タニグチリウイチの出没!
TINAMIX
タニグチリウイチの出没!
タニグチリウイチ

嵐の夏

2000年8月。東京湾に巨大な「台風」が襲来した。「台風」は東京湾の海岸線を沿う形で、横浜から東京を経て千葉へと抜けて行き、その先々で大勢の人を巻き込んで狂熱の嵐を巻き起こした。延べでおそらくは50万を越える人間が被害を受けただろう「台風」を、けれども報じたメディアは少なかった。のみならず、横浜でも屈指の観光スポット「山下公園」、東京・お台場の「船の科学館」、千葉駅前にそびえ立つ何かと話題の「千葉そごう」に来ている人ですら、見もしなければ感じもしなかった。

ブルーナイトヨコハマ
夜のヨコハマ港にきらめく観覧車の灯火の中で奏でられる愛の調べ……聞いてみてえなあ1度くらいは

周辺では観測できなかった局地的な「台風」。騒動にはハイエナのように食いつくメディアも気づかない「台風」。それでいて大勢の人を巻き込んで20世紀最後の夏に東京湾岸を吹き荒れた「台風」、その正体は? なんて具合な書き出して気取ってはみたけれど、なあにここで使った「台風」という言葉には、100年ほど前のヨーロッパを徘徊していたという「怪物」ほどの暗喩もなければ含蓄もない。だから正体は?

それは「おたく」。あるいは「マニア」。もしくはその予備軍。夏の東京湾各地で相次いで開催された、その道のエキスパートたちが集まり繰り広げたイベントの喧騒を「台風」に例えてみたもので、だからメディアの報道もなければ、横浜だったら「ランドマークタワー」、お台場だったら「ヴィーナスフォート」、千葉なら「マリンスタジアム」といった、「台風の目」から目と鼻の先にある場所ですら、微風すら吹かなかったという説明が、大げさじゃないと分かるだろう。

だったらその局地的とかいう「台風」は、本当に「台風」と言えるものだったのか。チンケな人数が内輪で騒ぐだけの、「そよ風」と名乗ることすらおこがましい「おちょこの中の微風」だったのではいか。なあに心配はご無用、「台風」はしっかりと吹き荒れた。その威力は少なくとも集まっている人たちの目を釘付けにし、心をなぎ倒して感動の嵐を巻き起こした。

これから話すことはすべて真実だ。東京湾岸をこの夏に吹き荒れた「おたく台風」を現場で観測し、巻き込まれ、心を奪われ目を釘付けにされた人間による嘘偽りないリポートだ。その恐ろしさ、凄まじさ、楽しさを存分に感じて頂きたい。夏はロックフェスティバルに花火大会にディズニーランドにハワイ沖縄軽井沢(with彼女or彼氏)、なんて人には伝わらないだろうけど(当たり前だ)。

横浜、騒然。

8月5日午前10時。横浜の「みなとみらい21地区」にある「パシフィコ横浜」に上陸した台風は、「日本SF大会」と呼ばれる長い伝統と高い格式をそなえたものだった。「台風」に伝統や格式なんてと思われるのも道理。けれども「日本SF大会」と聞くと、世の中の権威なんてものに反抗的というか無関心な「おたく」でも、どこか背筋をピンとさせられる。それは40年という歴史が醸し出す厳粛な空気なのかもしれないし、「SF」というジャンルがたどって来た苦難の歴史、その歴史を生き抜いて来た「SFファン」から立ち上るオーラが、外にむかって排他的な殻とも、一見(いちげん)さんを寄せ付けない老舗の料亭の敷居とも映るのかもしれない。

ズバッと惨状
小綺麗な「パシフィコ横浜」に向かって歩く「SF者」。よく見ると「のうてんき」な人もいまーす

実際のところ集まって来る人たちの大半が何年来、何十年来の知り合いらしく、顔を見れば「やあやあどうも」と再開を喜ぶ会話が始まり並んで歩きコロニーを作る。あの作品はどうだった、この作品はSFじゃないなどディープな会話が人目をはばからず繰り広げる。その様に、「SFは好きです、コバルトとかスニーカーとか。SF大会は作家の人を見に来ました、サインもらえると嬉しいです」的な人が打ちのめされるのは必至。けれどもそんな下積みを5年10年と繰り返した後に、あなたの周りには「やあやあどうも」と話しかけて来る仲間が増えて来る。「これがSFなんだ」と語り合い、殻の内側料亭の座敷で繰り出される狂熱の渦に身をゆだねて平気なカラダになれるのだ。「SFの道は1夜にしてならず」ですぢゃ。

説明すれば、「日本SF大会」は1962年の東京を皮切りに全国各地で開催されて来た、SFの世界では最古にして最大規模の大会。といっても後で出てくる「コミックマーケット」とは違って、集まる人数も万には及ばず都市部で数千人、地方の旅館を使った合宿形式の大会になると1000人超がせいぜいというイベントに過ぎない。「コップの中」ですらない「おちょこの中」と例えたくなるのもそのためで、8月5日と6日に「パシフィコ横浜」を使って開かれた第39回日本SF大会「Zero-CON」(http://member.nifty.ne.jp/zero-con/)も、すぐ隣にある大型商業施設の「クインズスクエア」への来店客やそばを回る観覧車の乗客、ひょっとしたら会場に隣接したホテルの宿泊客ですら、そこで「日本SF大会」が開かれたなんて気づかなかったかもしれない。>>次頁

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