No.1035862 無糖メモリーカカオ99さん 2020-07-18 19:13:41 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:626 閲覧ユーザー数:626 |
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目を開けるといい匂いがした。少し甘いけどすっきりした感じの、とてもいい匂い。
さっきまで、黄色中隊の機体の整備をするおじさんたちを見ていた。
いつのまにか僕の体にジャケットがかけられていた。背中のワンポイントを見ると、数字は4。
彼女に返さなきゃと思ったけど、まだ眠い。また寝ちゃおうかとゴソゴソ動いていたら、誰かが喋る声が聞こえた。
機体の向こうにいたのは
二人の仲がなにか特別なのは、子供にだって分かった。多分、大人が言うダンジョの仲。ここで起きて邪魔しちゃいけない。
「香水、変えたのか」
「変えてませんよ? いつもと同じです」
「だったら気のせいだ。すまん」
「今日はうっかりして多くつけ過ぎたから、そのせいですね」
4は自分の服の匂いを
「やっぱり、自分では分かりませんね。体臭と似たようなものですし」
13は4の右肩に手を置くと、左側の首筋に顔を近づけた。軽く匂いを嗅ぐ仕草をすると、すぐに離れる。
見ているこっちがドキドキした。…なんでだろう?
「ああ、ほんとだ。同じのだ」
「今度から気をつけます」
「たまにはいいさ」
ほかにもなにか話して、二人はトンネルから出ていった。離れたのを確かめてから、4のジャケットの匂いをもう一度嗅ぐ。これ、香水なんだ。どこかで似たような匂いを嗅いだ気がするけど……。
すぐにジャケットを返しに行ったら、起きていたのがバレそうだからやめる。最低でも五分くらい待ってから、4に返しに行った。
「ジャケット、かけてくれてありがとう」
「香水のせいで、匂いがきつかったでしょう。ごめんなさいね」
「ううん、すごくいい匂いだった。お母さんが洗濯した服やタオルの匂いと似てた……」
香水と洗剤。心の中で悲鳴を上げた。
「違う違う! 4の匂いは洗剤と同じってことじゃなくて…とってもいい匂いだよ? ふわふわで、柔らかくて、いい匂いで……」
庭でパタパタ揺れるシーツを思い出す。洗濯物をたたむ手伝いをしていると、いい匂いがした。タオルはふわふわだった。泥だらけのシャツは、次の日には綺麗になっていた。
……お母さん。今どこ?
ギュッて、誰かが僕を抱き締める。いい匂い。4だった。
なんで? と思ったら、僕の目からボロボロと涙が出ていた。
「…ご、ごめんなさい」
「いいの」
優しい手が僕の背中をなでる。まるでお母さんみたいに。
4とお母さんは年も違うし、肌の色も違う。
だけど、名前が同じだった。カロリーヌっていう名前。
でも名前が同じことは、4には言えなかった。敵をお母さんと同じ名前で呼んだら、お母さんに悪いと思った。そういう気がしたから。
僕は黄色中隊の人たちを、名前で呼ぶことは絶対にしなかった。
彼らは敵。いつか正義の味方が現れて、彼らをやっつけてくれる。
だから番号で呼んだ。番号なら物みたいに思える。物なら別れたって悲しくない。
作戦ではいつも番号で呼ばれるから、彼らも気にしていなかった。
13は家族を殺していない。
そうじゃないけど、きっかけを作った。
彼が攻撃しなきゃ、あの戦闘機はうちに墜ちなかった。みんな死ななかった。
4はその人の仲間。13からは一番頼りにされている。この人も敵だ。
敵だけど、誕生日や褒められた時に抱き締めてくれたお母さんを思い出す。4みたいにいい匂いがして、温かかった。
涙をふいて「ごめんね」と4から離れた。逃げるみたいに走る。ちょうど街に行くジープがいたから、乗せてもらった。
泣いてムスッとしている僕を見て、運転席にいた整備のお兄さんは、なにも言わずに大きな飴をくれた。それを口の中で転がしていると街に着いた。
「ここでいい」と言って車を止めてもらって、「ありがとう」とお礼を言う。「気をつけろよ」と頭をなでられて、そこで別れた。
見慣れた道路を歩くと、スカイキッドの看板が見えた。お父さんとお母さんが死んだあと、叔父さんが僕を引き取ったけど、いつのまにか消えた。一人になった今は、レジスタンスをしているこの家で寝泊りしてる。
代わりにハーモニカを吹いて、客引きみたいなことやヨキョウっていうのをしていた。お客さんからお小遣いをもらえた。
「いいところに来たじゃない」
店に入ると、看板娘ってやつのシェリーが嬉しそうな顔をしていた。「これ食べてみて」とチョコが乗せられたお皿を出される。一個食べてみると…。
「…ちょっと苦い」
「これはお店で出す、大人向けのチョコなの」
「チョコをメニューに加えるの?」
「しないわ。もうすぐバレンタインデーでしょ? その日のサービスに出すの」
「タダで?」
「そういうサービスが付くと、お客さんが来るの」
鼻息を荒くして言う。いつも「チップ少ない!」とか「酒癖が悪い奴は嫌い!」って言うわりには、たくましいよね。
「あまり食べちゃ駄目だよ。ご飯食べれなくなるから」
「はーい」
ほんとは何個かまとめて一気に食べちゃったけど。
それからしばらくして、いつものように黄色中隊も来た。13と4も一緒。シェリーが注文を取る時にチョコを配る。黄色中隊にはお得意さんだからって、ちゃんと包装したのを出していた。
シェリーは13にだけ、違う包装のをあげた。多分あれが一番うまくできたヤツ。食べようとしたら「さわらないで!」って怖い顔で怒られたから。13は「ありがとう」とお礼を言うと、すぐに食べた。
4もすぐに食べたけど、口の動きが一瞬止まって、でもすぐに食べ終えた。「おいしいわ」と言われたシェリーは、微妙な顔をしていた。
シェリーが13の恋人かもしれない4相手にやきもちを焼いてるのは、僕にも分かる。気づくといつも13のほうを見てる。4を見る時はイライラした感じだった。
恋のライバルでも、料理の腕を褒められるのは悪くないと思うけど。褒められるのも嫌なのかな?
時々シェリーは「オトメゴコロが分からない子ね!」と言う。多分僕はオトメゴコロが分かっていない。早く難しいものが分かる大人になりたい。
難しいものが分かれば、戦争だって終わらせることができる。答えを出す頭のいい人がいれば、きっと終わるんだ。
それに13みたいな大人の男の人になれば、僕がシェリーを守れる。大人の体になるまで、どれくらい待てばいいんだろう。
どうして僕たちは子供なんだろう。最初から大人だったらいいのに。
2
「待たせてごめんねー。はい、これが今年のチョコ。…あ、そっちのは苦いから食べないほうがいいよ。チャレンジしてもいいけど」
言った先から、彼は苦いチョコが入った器に手をつけた。一個食べてから、ものすごく嫌そうな顔をされる。
「……シェリー。これ、すっごく苦い」
「だから忠告したのに」
戦争が終わっても、店でバレンタインデーにチョコを出すサービスは続いた。十年以上続けていれば、ちょっとした名物になってる…といいけど。
この時期が近づくと、私が試作品を作って、彼に食べてもらうのがお決まりのパターン。
「この苦いの、お客さんに出すの?」
口直しに、彼は甘いチョコを次々と食べる。
「やめとく。それくらい苦いのは駄目だね」
彼が試作品を食べてる間に、お客さんには配らないチョコをいつもの場所に置く。戦争中に誰かが勝手に壁に貼りつけた、いろいろな集合写真の前。今はちゃんと額縁に入れて、カウンターの奥に飾ってる。
あの戦争の年にチョコを受け取ってくれた兵士たちが、どれだけ生き残ったかは知らない。配った数も適当にしか覚えてないけど、毎年その数分だけチョコを作る。
振り向くと彼はもう、試作品を食べ終わっていた。……吸引力の変わらないどこかの掃除機みたい。
「全部うまかったよ。個人的には、ナッツが入ったヤツが好み」
「甘さは?」
「もう少し甘いのがあってもいいけど、そこは好みだな。今のでちょうどいいんじゃない?」
「ナッツの大きさは?」
「いいと思う。俺は気にならなかった」
「よし、じゃあ今年はこれでいこうかな」
一人納得してると笑われた。「なによ」と文句を言う。
「昔さ。黄色中隊の人たちだけ、ちゃんと包装して出したよね」
「ああ……あれ? お得意さんだったから」
「
……細かいこと覚えてる男って嫌い。
あの時4に出したのは、とても苦いチョコ。いつも13の隣にいた彼女への、子供なりの精一杯の抵抗だった。
4は苦いチョコを食べても、嫌そうな顔をしなかった。「おいしいわ」と言った大人の余裕が悔しかった。
でもそれは優しさから来るものだと気づいたのは、ずっとあと。そういう優しさを持った人だったから、13は彼女が隣にいることを許したんだって。
「包装紙が足りなかったの」
「ふーん、そっか」
この話題はそれでおしまい。
でも彼は多分、分かってる。優しいから黙ってる。
13と4の間に、戦友だけじゃないなにかがある。それは子供でも分かった。13をずっと見てたから、それくらい分かる。
4はストーンヘンジの防空戦の時に、壊れた機体で空へ上がった。そしてメビウス
あれは、私が仕掛けた爆弾が原因で墜ちたも同然。
野戦基地に爆弾を仕掛ける役目を引き受けた時、一瞬思った。彼女に仕返しができる。
爆破がうまくいったと知った時は嬉しかった。大人たちが黄色中隊にダメージを負わせたことを喜ぶ以上に。壊した機体は彼女の物だったから。
……ほんと。子供って単純でバカ。もしあの時大人だったら、複雑な感情もうまく対処できたはずなのに。
彼にお代わりのコーヒーを出すのと同時に、「ねえ。手紙出した?」と聞いてみる。
「手紙って?」
「メビウス1に手紙出すって、一生懸命書いてたじゃない」
空にいた13のことが知りたい。そんな理由で、彼はメビウス1宛ての手紙を突然書き始めた。相手はどこにいるか分からない。届かない可能性もあるのに、真剣に書いていた。
「あれ? 一応監視軍宛てに出してみたけど……返事は来ないよ。やっぱ駄目だね」
彼は仕方なさそうに笑ったあとで、鼻の頭をかいた。
「その代わりと言っちゃなんだけど、基地に行けるチャンスが来たし」
「やだ。本当に行く気?」
「せっかくあのパイロットが誘ってくれたのに、行かないの? あのメビウス中隊が使ったっていうラプターが見られるのに」
「ええー……あの人?」
昔、うちの酒場で歌っていたお姉さんは歌姫になった。『Blue Skies』を歌った人と言えば、この国で知らない人はいないと思う。昔のよしみでシークレットライブのチケットをくれたから、彼を連れていった。
その時久しぶりにお姉さんと楽屋で会ったら、空色の目が宝石みたいな、人形みたいに綺麗な男の人もいた。
この人も芸能人かと勝手に思っていたら、お姉さんとなんだか高校生みたいなノリとツッコミの会話をするし。これ以上ないっていうくらい王子様な外見なのに、中身がうちの酒場に来る人たちとそう変わらなかった。
それがすごく、勝手だけどすごく、残念だった。麗しいスマートさのかけらもなかった。
「変な人じゃないだろ?」
「そうだけど…中身はいいの。中身は。酒場に来る人と大差ないし。取っ付きやすいし。でも、あの人に案内されるのは、正直気が引ける」
「なんで」
「美人過ぎる。まぶしい。近づけない。つらい。察して」
中身がそのへんの男性と変わらないと分かっても、ほかのことを無視して、あのとびっきり綺麗な顔を見続ける自信がある。
そういうミーハーな部分が出てくるのは、ちょっと恥ずかしい。乙女心はいつだって複雑。
「じゃあ、俺を間にはさめばいいじゃん」
アハハと低い声で笑う彼の顔。
唐突に、13みたいに大人の男になったんだと思った。タヌキみたいに丸い顔をした、ボーイソプラノの小さな男の子はもういない。
大人の配慮ができる年齢になって、郷愁もあって。いろいろなものが突然ごちゃ混ぜになって押し寄せて、わけが分からなくなって、「そうする」って小さくつぶやく。
多分彼には、すねた感じに聞こえたはず。そうだといいんだけど。
「でもさ。パイロットもいろんなタイプいるよな。13と4は、まさに大人って感じだった」
彼はそう言って、カウンターの奥を指差した。その先に黄色中隊の写真があるのは分かる。写真の中で13と4は微妙な距離感を保ちながら、並んで写っていた。
二人の雰囲気はカップルだったけど、そういう仕草を見たことは一度もない。手も繋がなかったし、キスなんてしなかった。
「……この二人、カップルだったのかな」
「そういう雰囲気だったけど」
「私、あの二人がカップルらしいことしてるの、一度も見たことがないんだけど、君はある?」
うーんと考えてから、彼は「ないなぁ」とのんきな声で答えた。
今でも13と4が生きていたら、きっとおじさんとおばさんになってた。そうなる可能性を奪うきっかけを作ったのは、私たちレジスタンス。
侵略者を追い出して、街を取り戻そうとするレジスタンスの行動は正しい。
今でもそう思っているけど。
戦時中の一番のご贔屓は黄色中隊。私は最後まで彼らを名前で呼ばなかった。これも子供なりの精一杯の抵抗。名前で呼べば、敵だなんて思えなくなる。
敵と言い切るには、彼らのいろいろなことを知り過ぎた。
「でも……あの二人、お似合いだったよね」
「うん」
彼はそれ以上、なにも言わなかった。言わなくても通じるものがあるから。
黄色中隊は敗戦国のパイロットだから、今まで彼らの思い出を誰にも喋ったことがない。私と彼だけが持ってる思い出だった。秘密を共有してる共犯者みたいな感じ。
「よーし。試作品を食べてくれたお礼に、ガーリックステーキを焼いてあげる」
「ステーキは嬉しいけど、臭いがキツいのはちょっと…」
「じゃあ普通のステーキ」
「食べます」
チョコを入れた皿を片付けて調理場へ向かう前に、写真があるほうを見る。
彼女が死ぬ直接のきっかけを作ったのは、間違いなく私。
私が殺したも同然。
初恋の思い出はほろ苦いって言うけど、私の場合は違う。甘さなんてゼロ。
心が重くなるたびに、写真に向かって何度も謝った。それ以外の言葉なんて出てこない。
ほかにも言いたい言葉はあるけど、それは私が口に出して言っちゃいけないこと。
……本当はね。カロリーヌ。本当はあなたに憧れていたの。
本当は、あなたのことが——。
END
後書き
酒場の娘の名前は、某巨大掲示板の影響でシェリーという設定。
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以前書いたものを手直しして投稿。04の少年と酒場の娘の戦時中の思い出。バレンタインネタ。ネタバレと捏造だらけなのでお気をつけて。少年の手紙の話→http://www.tinami.com/view/1003210