聴いた瞬間 目が離せなくなる。
彼女は あまりに楽しそうに歌うから
力強さをもつ声と。
囁くようにつむぐ音色と
鮮やかな美しい音の
彼女の歌は魔法のようで。
心を奪われる。
僕は 彼女を愛おしい と思った。
「カイト兄」
ノックもせずに、ドアを開けるのは、決まって一人。
迷うことなく「いらっしゃい」と笑顔で微笑む。
愛しい小さな妹は、無邪気に微笑みながら僕の部屋へとやってくる。
普段から、マスターの多忙時になると色々な仕事を任されてしまうから、この頃は部屋にいない時間が多かっただろうに、決まって僕が指定した時間に合わせてやってくる。
「こーいう時間じゃないといないんでしょう?」
ちょっと頬を膨らませて抗議してみせるリンが、可愛く思えて思わず微笑んでしまう。
…ごめんね、と。
こっそり心の中で謝る。
こんな、本だらけの部屋にリンが居つきはじめたのはいつのことだっただろう。
メイコやレンは気味悪がってあまり近づかないのが常で、いつのころからか不意に訪ねてきたのが最初のような気がする。
それ以来、僕が部屋に居るときを狙って遊びに来る。
まるで、自分が特別な存在であるかのように。
そんな風に考えれば考えるほど、僕は、自分に良い様に解釈をしてしまう。
それは都合のよすぎることだ、と自分に言い聞かせ、苦笑いをして。
自然を装い、おいで?と手招きをする。
この部屋で座ることができるのはこの真ん中に陣取っている小ぶりなソファだけ。
リンは、さも当たり前とでも言う素振りで僕の隣に座り、体を預ける。
少しの重みと、暖かさが加わる。
それは、猜疑心などひとかけらも持っていないからできることで、彼女にとっての自分の距離を確定させるようなもの。
嬉しいような、せつないような。
複雑な感情が心の中を駆け巡る。
そうして僕らは、別になにかをするわけでもなく。
僕は本を読み、彼女は興味がある本を見つけたり、僕に難しい文章の説明を求めてみたりする。
僕は、といえば、平静を装うのが精一杯で。
本当は。
今、手にして読んでいる本の内容すら頭に入ってこないほどにテンパッている。
僕だけが、こんな気持ちを持ってるだなんて、彼女にはわかるはずも無い。
それでも、ここにいてくれるだけで、いいと思う。
「…面白いものなんてないのに、リンはよくここに来るねえ」
自分で呟いて、思わず苦笑する。
「えー?…うーん…」
リンもそう呟いて、なにやら考えてるようで、すう、と頭がこちら側に寄ってくる。
その動くしぐさが可愛く思えて、自然と体を支えていた方の手で、リンの頭をなでていた。
いとおしいと、思うことに誤魔化しが利かない事だってある。
きっと自分でも気づかずに表情があらわれていたのだろう。
ふと、リンと目が合って、すぐさま、ぷいっと顔をそらされる。
その顔は、少し赤く染まっているようにも思えた。
どくん、と胸が鳴る。
…だめだよ。
そんな風にしてると、勘違いしてしまいそうになるだろう?
だから。
「笑うなんてひどいよ」
「ごめんね。リンが可愛いからつい、ね?」
…笑ってごまかして。
それには、気づかないふり。
でも、少しでも可能性があるのなら、それにすがってみたらいいと。
頭の中で囁いてくるのも事実。
我ながら、なんて女々しい考えをもつと、あきれる。
「じゃあ、今日はリンのために、歌を歌おう」
ぱああ、と嬉しそうに目を輝かせて僕を見る。
以前も、そんな風に、ねだられた記憶があるのを思い出した。
真剣なまなざしをして、気迫負けのような感じで歌ったのも笑い話だ。
「ぷっ…リンは本当に僕の歌が好きなんだね」
「うん」
そうやって、素直に感情を出すリンに。
僕は、つられるように。
感情を抑えることに耐え切れず、その額に、キスをする。
顔を赤く染めたリンを見て。
気づかれないように、そっと異国の言葉を囁いた。
…そうだ。
あの歌を歌ってあげよう。
それは、今の僕の気持ちに合っている、異国の言葉で紡ぐラブソング。
その意味に。
きみも いつか気づいてくれたらいいのにと。
少しだけ、少しだけ願いをこめて。
たとえ、言葉がわからなくても。
歌で気持ちを伝えることができたらいいのに。
そんなことを書いていた本のことを思い出す。
それは。
たとえば。
僕たちのような、ボーカロイドという存在なら。
それは可能なことなのだろうか。
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