■癖になるバランス感覚
こうして暗く重いテーマを描き続けているのにもかかわらず、絶望を絶望として見せない才能が明智抄にはある。
|
図6:『砂漠に吹く風』より
(c)明智抄
|
具体的に例をあげると、『砂漠に吹く風』というこれもまたゴリゴリなSFの一場面。物語のキーパーソンである「シロッコ」が、「わたしは風、砂漠に吹く風」と決め台詞をはく最高にかっこいいはずの見せ場で、彼はかっぽう着を着ている。※図6
先に上げた『サンプル・キティ』の例をとっても、本格的なSFストーリーを背景にしながら、「ヤキソバ」や「みのもんた」などの妙な生活感が、読者をムリヤリ現実世界に引き戻す。
要するに、読みながら安心してSF世界に入り込めないのだ。
完璧な構成力、そしてストーリーの完成度が高いだけに、そのギャップに混乱させられる。
「お約束のSF」や「単純なギャグストーリー」を求める人には向かないかもしれない。しかし、その不安感がなんともいえず、例えるならばそれは膀胱炎の快感だ。
流れにまかせて油断していては裏切られる、いつまたその波がやってくるかもしれない、なにか気持ちの悪さが残るのだがやがてそれは言葉では現せない身体中をかけめぐる快楽となり、どうにも癖になってしまうのだ(膀胱炎経験者にしかわからない例えで申し訳ない)。
近年のSF作品のほかには、『野ばらの国』(ぶんか社)の表題作や『パンドラ』(朝日ソノラマ)第4話などのように単純にどうしようもなく泣かせる短編もある。
しかし明智抄はそのあとに必ず読者を脱力失笑させてしまうあとがき、もしくは楽屋オチマンガを持ってくるのだ。(『サンプル・キティ』4巻のラストで号泣した私は、同時収録の短編『UNVAVA』で途方に暮れた)。
「照れ」を越えて「自虐」ともいえるその客観性によって、絶望的テーマやシリアスな正統派SFをギリギリのバランスで明智テイストに変換する、その絶妙なバランス感覚こそが、明智抄の唯一無二の魅力なのだ。
そして、そんな明智抄の作品が普通に本屋で手に取れないという出版界の実状はどうかしている。
今すぐにでも『砂漠に吹く風』未収録部分を含め現在絶版の明智作品全て文庫化、いや、是非とも豪華本で出版すべきなのである!!というか、してください(懇願)。◆
文:呉繭子
◇明智抄先生の詳しい作品リストや最新情報を知りたい方は明智抄の部屋(管理人:永代屋さん)までアクセスしてね☆
【少女漫画にとって一番大切なことって?】
少女漫画で大切なのは、パンをくわえながら「遅刻、遅刻」と家を飛び出していくヒロインだ、といったのは「サルまん」の竹熊先生ですが(そんな少女漫画今時ねーよ、と思ってたら『カードキャプターさくら』でそんなシーンが出てきたので心底びっくりしました。うーむ、伝統は強し)、ま、それはともかく、実際のとこ少女漫画を少女漫画たらしめてる最重要要素ってなんだろう、と明智抄を読みながら考えるわけです。
明智抄先生の『明朗健全始末人』を初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。例えるならセックス・ピストルズを初めて知った時の「この下手さはバンドとしてアリなのか?」という衝撃に近い、「これは少女漫画としてアリなのか?」
出て来るキャラ出て来るキャラ全てどっか歪んでる(本文参照)、ま、精神が歪んでいたり頭が不自由なだけならまだいいのですが、顔が悪い男女が登場するのは少女漫画としていかがなものか、と思ったものです。そのイタイ登場人物たちが愛の力で更正することも救われる事もなく、人間の感情の負の部分、暗い歪んだ部分が誇張して描かれるのが明智作品。現実は少女漫画のように奇麗事ではすまない、とはよく言われますが、明智作を読んでいると、現実の方がよほど奇麗事ですむじゃん、と思わずツッコんでしまいます。
じゃあ明智作品は、蛭子能収や根元敬のよーな絵柄で「ガロ」に載るのがふさわしいのか?というと、実はちょっと違う。SF作品としても評価の高い『サンプル・キティ−郭公な私たち』において、これまた歪んだヒロイン、フェアリィが世界を自分の思うままに変えていった理由がエリーへの思いであったように、実は明智作品にも少女漫画的要素があるのです。それは普通の少女漫画が100、大島弓子が1000くらいだとしたら、明智抄は0コンマ1くらいわずかなのですが、やはりこれは確実に少女漫画だ、と読んでいて感じさせます。このまま「ガロ」へいったら浮くのは確実。
しかし、この「少女漫画的要素」とはなんでしょうね?星の入ったデカい目?キラキラした絵柄?それともやっぱ恋愛?しかし恋愛が出てこなくても少女漫画な作品もあるんだな、『動物のお医者さん』とか。
実はわたしにも少女漫画的要素がなにか、まだよくわかりません。でも少女漫画で一番大切なこと、核の部分というのはあるよーな気がする、なんとなく。そして、明智作品における少女漫画的要素は、この登場人物達の歪んだ自己完結ぶり、思い込みの激しさ、そしてその気の狂った世界観にあるのかも、とふと思ったりもするのです。(文:シボンちゃん)
|
>>この記事に対するご意見・ご感想をお寄せ下さい。
page 3/3
|