TINAMIX REVIEW
TINAMIX

藤本由香里「少女マンガのセクシュアリティ 〜レイプからメイドへ〜」(後半)

■トラウマに泥まず成長せよ

相: さきほど少し触れたんですけど、レイプとトラウマってすごく結びついていますよね。少女マンガの場合でも、かつてそれが少女の切実さ、性的主体になることの切実さと結びついてトラウマの話が出てきたと思うのですけれども、最近のいわゆる「トラウマもの」はどれも幼児虐待、もしくはレイプ経験が語られ、PTSDでもいいですけど、アメリカから輸入された精神医学いまやすっかりエンターテインメントの世界に定着しています。

なぜエンターテインメントとトラウマの親和性が高かったか。これはぼくの考えですけど、ミステリに限らずディテクティヴな作品では、とにかく謎が解って気持ちいい、というレベルがあるじゃないですか。こうした広義のディテクティヴを人格的な謎に振り向けたときに、過去に遡行して、トラウマを発見して、犯行の動機や人格を理解する――といったカタルシスの構造があって、それが定式化されているんだと思ったんです。

藤: 昔だとジルベールとオーギュとの関係とかですね。なぜジルベールがあんな特殊な性格になったか、ということを読者に納得させて、彼を受け入れてもらうために意識して彼の過去の話を描いたと竹宮さんも仰ってますものね。それに20世紀はほんとに精神分析の時代といってよくて、今、ほんとにみんな精神分析家になっちゃってるから。

相: ともあれエンターテインメントとの親和性が高いために、切実な何かとはもはや切断されてしまって、トラウマだけがどんどん消費されてる感じが。

藤: ありますね、今、確かに大安売りですものね。主人公にはだいたいそういう過去があったということになっている。

相: どうでしょう。最近の少女マンガで描かれ方がそういうふうに変わったという印象は持っていますか。

藤: 昔から主人公に限らず、主人公が好きになる男にそういうトラウマがあって、「私だけはこの人をわかってあげられる」というのは黄金パターンとしてあるんですが、この頃たしかに、今まで以上に「実は」っていうのがふえた気がしますね。昔は、そういう設定は大作に多かったけど、今は何でもない作品でもそれがある。

相: それに対して藤本さんはどのような距離をとっていますか。

藤: 少女マンガの場合は、ただトラウマを見出してそのせいにする、っていうんじゃなしに、むしろトラウマとどうつきあっていくか、どう克服するかっていうところに主眼があるので、それ自体は悪くないんじゃないかと思うの。でも他の小説とかだと、こうなった原因はこれですチャンチャン、ってのが多いような気がする。結局それで「しょうがなかったんだねえ」っていうので納得して終わりというか。

相: つまり動機は何なんだっていうときに、売れるミステリの法則じゃないですけど、「あ、わたしでもそうするかも」みたいな共感しやすい動機を最後に提示して落とすっていうのがあるじゃないですか。「たしかに私が殺したけれど仕方なかったのよ」みたいな動機が。そういうものとしてもトラウマが機能しているのかなと。

藤: 引っかかるのは、アダルトチルドレンみたいなことが起こってきたときに、それこそ「お母さんのせいだ」じゃないけど、「私はACなんだ」と名付けたことで安心しちゃう、みたいなことあるじゃない。でもそれで状況変わったわけ? とか、そう納得したら先に進めるようになったわけ? とか聞きたくなることがずいぶんある。「誰かのせい」にすることであなたは安心してそこで止まっていませんか、と。原因がここにある、ということを知るのは自分を免罪するためじゃなくて、どこから自分の闘いを始めればいいかを知るためなのに、それがわかっている著作は意外と少ない。

だからそういうところで止まっているものが多いなかでは、少なくとも少女マンガの場合は、その傷をどう乗り越えるか、その傷とどうつきあっていくかというところに力点があるから、その分だけいいという気がします。

相: たとえば『吉祥天女』では、主人公にトラウマがあるというのも一つの理由だけれども、描かれかたがあまりにも魅力的なので「凄い奴だ」ってのがあるじゃないですか。あれは癒す癒されないとかいうのじゃなくて、強烈なキャラクターの提示というか、ホラーなんだけどホラーにガーッと行っているわけではなくて。

藤: ホラーですよ、やっぱりあれは(笑)。でも、だからこそ、なのかもしれないけれど、主人公がその傷にとらわれていない。乗り越えて、むしろそれを武器にして使いこなしている。だから気持ちいい。それは『BANANA FISH』のアッシュにも言えることですけど。

相: とはいえ不思議だったのは、あの主人公って、土台はホラーなんですけど、どこかしらかわいらしさを失っていないというか。ホラーならとにかく脅かし怖がらせばいいだろうと、たとえば『ミザリー』のように狂気に突っ走って怖いみたいなものではなくて、どこかしら立脚点を持っていて。

藤: コントロール効いてますからね、彼女。傷に捕らわれているわけじゃないから。それはアッシュも同じだけど。

相: 吉田秋生さんが描く作品はその点でバランスが取れていますよね。もうそういう癒しとかなんとかが主眼じゃないんだなというところで。

藤: 癒されることだけじゃ人間ダメだからねえ。先に進まないとね。

相: あの娘は戦っているんですよ。だから自分のトラウマもコントロールできてるし、自分自身もコントロールできているし、実際に周りの男、恨みを持っている人たちに立ち向かっていけると思うんですけど、たぶんそこが読んでいて気持ちよかったんですよ。魅力的だなと。

藤: 少女マンガだとそういう意味での戦いを描いた話は結構あるんじゃないかな。高屋奈月さんの『フルーツバスケット』だって、カワイイ話だけど中身は結構そういう話だものね。

相: 『こどものおもちゃ』もそうですよね。少女マンガって、ある種そういうところで抑制が利いているように感じます。

藤: ベタベタに甘えないようになってきてますね。泣いて自分をかわいそがってた時代はもう過ぎて、女の子は強くなった。

相: それは『私の居場所はどこにあるの?』にもありましたけど、家族の問題、人間関係というものを積み重ねてきたという伝統があったから……。

藤: そうでしょうね。女の子は昨日や今日「傷ついた」って言っているわけじゃないから。えんえん30年間、私は傷ついたって言ってきてるんだから。そうしたらいいかげん「だからどうする」っていうところに行くわよね。成長していかないと、やっぱり飽きるわよ。

は: こうしてみると、レイプ表現の変化も含めて、少女マンガは30年間でずいぶんと成長してきているんですね。なんだかずいぶんとスッキリしました。

それにしても性表現から始まってメイド萌えの解明(?)まで、幅広いお話が聞けてたいへんスリリングでした。今日の成果を受けて、少女マンガの成長においていかれないように、TINAMIXの少女マンガ入門もより強力に推進していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。◆

藤本由香里さんが自身の体験や心の支えにしていることばから語りおこした、若い女性のための生き方エッセイ「大人の選択」(講談社)が11月に刊行されます。また家族と時代を論じた「愛情評論――家族をめぐる物語」(文芸春秋)が来年1〜2月に刊行予定です。

PTSD
精神障害の診断統計マニュアルである「DSM-IV」にある診断名、"Post-traumatic Stress Disorder" の略称。戦争、家庭内暴力、性的虐待、産業事故、自然災害、犯罪、交通事故といった体験による外傷(トラウマ)が原因で、その後何年にもわたり再体験症状(フラッシュバックや悪夢)、過覚醒症状(不安、不眠)、回避症状(トラウマに関連した事物を忌避)などの症状に苦しめられる。日本では95年の阪神大震災、地下鉄サリン事件の後急速に注目された。
ジルベール、オーギュ
前掲『風と木の詩』に登場するキャラクター。小悪魔的な美少年ジルベールは叔父のオーギュにいたぶりつづけられるが、そこにあるのは愛情なのか支配関係なのか。寺山修司など、ジルベールの虜になった者は多い。
『吉祥天女』
吉田秋生著。単行本全4巻。主人公の小夜子は魔性の三白眼美少女。小さい頃に性的ないたずらを受けたことを仄めかす描写があるが、それがトラウマとなることなく、自分の手で未来を創る意志が強く示される。彼女の運命に関与しようとした男たちは、逆に未来を削っていく。
アッシュ
吉田秋生著『BANANA FISH』のメイン・キャラクター。『別冊少女コミック』1985年5月号〜1994年9月号に連載。全19巻。アッシュは少年の頃から大人達の慰みものになっていたが、その過去に囚われることなく、自分の手で自分の運命を切り拓く。
『ミザリー』
1990年。ロブ・ライナー監督。スティーヴン・キング原作小説の映画化。キング自身を思わせる人気作家が熱烈な女性ファンにより監禁され、危機的状況にまで追いつめられる心理ホラー。狂気の女性ファンを演じたキャシー・ベイツにはアカデミー主演女優賞が贈られている。
『フルーツバスケット』
高屋奈月著。『花とゆめ』1998年16号〜。2001年からアニメ化。白泉社による公式サイトを参照。
『こどものおもちゃ』
小花美穂著。『りぼん』1994年8月号〜1998年11月号。1996年にアニメ化。物語終盤、紗南が「人形病」という心の病気にかかる。カウンセラーが現れて紗南の病気の解説を始めるが、羽山は一言「くだらねー」と言い放つ。そして「それより今どーしたらいいのか教えてくれよ」と叫ぶ。過去のトラウマに囚われるのではなく、いまここを生きる強さと意志がある。その後セックス未遂があり、「コンドーム」も登場。
(c)小花美穂
page 5/5
==========
ホームに戻る
インデックスに戻る
*
前ページへ
EOD