これこた
TINAMIX
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1.アニメ論の場所

編集部:いよいよTINAMIX創刊の運びとなりました。実は創刊に至るまでにざっと9ヶ月近くの準備期間がありました。振り返りますと、昨年の5月頃にTINAMIウェブマスターのまさしろさんが持ちかけた読み物企画に東さん、砂さんが興味を持たれたのがそもそものきっかけでした。そこでまず読み物企画を基本線に、最終的にはウェブマガジンの形態を目標にしようと考え、8月の砂×東アニメ対談、あるいは、特集を組んだりと、不定期な動きのなかで少しずつではありますが、編集部を編成しつつ、私たちの方向性を模索してきました。その結実としてのTINAMIX創刊だと思います。

第一回これこたでは、TINAMIX運営母体である株式会社多聞の会議室に責任編集の東浩紀さん、砂さんの二人をお招きして、TINAMIX創刊の理念を中心に双方の立場から、状況論とそれにたいするアプローチを伺うことになりました。いわゆるダブルインタビューというかたちですが、まず東さんの方からよろしくお願いします。

東:個人的なことから話したいと思います。そもそも、僕がサブカルチャーと関わり始めたのは、1996年に書いたエヴァンゲリオン論がきっかけなんですね。それで、そのとき周囲の反応を見て実感したのは、とにかく僕の立場だと、アニメについて書くだけでさまざまな軋轢が生じるのだな、ということ。その実感が、TINAMIX創刊の出発点なんです。

当時僕には、一世代上の人たちは平気でサブカルチャー論を書いていたし、アニメやマンガも当然文化として認定されているだろう、ぐらいの軽い気持ちがあったんですね。実際に僕が大学にあがった90年には、学者や知識人が書いたサブカルチャー論は本屋にどかどか積まれていた。で、僕はそのころは『批評空間』『InterCommunication』で、主に思想関係のことを書いていたんだけど、『ユリイカ』はまた違った媒体だし、そこで面白いこと書けばアニメ業界の人も少しは注目してくれるのかな、くらいに考えていた。けれど実際には、ぜんぜんそうはならないいんですよ。では、それはなぜなのか。

それで、いろいろ状況を観察して分かったことは、どうやら文化の対立が二つあるということなんです。ひとつには、ハイカルチャーとサブカルチャーの対立。こういうことを言うと、いや、そんな対立は日本ではとうの昔になくなっているでしょう、と反論する人も多いと思うんだけど、僕の実感ではその考え方のほうが甘くて、実際にはハイとサブの区分けは強いところではいまだ強い。たとえば、TINAMIXの「創刊にあたって」でも書いたように、新聞の書評欄なんかのあり方を考えれば歴然としている。小説と言えば文芸書が中心で、そこからミステリやファンタジー、SFは基本的に外されている。むろん、メディアミックス展開のノベライズが小説としてカウントされることはない。それに僕は当時、東京大学の大学院にいたわけだけど、そこの友人たちはといえば、僕と同世代でも、SFもマンガもまったく読まない、音楽はクラシックしか聴かない、映画はフランス映画しか見ない、みたいなのがゴロゴロしていた。そういう世界も依然あって、そこではアニメなんか論外なわけです。

ただ、これも単に趣味だけの話なら文句はないんです。アニメ好きの人がいて、アニメ嫌いの人がいて、というのは当たり前だから。けれど、それがハイ/サブの分割と重なってくると、別の嫌な問題が生じる。たとえばつい先日も、パーティで見知らぬ人に声を掛けられて、「東さん、本二冊とも読みましたよ」。「ああどうも」。「でも、なんか『エヴァンゲリオン』についても書いてるんでしょう? そういうのはどうかなあ?」とか突然言われるんですね(笑)。僕のエヴァ論は二冊目に入っているんだから、結局その相手は僕の本をぜんぜん読んでないんだけど、じゃあ、そういうとき、挨拶がわりにアニメの悪口が使われちゃうってどういうことなのか。きっとその人は、ジャック・デリダの哲学も、『エヴァンゲリオン』の内容も同じくらい知らないし、関心がないと思うんです。でもそのとき、デリダの悪口は出てこない。デリダはフランス人だし、なんか偉いらしいし、東さんはフランス語も読めるらしいし、とりあえず文句挟めない、みたいな判断は働く。ところが『エヴァンゲリオン』なら、見てなくても悪口が言えちゃう。それは『エヴァ』が実際にどういう作品だったか、そこに僕が何を見たのか、みたいな実質とはまったく無関係に、ジャンルの力関係だけで決まっているんです。これが大メディア、ハイカルチャーと呼ばれる人たちの反応の一例で、僕はそういう無神経さには、この数年間、ずっと苛立ちを感じてきました。

エヴァンゲリオン論
「庵野秀明は、いかにして八〇年代日本アニメを終わらせたか」、『ユリイカ』1996年8月号。のち『郵便的不安たち』(朝日新聞社)に所収。


『批評空間』
第1期福武書店、第2期太田出版。1991-。


『InterCommunication』
NTT出版。1992-

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『ユリイカ』


ジャック・デリダ
Jacques Derrida(1930-)。フランスの有名な哲学者。東氏は、この哲学者を主題とした著書『存在論的、郵便的』(新潮社)で、言論界にデビューした。

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