2000年3月3日金曜日夕方から5日の朝にかけて、韓国、ソウルで日本人アーティストの参加するテクノ・イベント『PLUR』が開催された。日本から参加したのは、レオパルドン、232COMITら「ナードコア・テクノ」と呼ばれているインディ・テクノ・アーティスト。彼らは期間中、二度にわたりライヴを行った。
前情報では、彼らが参加すること、「韓国初の大規模テクノ・イベント」であること、それからレオパルドンらを収録したコンピレーションCDが日本人テクノ・アーティストの韓国内公式リリースとしてははじめてだということ以上のものはなかった。もとより、韓国のサブカルチャー状況についての情報は日本国内ではひじょうに得にくい。一部のコリアン・ポップやマンガ、アニメのマニアを通じてしかアクセスできないのが現状だ。いわゆる「パチもんプラモ」に代表されるような、駄菓子的でキッチュなプロダクツに対する散発的な興味がときどき向けられているのが実状だろう。また、一方で韓国人+日本人の混成メンバーによるバンド、『Y2K』の韓国での成功は報道されているが、それにしても韓国と日本の政治的な関係という文脈に回収されている。つまり、いま韓国で次々と起こっているさまざまな出来事は、ほとんど知られずにきている。
というわけで、「とりあえず、現地に行ってみる」のがいちばん手っとり早いという状況のなか、いきなりソウルに降り立ったのが以下のレポートである。
『PLUR』の会場はソウル市内でも有数の“オシャレ”な地域として知られるアックジョンドンにあるクラブ「SHADOW」。アックジョンドンは90年代はじめには、富裕階層の子弟たちが夜遊びをする地域として知られていた。現地の人々は「東京でいうと原宿」というのだが、年齢層が高いことなどから、むしろ六本木や代官山のほうが近いという印象。
☆ソウルの街を説明するのに、「東京でいうと」という例えはよく使われるのだが、東京の複数の街のイメージがひとつの場所に重なっていることが多いようだ。たとえば、東大門市場(トムデムンシジャン)の場合、「上野と原宿と、あとちょっと浅草」というような言い方になってしまう。
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そこに日本から参加したのが、かつて「ボンクラ・テクノ」というフレーズを標傍し、70年代特撮番組やB級香港映画、昔のアニメや暴走族などの「イケてない」音ネタを多用する、「日本ではテクノの鬼っ子」とされているレオパルドンである。日本での彼のライヴでは、たとえば「ブっつぶしてやる!」という仮面ライダーアマゾンの怪人の声のサンプルをテクノ・トラックに乗せ、フロア全体が「ブッつぶしてやる!」と繰り返し絶叫しながら踊る、というものだ。もちろん、今回のイベント主催者で、CDのリリース元であるdms Traxがレオパルドンらの曲を評価してのオファーであるが、それが実際にソウルの人々にどう受け入れられるのか、まったく見えなかった。
「今日は、他でヒップホップのイベントがあるので、“戦争”です」と、韓国側コーディネーターのイムさんは笑った。韓国では、まだまだクラブで踊るような音楽好きの数は少ない。アイドル的なポップスターのファンではなく、積極的に音楽を楽しむ層が出てきたのは、せいぜいここ数年とのことだ。実際、法律の規制などの問題もあって、純粋に音楽を聴き、踊ることを目的とした「クラブ」は、韓国全土でまだ5軒しかないという。つまり、どうやら「韓国テクノ・シーン」のようなものは、まだ存在しないようなのだ。
会場の「SHADOW」は、見たところ渋谷のクラブ・クアトロよりも一回り小さいくらいの規模。最大限に客入れをして、3〜400人収容といったところか。テクノ・イベントとしては、日本ではごく普通に行われている規模である。ぼつぼつと入り始めた客のほとんどは相当なオシャレさん達で、女の子達もかなりイケている。韓国と日本とでは、服のトレンドに若干の違いがあり、単純には比較できないのだが、彼らが実に「キメキメ」の格好で来ているのはよく分かる。一方、日本でいう「クラブ・ファッション」はほとんど見られない。2、3人に声をかけてみたのだが、皆きれいな英語を話していた。留学経験のある人のようだ。
DJのレベルも高い。いや、はっきり言ってメチャかっこいい。音の方もビッグ・ビートを基調に、すごくグルーヴィーだ。「メガネ君」みたいなルックスなのに、ガンガンラップをしながら客をあおるフラクタルや、金髪にサングラス、上半身裸というコワモテの出で立ちでヘヴィな韓国語ラップを叩き付けるガジェバル。マジであまりのかっこよさに驚いた。
我らがレオパルドンは速攻で仕込んだ韓国語でシャウトし、ガジェバルのDJ YOU-SUCKにも日本語の声ネタ「俺は女が好きなんでえ」を言わせたりしたのだが、初日のウケはイマイチ。サウンド・システム上の問題で声ネタのサンプルが聞き取りにくかったことと、やはり「声ネタ」というスタイルに対する戸惑いが見られた。2日目にはそれを考慮し、ネタものも韓国人にも馴染みのある『フランダースの犬』に絞った。韓国語で「ソネソンジャ! チュムルチュブァ!」(手をつないで踊れ! の意)とあおり、フロアを盛り上げることに成功した。もっとも、ライヴの最中にもかかわらず、12時を過ぎると一斉に人がいなくなってしまったのだが。どうも、終電の時間が来ると皆、帰ってしまうようだ。
「音の好き嫌いがはっきりしているみたいですね。好みからはずれると、クオリティの高いものを提供しないと踊ってくれない。音に対する態度は厳しいですよ」と、レオパルドンは帰国後に語った。たとえば、BPM160以上のテンポの速い曲は、韓国ではまったくなじみがないらしい。実際、韓国のテクノ・ミュージシャンやDJたちも、そういった曲は作っていないようだ。
「レオパルドンは新鮮だと感じました。韓国のテクノよりも速いし、メロディも日本らしい。オリジナリティがあると思いました。音楽に男性的な力強さを感じます。それは、韓国ではガジェバルにしかないものです。だから、今回のコンピレーションCDにレオパルドンが参加することは、韓国の人々にとって刺激になるのではと考えました」と語るのは、dms traxのマネージャー、チュエ・スングーさん。今回のイベントと同名のアルバム『PLUR』では、レオパルドンはガジェバルの代表曲『マレブァ』のリミックス曲を提供している。レオパルドンにオファーをした理由について、チュエさんはこう説明する。
「私たちは韓国テクノのパイオニアなんです。レオパルドンさん達にオファーしたのは、彼らも日本テクノのひとつの最前線にいると感じたからです」。韓国には、もちろん欧米や日本のテクノは輸入されているが、国内でリリースされたCDはわずか5枚だけなのだという話だ。しかも、そのうちの4枚はdms Traxからのリリースだ。彼らはインディ・レーベルではあるが、ソニー・ミュージック・エンタテインメント・コリアとライセンス契約を結ぶなど、韓国内では実質的にメジャー・レーベルといってよい。
「韓国のテクノは、まだはじまったばかりです。でも、テクノには言葉の壁がなく、歴史が浅い分、後発の私たちでも、ワールドワイドなレベルに達することができると考えています」とチュエさんはいう。
テクノというジャンルには、ワールドスタンダードなフォーマットがすでにあって、世界のどこの地域の人間でも「テクノ」を作っていれば他のどの地域の人間ともアクセスできるという構図がある。ケン・イシイや石野卓球が欧米で成功したということも、この構図に支えられているとみたほうがよいだろう。チュエさんのこの言葉は、こうした前提のもとでとらえることができる。
一方、韓国内でも、今回のコンピレーションCDのリリースや、イベントの存在は若い人々にそれなりに知られているようである。音楽誌はもとより、10代向けのアイドル・ポップ誌にも広告が打たれ、いくつかのレヴューも目にした(ある音楽誌は星4つをつけていた。それはスティーリー・ダンの新譜と同じ点数である)。また、日本のサブカルチャーを紹介する雑誌『J-BOOK』は、レオパルドンの所属するアシッド・パンダ・ミュージックの特集記事を掲載していた。その内容は、日本国内のどの雑誌よりも詳細なものだ。
さて、日本では、アニメやB級香港映画などのオタク系の「声ネタ」を使うことで、まず注目を集めているレオパルドンだが、韓国側の見方はかなり違っていた。
チュエさんはこう語る。「はじめは、理解できなかったです。わたしたちにとって、アニメやB級香港映画とかいったものは、あまり重要ではないという感じが強くって。だから、そういうものが好きで、強く興味を持って音楽を作っているというのがすごく面白かったんです。韓国人ではいまのところ絶対にないでしょう。そうしたカルチャーに向かうことは、私は個人的にはいいと思います。ただ、韓国の多くの人々には、理解できないのではないかと思います。まだ早すぎる(笑)」
韓国でサブカルチャーが立ち上がったのは、90年代はじめ以降。盛り上がってきたのがここ数年という状況のようだ。そのため、まだまだ、個々の領域の人々が他の分野での活動に気づくところまで進んでいないのではないだろうか。実際、チュエさんも、韓国のオタク層についてはほとんど知らないようだった。一方、韓国にはアニメや特撮のファンも多数いる。韓国のサイトにある、いわゆる「マッド・ビデオ」(アニメや特撮の映像をコラージュしたり音声を入れ替えたりして作られたパロディ作品)には、レオパルドンがオマージュを捧げている香港映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』の映像素材を使って、『すごいよ!マサルさん』のオープニング曲をかぶせたものもある。レオパルドンの趣味と似通った感覚の人々は間違いなく存在すると思う。
韓国のサブカルチャーは、いま、ひじょうに熱く、速いスピードで変化をし続けている。その様子には、たしかに日本の70年代後半から80年代前半に似たところがある。しかし、最も大きく異なるのは彼らにとっての「日本」の存在だ。ここでもし、私たちが「ああ、日本の20年前だよねー。懐かしいね」で終わらせてしまったら、それは韓国と日本の差異に対して無自覚であるだけでなく、自らの存在について何も考えないということになってしまう。だいいち、20年前にはまだ、「テクノ」などなかったではないか。
『PLUR』はカッコいい。同時代のミュージシャンの仕事として優れている。それはもちろんいいのだが、一方、韓国の状況を知ることで、私たちは逆に日本の状況について様々なことを考えさせられる。その考察については、機会を改めてこの『TINAMIX』上で展開することにしたい。
(伊藤 剛)
今回レポートした韓国ライブの模様は、局側の都合により時間が変更され、NHK-BS2 4/6(木)24:00- 「真夜中の王国」のなかで放送されます。
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