TINAMIX REVIEW
TINAMIX
【刺青●TATTOO】

■和彫りの世界と「見せない」美学■

というわけで、ここまではニュースクールを中心にいわゆる「洋彫り」の流れを紹介してきた。「タトゥィー=乱暴な人たち」みたいな固定観念も、だいぶん取れてきたんじゃないかな? さて、固定観念が揺らいでリラックスしたところで、「和彫り」の世界についても触れておこう。

一部には「機械で彫るのが洋彫り、手で彫るのが和彫り」という誤解があるんだけど、和彫りの先生でも機械を使う方は多い。とくに「筋彫り」というラインを引く段階では、多くの先生方が機械を使って彫っているそうだ。じゃぁ和彫りって何なんだ、というと、「日本独自のモチーフを日本独自のスタイルで彫ったもの」、ということに落ち着くだろう。鯉や桜吹雪、般若や龍、といったモチーフだね。

ここで和彫りの作品を紹介しておきたいんだけど、実は何を隠そう、俺は和彫りの先生方とはほとんど接触したことがない。一度だけ、とある大阪の先生に取材を申し込んだことがあるんだけど、みごとに断られちゃったんだ。「どうしてですか」って食い下がったんだけど、「自分の信念ですから」の一点張りで、相手にもしてもらえなかったな。もちろん、三代目彫りよしさんをはじめとして、オープンに活動してる先生方もいらっしゃるんだけど、和彫りの世界にはこういう「見せない美学」が生き残ってて、なかなか踏み込んでいけない部分もあるんだ。

そんなわけで、ちょっと変則なんだけど、ここでは洋彫りの彫師さんが彫った、和彫りのモチーフを見てもらうことにしよう。



この写真は二つともThree Tides Tattooってお店でお借りしたものなんだけど、ちょっと訳あって、これを彫った彫師さんの名前はここに書けない。だけど、この人は和彫りの先生方からも高い評価を得ている彫師さんで、ここに載せたものは、もうほとんど和彫りと考えてもらっても間違いじゃないと言えるだろう。

なんだか妙に歯切れの悪い書き方をしてるけど、これは和彫りの世界にはとても厳しいルールがあって、おかしな書き方をすると、あちこちに迷惑をかけてしまうからなんだ。こんなふうに、和彫りの世界には厳しいルール、クローズドな論理が息づいている。そこに土足で踏み込んでいくことはできないんだね。


ここまで読んでもらった人はもう判ると思うけど、洋彫りと和彫りとでは、かなり世界観が違う。これには日本の刺青の歴史や身体観が関係しているんだけど、それをここで書くにはあまりにも事情が複雑すぎて、とうてい書ききれそうにない。いつか俺が和彫りの先生方ときっちりした信頼関係を築けて、そのときにもう少しスペースや時間があれば、きっちりしたかたちでもう一度トライしてみたい。

ただ、それじゃ洋彫りの世界の人はいつもニコニコ、ハッピーなだけかっていうと、そうとも言い切れない。やっぱり日本の社会ではタトゥーに対して根強い偏見があるし、そもそもタトゥーなんか人前にさらすものではない、という考え方の彫師さんは、洋彫りの世界にもたくさんいるんだ。最近タトゥー・イベントといって、ディスコやライブハウスでタトゥーを彫っていくイベントがあるんだけど、洋彫りのショップであっても、こういうイベントには顔を出さないという方針を採ってるところもある。みんながみんなオープンなわけじゃないんだね。そもそも、タトゥーは一度入れたら消えない。レーザーや皮膚移植で消すという手もあるけど、これも不完全にしか消えない。どうしても後にはヤケドのような痕が残るんだ。一度入れたら消えない、不自由なもの。でも逆に、そこがタトゥーの最大の魅力なんだ。


俺は文化の垣根を飛び越えるクロスカルチャーが大好きだし、タトゥーの世界にも惚れ込んでる。だけど取材の過程では、入れちゃって後悔してる人にも何人か会ってきたし、中にはありもしない理想の消去法がある、なんて騙されて、タトゥーを入れちゃったコもいた。こういうごく一部の不心得者がいるのを知ると、やっぱり「タトゥーはクローズドな世界であるべきだ」と考える彫師さんたちがいらっしゃるのも無理のない話だな、と思ってしまう。何より、俺自身入れてないわけだから、そうそう無責任に「タトゥー彫れよ、かっこいいぜ」なんてことは言えない。痛みや体に受けるダメージ、社会的偏見など、自分で彫らなきゃ判らないことは、いくらでもあるからだ。

じゃあなぜ、俺はタトゥーを追い続けてるんだろう? 俺はもうタトゥーの記事を書くのはこれが5回目だ。なんでここまでタトゥーに惹かれるのか、正直自分でもよく判らない。一つ言えるのは、タトゥーが恐ろしく古い起源と長い歴史を持つ、分厚い文化だからかもしれない。タトゥーの歴史について語り出せばそれだけで数千字を超えるので、ここでは触れない。だけど、俺たちがふだん目にするモダン〜ポストモダンなカルチャーとは全く違う、重量感と手応えを持った文化なんだってことは知っておいて欲しい。また、タトゥーという世界には、すっごく魅力的な人たちがいくらでもいる。彫師さん、タトゥイー、マネージャーさん……。みんな個性的で、自分ならではのタトゥー観、人生観を持っている。そんなところにも、俺は惹かれてるのかもしれない。

タトゥーは人間の肌という、わずか数ミリの厚さに彫り込まれた平面の世界だ。でもそこには、古代から続く歴史や身体観、世界の文化や物語、差別の悲しみや民族の誇りなど、さまざまなものが分厚い層を作って彫り込まれている。タトゥーは、わずか厚さ数ミリの皮膚に彫り込まれた、とてつもなく深い世界なんだ。

街でタトゥーを彫った人を見かけたら、単にそれを「色の付いた肌」とは思わないで欲しい。そこには、2万字かけても3万字かけても語り尽くせない、深い、広い物語が彫り込まれてるんだから。◆

(樋口ヒロユキ)

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■取材協力■
●Chop Stick Tattoo
 大阪市中央区西心斎橋2-17-9 TEL 06-6213-7099
●Doug Hardy
Three Tides Tattoo
 大阪市西区南堀江1-8-5 TEL 06-6535-6227
●Tommy's Fire Tattoo Studio(ヒデロウ)
 広島市中区袋町1-27 メイセイ第9ビル301 TEL 090-8603-3328
(以上アルファベット順)

■写真提供■

●Doug Hardy
 【FIG.07】、【FIG.08】、【FIG.09】、【FIG.11】、【FIG.12】

●Three Tides Tattoo
 【FIG.05】、【FIG.06】、【FIG.15】、【FIG.16】

●Tommy's Fire Tattoo Studio(ヒデロウ)
 表紙、【FIG.01】、【FIG.02】、【FIG.03】、【FIG.04】、【FIG.14】

(【FIG.03】、【FIG.04】、【FIG.13】は筆者による写真。)

■通訳■
 福原真央(写真左)

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