網状言論Fレポート

動物化するオタク系文化


東浩紀(哲学者) Hiroki,AZUMA

1971 年生まれ。批評家、哲学研究者。東京大学総合文化研究科修了。学術博士(哲学・表象文化論)。日本学術振興会特別研究員。フランス現代思想とサブカルチャーと文学が主な関心領域。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社)、『郵便的不安たち』、『不過視なものの世界』(朝日新聞社)。11 月下旬に、オタクとポストモダンの関係を主題とした『動物化されたポストモダン』(講談社現代新書)を出版する予定。ホームページは、http://www.t3.rim.or.jp/~hazuma/

■ポストモダンとは何か?=「大きな物語」の崩壊

〜1970
大きな物語が機能している段階(理想の時代) =ポストモダン以前
1970 〜1995
大きな物語が虚構として代補される段階(虚構の時代) =ポストモダン第1 期
1995 〜
大きな物語が消滅する段階(動物の時代) =ポストモダン第2 期
理想の時代から虚構の時代への特異点…連合赤軍
虚構の時代から動物の時代への特異点…オウム真理教

■虚構の時代から動物の時代へ(fig.1 )

fig1

物語の時代からデータベースの時代へ

  • 例:イデオロギーからインターネットへ

オタク系文化での現れ

  • 物語優位からキャラクター優位へ
  • 作家性の神話から萌え要素のデータベースへ

■『新世紀エヴァンゲリオン』の二重性

  1. 大きな物語の自己崩壊
    =「虚構の時代」の終わりを告げるもの
  2. 二次創作の爛熟
    =二次創作を模倣する原作という捻れ(TV 版最終回)

→オリジナルがシミュラークルをシミュレーションしてしまう 時代
→シミュラークルの背後にあるデータベースの台頭
→萌え要素化された綾波レイや惣流アスカ

■データベース化するキャラクター文化(fig.2 ,fig.3 )

fig1

大塚英志「個々の作品の背後には大きな物語がある」(物語消費論)

しかし1995 年以降、この図式は成立しないのではないか?

むしろ…
仮説「個々の作品の背後には設定やキャラクターのデータベース があり、さらにその背後には「泣き」や「萌え」のデータベース がある」(データベース消費論)

  • 例:ポスト・エヴァンゲリオンの時代を象徴する
    『デ・ジ・キャラット』
fig1

■データベース消費の一例:ノベルゲーム(fig.4)

fig1

システム(データベース)のレベルとシナリオ(シミュラークル) のレベルで分離した消費行動

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