(番外八)
秋風吹くある日。
一刀が歩いているとどこからともなく琴の音色が聞こえてきた。
一刀は音色に誘われるように冥琳の部屋に向かうと、そこには優雅に琴を奏でている冥琳の姿があった。
最近、よく耳にするようになり誰もがその音色に聞き入っており、魏王である華琳から幾度となく演奏会なるものを催促していたが、冥琳はことあるごとに丁重に断っていた。
「いい音色だね」
やがて音色が消えて冥琳が一刀に気づいて優しく微笑む。
「旦那様、どうかなさいましたか?」
「いや、冥琳の音色が素晴らしいから聞き惚れていたんだよ」
「そうですか。ではお茶でもどうですか?」
そう言って冥琳は一刀と自分の二人分のお茶を用意する。
椅子に座って一刀はその様子を見ながらいいなあと思っていた。
お茶を淹れて冥琳は椅子を一刀の横に持っていきそこに座った。
「冥琳?」
一刀の肩に冥琳は顔を乗せて目を閉じた。
その表情は穏やかなものであり、かつての威厳に満ちたものはどこに感じさせなかった。
年を重ねてもその美貌は全く損なわれることなく、逆に美しさを増していた。
「こうしているとただ旦那様のことを考えていられるから好きです」
「昔の冥琳が見たらきっと驚くだろうな」
「確かに。されど私をこんなに変えさせたのは旦那様です」
女として妻として母親としての悦びを一刀が与えてくれた。
病から救ってくれたのも一刀だった。
冥琳もある意味では一刀に救われこうして幸せな余生を送っていられる一人だった。
「旦那様?」
思わず見惚れていた一刀に気づいた冥琳は薄っすらと瞼を開けた。
じっと見つめる一刀に冥琳は自然と手を伸ばして口付けを交わした。
「冥琳?」
「そのように見られては恥ずかしいのです」
「仕方ないだろう」
何が仕方ないのかと思わず聞きたくなるほど一刀は少し慌てていた。
その様子がたまらなくおかしく、また愛しく感じる冥琳。
ゆっくりと手を動かして眼鏡をとり、一刀の肩にもたれるように身体を預けていく。
「本当に冥琳って眼鏡をかけていない時とかけている時の雰囲気が違うな」
「どちらがお好みですか?」
「どっちも好みだよ」
「旦那様らしい」
眼鏡を外した冥琳に一刀は自分の理性が崩れかけているのを感じたが、彩琳がいつ戻ってくるかわからないため、必死になって我慢をする。
「そ、そうだ。冥琳」
「はい?」
「華琳から催促がきているんだって?」
「ええ。彼女も多彩な才を持っているみたいです。何度も来て欲しいと言われるのですが私は行く気がないのです」
「どうして?」
冥琳ほどの腕前ならば誰もが魅了されることは間違いない。
だが彼女が公で琴を奏でるのは二度しかなかった。
それ以外はこうして屋敷で時折奏でるだけでそれ以外はなかった。
「旦那様にのみお聞きさせたいのです」
「もったいないな」
一刀としては嬉しい事だが独占し続けるにしてはあまりにももったいなさ過ぎるように思えた。
「それに私は旦那様の傍を離れたくはありませんから」
そう言って冥琳は顔を上げて一刀を見上げる。
下から見上げてくる冥琳の朱のかかった表情に一刀は思わず息を呑んでしまい、自然と彼女の頬に手を添えていく。
眼鏡のない状態で冥琳が瞼を閉じると、一刀はもはや我慢など出来なかった。
「冥琳…………」
「旦那様」
柔らかい感触が二人に伝わっていく。
唇を離すのがもったいないというほど二人は温もりを感じあった。
「なんだか冥琳って眼鏡を外していると積極的だよな」
「旦那様は眼鏡をかけていない時のほうが好みで?」
「う~~~~~ん、正直に言えばどっちも捨てがたいよ」
一刀らしい答えに微笑む冥琳。
「ではそのお礼に一曲奏でて差し上げましょう」
「お、いいね」
本当はこのまま抱きしめていたかったが一刀は名残惜しそうに冥琳を離すと、彼女はさっきまで琴を弾いていた机に戻ってゆっくりと奏で始めた。
静かに始まりゆっくりとまるで今の幸せを表すかのように奏でる音色は一刀を心地よい世界へ誘っていく。
(なんだか冥琳の音色を聞いていると気持ちよくなるな)
このまま意識を手放してしまっても心地よい眠りが待っているであろうと思ったが、せっかく自分のために奏でてくれている冥琳に失礼だと思いなんとか起きていようとしたが、ゆっくりと意識が離れていく。
(なんだか気持ちいいなあ)
愛する人が自分のために奏でてくれる喜びと幸せが彼を包み込んでいく。
(冥琳は今、幸せなんだな)
そう思うほどに冥琳の奏でる音色は聞く者を魅了させていく。
事実、冥琳は幸せを感じ続けている。
自分のために必死になってくれた男と結ばれ、娘を授かった喜びは生涯忘れる事のできないものであった。
そして今のこうして自分の傍にいてくれる。
やがて死が彼女達に訪れても冥琳にとってはかけがえのない大切な時間であり生涯であるに違いなかった。
(私はきっと雪蓮に負けないほど果報者だな)
彼に愛されている時の悦びはいつになっても心地よいものであり、交わるたびにさらにその幸せが増していくように思えた。
(女の悦びというものか)
孫呉の天下統一を目指していた時とは違う高揚感。
自分の友人だけではなく自分も救ってくれた愛しき男。
今を生きている喜びを感じることができるのも一刀のおかげなのだと冥琳は思っている。
(ありがとう。我が愛しき男よ)
心からそう思える冥琳の表情はとても穏やかなものだった。
そして奏で終わり振り向くと眠ってしまっている一刀を微笑み、その肩を抱いて寝台へ昇った。
「旦那様、私は果報者です」
そう言って一刀の唇に自分の唇を重ね、彼に寄り添うようにして眠りについた。
一刀の胸に添えてある手には彼から渡された指輪が輝いていた。
(座談)
水無月:芸術の秋ですね。
雪蓮 :そうね。本を読むには丁度いいわね。
水無月:最近、何かとやる事が多くて本を読む時間が少し少なくなっているので時間があるときは本を読みたいですね。
雪蓮 :でも、秋といえば読書だけではないでしょう?
水無月:たとえば?
雪蓮 :あそことか。(美味しそうに肉饅頭を頬張っている恋、愛、琥珀、翡翠)
水無月:あの子達を見ていたらこっちは心まで癒されますね。
雪蓮 :秋も深まる今日この頃。私も美味しいお酒を呑もうかしら♪
水無月:酔っ払い注意ですよ。というわけで最終回が出来上がるまでちょくちょく思いついたら番外を入れますので、待っていてください。
雪蓮 :紅葉見物も忘れずにね♪
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芸術の秋ということでふと頭に浮かんだものを書いてみました。
冥琳が奏でる幸せな音色を聞ける一刀が羨ましいなあと思いました。
あと多くの方々からたくさんの応援メッセージをいただきありがとうございます。
残り少ないですが最後までよろしくお願いいたします。