No.99322

看板娘はさしおさえ いつの日も

てんさん

芳文社「看板娘はさしおさえ」の二次創作。
夏コミで配布した無料配布本と同様。単行本最終巻から6年後を想像して。

2009-10-06 17:25:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2632   閲覧ユーザー数:2455

「マネージャーさん、ここで良いわ」

 とあるお店の前で車を止めてもらう。

「またここですか。いくらお知り合いの家とはいえ、現役高校生モデルが質屋に出入りするのはイメージ的にちょっと……それに前回ゴシップ誌にも……」

「いいのいいの、ここも私の家みたいなものなんですから」

 文句を言いながらも、マネージャーは降りるのを止めようとはしない。まぁ、いつものことだしね。

 私は服の入った袋を抱えて車を降りる。

 目の前にあるお店の屋号は早潮質店。そして店の前には掃除をしている少女が一人。黄色のワンピースを着て、オレンジのエプロンをつけて、胸には赤地の名札が付いている。

 錯覚してしまう。ここだけが時間が止まってしまったのではないかと。でもそんなことはない。名札に書かれている名前は『さしおさとみ』だから。

「あ、五十鈴お姉ちゃん」

「こんにちは、沙十美ちゃん。沙十美ちゃんは、ほんとお姉ちゃんそっくりよね」

「小絵お姉ちゃんにですか?」

「そ、私が初めて会った時がちょうど今の沙十美ちゃんと同じ小学一年生でね。そっか、もうそんなに時間経つんだっけ」

 初めてここに来たのはお母さんの誕生日プレゼントに桜のデザインされたネックレスを見つけたからだったっけ。あれから六年か、そりゃあ私も高校生になるわけだわ。

 ちょうどその時、ガラッと音を立ててお店の扉が開く。

 出てきたのは顔見知りの一人の女性。

「あら、五十鈴ちゃん」

「あ、お母さん。お出かけですか?」

 ちなみにお母さんと言っても私のお母さんではない。小絵ちゃんや沙十美ちゃんのお母さんの桜子さんだ。ついでに言うと私のお母さんの名前はさくら。

「そ、一応会社勤めだからね。たまには顔見せないとダメなのよ」

「たまに……でいいんですか」

 前に瓜生さんに聞いたけど、いつも会社に居るって言ってたっけ。でも私がここに来る時はほとんど会うんだよなぁ。どれだけフットワークが軽いんだろう。

「んー、でも営業成績で文句言われた事ないわよ? それじゃあ、またね。五十鈴ちゃん」

 普通に歩いているはずなのに、周りの人より移動速度が桁違いに速い。それにお母さんの進行方向になぜだかちょうど一人分だけ通れるような空間が存在している。先読みしているのか、なんらかの超常現象なのか、この辺にお母さんの不思議を解明する秘密が隠れているのかもしれない。

 隣では「いってらっしゃい」と手を振る沙十美ちゃんがいる。この様子を不思議と思っていないのだからいつものことなのだろう。

「あのね、お母さんね、なんでも今は部長さん待遇なんだって」

 ニカッと笑いながら沙十美ちゃんが言う。

「あぁ……そう……」

 ほんと、どこで営業してるんだろう。相変わらず謎な人だ。今ではこの町だけでなく、近辺の町ですらバイトをしているという噂もあるし……。

 少し呆けてしまったが、とりあえず店の中へと移動する。考える事を止めたとも言う。

「あ、五十鈴ちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、小絵ちゃん」

 店の中には顔見知りの二人。小絵ちゃんと十世ちゃんが笑顔で迎えてくれた。

「これ、また服貰ってきたから十世ちゃんに」

「ありがとうございます」

 袋の中を覗いて目を輝かせているのが十世ちゃん。世間体的には小絵ちゃんの姉ということになっているけど、実は行李――今は名札だけど――を依代とした幽霊で、このお店の商売繁盛の守り神だったりする。一度事件があって、もう会えないんだと思って大泣きもしちゃったほどの私の友達。

 元々は死んだ時の十歳までの外見でしか居られなかったけど、偶然出会った十世ちゃんのお姉さんであるとみさんのおかげでお婆ちゃんの姿まで変わる事が出来るようになった。今は小絵ちゃんたちと一緒に日々少しずつ成長しているように外見を変えている。

 ちなみに文政八年の生まれで、巨大ロボット大好きという変わった子。まあ、幽霊って事自体でものすごく変わっているとは言えるけど。当時無かったフリフリとかヒラヒラの服が大好きで、私がモデルをした時に貰える服の引き取り先。まあ、私も高校生になったからかわいい系の服のモデルをする事自体は少なくなってるんだけど、そういう需要もあるそうでたまにだけど十世ちゃん好みの服を貰える事がある。需要については余り考えたくないけど。

「それにしても小絵ちゃんは中学生になったのに、相変わらず黄色のシンプルなスカート系しか着ないよねえ」

 小絵ちゃんは初めて出会った時と同じような黄色いロングのスカートと、同じく黄色の上着を着ている。表で会った沙十美ちゃんが成長したらこうなるだろうなという完成像。

「最近はそうでもないんですよ。わたくしに合わせて、フリフリの服とかもたまにですけど着てくれるんです」

 嬉しそうに告げる十世ちゃんとは逆に、小絵ちゃんはものすごく恥ずかしそうに耳を真っ赤にしている。

「へぇ……それじゃ今度は小絵ちゃんのサイズも貰ってこないとね。十世ちゃんみたいにサイズが自由になるものでもないし」

 十世ちゃんは特殊で、行李の中に名札と一緒に衣装を居れるとその衣装に着替えられる。サイズは関係なく着れるため、お母さんにいろいろといじられてたりもする。なので私のサイズの物でも着れるし、子供服だって着れる。それにしても、モデルをやっている私よりも胸の発育が良いのが気になる。

「そういえば、見たよ。風来デー」

 『風来デー』はマネージャーさんも注意されたゴシップ誌。

「ああ、見たんだ」

「こういうの、お母さんがどっからか見つけてくるんだよ」

 お母さん、フットワークだけでなく情報ネットワークもすごいからなぁ。教えてもない広告モデルをやったチラシとかしっかりと持ってきてたし。

「それにしてもすごいよね。見出しが『高校生トップモデルが質屋に! そこまで貧窮するには何があったのか?』だって」

「ただ遊びに来ているだけなのにねぇ。質屋に出入りするってだけでそういうイメージで見られちゃうんだなぁ」

 ちょっとげんなりする。

「普通は質入に来ると思われますからね。買い物も出来るんですけど」

「ああ、ごめんね、お客じゃなくって……」

 そういえば、この店には袋を持って入って、出ていく時にはその袋――服を十世ちゃんにあげてるからだけど――を持ってなかったら質入に来たと思われるよね。しかも友達と遊んだ後だから出る時は笑顔。これで誤解されないわけがない。そっか、そういうわけか……。

「それにしても、五十鈴ちゃんがモデルとしてこんなに成功するなんて思ってもなかったよ」

 風来デーの記事を読みながら小絵ちゃんが呟く。

「その言い方はちょっとトゲがある気がするなぁ」

「あっ、悪い意味じゃないんだよ? 身近にいるから想像しにくいというか……」

 ちょっと意地悪く言うと慌てて否定する。まあ、私もモデルとして有名になるなんて思ってなかったし、気にはならない。

「ほら、前に私のお父さんがここでデジタル一眼レフカメラ買ったでしょ? あれ以来、私の写真集にもっと力が入るようになっちゃって……それがいろんな人の目に止まったらしくってねぇ」

 画像ファイルのバックアップ用にハードディスクとかいうのを何台も買いこんできたかと思うと、撮影の回数は一層増えたんだっけ。写真の枚数が増えるという事は私の写真集の頁数や種類が増えるという事で、それはいろんな人の手に渡った。見る人が増えるという事はそれだけ知名度も増えるという事で……普通の営業よりも効果的だったらしい。

「それで今ではマネージャー付きのモデルさんか。すごいよね」

「これも十世ちゃんの商売繁盛のご利益なのかなぁと。スケジュール管理までされると気軽に遊びにも行けないんだけどね」

 小言も言われるしね。口には出さないが、つい心の中で思ってしまう。

「でもでも、繁盛するのは良い事ですよ!」

「ちょっとした愚痴だから。モデルをする事自体は好きだからいいんだけどね。もうちょっと休みが欲しいなぁって」

 商売繁盛の守り神である十世ちゃんには悪いけど、繁盛しすぎも困りものである。商売繁盛と言えば、早潮質店も結構繁盛しているようで固定客――まぁ、質店の固定客っていうのもどうかとは思うけど――もついているそうだ。

「あれ? 今日はお父さんは?」

 そういえば見当たらない。暖簾はかかっていたから営業中のはずなのだが、いつもお父さんが座っている場所には小絵ちゃんが座っている。

「今は出張買取中」

「それでお店は大丈夫なの?」

 今はお客さんは居ないけど、もし質草を持ち込まれたらどうするんだろう。

「小絵がやってるよ? 大抵の物は目利きできるし」

「今では小絵ちゃんの方がお店に出てる時間は長いかもですね」

 このままじゃお父さん、本当に要らない人になっちゃうんじゃ……。

「そういえば、五十鈴ちゃん目当てのお客さんも来るよ。五十鈴ちゃんが来た服はありませんかって」

「あ、そう……」

 なんかドッと疲れた。

「迷惑、かけてないかな? 私」

「そんなことないよ! ちゃんと質屋の説明をしてるし、そういう品は無いって答えてるしね。それに無料で全国誌にお店の写真が載ったんだもの、お徳だよね!」

 ほんと、小絵ちゃんは商売人だわ。

「あれ? 五十鈴お姉ちゃん、もう帰っちゃうんですか?」

 あれから何十分話しただろうか。気がついたら日が暮れそうになっていた。楽しい事をしていると時間の進みも早い。

「うん、用事も終わったしね」

 そういえば、あれからずっと外に居たのか、沙十美ちゃんは。もしかしてこの子も看板娘の意味を間違えているんじゃ……。かわいくなってつい頭を撫でてしまう。

「そうですか。また来て下さいね!」

「もちろん! 沙十美ちゃんも未来の看板娘目指して頑張ってね」

 十世ちゃん、小絵ちゃんの二枚看板から、沙十美ちゃんを含めた三枚看板になる日も近いんだろうな。

「それにはまず日給の価格交渉から始めないと! 小絵お姉ちゃんが日給五十円だった時とは時代が違うんです。日給五十五円を要望します!」

 これは絶対に小絵ちゃんの影響だわ……少なくとも小絵ちゃん、沙十美ちゃんがいる間はこのお店は大丈夫だと確信できる。

「おや、五十鈴ちゃん。今帰りかい?」

「あれ、おばあちゃん、どうしたんですか?」

 そこに現れたのは小絵ちゃんたちのお祖母さんであるさつきさん。

「あ、おばあちゃんだ!」

 沙十美ちゃんは純粋に喜んでいるけど、おばあちゃんがここに来る理由って一つしかないような。

「いやね、またお父さんが古民具を買ってきてね」

 やっぱり……。

 おばあちゃんがいう『お父さん』は小絵ちゃんや沙十美ちゃんのお祖父さんで、小絵ちゃんたちのお父さんの古民具の先生。質店をお父さんに引き継いで田舎に引越したんだけど、それでも古民具を買い込んできてしまうらしい。

「喧嘩、したんですね」

「まあ、そういうこと。そういうわけだからまたしばらくこっちに居ようかとね」

 それだけ言うとお店の中へと入っていく。中からは「おばあちゃん」とこれまた嬉しそうな声。

 その声を聞くと、つい私も微笑みを浮かべてしまう。

「どうしたんですか? 五十鈴お姉ちゃん」

「うん? なにが?」

「ものすごく嬉しそうです」

 そんなに表情に出ていたかな。でも仕方ないよなぁと自分に言い聞かせる。

「そう……?」

 ここはいつまでも変わらないな、そう思う。いや、私も成長しているし、沙十美ちゃんも増えたし、変わっていく事はいくらでもある。だけど雰囲気は変わらない。

「それじゃ、またね」

 そう。またね。きっと私はこの心地良い空間にまた来る。いつまでも、いつまでたっても。

 


 
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