真・帝記・北郷:二~彼の生きた証:後之二~
気付けば龍志はこの一月見慣れた天井を見つめていた。
体を包む布地の感覚は、自分が今坐臥に寝かされているという事実のみ。
「龍志!気付いた?」
「孫権殿……ぐごほっ!」
口の端から零れ落ちる鮮血に、蓮華は顔を蒼くして傍らに立つ医者を見た。
「……残念ですが」
「そんな……」
医者の言葉に蓮華の顔に絶望がにじむ。
いつかは来るとは思っていた。しかしまだ先だろう、まだ先だろうと思っていた。
いや、思わずにはいられなかった。
「まだ…まだ貴方に教えてもらいたいことが沢山あるのに……」
「くく…教えることなどもうありはしないさ。君は覚えも察しも良かったからな……そもそも何かしら君に教えるつもりなどなかったというのに……勝手に学ぶものだから……」
鮮血に染まった顔で笑う。
鮮血の赤、それとは対照的に青褪めた顔。
端正な顔立ちも見る影もなく、死相というものがまさにこれなのだろう。
「それでも…それでも私は……」
「……ふふ、ふふふふふ」
突然小さな笑い声を洩らす龍志。
何事かと見つめる蓮華へ、龍志は笑みを浮かべたまま。
「一刀と君…天下を握るははたしてどちらかな?」
「え?」
「……もっと積極的に生きてみろ。私の最後の教えだ」
ぐふりと咳込みまた血がこぼれる。
それと共に、布団に包まれた体が少しずつ少しずつ緑の粒子となって崩れていく。
「龍志…これは?」
布をすり抜け虚空へと流れてゆくそれに蓮華のみならず後ろに控えていた思春と医者も眼を見張った。
「どうやら…人として死ぬことは許されないらしい……まあ五百年も生きてきたのだ、今更人ではないか……」
「五百年…」
その言葉に反応したのは意外な事に思春だった。
「五百年…なんだ…おい……これは…そんな……」
「し、思春?」
額を抑え俯く側近の姿に驚く蓮華。思春はその姿も眼に入っていないかのようにぶつぶつと呟きを繰り返す。
「これは…ならば……ならば私はまた、龍志に置いて行かれるのか……」
「思春?いったい何を……」
「……まさかこういうめぐりあわせとは」
蓮華が振りかえると、そこにはもうほとんど光の粒に包まれてしまった龍志の姿。
「ち…もう少し早く気づいていれば……勿体ない事をしたなぁ……」
「どういうこ…」
「孫権殿…体をお大事に」
そして龍志の意識は闇へと沈んだ。
前回とは違う、下へ下へと落ちてゆく。深遠なる奈落の底へと。
じわり…じわりと……。
風に乗り緑の粒が、茜色の断末魔と宵闇の産声の中へと流れて行き。
やがてそれは地平を超えてどこへともなく消えていった。
「……行きましたか」
それを見届け、ふうと一息蒼亀は息をつく。
これでひとまず、一段落。そう言うかのように肩を軽く回した。
その背後から声がかかる。
「ふむ、これでだいぶ私は動きやすくなったな」
「おや、早速出てこられましたか」
振りかえった先にいるのは、柳のようにしなやかな黒髪を束ねた長身の仮面の男。
灰色の外套に身を包み、薄闇に溶け込むかのように静かに鎮座する。
「そちらの首尾はいかがですか?」
「ああ。大宛攻略にあたっている本隊から連絡があった。大宛攻略は時間の問題、五胡と烏丸族に協力を取り付ける事も出来たらしい。ただまだ服していない各部族の保守派に対して説得をする必要があるとのことだ」
「説得…ね。とりあえず飴と鞭の飴ですか」
「そういうことだ。交渉に進展がない場合は問答無用で潰させてもらう……あまり時間はないんでな」
「全ては彼の天下の為に」
そう言ってニィと蒼亀は口の端を釣り上げた。
「そう、全ては我らが主の為に」
頷き、仮面の男は微かに頭を覗かせるだけとなった太陽を見つめる。
大陸に夜が来ようとしていた。
~続く~
後書き
私はもう駄目だーーーーーー!!
どうもタタリ大佐です。
今回は初期プロットにのっとり書いていたはずなのに、書けば書くほど矛盾点が出てきて半ば発狂しながら書いていました。
ああ、文才と体力がほしい。
読んでいて思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこの作品で最もわがままなキャラの一人は龍志だと思っています。少なくとも彼が新たな乱の発端であり、一刀を過酷な道に歩ませた張本人ですから。そしてそのことを自覚しながら途中退場(?)いやぁ、まじで書いていて段々と龍志が情けなくなってきましたよ。是非とも今後挽回してくれなくては……え?復活?
少なくとも死者は、蘇りませんようちの作品では。
まあ、リスタートを切ったのは良いですがブランクのせいで文章表現等は試行錯誤しながら勘を取り戻していくことになるかと思います。ご了承ください。
では、また次回で。
次回予告
ついに開かれた新魏と孫呉の先端。
合肥での決戦を前に、新兵器の導入の為唍城にて孫呉の軍を迎え撃つことになった霞と美琉。
片や亡き友の為片や亡き愛しき男の為に、張遼と張郃、二人の張が戦場を駆ける!!
次回
真・帝記・北郷:三~激烈!!二張来々~
………地平の向こう、夕陽の果て、たゆたう意識。
(ここは…どこだ?)
ゆらゆらと清流に身を任せているかのような感覚。
(俺は……死んだはずでは?)
(ええ、死にました。貴方達の人間の部分は…ですがね)
遠くから、いや近くから?どこからか聞こえる聞き覚えのある声。
(とても素敵な物語…いえ、浪漫を見せてもらいました。これはそのお礼です)
(浪漫…何のことだ?)
(いずれ解りますよ…貴方もこの世界の柵(しがらみ)から解き放たれてしまったのですから)
声は楽しげに、しかしどこか悲しげに言葉を紡ぐ。
(今はただ、流れに身を任せて…いずれどこかの外史で、あるいはもしもこの外史に戻って来た時にお話ししましょう)
(……俺はどこに行くんだ?)
(さあ…それは着いてからのお楽しみ♡)
女の声が遠くなる。
(待ってくれ!!あなたは何なんだ!?いや何なんです!?俺はどうなるんですか!!?)
(だからそれはいずれ…でも一つだけお話しましょう。私は夢鏡。正史の夢により紡がれし外史の夢を映す者……)
(夢鏡…あなたは一体何者なんですか……夢奇先生!!)
(さあ…愚かなる賢者とでも名乗っておきましょうか)
不意に男の視界が光に包まれる。
(着いたようですね…さあ、お行きなさい。あなたはあなたの新しい浪漫を目指して……)
そして、男の意識は完全に覚醒する……。
むにゅん。
「へ?」
「……きゃあああああああああああああああ!!!」
バシーン!!
覚醒。いつの間にか伸ばしていた手、それがつかんだ柔らかな物体。
そして左頬に炸裂した激烈な痛み。
(……俺ってこういうキャラだっけ?)
龍志は思わずそう心の中で呟いた。
「す、すみません。取り乱してしまい…」
「いや、朦朧としていたとはいえ粗相をしたのはこちらのほうだ。申し訳ない」
綺麗な紅葉型に赤くなった頬を濡らした手拭いで冷やしながら、深々と龍志は目の前の恐縮しまくっている少女へ頭を下げた。
先程自分が掴んだものは、その目の前の少女の胸の膨らみ…それもかなり発育の良い逸品。
(91、いや93+-1センチの誤差と言ったところか……)
朦朧としていたにもかかわらず先程の感触から胸囲を割り出す龍志。
尤も彼は大体見ただけでスリーサイズを3センチ以内の誤差で言い当てる事が出来るのだが。
(しかしここはどこだ?)
自分は死んだと思っていたのだが、気付けば見知らぬ森の中で倒れていた。
気質から察するに、元いた世界ではないようだが……。
「あの…よろしいでしょうか天の御使い様」
「ああ、どうぞ……って今何と?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。出来れば間違いであってほしい。
「ですから天の御使い様と……」
シット。聞き間違いではなかった。
「いやいや君。冗談を言ってはいけない。どうして私が天の御使いなんだ?」
「それは…貴方様が光と共にこの森に現れたからです」
「ソレナンテ北郷一刀……」
「え?」
「いや、何でもない。するとあれか?君は俺が光と共に現れただけで天の御使いだと?」
「いいえ。実はここに来る前にさる高名な占い師の方に神託をいただきまして…」
来たよ占い師。これで逃げ道がなくなってきた。
「この森に来れば、必ずや私の仇討にご助力くださる天よりの使者が降臨なさると…」
「……仇討?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
「はい!私は憎き父の仇を取りたいのです!!しかし相手も一筋縄ではいかず…先日など宴の席で剣舞に乗じて切り捨てようとしたのですが、友人に仲介されまして」
清楚な外見に似合わず随分と過激な話だ。いや、それよりも……。
「……間違っていたらすまないが、ひょっとして君の名前は凌統というんじゃないか?」
「まぁ、流石は御使い様!よくご存じで、私は姓を凌、名を統、字を公績と申します」
(やっぱりかーー!!)
眼を丸くしながらもキラキラと輝かせる銀髪の少女を前に、龍志は愛想笑いを浮かべながら心の中で頭を抱えていた。
呉の勇将・凌統。その仇と言えば……。
(ああ…厄介なことになってきた……)
帝記・北郷とはまた違った外史。そこで出会った凌統という少女。
果たして龍志はこれからどうなるのか。それは作者にも解らない。
ただ一つだけ言えるのは、彼の物語はまだ終わっていなかったということだけだ。
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長くなったので真・帝記・北郷:二の続きです。
作者の堕落によりいつもに増して色々と崩壊しております。ご注意を
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