TINAMIX REVIEW
TINAMIX
逆境哀切人造美少女電脳紙芝居『少女椿』

【第参幕】変態美少女幽閉さる

1992年、東京都内。杉並区は下井草の御嶽神社境内に、異様な建造物が出現した。マンガ版『少女椿』に登場する「赤猫座」そのままの見世物小屋が、御嶽神社境内に突如として出現したのである。『地下幻燈劇画・少女椿』は、この「赤猫座」の見世物として世に生まれ落ちたのであった。つまり『地下幻燈劇画・少女椿』という作品は「アニメ」として単独で公開されたのではなく、「赤猫座興行」という見世物興行の演目として、その第一歩をスタートさせたのである。だが、『地下幻燈劇画・少女椿』のクロスジャンルぶりはこれにとどまらなかった。『地下幻燈劇画・少女椿』はその後も変幻自在の上映形態で、帝都の各地を席巻したのである。

例えば同年、東京国際ファンタスティック映画祭。ここでは『地下幻燈劇画・少女椿』は70mmスクリーンに拡大映写され、発煙筒とジェットファンで桜吹雪をまき散らして文字通り観客を煙に巻くこととなった。また同年行われた「マンション地下室興行」では、予約をした観客にのみ一般住宅地にある会場への地図を配布。あらかじめ配置された福助人形や、奇怪な人物の徘徊する夕暮の住宅街をくぐって、会場となったマンション地下室へ辿り着くという仕掛けが施された。もちろん会場へ着いてもタダでは済まない。観客はカップルで来ても1人ずつに分断され、地下室内に作られた迷路を蝋燭片手に通ってやっと椅子席へ。ラストでは爆竹が鳴り、強風や桜吹雪、スモークのほか、客席めがけて多数の木材が投げ込まれるという徹底ぶりであったという。

このように『地下幻燈劇画・少女椿』は、見世物小屋の囚われの少女さながらの上映形態でデビュウを遂げ、闇夜の蝶々もかくやという変態を繰り返し、帝都各地に幻影の銀粉をまき散らしたのである。しかもこの『地下幻燈劇画・少女椿』、公開のその都度、情報を半ば秘匿し、半ば公開するという特殊な情宣方法で、その興行が行われたのであった。

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(c)丸尾末広 霧生館

こうした特殊な情宣方法の許では、観客は主体性を放棄することは許されず、自発的に情報を探り出さなくてはならない。劇場に辿り着いてからも同様で、地下迷路を手探りで、自力で進まなくては作品を見られないのである。「観客席」という名の制度に庇護され、眠りこける怠惰な観客を覚醒させ、叩き起こすこと。これこそが『地下幻燈劇画・少女椿』の持つ戦略的目標なのであった。こうした問題意識から、『地下幻燈劇画・少女椿』の台本は、観客が最寄り駅に降り立ったところから始まっているという。「劇場」という自明視された制度を揺るがし、怠惰な観客を調教する美少女型拷問装置。それが『地下幻燈劇画・少女椿』なのである。

こうしたクロスジャンル作品としての上映形態は、確かにアニメとしては斬新な手法だが、既に演劇の世界では寺山修司らによって幾度も試みられたことのある手法である。ところが、この演出は期せずして、映画界・アニメ界の保守的体質を浮き彫りにしてしまう。映画界からは「卑怯な手法」という批判がいっせいに浴びせられ、いっぽうアニメ界は完全にこのフィルムの存在を無視。さらには1994年、フイルム運搬会社のミスにより、上映フィルムが紛失するという災厄に見舞われたのであった。

むろん、幾多の逆境をくぐり抜けてきた少女椿・みどりちゃんのこと。こんな批判やフィルム紛失でへこたれることはない。紙芝居からマンガへ、マンガから16mmフィルムへと転生を遂げたみどりちゃんは、さらにフィルムからビデオへと転生を遂げ、七つの海を股にかけた流浪の旅に出たのである。皮切りとなったのは1994年、フランスのオルレアンビエンナーレへの招待参加。以降ノルウエー、ドイツ、カナダ、さらにはスペインの地に、『地下幻燈劇画・少女椿』は降臨する。逆境の少女・みどりちゃんは、一躍世界に羽ばたく銀幕のスタァ少女へと、華麗なる変身を遂げたのであった。

ところが、なんと運命とは皮肉なものだろうか。この世界への飛躍こそが、思わぬ悲劇のきっかけとなる。1999年、成田税関は『地下幻燈劇画・少女椿』のフイルムを没収。日本国内での上映禁止の指示を出したのであった。没収や上映禁止の理由は非開示。少女椿・みどりちゃんは、哀れにも国家権力の陰謀にかかり、座敷牢に幽閉されてしまったのである。

ことここに至って、さしもの少女椿・みどりちゃんも、絶体絶命の窮地に陥る。先述した2000年の「闇夜幻燈逆説華祭」に際しても、『地下幻燈劇画・少女椿』は寸断されたダイジェスト版を上映できたのみ。かくして、5年もの歳月と怨念をかけて生み出され、世界各国を股にかけて暗躍した銀幕の人造美少女・みどりちゃんは、哀れ大日本帝国の陰謀によって座敷牢に幽閉され、五体をバラバラに寸断されてしまったのである。

>>第四幕

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「赤猫座」
丸尾〜原田版『少女椿』において、みどりちゃんをさらっていく見世物小屋の一座。人間ポンプさながらに生きた蛇を飲み込む蛇女・紅悦、刀剣を飲み込む大男・赤座、足で弓を射る腕のない男・鞭棄、身体の前後が上半身と下半身で逆になっている少年・芳一など異形の者が群れ集い、ペテンにも近い芸を見せる一座として設定されている。

赤猫座
「赤猫座」
(c)丸尾末広 霧生館

「赤猫座興行」
周辺では覗きカラクリのほか、立ち絵芝居「御存知鈴が森」や紙芝居「忠臣蔵」が上演され、火吹き男や生首女が徘徊する土俗的な空間が再現されたという。

会場への地図を配布
予約した観客のみに地図を配布し、市外を舞台に劇が展開されるという手法は、寺山修司が『人力飛行機ソロモン』や『ノック』などの市街劇で採った手法とほぼ同じ。なお筆者は1998年に青森市内で再演された市街劇、『人力飛行機ソロモン』のレポートをこちらにアップしている。興味をお持ちになられた方はご一読を。

上映フィルムが紛失
現在は示談成立済み。ネガはイマジカに現存しているらしいので、再プリントを取るのは不可能ではないのだが……。コスト面を考えると、再プリントはそうとうに難しいだろう。

銀幕のスタァ少女
丸尾〜原田版『少女椿』では、蒲田松竹のスカウトマンが赤猫座に現れ、みどりちゃんを次回作の「母もの」映画の主人公として大抜擢しようとする。原作中では結局みどりちゃんは映画に出演できないのだが、原田版『少女椿』もこの海外での上映がきっかけとなり、思いもかけない悲劇に引き込まれていく。映画のストーリーとその映画自体の運命が似てしまうというのはよくある話だが(コッポラの『地獄の黙示録』のロケが映画そのままの難行苦行だったのというのは有名な話)、『少女椿』もこれと同様だったようだ。

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