No.990631 カッティング~Case of Shizuka~ 1st Cutらあゆとのさん 2019-04-20 13:52:32 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:346 閲覧ユーザー数:346 |
翌週。
僕とシズカはカラオケにいた。
度々メールをするようになった僕らは、再び平日に会う約束をした。
シズカがカラオケに行きたいというので、二人で平日の昼間から歌っているわけだ。
今はシズカが僕らの小学生時代のキッズアニメの主題歌を歌っている。
はやりの歌手の歌でも歌うと思っていたから意外だ。
歌われても僕にはさっぱりわからないだろうけど。
「カラオケに行きたいっていったのは私だけどあんまり最近の歌ってわからなくて」
シズカが少し照れた様子で僕にマイクを渡す。
「かまわないよ。というか、僕もそういうのはわからないし」
そう言って僕がマイクを受け取ると、数年前のCMソングのイントロが流れ出す。
「あ、この曲なら私も知ってる。一緒に歌おう」
もう一本のマイクをシズカが取り出す。
なんだかこうしていると、デートみたいだ。シズカはそんなこと思っていもないだろうけど。
でも、実際シズカってすごい美人だよな。恋人とかいるのかな?
その後もお互いに知っている曲の時は二人で歌いながら時間は過ぎていった。
あっという間に時間になり僕らは退出の準備をする。
「そういえば、二人っきりでカラオケなんてデートみたいだな」
僕は思わずドキリとする。
さっき歌いながら思ったことがばれたのかと焦ったが、読心術が使えるわけでもないだろうから僕の気にしすぎだろう。
なぜなら、シズカの口調は色っぽさなど皆無であっけらかんとしていたからだ。
表情も子供が冗談を言ったときのような笑みをたたえていた。
「はは、驚きすぎ」
シズカに笑われる。顔に出てしまったらしい。
「からかわないでくれ」
僕は気まずくなりシズカの方に顔をむせることなく返事をする。
「わかりやすすぎ。そこまで露骨に顔をそらさなくても」
また、からかわれた。
きっと、今僕の顔は赤いだろう。
だいたい、シズカみたいな美人にあんなことを言われて何も思わない男などいないだろう。
「そういうことを言ってると、いつか誰かに勘違いされるよ」
「ああ、気をつけるよ」
カラオケから出た僕らは二人して空を見上げることになる。
雨が降っていた。
僕が途方に暮れていると、シズカが折りたたみ傘を取り出す。
「私の家まで行こう。傘を貸すから」
相合い傘でシズカの家に向かう。
折りたたみ傘のため小さいから、肩がぶつかりそうになる。
僕はなるべくシズカの肩にぶつからないように間隔に気をつける。
傘からはみ出た肩が雨で濡れてしまうが仕方がない、顔や頭が濡れないだけでもとてもありがたい。
シズカが僕の肩に気がつき、僕の方へ体を寄せ傘を傾ける。
「いいよ、肩が少し濡れるだけだから」
そう言って僕はシズカから再び体を離す。
すると、シズカはさらに僕に近づき傘を僕の方へ傾ける。
「私は家が近いから大丈夫だよ。すぐに着替えればいいし、何なら風呂に入ってもいい。でも、ケイジがぬれたらどうするの? 女子の家で服が乾くまでパン一で過ごすの。私は構わないけど」
「傘に入れてもらうよ。ありがとう。でも、肩が濡れるだけならそのまま帰ればいいと思うんだけど」
「それだと風邪を引くかも」
シズカの気遣いがとてもうれしい。この気持ちだけで風邪なんて引くはずないと思えるほどに。
「そういえば、シズカの家ってどんなの。やっぱり大きいの?」
「今はマンションで一人暮らし。どう? 今から美人の一人暮らしの部屋に行くけど、緊張してきた?」
「ものすごくね。でも、傘を借りたらすぐに帰るから」
そんな他愛もない話をしていると、あっという間にシズカの住むマンションが見えてきた。 このあたりでは有名なタワーマンションだ。結構高いはずだけどやっぱりお金持ちは違うな。女子高生の一人暮らしにしてはものすごい贅沢だ。
僕はシズカの部屋の玄関で傘を借りる。
「今日は楽しかった。ちょっと冷えたから風呂に入るから。またな」
「風邪を引かないように気をつけて。またね」
僕はシズカから借りた傘を手にマンションを後にする。
雨の帰り道は少し肌寒かった。
シズカの気遣いがなかったら本当に風邪を引いていたかもしれない。
週末
僕は再びシズカの住むタワーマンションを訪れていた。
シズカに借りた傘を返すためだ。
傘を借りて帰った日は妹は当たり前として、父と母にまで驚かれ、その日の我が家の話題はそれ一色だった。
異性に傘を借りただけで驚きすぎだと僕は思う。
その傘を手に僕はシズカの部屋の玄関扉の前に立っている。
鍵の開く音がして扉が開く。
「よお。上がって。今日は休みだから人が多いしどこかに遊びに行くのはやめよう」
シズカにいわれて初めて休日に会っていることに気がついた。
今までは平日の昼間に会っていたから確かにどこもすいていたけど、きっと今日は混み合っているだろう。
シズカはいつも通りだけど、異性を家に入れることについて何も思っていないようだ。
何もなさ過ぎて男として少し傷つく。
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、シズカの後に続いて廊下を進みリビングに入る。
予想と違い質素というか簡素というか、装飾が少ない。
ソファーとテーブルとテレビがまず目に入る。というか、それしかない。
視線を巡らせると、キッチンとテーブルと椅子がある。それだけだ。
飾り気がない。お金持ちの家なら高そうな壺や置物、壁には絵画が飾っているものだと思っていたが、そういった物は何もない。
「そういえば、シズカの両親はどうしてるの?」
「父さんは会社を経営して―――」
「いや、今日は家にいないのかっていう話だよ」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、今は一人暮らしだけど」
「あ、忘れてた」
確かにシズカはあまり派手に着飾った格好をしない。シンプルかつ洗練された印象だ。家主の印象そのままの部屋だ。
でも、今重要なのはそこではない。一人暮らしなのに男を上げるなんて、無防備すぎないか女性として。
シズカはまさしく無防備にしゃがみ込みテレビ台からブルーレイのケースを取り出す。
「これ、観よう」
言いながらシズカがパッケージを見せる。
それは有名なSFアクション映画だ。
「いいよ、僕は何年か前にテレビで一回だけ観たことがあるけど、好きなのこの映画?」
「うん、何回観てもいいねこの映画。飲み物入れてくる。コーヒーでいい?」
「ありがとう。お願いするよ」
シズカがケースをテーブルに置き、キッチンへ向かう。
僕はソファーに座り――とても座り心地がいい――これから観る映画の内容を思い返そうとするのだが、数年前に一度観ただけだし、難解な台詞が多くて大雑把なあらすじしか覚えていない。
キッチンから漂ってくるコーヒーの香りが鼻を刺激する。
シズカがお盆にコーヒーカップを二つのせて持ってくる。
お盆をテーブルに置き、シズカが僕の隣に座る。
シズカは僕の左に座っている。
だから見えた、お盆を置くときにシズカの左手首にある傷が。
「はい、熱いから気をつけて」
シズカが僕の前にコーヒーカップを置いてくれる。
「ありがとう」
僕は気づかないふりをすることにした。
コーヒーカップを口に近づけ、ゆっくりと傾ける。
多分、普段通りにできたと思う。
シズカの左手首にある傷はおそらく自傷行為によるものだろう。
なぜそんなことをするのか、分からない。
きっと、僕には想像もつかない事情があるのだろう。でも、事情を知ったところで、その苦しみは本人にしか分からない。
なんと声をかければいいのか想像もつかない。
要するに、僕がシズカにしてあげられることは何もない。だったら気づかないふりをして今まで通りに接した方がよいだろう。
気がつくと、シズカが映画の再生を始めていた。
今は映画に集中しよう。
やはり、内容は難解だったが僕は夢中になって映画を見ていた。
あっという間に感じたのは、集中してみようと思ったからなのか、それだけ映画の内容が素晴らしかったのか。多分、両方だろう。
スタッフロールを見ながら僕の意識は現実へと向かう。
ここは映画館ではないし、過去に見たことのある映画だったにもかかわらず、僕ら二人は映画を見ている間、一言もしゃべらなかった。
シズカは何度もこの映画を見ていると言っていた。僕に気を遣ってしゃべらなかったのだろうか。
そんな考えが伝わったわけではないだろうが、シズカが声をかけてきた。
「なぁ、ケイジ」
「なに?」
「好きだ」
「は……」
僕の脳が思考を停止した。
反射的に――あるいは本能的に――シズカの方を向く。
シズカが僕をまっすぐに見つめていた。
その瞳はまさにシンプルかつ洗練されたシズカそのものを表すかのように、不要な物を視界に入れずただ僕だけを見つめていた。
不純物など一切ない、とても純粋な瞳だ。
「好きだ」
追撃というのに値する二度目の言葉に、僕はようやく思考をが回復を始める。
「私の恋人になってほしい」
前のめりに体を近づけ、ほとんど触れ合いそうな距離までシズカが迫ってくる。
僕が少しでも体を動かせばシズカの体に当たってしまいそうだ。
告白の言葉とともに触れそうで触れないギリギリの極限状態に置かれた、僕の衝撃と動揺から立ち直りかけた脳みそが、絞り出した選択はなんとも情けない物だった。
僕はシズカから顔をそらした。
テレビに視線を戻すと、まだ映画のエンドクレジットが続いていた。
異性と部屋で二人っきり、まさに最高のシチュエーションだというのに、告白されてビビって視線をそらすなんて。こんな僕にシズカは失望したのではないだろうか。
「返事は今すぐ出なくてもいい」
シズカの声に不安の色が混じる。
ここでこんな言葉を言われると余計に惨めだ。
返事なんて決まっているのに、僕は何を怯えているのだろう。
そうだ、ただ一言返事をするだけなんだ。
コーヒーカップに残りを一気に飲み干す。
「付き合おう」
思っていたよりもすんなりと返事ができた。
「ありがとう、うれしい」
安心したのか、シズカは言い終わるとゆっくりと深く呼吸をする。
手首の傷のことを聞くのは今しかない。
この勢いで言ってしまおう。
「恋人同士になったから聞くんだけど、僕に君の手首にある傷が、増える数を減らせるかな」
何を言っているんだ僕は。
これじゃあ、遠回しにリストカットをやめろって強要してるみたいじゃないか。
恐る恐るシズカの方を向く。
僕の予想に反してシズカは微笑んでいた。
「気がついてたんだ」
「さっき、コーヒーを渡されたときにね」
「いつかはバレると思っていたけど、知った上で付き合ってくれるなんて思ってなかったな」
シズカが僕に抱きついてきた。
いきなりで僕は思わず声を上げそうになる。
シズカの優しい抱擁に驚きはあっという間に消え、暖かな幸せを僕は感じる。
そっとシズカの背中に手を回し、優しく抱きしめた。
強く抱きしめたい衝動を抑え、ぐっと我慢する。
僕にはシズカが力を入れると壊れてしまうような――繊細なガラス細工のようでな――錯覚にとらわれ、力強く抱きしめるのがためらわれた。
シズカが僕の耳元でささやく。
「あんなにキザで優しいことを言われるとは思ってなかった」
「えっ」
「理由を聞かないでくれた。それなのに私の傷のとケイジは向き合おうとしてくれた。とってもうれしい」
僕らは互いにゆっくりと腕をほどき見つめ合う。
「すぐにやめることはできないと思う。でも、ケイジと一緒なら多分、私は大丈夫。何時かは止めることができると思う。ケイジが傍にいてくれるなら」
シズカは幸せそうに微笑み、彼女の唇を僕の唇に重ねる。
軽く触れ合う程度のキス。
ただそれだけで、僕の思考は幸福にかき消された。
Inter/cut
キスの後はひどい物だった。
お互いに気恥ずかしさからろくに会話もできず、気まずい雰囲気が続いた。
そんな状態から逃げるように、ケイジは帰ってしまった。
このまま二度と会わないほうがケイジのためかもしれない。
結局、私はケイジを利用しているだけなのだ。
どうせこのまま一緒にいてもケイジを傷つけることになるんだ。
自己嫌悪だ。最悪だ。悪いのは私で、間違いなく私の事情に巻き込んでしまう。分かった上で利用しようとしているのに、こんな感情を抱くなんて。
私が最低の人間の形をした化け物だと、私自身が一番理解している。だから、本当ならこんな感情を持つ資格さえないというのに。
悪いのは私だ。彼が私に希望を持ってきてしまった。
もう、私にはその希望にすがりつくしかない。
どれだけ後悔と自己嫌悪を感じようと、私にはもうその希望にすがりつくしかないんだ。
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半年以上お待たせしてすみません。
次も超絶亀更新の予定です。
さすがに、今回みたいに半年以上待たせることは無いと思います。
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