■ 黄色い単行本たち
「黄色い本−ジャック・チボーという名の友人−」 高野文子 講談社 [bk1]
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「黄色い本−ジャック・チボーという名の友人−」 高野文子 |
漫画マニア必見……などといわずとも好きな人はもう間違いなく買っているだろう。高野文子6年ぶりの新刊である。この単行本には「黄色い本−ジャック・チボーという名の友人−」「CLOUDY WEDNESDAY」「マヨネーズ」「二の二の六」の4作品が収録されているが、いずれも漫画を読むことの喜びを素直に感じさせてくれる秀作揃いだ。とくに表題作「黄色い本−ジャック・チボーという名の友人−」が素晴らしい。「チボー家の人々」に熱中している女学生の日常を描くというお話なのだが、少女は日常は日常で普通に送りつつ、ふとした拍子に本の中の言葉や情景を現実にオーバーラップさせて空想に耽る。日常の出来事なんだけれども特別で、特別なんだけれども日常の一部である読書というものの性質を、これほどまでに見事に描き出した作品というのはちょっとないと思う。しかしその語り口はあくまでさりげなく、実に軽やか鮮やかだ。見事なものを見せてもらった満足感でいっぱいになれる1冊。
「イエロー・バックス」 高浜寛 青林堂 [bk1]
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「イエロー・バックス」 高浜寛 |
黄色続きでもう1冊。現在「ガロ」で活躍中の高浜寛の初単行本。およそ初単行本とは思えないくらいにうまい。人間の造形をしっかりとらえ、それぞれのキャラクターの「いい表情」を切り取る腕前は、まるで腕のいいカメラマンの仕事でも見ているかのよう。老人でも子供でも、きちんと魅力的に描き出せる力は実に大したもの。この単行本には短編8本が収録されているが、いずれも大人の渋さを感じさせる深みのある作品揃いで、どれを読んでもその完成度の高さにうならされる。
「超伝脳パラタクシス」 駕籠真太郎 集英社 [bk1]
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「超伝脳パラタクシス」 駕籠真太郎 |
一見するとグロテスクなようだが、その実、すごく本格的にSFしている作品。かつての支配的民族であった巨人族が、DNAを抽出し改造を施され、「サードラ」と呼ばれる機械として使役されている遠い未来世界が舞台。サードラは元々人間であっただけに、普通の機械と違ってときどき予想外の事態を引き起こす。この物語ではサードラにまつわる事件を記録していく。設定のスケールの大きさ、アイデアの妙、緻密な筆致には感心させられるばかり。人体改造ネタを切り口として一つの世界そのものを作り上げる駕籠真太郎の手腕は冴え渡っており、改めて作家としての懐の深さを感じさせてくれた。
「ナルミさん愛してる」 山川直人 少年画報社 [bk1]
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「ナルミさん愛してる」 山川直人 |
創作同人界で有名な山川直人の、すごく久しぶりの商業誌単行本。一人暮らしの女性ナルミさんの生活を、彼女のお気に入りのぬいぐるみである「ドミノ」の目を通して描いていくというお話。もちろんぬいぐるみなのでドミノは口をきくことはできないが、ナルミさんの様子を見て一喜一憂する様子は微笑ましい。カケアミを多用した暖かみのある画風で、とても優しく美しいファンタジーを描いている。ラストも素直に感動できるものとなっていて、読後の満足度はとても高い。
「ウルトラヘヴン」1巻 小池桂一 エンターブレイン [bk1]
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「ウルトラヘヴン」 小池桂一 |
こういう作品こそ「ペーパードラッグ」というにふさわしい。退廃した近未来世界を舞台に、ドラッグ漬けの青年の生活を追うというのがこの作品の筋立てだが、ドラッグでトリップしているシーンの描写が本当にすごい。大友克洋をも想起させる緻密な作画は、幻覚さえもまるですぐそこにあるもののようにリアルに描き出す。主人公の青年の服用するドラッグは物語が進むにつれより効き目が強いものとなっていき、現実と幻覚の境目がどんどんぐっちゃぐちゃになっていく。恐ろしく真に迫った幻覚描写の連続は、読者にまで何かクスリでもキメたかのような感覚を与える強烈な作品。(「コミックビーム」で連載中)
「トニーの背骨はよく曲がる」1巻 鮪オーケストラ エンターブレイン [bk1]
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「トニーの背骨はよく曲がる」1巻 鮪オーケストラ |
恐ろしく柔らかい体を生かして、殺し屋を撃退し続ける世界最強の古書店員・トニーのハードボイルドな日々を描く。この作品の特徴は、描写のものすごいダイナミックさ。シンクロナイズドスイミングの泳者が何百人と集まって作り出される巨大な塔、そして恐ろしき殺人術などには、度胆を抜かれる迫力がある。その表現はまさに奇想天外。何が飛び出してくるか分からないびっくり箱的作品である。(「コミックビーム」で連載中)
「コペルニクスの呼吸」1巻 中村明日美子 太田出版 [bk1]
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「コペルニクスの呼吸」1巻 中村明日美子 |
サーカスに生まれ育ち、弟を失ったことを悔やみ続けて日々生きている道化師の美青年・トリノスが主人公。彼はその後、サーカスの客である日本の外交官に身受けされ、甘美だが落ち着かない生活を送ることになる。均質な描線はとても艶めかしく、妖しい色気に満ちている。しかもカッコイイだけでなく、物語的にもミステリアスでけっこうな読みごたえがある。中村明日美子はこれが初単行本となるが、その技量、世界の完成度はとても新人作家とは思えない。耽美系の要注目作家である。(「マンガ・エロティクスF」で連載中)
「大合作」 トニーたけざきほか 講談社 [bk1]
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「大合作」 トニーたけざきほか |
トニーたけざき・あさりよしとお・園田健一の制作指揮のもと、「アフタヌーン」の執筆陣が大挙して参加、一本の作品をみんなで描き上げるという壮大なプロジェクト「大合作」がついに単行本化。この企画は1997年2月号と2001年2月号で行われ、参加作家数は74名。ちょっとほかに類を見ないお祭り騒ぎを展開した。もちろん多人数が参加しているだけあって、ストーリー的にはぐっちゃぐちゃだが、むやみにおめでたいお祭りの雰囲気は存分に味わえる。また1997年2月号と2001年2月号における、執筆陣を比べてみると、けっこう入れ替わりがあることが分かって感慨深いものがある。
「犬のジュース屋さん」1巻 おおひなたごう 集英社 [bk1]
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「犬のジュース屋さん」1巻 おおひなたごう |
野球場の真ん中でジュース屋さん業を営む犬さんの日常を描いたナンセンスなギャグ漫画。犬さんの外見などは一見ほのぼのしているが、繰り出されるギャグは優れて高度。しかしそれをまったく目立たせることなく、ごくさりげなく埋め込んでいるクールさがイカす。最近のおおひなたごうは、ギャグがどんどん洗練されてきててちょっとすごいと思う。(「ヤングジャンプ」の増刊枠に主に掲載)
「生きなさいキキ」1巻 ジョージ秋山 実業之日本社 [bk1]
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「生きなさいキキ」1巻 ジョージ秋山 |
母親により豚小屋に押し込まれ豚によって育てられた少年・キキが、父の帰還によって激変。内に眠る悪の素質を目覚めさせていく……という物語。キキ少年の生い立ちからして非常に濃いが、その後の恨みつらみを前面に押し出したドロドロの情念あふれる展開もこれまた強烈。なぜか部屋の中で風が吹いて木の葉が舞ったり、よく分からないシュールな表現も多かったりするが、とにかく得もいわれぬジョージ秋山節に圧倒されてしまう。(「漫画サンデー」で連載中)
「時の添乗員」1巻 岡崎二郎 小学館 [bk1]
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「時の添乗員」1巻 岡崎二郎 |
SFショートショートの名手、岡崎二郎の久々の単行本。この物語は、「あのころに戻りたい」と思う過去の一時点にお客さんを連れていくというツアーを提供している、不思議な旅行業者のもとを訪れる人々の人間ドラマを描いていくという趣旨の作品である。大きく歴史を変えるとかではなく、個人のかけがえのない思い出のために時間旅行を使うというアプローチは新鮮。そして各人のドラマを丹念に描き出し、感動的な物語にまとめ上げる腕前も見事。地味ではあるけれども人情味にあふれる良心的な作品だ。(「ビッグコミック増刊号」に主に掲載)
「ギョ」1巻 伊藤潤二 小学館 [bk1]
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「ギョ」1巻 伊藤潤二 |
足の生えた魚が突如日本に大量上陸。死臭のような生臭いにおいをまき散らし、人々をパニックに陥れる。伊藤潤二お得意のパニックホラーものだが、ニョキニョキ足が生えて高速でシャカシャカ走り回る魚たちのインパクトがとにかくすごい。そしてだんだん事態はエスカレートしていって、魚どころではない強烈なものが町中を走り回る。その奇想のぶっ飛びぶりは、読む者を圧倒せずにはおかない。怖いというより、単純にビックリして案外楽しかったりもする。(「ビッグコミックスピリッツ」で連載中)
「カラオケバカ一代」 ジョージ朝倉 祥伝社 [bk1]
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「カラオケバカ一代」 ジョージ朝倉 |
かつて講談社の別冊フレンドのコミックスで一度出たものの速攻で絶版になった単行本が、新たに創刊されたコミックスシリーズ「Zipper comics」の第一弾として、下記の「セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする」と共に刊行された。およそ少女漫画誌に掲載されていたとは思えないくらいなお馬鹿さんなパワーに満ちた作品がてんこ盛りで素直にゲハゲハ笑える。とくにカラオケ修行と題して主人公のにーちゃんが、的外れな修行に引っ張り回される表題作なんか絶品。それと同時に、「猫日和」「星の名前」みたいにメルヘンチックでよくできたスタンダードな少女漫画も掲載されているから侮れない。
「セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする」 おかざき真里 祥伝社 [bk1]
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「セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする」 おかざき真里 |
少女の気持ちを瑞々しく描き出した短編集。「セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする」「草子のこと」「おねえちゃん」「雨の降る国」「アイスティー」を収録しており、いずれも繊細な心理描写が鮮烈な印象を残す。あと登場人物がふと見せる表情にはなんともいえず色気がある。艶めかしくてかっこいい。
「おつきさまのかえりみち」 三浦靖冬 ワニマガジン社 [bk1]
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「おつきさまのかえりみち」 三浦靖冬 |
主にワニマガジンの「快楽天」を活動場所とする、叙情派H漫画家の期待の新鋭。繊細なタッチで、純粋すぎる者たちが穢れた世で生きていく悲しみ、痛みを、丁寧に描写していく。はかなくセンチメンタルな作風が特徴。人物の描写がきれいなだけでなく、戻ることのできない懐かしい過去といった風情のある風景描写も、センチメンタリズムを強く刺激する。なお、この単行本、えらく美しい装丁も特徴の一つ。表紙を見てビビッと来た人はぜひ買うべきであると思う。 【次頁】
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