なぜ「偽」なのか
花輪和一は、江戸後期や平安時代を舞台とした猟奇的な作品で知られる、いわゆる「ガロ系」の作家である。はじめに断っておきたいのだが、これからあなたがお読みになるこの文章、タイトルにも断っている通り「偽・花輪和一論」である。何がどう「偽」なのか。実はこの俺、花輪和一のマンガを半分くらいしか読んでないのである。どれもこれも絶版・絶版で、読みたくても読めないからだ。ここでええカッコしぃしても仕方がないので、俺がどれを読み、どれを読んでないかを公開しておこう。
「花輪和一作品集」
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絶版
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×
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「月ノ光」
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絶版、新装版あり
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◎
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「鵺」
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◎
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「護法童子巻之一」
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絶版
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×
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「赤ヒ夜」
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○
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「護法童子巻之二」
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絶版
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×
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「朱雀門」
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絶版、新装版あり
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◎
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「浮草鏡」
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絶版
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×
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「猫谷」
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絶版
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△
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「コロポックル」
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絶版
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△
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「御伽草子」
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◎
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「水精」
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絶版
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×
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「天水第一巻」
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絶版
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×
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「天水第二巻」
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絶版
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×
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「刑務所の中」
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◎
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「ニッポン昔話」
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◎
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◎……入手済み
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○……読了、取り寄せ中
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△……マンガ喫茶で読了
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×……未読
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もちろん図書館なども一通りあたってみたのだが、いずれも見つけることはできなかった。公立・私立の図書館はおろか、国会図書館にもない。首都圏の事情はよく判らないが、こと関西に関する限り、古本屋で気長に探すくらいしか入手方法はないのである。
浄化の作家、花輪和一
結局俺が読了できたのは16冊中9冊であった。はっきり言って、少ない。また、単行本未収録の作品も多数ある。本来この状態で作家論など烏滸がましいのだが、俺がこの一文を書こうと思ったのには、二つ動機がある。一つは、花輪の近作である「刑務所の中」が現在ヒット中であることから、なんとかこの機会に花輪再評価の気運を盛り上げ、絶版中の作品の再版につなげたいと思ったため。そしてもう一つは、今回改めて(断片的にではあるが)花輪作品を辿りなおし、そのテーマの奥深さに唸らされためである。
花輪和一はその猟奇的な作風から、同じガロ系の猟奇系作家・丸尾末広と並び称されることが多い。花輪は丸尾と共著で「江戸昭和競作 無惨絵 英明二十八秀句」と称する画集を出版しているほどだから、これはこれで間違いではない。じっさい俺だって「花輪=鬼畜系の因業作家」というおおざっぱな括りで長い間眺めていたのだから、全く偉そうなことは言えない。だが、今回花輪作品をいくつか拾い読みするなかで、俺は「花輪=因業作家」というイメージを、大きく修正せざるをえなかった。花輪は「業」そのものも描いてきたが、それ以上に業からの解脱、「業を落とす」というテーマに沿って、その作品を描いてきたことに気づいたからだ。
じっさい、その作品群を順に追って読んでみると、花輪和一がその人間としての業、作家としての業を次第に洗い清め、独特の透明な境地を獲得していった様子がうかがえる。とびとびに読んでこれだけ感動するのだから、全巻を通して読んだらその感動はいかばかりであろうか。似たような道程を辿った作家がほかに誰かいただろうかと考えてみるが、ちょっと思い浮かばない。花輪和一は、もっと読まれなければならないし、論じられなければならない。そんなふうに、俺はいま確信している。
というわけで、再度宣言しておくが、この一文はあくまで「偽・花輪和一論」に過ぎない。これを読まれた方が、再び完全な形で真の「花輪和一論」をお書きになる上での、ちょっとしたヒントにでもなれば、これに勝る幸いはないと思う。>>次頁
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「ガロ系」
花輪和一は青林堂のマンガ雑誌、「ガロ」でデビューした。デビュー作は「かんのむし」という短編で、「いかにも当時の「ガロ」ですなぁ」、という雰囲気の作品となっている。ちなみに現在の花輪和一は、青林工藝舎のマンガ雑誌「アックス」に活躍の舞台を移している。
丸尾末広
初出誌不明の「リボンの騎士」でデビュー、エロ雑誌を中心に活躍していたが、のちに単行本を青林堂から出版。陰惨かつグロテスクな中にも金属質の涼やかな美意識を漂わせる作風で知られる。ドイツ表現主義映画や寺山修司作品、ブニュエルやゴシック・ホラーなどからの多彩な引用からなるその作風は、「怪奇版・郵便的脱構築」の産物とでもいうべき表情を見せる。
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「薔薇色ノ怪物」 (c)丸尾末広
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「江戸昭和競作 無惨絵 英明二十八秀句」
「英名二十八衆句」はもともと、幕末の浮世絵師、落合芳幾と月岡(大蘇)芳年の二人の手になる残酷浮世絵集である。芳幾は新聞紙上に殺人事件や変死事件などの浮世絵を数多く発表した、スキャンダラスな浮世絵師。芳年はそのライバルと目された浮世絵師で、幕末の官軍と維新軍の戦いでは、路傍の死体をスケッチして回ったと言われる。「江戸昭和競作……」は、芳幾と芳年による江戸版「英名二十八衆句」に、花輪と丸尾が新作を描き足す形で出版されたもの。時空を超えた四人の残酷絵師がそろい踏みしたこの画集は、画題にされた死者の呪いが災いしたか、版元が倒産して現在は絶版。古書店では目玉の飛び出るような価格で売られていて、とうてい俺には手が出せない珍書となってしまった。
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