青少年のための少女マンガ入門(15)岡崎京子■ 岡崎京子を巡ってなんだか最近、岡崎京子といわゆる「漫画」の間に距離ができてしまった気がする。 ご存知のとおり、岡崎京子は、1996年5月不慮の事故に遭い、その後今にいたるまでリハビリ期間にある。この5年間以上の間、新しい作品は発表されずメディアへの露出もない。 だが、その事実を指して、「距離が空いた」という訳ではない。新作こそ発表されないものの、多くの単行本がいまだに版を重ねている。特集を組む雑誌も多い。「SWITCH」誌 2000年1月号、そしてついこの間「文藝」(河出書房新社)2001年秋号で特集が組まれた。 多くの読者が岡崎京子の回復、そして復帰を願っている。もちろん、筆者もその一人だ。 だが、この不在期間中、少しずつ岡崎京子と「漫画」に距離ができてしまった。それは例えば、こういう言葉と出会ったとき、特に強く感じる。 それ(筆者註 岡崎京子の作品)に関しては、むしろ今こそ読むべきものであると感じます。おそらくそこには、これからぼくらが迎えることになるいろいろな出来事が、あらかじめ別のかたちで書き込まれているはずだから。 先に記した「文藝」誌中より、美術評論家、椹木野衣へのインタビューよりの抜粋である。椹木野衣は昨年、『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』(ちくま書房)という岡崎京子作品を題材とした評論集を出版した。いわば岡崎京子評論の第一人者である。 しかし、どうだろう? 「これからぼくらが迎えることになるいろいろな出来事が、あらかじめ別のかたちで書き込まれている」なんて、まるで予言みたいだ。いったい、いつから岡崎京子の作品は、予言の書なんかになってしまったのだろうか? もちろん、漫画なんてものは世に出た瞬間から読者のものである。どういう風に読まれようと、それは読者の勝手だ。しかし、それを前提として受け止めても、こういう予言の書扱いにはどうしても違和感を感じる。 予言の書ということは、「これを読んでおけば大丈夫」的な、実用書っぽい側面も含まれる。いわば、生き方マニュアルだ。この手の論調は、『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』にも散見しているように思える。 そういえば、私事で申し訳ないが、筆者が岡崎京子の作品と出会ったときも、似たような状況だったことを思い出した。10年以上前に、友人宅にあった『pink』(マガジンハウス)が筆者と岡崎京子漫画の出会い。友人は、大学の心理学の授業でテキストとしてこれを読んでいると言っていた。興味を覚えて、その場で読んでみたのだが、心理学云々が頭に残って、全然読んで楽しくなかった覚えがある。今では、大好きな作品なのだが。 ■『ヘルター・スケルター』ってこんな作品長々とした前振りで申し訳ない。とりあえず、岡崎京子作品を巡る過去現在の状況について書かせてもらった。そして、謝りついでにもう一つ。
今回紹介する『へルター・スケルター』は、いままで当連載中で紹介された諸作品と違い、現在気軽に読むことのできない漫画である。なにしろ、コミックスが発売されていない、されたこともないのだから。 もともと、『へルター・スケルター』は、「フィール★ヤング」誌(祥伝社)にて連載されていた作品である。1995年7月号より9月号に第一部、11月号より1996年4月号に第二部が掲載された。ちなみにこの作品と同時期に同誌で連載開始されたのが、先頃完結した90年代少女漫画最大の話題作、安野モヨ子の『ハッピー・マニア』である。 連載当時より内容のショッキングさもあって、『pink』、『リバーズ・エッジ』(宝島社)といった過去の名作と並ぶ評価を受けていた。しかし、前述した事故の影響もあって、現在にいたるまで単行本化されないでいる。岡崎京子は、単行本化にあたって加筆を施すことが常であったため、この作品も作者による加筆を待ったまま、いわばひとまず眠っている状態だ。 だが連載終了からもう5年以上たつが、いまだこの漫画を読みたいという人は後を絶たない。例えば、デビュー作『シンプルライフ・シンドローム』(幻冬舎)で脚光を浴びた小説家荒木スミシの待望の新作、『グッバイ・チョコレート・ヘヴン』(幻冬舎文庫)のあとがきには、こう書かれている。 ところが僕はひょんなことから、彼女(筆者註 岡崎京子)の描いた「最高傑作」があるという話を耳にしたのです。 そのタイトルは『ヘルター・スケルター』。 (中略) 僕はその物語を夢想し始めました。 そして、その夢想の結果、書かれたのが『グッバイ・チョコレート・ヘヴン』である。世の中に「レア漫画」は数あれど、そこまで影響力を及ぼす力がある作品は、きっと『ヘルター・スケルター』ぐらいのものだろう。 本来なら、『pink』や『リバーズ・エッジ』といった書店で入手しやすい定番作を紹介するのが筋だろう。でも、この漫画は、今現在の少女漫画界でもっとも影響力を持つ「幻の作品」である。なので、今回は特別にこの漫画を取り上げることにした次第である。以下、『pink』、『リバーズ・エッジ』の比較を交えてこの作品を紹介するので、まだ両作品を読んだことのない人は、まずそっちを読んでほしい。>>次頁 page 1/3
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