■1.
ここで話題となる「音響派」という名前は、その由来の一つとして、95年頃まで渋谷は現在のタワーレコードに程近いマンションの一室に存在したパリペキンレコードの中で、「現地録音」「音響彫刻」なるコーナー名のうちの一つとして店内の一角を占めていたという逸話がある。ただ本当に「音響派」なるコーナーがあったのかどうかは定かではない。それは、何よりその当時「音響派」なる言葉が世間一般には全く流通していない、渋谷のマンションの一室にしか存在していない名前であったからだ。
■2.
しかし当時はある意味知る人ぞ知る存在であった「音響派」ではあるが、現在では様々なレコード屋の店頭や音楽雑誌、人々の口にのぼるまでに普及している。そして普及したタームには必ず付きものの、当然のことながらそのタームを終わらせようとする動きもみえはじめ、「音響派」なる言葉も早々にも消え失せるのではないかという予測も現在では可能である。すなわち「ちょっと前に流行った「音響派」という言葉云々…」というやつである。しかし以上のような音響派の由来あるいは終焉などというものは、ほとんど音響派という言葉がこれまでに機能してきたやり方や、現在の機能する有様とはほとんどなんの関係もない事柄であり、ここで考えるべきなのは、なぜこれほどまでに「音響派」なるタームが普及し、現在ある種の音楽を語るに有用な言葉として盛んに用いられるようになったのかというその背景についてであろう。
■3.
現在、「音響派」あるいは「音響」という言葉がその役割を果たす状況は確実に存在している。シカゴはTortoise、Jim O'rourke、The Sea and cake、ドイツはmouse on mars、oval、オーストリアはmego、フィンランドはPan sonic、そして日本では池田亮司、大友良英、Wrk、computer soup等々がおり、もちろんこれ以外の地域でも世界各地に「音響派」と呼ばれうる音楽は存在する。しかし上に挙げたようなビッグネームは別として、「音響派」と呼ばれる音楽の多くは、世界各地に行き渡るにもかかわらず商品として発売されるCDの枚数が限定500枚などは当たり前の世界であり、それら全てを手にするのはほとんど不可能であるといってよい。そしてそれぞれの音楽は、どこか特定の場所を中心とするでもなく、またそれ故まったく無自覚に、個々のアーティスト同士が相互に影響を及ぼし合うという状況を自ずと形成している。また「音響派」なる言葉をこれを読まれている方々であれば既にどこかで耳にしていることと思うが、それは果たしてどこで聴いたのか?先述したように「音響派」の由来はパリペキンレコードにあるようだが、それ以降、人々の間でまことしやかにささやかれるに至るまで、どこかのメディアが先導したというような記憶はない。テクノやヒップ・ホップといった言葉が、90年代の日本においてメディアの先行する情報によって人々の間に流通したこととは非常に対照的であるといえる。「音響派」という言葉は、いつしか、それを口にするのもおこがましいような謙虚さのもとで人々の口から口へ誰も気づかないうちに広まっていき、そして現在、あちらこちらのレコード屋、各種媒体で、既に普及した「音響派」という言葉がちらほら現れつつある。どこか居心地の悪さ、後ろめたさを感じつつも、どうやら皆が口にしているらしいとの理由から、メディアは「音響派」という言葉を渋々用いている。そして何故、各種媒体における「音響派」という言葉の使用には、奇妙な後ろめたさがつきまとうのか?それはひとえに、媒体当事者が「音響派」という言葉の意味の作用がわからぬままに、それを使用していることに起因する。彼らは「音響派」という言葉が指すであろう対象範囲を絞り切れていないし、また、その言葉の機能の独特の有り様についても理解していない。何故理解できないのか?それは「音響派」という言葉が、音楽を分類、把握するための言語としての機能をほとんど果たすことのない言葉だからだ。言葉によって音楽を分類し、それによって音楽を理解することに慣れた人間にとって、「音響派」とは機能不全に陥った言葉にほかならない。「音響派」は、たとえばテクノやヒップホップのように、音楽的なスタイルとして容易に定義しうるものではない。そもそも「音響派」という言葉は、サウンド的な要素から抽象して使用されているわけではないからだ。すなわち、現在使用されている「音響派」という言葉はもはやジャンルの名称ではない。>>次頁
The Sea and Cake Sam Prekop、Archer Prewittらによるソフトなフォークバンド。「バンドでありながら楽器自体を打ち込んだように録っている」という音響派的な音づくりでありながら「普通によい曲をつくる」ということがいかに重要であるかということが普通にわかるすばらしいバンド。最新作はThe Fawn(97年)。
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