TINAMIX REVIEW
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青少年のための少女マンガ入門(10)森脇真末味

前回の紡木たくのはみだしコラムで、「わたしにだけ、わたしのため、という少女ならではの自己肥大、自己完結が少女マンガのキモ」などとひっじょーに無責任に言い放った気がしますが、反省もせずにふたたび暴言を吐きますと、少女の世界に「他者」はいません。ええ、いませんとも。

妙齢の女性と付きあっていて、「こいつなんでこんなに自意識カジョーなんだ」と驚いたり、「なんでこんなに自分のことしか考えてないんだ」とむっとしたりしたことはございませんか〜?また、こっちの傷をえぐるようなことはズバズバ遠慮会釈もなく言うくせに、その1/100でも言い返そうものなら、涙を浮かべて「ひ、ヒドイ……」と言われ、なんだかこっちがものごっつ大きなトラウマを相手に植え付けてしまったような多大な罪悪感と同時に、なんだか理不尽なものを感じてしまったりしたことはありませんか? ええ、ええ、あるでしょうとも。それは、彼女たちの世界に他者が存在しないからなのです。

■少女マンガにおける双子もの

ところで少女マンガでは、レイプ近親相姦ホモに続いて双子がよく出てきます。古いところでは手塚治虫大先生の『双子の騎士』、たった18ページの短編ながら現在でも名作の名をほしいままにしている萩尾望都の『半神』、アニメにもなった秋本奈美の『ミラクル☆ガールズ』、『BANANA FISH』で一世を風靡した吉田秋生が現在連載中の『YASHA』、曽根まさこの『わたしが死んだ夜』、吉野朔実の『Eccentrics』……思いついただけでもざっとこれだけ挙げることが出来ます。

対して少年、青年マンガにはあまり双子は出てこないようです。そりゃおっさんや男の双子なんて出てきてもムサいだけだもん。しかしなぜ少女マンガでだけ双子が大人気なのか、それは少女たちの、他者が存在しないという自閉した世界観と無縁ではないようです。

Blue Moon 5巻
『Blue Moon』5巻(全5巻)
(c)森脇真末味
小学館プチフラワーコミックス
1986〜1989年初版発行
定価 各480円

双子というのは、特に一卵性双生児というのは、非常に不思議な存在です。遺伝子的には自分と同じ人間であるのに他者なのです。また、人間は誰でもひとりで産まれてひとりで死んでいきますが、双子だけはいっしょに産まれてきます。もちろん死ぬ時は特別な場合を除いて別々ですが。いわば孤独な、自閉した世界の中ではじめて出会う他者自分と分化していく世界の物語を、少女たちは双子に見出しているのではないでしょうか。

自分と一体であった世界が切り離されて、はじめて彼女たちは世界に他者がいることに気がつきます。逆に言えば、他者と出会うためには自分と世界を切り離さなくてはならない。これは彼女たちの精神史にとって、非常に大きな、辛い事件なのです。ですからこの主題は少女マンガのなかで繰返し語られます。いくつかの作品は「双子もの」という設定を使って。

■Blue Moon, the only one my arms will ever hold

森脇真末味の『Blue Moon』は、英一、英二という双子の兄弟の確執と別れを通して、少年の成長を描いた傑作です。双子の兄弟、英一と英二は、精神を病んで入院している母親の入院費を稼ぐため職や居場所を転々としています。母親は自分の母性愛の欠如に対する罪悪感から、自分が産んだのは英二ひとりだと思い込んでいます。しかも、彼女にとって英二は英一なのです。

母親から存在を否定された英一と、自分の名前で呼ばれたことのない英二、2人には戸籍がありません。出生届を出さなかった父親に5歳の時に置き去りにされ、その後親戚をたらい回しにされます。悲惨な身の上ながら雑草のように逞しく生きていく2人ですが、両親に棄てられた彼らの心の傷はやがて表面化していきます。

図
『Blue Moon』より
(c)森脇真末味

作品中、父親の描いた「赤い舟−ただし一人乗り」という絵を見て、英二が「双子も別々の舟に乗っているのかな」と訊ねるシーンがあります。英一は「たぶんな」と答えつつ、「ボルトで繋がっている可能性はあるけどな」とフォローします。2人ともそんな可能性はないことを、沈む時はひとりだということを薄々感づいていながら。

少女マンガではしばしば、お互い憎みあう双子が登場します。双子はもうひとりの自分であると同時に、同じものを奪い合う競争者でもあるからです。英一と英二も母親の愛を奪い合う競争者でした。しかし両親から棄てられた2人は、同時にお互いが唯一の愛情の対象でもあったのです。その美しく、脆い絆が変化していく、2人の世界の崩壊が進行していくのが、痛々しく描かれていきます。

そして物語の終盤で英一は、精神的双子と呼ばれたヴィンセント・ヴァン・ゴッホとその弟テオの彫像の写真を二つに引き裂き、片方を英二の元に残して彼から去っていくのです。少女マンガ作品におけるもっとも切ない別離のシーンのひとつでありましょう。

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