雛里の手を引きながら愛紗と共に茶屋に行こうと歩いているとふわりと茶の匂いがした。だが、ここら辺に茶屋はなかったはずだ。
「愛紗、ここら辺に茶屋ってあったか?」
「え、ああ。玄輝殿は最近こっちの方には警邏に出てないのですね」
「そういや……」
確かに、引継ぎの関係やら何やらでここらの警邏には出ていなかったような気がする。となると、その間にできたってことか。
「どうせならそこに行こうか。匂いはいいからハズレという事はなさそうだし」
「そ、その玄輝殿。それはやめておいた方がいいかと」
「うん?」
なんだ? 愛紗にしては妙に歯切れが悪いな。
「……わ、私はいきたい、です」
「ひ、雛里!?」
どうしたもんかと悩んでいると、雛里が一票を投じた。というか、愛紗は驚きすぎじゃないか? とは思いつつも話を聞いてみる。
「雛里は行ったことがないのか?」
「あ、あの、朱里ちゃんとご主人様と……」
ふむ、という事は俺が行ってもある程度は大丈夫そうだな。まぁ、服装はこの際いいだろう。俺が気にしなければいいだけだ。
「愛紗もそれでいいか?」
「え、ええと、その……」
「……さっきからどうしたんだ? 妙に歯切れが悪いというか」
「え!? い、いえ、そんなことは……」
ふむ……
「行きたくないのか?」
「そ、それは……」
「いやまぁ、無理強いをするつもりはないし、何だったら先に戻っていても」
「行きますっ!」
「即断!?」
さっきまでの歯切れの悪さはなんだったの?!
「あ、ああ、じゃあ行こうか。雛里、案内してくれるか?」
鼻を頼りに探してもいいが、言ったことがある人がいるなら案内してもらった方が確実だろう。
俺の頼みに彼女は小さく頷いてそれに答えてくれた。
「こっちです……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………………おぅ」
思わず、うめくような声が漏れてしまった。それもそうだろう。なぜなら……
「ほら、口を開けて」
「ああ、むぐ。うまいっ」
別のところからも、
「や~ん、シューカクさまってばぁ、ス・ケ・ベ」
「いいだろ? このあとさ……」
なるほど、愛紗が歯切れ悪くなるわけだ。
「……右を見ても左を見ても恋人だらけじゃないか」
要は、逢引する男女に大人気だったという事だ。正直、店を変えたい。
「その、雛里。いや、雛里さん。この店はやめませんか?」
「……玄輝さん、さっき行くって言いました」
「いや、そりゃそう言ったが」
「言いました」
あ、これだめだ。雪華が一歩も引かない時の声色と似てる。
「…………」
無言で視線を向けて愛紗に助けを求めようとするが、
「…………」
彼女も彼女で落ち着きがないよう見える。
(うん、余裕ねぇなありゃ)
もうこうなりゃ腹くくるしかねぇか。
生唾を一飲み。俺は戦場に飛び込む覚悟で店へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! 何名さ、って御使い様!? 関将軍?!」
「す、すまないが3名で」
「え、あ、は、はい!」
驚いた顔をした店員がテーブル席へ案内してくれる。店にいた数人は俺や愛紗を見て二度見したり恋人と小さな声で話したりしていた。
奥のテーブルに案内され、外套を掛けて座ることでようやく人心地を得た俺は息を一気に吐き出す。
「…………なんか、店に入るだけでやけに疲れた」
「あ、あの……」
しまっ! 気が抜けてついっ!
「あ、いや、すまんっ! 俺が慣れていなかっただけだ。気にしないでくれ」
慌てて謝ったものの、雛里はしゅんとしてしまう。で、愛紗に無言で睨まれる。
(うぐっ)
確かに今のはちょいと軽率だったかもしれん。俺はどうにか挽回するために菜単を取って雛里に話しかける。
「そ、そう言えば雛里は前に来た時は何を頼んだんだ?」
「え、えっと……」
彼女に菜単を見せながら前に北郷たちと来た時に頼んだものを教えてもらうと店員を呼んでそれを3人分注文する。
「そういや、雛里はどうして北郷たちとこの店に?」
「ひゅえ!? そ、それは、その……」
あわあわと慌てる様子を見せるが、すぐに帽子を目深にかぶって蚊の鳴くような声で答える。
「……し、視察のついでに、ご主人様に誘われて」
「あ~、なるほどな」
容易にその様子が想像できる。
「愛紗はどうなんだ? 来たことがあるのか?」
「はいっ!?」
こっちに振られると思っていなかったのか、珍しく肩が動くくらいに愛紗が驚いて慌てて咳一つで取り繕おうとする。
「そ、それはですね、その……」
しかし、結局しどろもどろな感じの話し方しかできないので取り繕えてないのは明らかだった。
「……その、警邏上がりに一度」
気恥ずかしそうに目を背けながら話す愛紗に心を揺り動かされながら話を続けようとそのことについて聞いてみる。
「またなんで警邏上がりに? 一人で入るのはその、勇気が要るだろ?」
「…………ちょうど、人が空いていた時だったのです。まさかあれよあれよとあんな状況になるとは思いもよりませんでした」
“不覚です”と目を伏せてその時の状況を思いだしながら溜息を吐く愛紗を見て、その状況がありありと想像できた俺は心の底から同情する。
「…………うん、なんだ。そんな時もあるよな」
「ううぅ……」
がくりと項垂れる愛紗に“あんまり気にするな”と一声かけたところで注文した品とお茶が届いた。
「ごゆっくり~」
店員が若干小走りで立ち去ったのを見てから目の前に出てきた品を見ると、なかなかに凝った見た目をしていた。
桃の形をした三食の饅頭、ハートの形に切られた梨や色々な形になっている杏仁豆腐など、若い女の子が好みそうなものになっている。
「おぉ、これはこれですごいな」
一つ一つに工夫とこだわりが込められているのを感じる。かなりの“熱”を持った料理人がいるのだろう。
「さて、じゃあおいしいうちに食べるか」
「そうですね」
「はい」
俺は小さく“いただきます”と呟いてから三色饅頭を頬張る。
「むっ」
これは、うまいっ! この橙色の饅頭、口に入れた一瞬は素朴な甘さだなと思ったが噛むたびに柔らかくてさわやかな香りが口に広がっていく。柑橘系の物が入っているのだろうか?
(こっちはなんだ?)
白色の饅頭を口に入れると今度は薄荷のさわやかさが広がる。だが、それはあくまでほんのりとしたもので、甘みと喧嘩せずに見事に調和している。
残りの一つはシンプルな桃色の饅頭。この中身は普通の甘い餡なのだが、かなり丹精に作られているのが素人の俺でも分かるくらい上品かつしっかりとした甘さだった。
(う~む、正直こんな恋人だらけでなければ通いたいくらいだな)
しかも、このお茶もうまい。独自に配合しているのだろうか、今まで飲んだことはないが程よい苦みと甘みが口の中を洗い流してくれる。香りも花のような匂いがふわりと鼻へと抜けていく。
二人の方を見やると、前に来ているからかうなずきながらもおいしそうに食べている。俺は何となしに声をかけてみる。
「そう言えば、この三人で店に行くってあんまりなかったよな」
「そういえばそうですね」
そう答えてくれた愛紗は一度、茶を飲んでから続ける。
「思えば、最初に見た時は“こんな可憐な少女が戦場に出て大丈夫なのだろうか”と心配したものですが」
愛紗は雛里へ視線を向けて当時の自分を恥じるような笑みを見せて、
「今の私がそこにいたならば“愚か者っ!”と一喝しているでしょうね」
「愛紗さん……」
それは間違いなく信頼の言葉。戦友として認めていなければ出てくるはずのないもの。
「……えへへ」
雛里はそれを分かってるこそ照れはしているが心底うれしそうな笑顔を見せてくれた。
「そういや最初、愛紗は雛里に怖がられてたよな」
「げ、玄輝殿! そ、そんなことは……」
「そこのところどうでしょうか、雛里先生?」
「あわっ!?」
話を振られた雛里はちらと愛紗を見てから申し訳なさそうに小さな声で“……はい”と答えるが、すぐさま言葉を続ける。
「で、でも、今は大丈夫ですよ。愛紗さんは優しい人だってわかってますから」
「うむぅ……。それでは怖いところはまだあると言われてるような気もするのだが……」
「いや、実際」
「何か?」
そういうところが怖いと思うのですが、という言葉は飲み込んで愛紗の湯飲みに目線を向けると量が少なくなっている。
「……何でもありません。お茶のお代わり頼みます?」
「ええ、そうしましょう」
「すみませ~ん」
店員に向けて声をかけるが、奥の席という事と店が忙しいのだろう。店員からの返事がない。
「仕方ない。店員呼んでくるから少し席を外すぞ」
「別にいなければ来た時でも……」
「いや、ついでに厠にでもと」
「そ、そうですか」
「じゃ、行ってくる」
そして俺は注文ついでに厠へ向かっていった。
はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。
作者の風猫です。
さて、一年の半分が過ぎ、尚且つ新元号になって早2か月。
皆さんはこの2か月どうでしたでしょうか?
作者は平成と何も変わらぬ日々を過ごしてます。
……まぁ、元号が変わろうが結局はいつもの日々が続くんだっていうことっすよね
と、夢の無いことはここまでにしておいて
実は作者的にはうれしいお知らせがここ最近短いスパンで来ているのです!
ルーンファクトリーの最新作が出るとか!
ミクさんのゲーム最新作が出るとか!
正直、最新作もう出ないのかなぁとぼんやりした思いがしていたのでめっちゃうれしかったです。(特にルーンファクトリー。もう100%出ないと思ってたので)
日々は変わらんけども、未来で何が起こるかわからないってのも変わらないってことですな。
あ、あと話数が間違っていたので修正いたしました。誠に申し訳ありませんorz
では、ここらへんでまた次回!
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白髪の鬼子と黒の御使いの、守るために戦い抜いたお話
オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。
大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。
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