を育てたのは間違いなく、北郷であり、彼らも北郷隊の名前を消すことなく、彼の志を受け継がんと訓練に励んでいた。

 

どれだけ時間が経っていたか、訓練をじっと見つめていた私であったが一刀の顔が頭によぎり、副官に話しかける。

 

「ねえ?」

 

「はい?」

 

「北郷のいた部屋って貴方は覚えているかしら?」

 

私の質問を聞いたあと、一瞬口を噤んだかように見えたが静かに頷く。

 

「もちろんです。執務室も・・・・まだそのままにしていますし、宿舎の部屋もそのままであります。ご案内しましょうか?」

 

「ありがと。案内頼むわ」

 

それから軍令部へと向かい、北郷の部屋であった執務室をへと案内される。

 

「正直・・・・私たちもこの部屋を整理するのは憚られます。・・・・まだ北郷司令が生きてるように思えて・・・・」

 

と困った顔で副官がそう呟く。戸を開けると、執務室はまだ彼の息吹が感じられた。

 

書簡などはなくなっていたが、彼が愛用していた筆。穏や冥琳からもらった絵本、兵法の教科書などが彼が机に座った時に視界に入る位置に置かれていた。

 

きっと一刀は仕事の休憩時は、この絵本や兵法の本を読んでいたのだろう。

 

私は絵本を手に持ち、ペラペラとめくるとその絵本には彼の故郷の言語だろう、見知らぬ言語が彼の筆跡で色々と書きなぐられており、何度も読んでいるからだろうか、指をかける紙の端は擦り切れており、彼の懸命な努力のあとが伺えた。

 

兵法本や絵本であってもボロボロであり、きっと彼は何度もこの本を愛読していたのだという事実を私は知る。

 

「それらの本は隊長が良く愛読をしておられました。戦で戦地に赴く際も、必ずこれらの本を隊長は持って歩いておりました」

 

副官が静かに説明すると、私は絵本を優しく抱え、振り向く。

 

「これ・・・持って・・・・帰ってもいいかしら?」

 

「もちろんです。隊長も貴女に持ってもらうほうが喜ぶでしょう」

 

「ありがとう・・・・」

 

私は彼の使っていた机に静かに座ると、目を閉じる。

 

彼はこの机に座り、執務に励んでいた。

 

『一刀~、いい酒が手に入ったのよ。一緒に飲みましょ♪』

 

『雪蓮・・・・まだ俺は仕事中だぞ?』

 

『気にしない気にしない!さぁ飲みましょ!』

 

『やれやれ・・・・そうだな、じゃあ休憩も兼ねて一口いただこうか』

 

時たま私が酒を持って乱入をしてくるときも彼は困った笑顔を浮かべはするが、追い出すことはせず私と必ず酒を飲み交わしてた事を思い出した。

 

楽しかった思い出を思い出し、奥からこみ上げる悲しみを無理やり押し込める。

 

私は机に立ち上がると、副官に次の要件を告げる。

 

「じゃあ次は・・・・」

 

「承知しました。では・・・・・」

 

 

副官は畏まった態度で慇懃に応対すると、静かに、そしてゆっくりと彼が生活していた宿舎へと案内をしてくれた。

 

そうして宿舎に入ると非番である兵士たちの目が丸くなり、慌てて敬礼をする。

 

「ん、休暇中悪いわね。しっかり休んで頂戴」

 

私は震える声を押さえ込むように、兵士たちにやや早口で王として労いの声をかけながらも、副官のあとをついていった。

 

そしてある部屋の前に立つと副官はサッと後ろに引き、直立不動の姿勢で私を見つめる。

 

「ありがとう。ただ・・・・ごめんなさい。少し一人に・・・」

 

「分かりました。では・・・・終わりましたらまた。外でお持ちしております」

 

御免と彼は言うと頭を下げ、カツカツと音を立てて去っていった。

 

きっと気を使ってくれていたのだろう。彼の不器用な配慮に私は少し苦笑し、『北郷』と書かれた札を掲げた戸を開けた。

 

部屋に入ると彼が生活してたという痕跡が色濃く残っており、今もなおその事実が私の胸を強く突き刺す。

 

彼が着ていた軍服だった・・・・。

 

服を手に取ると、微かにだが一刀の匂いが残っている。

 

もう我慢できなかった。私はその服を自分の胸に抱きしめる。

 

涙が溢れ、私の視界はユラユラと揺れ前を見ることすら適わない。

 

私の涙が彼の制服をポタポタと湿らせ、彼の匂いが・・・・彼の存在を強く認識させる。

 

だが彼を包んでいた服は、ただ私に布としてまとわりつくだけであり、私の頭を優しく撫でてくれるわけでもなく、逞しい躯体で私を包んでくれる事もない。

 

「・・・・・一刀・・・・一刀の匂いがする・・・・・」

 

そうして私はしばらく涙を流したあと、もう一度服を丁寧にたたみ、彼の部屋を見ていく。

 

彼はきっと私や冥琳のためにと酒を用意していたのだろう。

 

どこからともなく、酒が見つかり虚しさが私を支配する。

 

そして虚無感のなか、椅子のドンと腰掛けるとその勢いで椅子が後ろの棚に当たり、小さい箱が私の目の前に降ってきた。

 

「っと・・・危ない、危ない・・・・。これは一刀の国の未来の道具?」

 

私は一刀が最初に会った時に未来から来たことを証明する時に、この小さい箱を動かしていた事を思い出した。

 

「たしか指でなぞれば動くのよね・・・・」

 

私はその小さな箱をなぞってみるが、あの時のような反応はなく、沈黙を保ったままであった。

 

「ん?これかしら?」

 

私は箱の側面にある小さな動く突起を押してみた。すると箱がブルブルと震え、色鮮やかな絵が出てくる。

 

「あ・・・・そうそう・・・・これ・・・・」

 

スッスッスと画面をなぞる私。

 

一体何をしているのかと自分に内心呆れながらも、私は彼のことが知りたい一心でこの箱をなぞり続ける。

 

するとなにやら色とりどりな絵が大量に出てきた。

 

「一刀だ・・・・。これ一刀が・・・・・」

 

一刀が描いた絵?だろうか。まさに自分に瓜二つな正確な絵が大量に。隣にいる男や女性はきっと友人なのだろう。

 

年相応の彼の笑顔と姿が刻まれたこの絵を見ながら、自分と知らない彼の一面が知れたようで私の心にポッと暖かな火が灯る。

 

「一刀・・・・楽しそうね。ん?なにかしら?」

 

最後の絵は暗闇であり、不審に思った私はそれを選択してみると、箱から急に声が聞こえて来る。

 

『あはっはっははは!見た?動く春画よ冥琳!!』

 

『すごいな・・・・これほど正確に・・・・・』

 

『うわぁぁぁぁあああ!やめてくれ~。ゲ・・・孫策録音してる・・・・はぁ・・・』

 

声がそこで途絶え、再び沈黙が訪れる。

 

(そう、これは一刀の春画がこの箱に収められていて・・・・それを私は偶然見つけて・・・・・)

 

一刀の慌てる声。久方ぶりに聞く彼の声に雪蓮の胸は跳ねる。

 

彼の声がこんな形で聞けるだなんて思ってもいなかった。

 

ああぁ戻りたい。あの頃に、みんなと笑い合えたあの頃に、と切実にこの動く絵を見てそう思った。

 

私はその後少し泣いた。

 

このまま堪えていることがもう限界であった。

 

私はこの現実をただ耐えるしかない現状に助けを求めるかのように、そして溢れ出た感情の捌け口を求めるかのように大声を上げて泣いた。

 

あの副官が席を外してくれた事を今更ながら内心感謝をしたのであった。

 

私は未だに目に涙を浮かべながらも、そのまま一刀の箱を服の袖の中にしまい、彼の部屋を出ていく。

 

もう限界であった。

 

彼の生きていた思い出が、今の私には目が霞むほど眩しく、そして辛い。

 

来なければ良かった。

 

私は自分の行いを酷く後悔した。

 

「もうよろしいのですか?」

 

「ええ。もう・・・・もう・・・・十分よ。すまなかったわね、仕事の最中に」

 

宿舎を出ると待っている副官に礼を言うと副官も辛い表情で、影を落とし首を振る。

 

「いいえ・・・・。私も正直言うと、隊長の死から逃げ続けていました。私は・・・・彼が死んだということが・・・未だに受け入れることができない・・・・」

 

「それでいいと思うわ。人間というのは完全な生き物ではない。人の死を割り切れる訳ないのだから・・・」

 

「孫策様・・・・・」

 

「また会いましょう。北郷隊、一刀の志を受け継いだ貴方たちに期待しているわ」

 

どの口が言うのだと内心自分を戒める。未だに一刀に未練があり、それなのに他人の前でこうして王を気取り、ふんぞり返る自分が憎い。

 

何もできなかった。家族も愛する人も守れなかった自分が・・・民を率いていくことなんて出来るはずはないのだ。

 

「ありがとうございます」

 

じゃあまたと言って副官と分かれると私は深いため息をつくと自分の寝室へと足を運び、一刀の遺品を整理した。

 

 

少し気持ちを少し落ち着かせ、城の外に出ようとするが見知った声に呼び止められる。

 

「まて、雪蓮。どこに行く?」

 

「冥琳・・・・。ちょっとね」

 

「・・・・・護衛をつけてちょうだい・・・・。お願いだから・・・・」

 

冥琳は眼鏡を外すと、弱々しいため息を吐いて少し震える声で私に懇願する。

 

「・・・・一刀の墓・・・・行こうかなって・・・。一人で・・・ね」

 

「そうか・・・・。雪蓮・・・では私も一緒に行こう。北郷も・・・・貴女もそのほうがいいでしょ?」

 

「・・・・うん。冥琳と一緒なら・・・・・耐えられると思う」

 

「・・・・・・・・私はお前の友人だ。・・・・とことん・・・付き合うよ」

 

「ありがと・・・・」

 

私と冥琳は肩を並べ、城下町を出る。

 

建業の街並みはいつものように活気があり、まるで一刀が死んだことが嘘のようないつもどおりの平和な光景がそこにあった。

 

私は酒場に赴き酒を買い、冥琳は市場で花を買っていた。

 

「・・・・・さて行きましょうか」

 

「ああ・・・・・」

 

二人のあいだに会話らしい会話はなかった。だがそれが私からしたら少し嬉しかった。

 

冥琳は私に同情の眼差しを向けない、私に哀れみを見せる事はしなかった親友に内心感謝した。

 

いまは誰とも話したくはない。他人の視線が自分に向けられるのが嫌で、誰とも本音で向かい合って話したくはなかった。

 

それを冥琳は知ってか知らずか、こちらに目を向けるまでもなくただ前を向いて、北郷が眠る場所を目指し続けていた。

 

いや、冥琳も私と同じ思いでいるのかもしれない。

 

(・・・・もうやめないと。こんなこと考えても・・・・)

 

暗い思いに私は蓋をする。

 

それから暫く歩くと、呉の国営で建てられた兵士の共同墓地があり、北郷はそこに埋葬された。

 

石墓が建てられており、北郷 一刀 ここに眠る。とだけ書かれている。

 

墓の前には大量のお供えが置かれており、彼の人徳の大きさを物語っていた。

 

冥琳は花をそっとお供えとして置き、私は石墓に酒をチャプチャプとかけてやる。

 

一刀が好きだと言っていた酒だ。きっと彼も喜ぶだろう。

 

冥琳は墓を見つめながら、腕を組み私に語りかける。

 

「北郷・・・・元気にしているか・・・・・。そちらの世界はどうだ?お前は・・・・文台様にお会いできたか?」

 

冥琳は静かに墓に向かい語りだした。

 

「北郷隊は・・・・未だにお前の名前で訓練に励んでいる。お前の存在を忘れないように、お前のような悲劇をもう産まないようにとな・・・・。お前は幸せ者だよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「だが・・・・私は・・・・お前の存在の大きさを過小評価していた。お前がいなくなってから・・・私は・・・・張り合える人間がいなくてな・・・・。居なくなってから気づく。お前の存在の大きさに・・・私は寂しいよ・・・・」

 

冥琳の最後の一言が彼女の隠された本音であることは私には痛いほどよく分かった。

 

「雪蓮も来たんだ。ほら、雪蓮。北郷が・・・・」

 

石碑の前で少し嬉しそうに語る冥琳の姿が、どこか痛々しく、そして虚しさを一層感じてしまう。

 

死んでしまえば・・・・それは無でしかない。

 

極楽浄土に行き、来世への切符を掴むとよく言ったものだが私はそんな戯言は一切信じてはいなかった。

 

そもそも私の全てを奪う神をどうして私が信じていけるのであろうか?

 

私はおそらくこの大陸で少数の無神論者であり、そんな話に救いを求める事自体に愚かさを感じていたのも確かであった。

 

北郷一刀という体が、そして意識が無くなり、存在がなくなり、皆の記憶からも薄れ、やがて忘れ去られてしまう。

 

その先にあるのは何も残らない空虚な無である。

 

皆が色々と取り繕った台詞を言うが、とことん突き詰めていけば死は無でしかないのだ。

 

だからこそ無の恐怖に我々は怯え、そして死、無の恐怖から逃げようとする。

 

ゆえに皆は死んだら仏になったとか、天国に行ったとか有るわけがないものに縋るのだろう。

 

死への恐怖、やるせない怒り、悲しみを、残酷さを神という媒体を拠り所にする。

 

それが自分を守る、他人を守る手段であったことを私は一刀が死んでから痛いほど身に沁み、そして初めて知った。

 

だからこそ冥琳がこうして墓の前で笑顔で近況を語る心境を、私は愚かだとは思うことはできなかった。

 

「一刀・・・・・・久しぶりね。・・・・・・どう?そっちは?」

 

私が語りかけてももちろん返ってくる返事はない。

 

だが私は自分の思いを吐き出すかのように語り続けた。

 

「私はね・・・貴方がいなくなって凄く寂しいし、悲しい。でも・・・・貴方は今までずっと私と同じ気持ちを抱いていたのよね・・・・。もしあの時私が命を落としていても・・・・きっと貴方や冥琳は自分を責めるでしょうね・・・・・。ふふふ・・・・三位一体とはまさにこのことよね」

 

「・・・・・・・・雪蓮」

 

「もう・・・・疲れたわ・・・・。なにもかも・・・・生きること、戦うこと・・・・私は・・・これから何を糧に生きていけばいいというの?貴方がいないこの灰色一面なこの世界で・・・・」

 

私は話している途中でこらえきれずに、涙を落とす。

 

一粒落とすと、もう止めることはできず、抑えていたの悲しみが全て涙として溢れ出てくるのを私は感じた。

 

隣にいた冥琳は黙って私のそばに寄り添い、そして抱き寄せて頭を優しく撫で続けた。

 

「・・・・・雪蓮・・・・もう・・・・もういいんだよ」

 

「冥琳・・・・?」

 

「貴女は十分に戦ったわ。全てを犠牲にし、自分の大切な全てを国に捧げたのよ。もう・・・・貴女だけが傷つき、追い詰められる姿を見るのは私は耐えられない・・・・。きっと北郷も・・・・お前もそう思っているはずだよな?」

 

どこか縋るような声で冥琳は北郷に語りかけると、眼鏡を外し目をつぶり、息を吐く。

 

「雪蓮・・・・どうだろう?こは勇退という形で隠居するというのは・・・?」

 

「え・・・?」

 

「もう・・・・お前が傷つく必要はないんだよ」

 

冥琳は私を悲しい目で見つめながら、静かに語った。

 

確かに冥琳の提案は魅力的でもあった。もう・・・私は気力がない。戦う気力も、生きる気力も・・・・。

 

牙の抜けた小覇王など語るのにも劣る。そんな自分がここにいる意味など・・・・。

 

そんな状態である私からしたら冥琳の提案は恐ろしく魅力的なものに聞こえ、甘い果実が目の前に現れた錯覚に陥る。

 

「そうね・・・・ん?なにか震えて?」

 

私がその提案を受けようとした瞬間、服がブルブルと震える。

 

「?これは・・・・?」

 

「一刀の持ってた未来の絡繰よ。・・・・急に震えだしてどうしたのかしら?」

 

私手に収まるこの小さか絡繰機を取り出すと、冥琳に見せた。

 

「光ってるぞ?雪蓮・・・・」

 

「ほんとだわ・・・・何かしら?」

 

この原理がどういったものなのかは説明ができないが、私は光る箱を触り出す。

 

 

前にやったみたいに指でなぞれば・・・・と私は思ったが光は消えることはなく、ザザザ・・・となにやら音が聞こえる。

 

それからしばらくすると声が聞こえてきた。

 

『・・・・よしまだバッテリーはあるな・・・・。俺は・・・・記憶を・・・・何か知らない記憶が自分の体の中にあるようだ。それについて記録をしていこうと思う』

 

「雪蓮、これは・・・・?」

 

「一刀の声・・・・?」

 

それから一刀は自分の今ある記憶を説明し始める。

 

それは私が病室で体験したあの記憶の渦を見たときと全く同じ内容であった。

 

私は彼の記憶を見ていたので特段の驚きはなかったが、冥琳は終始目を見開き、驚愕の表情で一刀の語りに耳を傾けていた。

 

『大体のことは話したつもりだ・・・。俺は・・・・この世界での未来を知っている。最初はぼやけた状態だったが・・・今では少しずつ靄が取れて・・・記憶が蘇りつつある。孫伯符の死と周公瑾の死。これを防ぐために俺は何ができるのかを考えたんだけど・・・、妙案は思いつかないままだ。ただ・・・・たとえ自分が命を落とそうとも、彼女たちを救う。今度こそあの二人の死を回避する。それこの世界に来た理由なんじゃないかな、と俺は勝手に想像している』

 

「「・・・・・・・」」

 

『雪蓮は・・・・弓で毒に犯され・・・・冥琳は雪蓮が死んだ後、大きく気落ちした事が原因で病魔に犯される。すべての悲劇のトリガーは雪蓮の死から・・・・という事になる。そうであるのなら、俺は彼女の死をなんとしてでも阻止しなければならないと考えている。・・・・・・雪蓮、もし・・・・もし君がこのメッセージを聞いていたのなら俺はもうこの世にはいないと思う。・・・・雪蓮、そして冥琳・・・まず君たちに本当のことを言えなかったことを許して欲しい』

 

それからしばらく沈黙すると少し震える声で彼は再び語りだす。

 

『でも・・・俺がいなくなってしまったとしても、君たちには前を向いて生きて欲しいと思ってる。それが君たち生きている人間が、そしてこの時代に生きる君たちだからこそ、しなければならない責務だと思ってる。・・・冥琳、雪蓮を守ってやってくれ。雪蓮は、あの子は・・・・ホントは泣き虫で、弱い。自分を責め、泣いているかもしれない。俺がいなくなってしまった時、冥琳が雪蓮を支えてやって欲しいんだ』

 

「北郷・・・・」

 

「一刀・・・・・・」

 

『冥琳、君も・・・気丈にいつも振舞うけれども気苦労が絶えないことは知っている。どうしようもなく八方塞がりな時は後ろを振り返り、みんなを頼って欲しい。君の後ろには支えたいとついてきている者たちが多くいるはずだから・・・。一人では無力だが、志が同じものが数多く集まればそれは大きな武器になる。それは連合を結成した君自身がよく分かっているはずだ。冥琳、雪蓮・・・・強く生きてくれ。・・・っとあぁ~あ、やめだ!やめだ!!まるで遺書みたいじゃないか・・・まったく』

 

一刀はため息をついた後、最後はプツリと声が途切れていた。

 

「前を向いて・・・・生きて・・・・ね」

 

「北郷はお前に全てを託していたのね・・・・。そして・・・・私も生きなければならない・・・ということだな。たとえどれだけ無様な結末であろうとも、私はお前と生き続けなければならないと・・・そう言うのね。北郷お前は・・・本当に残酷な願いを私たちに課すのだな・・・」

 

冥琳は目に涙を浮かべながらも、一刀の箱を睨みつけていた。

 

私は彼が外遊の時に自分の国の歴史を何故語り、私に本当の自由とは、そして本当の統治とは、を語るに至ったのか今なら分かる気がする。

 

一刀は・・・私に託していたのだろう。

 

そしてこれからを生きるために、この世界を平和にしていくために、彼は私に教えたかったんだと思う。

 

全ての謎が今私の中で解かれ、自然と笑みが漏れた。

 

「・・・・・冥琳」

 

「なんだ?」

 

「私ね・・・・今は凄く満足してるわ。アイツ・・・何も言わずに消えちゃったでしょ?だからこそ・・・こうして彼の最後の本音の言葉が聞けて・・・・すごく嬉しかった・・・・」

 

「そうだな・・・・。私も思うところはあるが、お前と同じ考えだよ。彼の遺志を、覚悟をこうして最後に聞けて嬉しく思っている。本当にアイツは不器用なやつだったよ」

 

「そうね・・・。アイツは不器用で思い込みが激しくて、それでいて心配性だった。でもそんな彼を私は愛していたわ」

 

「知っているよ。私も彼が・・・・好きだったからな」

 

それから冥琳は寂しく笑う。その目下から涙がこぼれ一筋の光を生み出していた。

 

だがその表情は先程のような儚さはなく、自然とこぼれた笑みであった様に見える。

 

「うん・・・・。彼が死んだことは・・・すごく悔しい。だけど私は生きなければならないわ。それが彼が望んだことであるのなら・・・・愛した男が残した遺志であるのなら・・・私は生き続けなければならない・・・・。どれだけ泥水を被ろうが私は生き続け、大陸の行く末を見届ける。・・・今度こそ、この狂った戦乱を終わらせてやるわ。中途半端な事はせず、徹底的に・・・・。これが私の最後の戦いよ。・・・冥琳、貴女にお願いがあるわ」

 

「・・・・・なんだ?」

 

「私は王を辞めるわ。辞めたあとはあの北郷隊を私が率いたいの」

 

「・・・・そうか。そりゃまた無茶なことを言う」

 

「私は一刀に救われた身ではあるけれど、もう私は一度死んだ身でもある。王としてではなく、一人の人間として私は逃げずに、兵士として最後まで戦うために、彼の遺志を継いで戦うために退路は絶っておきたいの。ごめん、無茶は承知だけど・・・・」

 

「ふぅ・・・・・分かった。なんとかしよう。ただもう一度確認したい。お前は・・・・もう一度戦うと・・・・江東の小覇王に戻ると・・・・そういうのだな?」

 

「ええ」

 

「そうか・・・・。そうであるのなら私もお前を支えるまで。雪蓮、お前の意思を私は尊重したいと思う。私も・・・覚悟を決めるよ。もう一度共に戦おう伯符」

 

「もちろんよ公瑾!!私は・・・・もう逃げない。最後まで呉の行く末を見届けてから・・・・死ぬのはその後よ。それまで一緒に戦いましょう、公瑾」

 

「伯符、私も・・・持ちうる全ての能力を駆使し戦う。これで悲しみの輪廻を終わらせてやる!!」

 

私は冥琳の手を取り握手を交わすと、強い抱擁を交わす。

 

冥琳の体は凄く熱く、燃え上がるような彼女の心境を私は彼女の肌から感じる。

 

いつもは冷静で一歩後ろで俯瞰的に物事を見つめてきた冥琳がこれほどまでに興奮にしている事に内心驚く。

 

やってやる。

 

と彼女の体が言っているようであり、一刀が死んでから小さくなっていた彼女の体が大きくなり、私は江東の大都督と謳われる英傑が戻ってきたことを自覚した。

 

覚悟ができた・・・そういうことなんだろう。

 

「では・・・まず手始めに私はお前を皇室から脱する手続きをする。蓮華様とは話し合いをしておいてくれ。その件はお前が直接彼女に言わなければならないことだからな」

 

「ありがとう。蓮華の件に関しては、大丈夫よ。あの娘も覚悟は出来ているでしょうし」

 

「そうか。では・・・私は仕事があるので戻る」

 

「うん・・・・。一刀・・・・見ていてね。私もう一度戦ってみせる、抗ってみせるわ。天国で・・・あなたに胸を張って笑顔で再開ができるように・・・貴方の遺志・・・私が引き継ぐわ」

 

去ろうとする私を包み込むように風が吹く、一刀が私に背中を押してくれている。

 

(頑張れ!!)

 

いつものあの子どものような笑顔で私を励ましてくれている。そう思えた。

 

私は生まれ変わるのだ。もう一度は死んだ身。

 

これから本当の孫伯符の物語が始まるのだと思うと私はいつも以上に胸が高まると同時に涙がこみ上げてきた。

 

私はこれで孫家に縛られるない、ただの女に戻れる。北郷一刀を愛するただの女へと戻れるのだと思うと嬉しさ半分、悲しさ半分といった感じだ。

 

「ありがとう・・・・一刀」

 

私は再度振り向いて敬礼をすると再び踵を返した。

 

その足取りは何時頃ぶりだろうか?久しぶりに軽く、どこまでも飛んでいけそうなほどであった。

 

 

それから私は城に帰り、蓮華とシャオを呼び出して、王を辞めることを話し合った。

 

最初、シャオと蓮華は驚いてはいたが私の様子が違うことに気づき、少し嬉しそうに微笑み合うと快諾をしてくれた。

 

「ごめんなさい蓮華、シャオ。貴女にも迷惑をかけるとは思うけど・・・・」

 

「いいのよ。気にしないで、姉さん。私・・・・嬉しいの。姉さんって一度も私に対してこうして頼みごとはしなかったから・・・。仕事はサボってはいたけど、いつも逃げずに私たちを守ってくれた、そんな姉の初めてワガママを嬉しいと思ってるの」

 

「蓮華・・・・貴女・・・・」

 

「ありがとう・・・・雪蓮姉さん。もう・・・・これからは自分のために生きて?私もシャオも姉さんがどのような結果になっても、それを受け入れて尊重したと思う」

 

「私もお姉ちゃんの言うことには反対はしないよ。シャオも・・・雪蓮お姉ちゃんがこうして戦うことを決めてくれて・・・すごく嬉しいんだから・・・」

 

「シャオ・・・・ありがとう・・・・仲謀、尚香。私は貴女たちの姉でよかった。・・・・私は・・・・貴女のために、孫呉のために、そして自分の過去に本当にケリをつけるために剣を取りたいと思う」

 

私たち三人は固い握手を交わすと、お互い笑みを浮かべた。

 

シャオも蓮華も涙を流し、喜んでくれた。

 

私もそれを見て、二人に対し温かい情愛が燃え上がるのを感じる。

 

一刀の死が私たちの絆をさらに強めてくれたのだ。

 

家族の絆。

 

それが一刀が私たちに残してくれたモノ。

 

冥琳も蓮華も、シャオも私たちは生きていく。前を向いて。

 

(辛いけど・・・泣きたいけれど・・・・私は・・・戦うわ一刀。前を向いて生きること、それがあなたが望んだことであるのだから・・・・)

 

もう私は迷わない。自分ができる事をやるのみだ。

 

その時は私はそう思っていた。

 

それから直ぐ様御前会議を開き、孫伯符の王辞任を冥琳は議題にあげ私自身も会議で忠臣で自分の思いを主張した。

 

死への残酷さ、恐怖。そして大切な人が失われる虚無と痛み。

 

そして生きること、どんな困難であっても前を向き戦う事。

 

自分が感じたこと、思ったことをこの御前会議でさらけ出した。

 

「私は・・・・だからこそ、生きて戦う。王としてではなく、一人の人間として生きてこの地を踏みしめたい!!」

 

先に教えていた蓮華は静かに目を閉じ、私の話を聞いており、祭や思春たちは最初は驚きはしたが私の話に聞き入っており、感化されたのか目に涙を浮かべていた。

 

「・・・・・雪蓮様が仰られた事、この老将 黄蓋もしかと受け止めました・・・。我々と肩を並べて雪蓮様と戦えること・・・至高の喜びでありますぞ!」

 

「私も祭様の言うことに、そして雪蓮様の心意気を尊重しとうございます。死んだかつての戦友に心配されることがないようこの甘寧、さらに精進していこうと改めてそう思えました」

 

思春や祭が賛成を主張すると、ほかの文官たちもそれに習うように賛成を主張していく。

 

「では決まったな!!雪蓮は・・・・これにて宮廷法第3条の条文に基づき王を辞任する」

 

「え?でも第3条の辞任を適用するには・・・・・」

 

亞莎は声を上げる。王の辞任が明記されているのは第3条の王の不義理・不法行為による辞任を謳っている内容である。

 

要するに法に違反する行為は、王であろと許されないという王の反乱や独裁を防ぐための条文となっている。

 

だが雪蓮は辞任する理由として、一切の不法行為はしていない。亞莎が驚くのは無理がなかった事だ。

 

「亞莎の言うとおりだ。だが雪蓮の突発的な辞任を法で正当性を主張するにはこの第3条条文の引用しかない」

 

「でもどうするんですか~?雪蓮様は不法行為や政権打倒の反乱分子ではないはずですぅ」

 

穏が眼鏡を光らせて、冥琳に説明を求める。穏の表情を見る限り、きっと彼女もわかっているのだろう。

 

「答えは簡単だ。これから雪蓮は不法行為をしてもらう」

 

「「え?!」」

 

「雪蓮が軍部と結託し、報復行為を行う。という脚本を思い描いている」

 

「報復とは・・・?まさか魏を?」

 

「そうだ!攻撃目標は荊州とする!!」

 

会議に参加している者たちはザワザワと騒ぎ始める。荊州は魏の戦略区域といってもいい地域であり、相当数の兵力を駐留させていたからだ。

 

「しかし冥琳様!このような行為に走れば連合の支援は間違いない期待できません!!」

 

亞莎は机をバン!と叩くと声を上げる。自分を育ててくれた恩師が無謀なことを言い始めていることに酷く動揺しているようであった。

 

だが冥琳は亞莎を見て迷いなく、うなずき彼女の反対意見を受け流す。

 

「分かっている。だがこの荊州攻略戦、私は勝てると踏んでいる。敵の兵力は7万、それ対し我が軍は5万と少しだ。わが軍は先の戦いでも損害は微力であり、主力部隊を含め兵力も北方に集中させている。敵が撤退し浮ついている今こそ、荊州を攻め落とす絶好の機会といえよう!!」

 

「今回の戦いは私の私的な復讐と考えてくれたらいい。気に入らない、無謀と思うのなら反対してもらっても結構よ。ただ私一人でも荊州を攻め落としてみせる。アイツ等にタダでは終わらせない。呉に喧嘩を売った事を、私の夫を殺した事を後悔させてやるわ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

亞莎は冥琳の決意と覚悟から発せられる迫力に気圧され、たじろぐ。

 

あの江東の大都督が帰ってきた、と。

 

北郷が死んでから気落ちしていた彼女が、今ではかつての威圧感を蘇らせ、文官たちの前に立っている姿を見て、亞莎をはじめとした周瑜派の者たちは彼女が酔狂でことを荒らげるつもりはないことを悟る。

 

文官たちは覚悟を決めたようで、互いにヒソヒソと何かを確認しあうかのように話し合っている。

 

緊張が支配する中二人の女性が手を上げる。祭と思春だ。

 

「陸軍は雪蓮様の志には大いに賛成をしたい。我々も・・・北郷を死なせた鬱憤を晴らさせてもらいたいですからのう」

 

「水軍も賛成です。ここで魏を叩かなければ、奴らはつけ上がる一方でしょう。今こそ我が軍の底力を見せつけ、ツケを返してもらう時でしょう!」

 

軍令部は全面的に賛成に回ったことで、文官たちも諦めの色が出てきた。

 

「決まりね。私を信じついてきた忠臣たちには感謝申し上げたい!私も最前線に立ち、勝利のために剣をふるおう」

 

私が声を上げると皆が起立をし、拍手をあげる。穏や亞莎は涙を浮かべ喜んでいるようであり、決意がにじみ出ていた。

 

「これが王としての最後の仕事よ。この怒りを・・・・悲しみを・・・奴らに償わせてやるわ」

 

「「おぉぉぉぉぉおおおお!!!」」

 

会議に出席した者たちは皆興奮した面持ちで雄たけびをあげた。

 

北郷の無慈悲な死に対し憤りを抱いていたのは文官も武官も同じである。

 

その鬱憤、恨みを私が背負い、責任を取る姿勢を見せたことが胸に来るものがあったということだろう。

 

今日を機に呉軍の結束が固まり、荊州攻略戦への火ぶたが落とされようとしていた。


 
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