TINAMIX REVIEW
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青少年のための少女マンガ入門(4)一条ゆかり

●誰が最初に少女マンガで強姦を描いたのか

図1:『彼…』(c)一条ゆかり

強姦の話からで、失礼。少女マンガ論の領域を開拓したことで高名な橋本治は、少女マンガにおけるレイプ描写の初出を、『りぼん』1975年1月号に掲載された、おおやちき『雪割草』としている*1。しかし、一条ゆかりのレイプ描写はそれに4年ほど先行している。しかも『雪割草』が未遂に終わったのに対し、一条ゆかりは完遂してしまうのである。強姦が描かれたのは、『りぼんコミック』1971年3月号に掲載された『彼…』という作品である。レイプ犯たちの形相が、一条ゆかり本人が描いたのかどうか疑わしいほど、恐ろしい[図1]。こんな凄まじい格好で迫ってくる男たちに犯られてしまっては、悔やんでも悔やみきれないだろう。そして少女はレイプの傷を忘れようと、なんと、学校の先生にも体を許してしまう。しかし、その軽率な行為の代償は非常に大きなものだった……。強姦魔3人の強烈なインパクトもさることながら、こんな強姦マンガが1971年に、しかも『りぼん』の姉妹誌に掲載されたことに驚きを禁じ得ない。いや、『りぼんコミック』とはそういう前衛的な雑誌だったのである。たとえば少女マンガ界初のレズビアンマンガ、山岸凉子『白い部屋の二人』はこの雑誌に掲載された。強姦を初めて描いたのは、おそらく、もりたじゅん『しあわせという名の女』だが、この作品は『彼…』に先行すること2ヶ月前、『りぼんコミック』1971年1月号に掲載されている*2

一条ゆかりは、後に『りぼん』本誌でも強姦を描いている。『りぼん』45年の歴史の中でも空前絶後の強姦描写が行われたのは、1973年『りぼん』11月号に掲載された『ラブ・ゲーム』という作品である*3。この『ラブ・ゲーム』でもヒロインの女教師が強姦されてしまうわけだが、半狂乱になったヒロインはレイプの傷を癒すために主人公の少年に心と体を預ける[図2]。
図2,図3:『ラブ・ゲーム』(c)一条ゆかり
ヒロインに覆い被さった少年のむきだしの尻が生々しい。単行本には再録されていないが、雑誌掲載時のカラーページには露骨な性交場面が描かれている[図3]。さすがに下半身は白くぼかしてあるが、こんなあからさまなセックスシーンが『りぼん』に載っていたことに驚愕しない人はいないだろう。しかも乳首がしっかり描いてある。同時代にハレンチで鳴らした弓月光や山本優子が乳首を描いていなかったことを考えると、一条ゆかりがいかに突出していたかが解ろう(あだち充など、2000年になっても乳首を描けない)。しかしさらに驚くべきことに、強姦はヒロインの心を破壊するために少年が仕組んだ罠だったのである。強姦されるヒロインの不幸を崖の上から見下ろす少年の不敵な笑みが恐ろしい。少年はヒロインの逃げ道を一つづつ潰し、確実に破滅へと導いていく。肉体の強姦という以上に、精神を蹂躙されていくヒロインの姿が悲痛だ。よくよく読んで吟味すれば、この少年は単なるマザコンで、ヒロインを独り善がりに逆恨みしているだけなのだが、読んでいる最中は高密度のパワーに圧倒されるばかりで、そんなことを考えるヒマもない。そして最後、全ての謀略を暴かれた少年は「あはは」と笑いながら自殺し、遺されたヒロインは発狂する。高密度のパワーから、有無を言わせぬ発狂……。これこそ初期一条ゆかりの真骨頂であり、我々は女王の問答無用のエネルギーの前にひれ伏しながら至福の瞬間を味わうだけである。

*1
橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』河出文庫、1984年<1979、p.150。

*2
集英社文庫『もりたじゅん名作集1 うみどり』1997に所収。ちなみに『うみどり』は少女マンガ界で初めて兄妹恋愛を扱った作品と思われる。(『しあわせという名の女』について指摘して下さったえいこさん、ありがとうございます)

*3
評論家の藤本由香里は少女マンガ界で初めてセックス描写をしたのは『ラブ・ゲーム』だと言っているが(藤本『私の居場所はどこにあるの』学陽書房、1998年、p.46)、本文で述べたように一条ゆかりは2年以上前の『彼…』でセックスも強姦も描いている。橋本治同様、藤本ほどのディープな少女マンガ読みがこの事実を見落としているのは不可解だが、それもこれも『ラブ・ゲーム』という作品のあまりの強烈さのせいだろう。

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