No.985295

九番目の熾天使・外伝 蒼の章 蒼崎篇 

Blazさん

『クロスwithシンフォギア』

というわけで久しぶりの更新。無理なくしていきます。

イメージソング「Bright Burning Shout」 (Fate/Extra Last Encoreより)

2019-02-25 19:50:04 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1042   閲覧ユーザー数:1015

 一小節 「序曲は静かに」

 

 

 

 蒼崎夜深は旅団本拠地「楽園」の廊下を歩いていた。

 特に用事というものもなく、かといってどこか行きたい場所でもあるかと言われるとそんな場所はない。ごく有り体に言うなら暇。しかして行きたい場所もなし。

 何より。今はあまり外に出たい気分ではない。

 

 「……ふぅ……なーんでこうなるんだろうなぁ」

 

 斯くにも、どこへ行くという宛てもない蒼崎はふらふらとした足取りで楽園内の廊下を歩き、上の空の顔で廊下の高すぎる天井を眺めていたが、決して他の人間とぶつかることはせず、まるで上を見ているが下の方も見えているかのように彼は誰ともぶつかることはしなかった。

 その蒼崎の表情は心ここにあらずという状態で天井という空をぼけっと眺めていたが、それ以上に目が向くのは彼の頬に盛大に描かれた張り手の痕だった。

 

 「あー……俺の妻たち……なーんで……」

 

 

 

 実は、今から数時間前。蒼崎の妻の約半数近く、つまり十五名ほどが蒼崎との離婚を申し出てきたのだ。

 突然のことで蒼崎も驚いていたが、理由はごく単純。

 蒼崎の妻の総数があまりにも多く、そしてその人数が今もなお増え続けていたからだ。おまけに蒼崎自身は滅多に妻たちと会うということができない、ということもあり妻たちの不信感は日に日に募っていた。そしてそこにダメ押しで増える妻と愛人たち。これを我慢しろと言われて我慢できる人間はそうそう居ない。

 結果、蒼崎に対し張り手以下複数の制裁をもって婚約を破棄。その後、私もとばかりに他の妻たちも一斉に離婚をしていたため、蒼崎の多重結婚の状態は始まった時のような片手で数えるほどの人数に減っていた。

 

 「そりゃさ、確かに俺も悪いよ? 最近会えないし、時間もなかったし。けどさ、だからってこう一斉にっていうのはないんじゃないかな。俺にもチャンスっていうのを……いや、おこがましいか」

 

 どの道、妻を作って放置していたという事実は変わらない。結婚という人生における大事なことをした以上はそれを全うするのが夫としての、結婚をした者としての義務だ。

 だが結果はどうか。女たちを放置し、新しい女を作り結ばれてしまった事実。それは帰ることはできないので、彼も否定はせずにあるがままを受け入れた。蒼崎は自分のしたことに対し後悔と懺悔の念を頭の中に漂わせながら、宛てもなく歩いていた。

 自分が乗ろうとしたエレベーターに二百式が現れるまでは。

 

 「ん。二百式」

 

 「む。蒼崎。ここで会えるとはな」

 

 エレベーターのカーゴが開かれると、中には先にエレベーターに乗り込む男が一人。しかも、挨拶の直後に丁度いいと呟くように言ったので、蒼崎はその言葉に嫌な予感を覚えそして眉を寄せた。

 

 「え、何。俺になんか用?」

 

 「私がではない。団長がお前を呼んでいる」

 

 「うげっ……団長直接かよ……」

 

 目の前に現れた隻眼の男、二百式の鋭い眼差しに若干の嫌悪感と気圧されてしまい蒼崎はあからさまな顔になった蒼崎は渋々とエレベーターに同乗した。

 本来なら外出したいところだが、どうやら二百式を通して団長から呼び出しがあるらしく団長の指示を拒否することのできない蒼崎は外での空しく消えてしまった自由行動を脳裏に、上へと動くカーゴの中に揺られていた。

 だが、団長の居る階までは遠く、そこに着くまでの沈黙に耐えられない、というより嫌でも作られる雰囲気に蒼崎は入ってしばらくしてもう我慢ができなくなり、二百式に団長の呼び出しの内容を尋ねた。

 

 「……で。呼び出しって何の?」

 

 「さてな。私は何も聞かされていない。ただ、緊急のようでお前とBlazが呼び出された」

 

 「は? 俺とBlaz……なんで?」

 

 「知らんと言ったハズだ。全く、貴様ら問題児二人、今度はなにをしでかした」

 

 「それこそ俺も知らん。少なくとも団長に迷惑はかけてないしな」

 

 少なくとも蒼崎はここ最近で団長、ひいては旅団に迷惑をかけるような行為をした覚えはない。あるとしても個人的なものだけで離婚のことしかないハズ。だというのに団長の呼び出しがかけられるということに蒼崎は納得がいかず、しかもBlazも呼び出しをかけられているというのでますますどういう訳かわからなくなってきた。

 二百式はまた何か二人がしでかしたのではないか、と考えているが少なくとも蒼崎自身には身に覚えは何一つない。

 果たして一体なんのために。そう思った時。ふと無意識と余裕さで頭が動いた蒼崎は何も考えずに二百式にあることを訊ねる。

 

 

 「―――あ。そういやさ、二百式」

 

 「なんだ」

 

 「……人が亡くなって六年目のことって、なんて言うんだっけ」

 

 「………。」

 

 突然の質問。それ以上に質問の内容に内心ではどういう意味か、なぜそれをと思い動揺した二百式だったが、その動揺があまり大きなものでなかったおかげで表面化することなく、落ち着いたまま蒼崎の質問に答えた。

 

 「……七回忌だ」

 

 「……ん。ありがと」

 

 素っ気なく、まるで心ここにあらずといった様子で二百式の答えに返事を返した蒼崎は、その直後に開いたエレベーターの扉の向こうへと消えていく。そしてただ一人、カーゴの中に残された二百式はなにを考えているのかという蒼崎の後ろ姿をただじっと眺めていることしかできず、そのどこか空しい後ろ姿をただじっと見つめることしかできなかった。

 聞けばいいのに、聞くことが許されないような、そんな気がして。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 蒼崎の様子が変なのは実は旅団の中でも比較的珍しいことだった。彼自身、本心をあまり表に出さないということが理由の一つだが、それ以上に彼だけでなくナンバーズたちは組織に迷惑をかけまいと一人無理をすることも多い。周りに頼れる人間が居なかった、少なかったということで身に着けてしまった悪癖は蒼崎も同じである。

 ただ、彼の場合は本心を読みにくい部類に入るので彼が何を思い、考えているのかは当人が本音を吐露しない限り分からないことだ。

 ……だが。

 

 「珍しいな。お前が上の空とは」

 

 「ッ……!」

 

 ふとクライシスの声に意識を引き戻した蒼崎は、同時に全身から冷や汗をかいて目の前にいるトレンチコートの男、団長の姿を見て肝を冷やす。彼の目の前で堂々と上の空で考え事をしていたのだ。比較的上下関係が緩い旅団であっても、大事な話をしていて聞かずに呆けているのは問題でしかない。蒼崎もそれに気づいて謝罪しようとしたが、クライシスは何も言わず、ただ片手を上げて彼を制した。

 

 「そういえば、そろそろ七回忌ではないか?」

 

 「…………知っていたのか、団長」

 

 「厳密に言うなら観測()ていた、だ。君と二百式の会話をな」

 

 「タチの悪いことを……」

 

 だが、同時にそれならば。と蒼崎は任務の話を横に置いて自分がここまで考えていることを話した。

 

 「―――ああ。あれからもう六年だ。もう、な」

 

 「未だに後悔しているのか。あの任務を」

 

 「当然だろ。俺がやった中でも、忘れられない任務の一つさ。別にあの任務でアンタを恨んではいない。それ以上に俺自身の失態に腹が立ってるんだ」

 

 「……そして後悔と懺悔か。君らしいと言えばらしいのかもしれんな」

 

 

 蒼崎夜深は誰よりも人に感情移入してしまい、情を持ってしまうことがある。それは普段、敵対する相手に対し情け容赦ない彼からすれば意外かもしれないが、彼もまた人の子であるため他人と共感し同情を持つことだってある。

 だが、彼の場合はその情を持ってしまうことで任務に支障をきたすことがあり、二百式からも度々指摘されていたことだった。

 しかし同時にクライシスはこれを肯定している。

 

 「人は情、つまり感情を持つことで相手とのコミュニケートを計れる。好きな相手、嫌いな相手、苦手な相手、得意な相手。情はその中でも相手との距離を掴むための重要なものの一つだ。

 情を持てる相手、持てない相手。たった一つ、それが違うだけで相手への接し方も変わる。

 私たちはカルト宗教でも過激なテロリストでもない。……いや、世間という大衆からすれば私たちはテロリストだ。それでも、私は少なくともテロリストが情をもってもいいと思っているがね」

 

 「……ま。その情のおかげで俺は拾われたようなもんだけどな」

 

 「そうだな。私も情無しの人間は否定しないが、肯定もしない。少なくとも誰かを思い、気遣う意思のある人間。そういった者たちをナンバーズとしているつもりだ」

 

 「けど。俺はその情を持ったせいで。気持ちを許してしまったせいで、俺は―――」

 

 脳裏に蘇る六年前の記憶に蒼崎は俯き、自分の髪の毛を掴み掻きむしろうとしているが、その力の強さでは髪を大量に抜いてしまうほどに自分の体を傷つけ、そしてむしり取ろうとしている。

 クライシスはそれを見てすぐにまた言葉を返した。

 

 「他人の死を苦しむことに何がいけない。生命の死は必然であっても、それを嘆き悲しむことや慈しむことは誰も否定できない。命という不確定でありながら確実に存在するものを、自分を自分と肯定できる唯一のものなのだからな」

 

 「そうさ。だから俺は後悔してるんだ。あの子を死なせてしまったことに……」

 

 「……やれやれ」

 

 このままでは蒼崎はまた沈んでいくだろうと、クライシスはその話からすぐに本来の目的である彼への任務について話し始める。

 

 「なら、今回の任務は丁度いいかもしれないな」

 

 「どういう意味だ……?」

 

 話が切り替わったことで蒼崎も意識がそっちに向き、俯いていた顔が持ちあげられてクライシスと目を合わせる。余韻は残っているが、それでも話の重要性と本来はそっちのために呼び出されたのだから、聞かなければいけないという蒼崎の意識は彼をネガティブの底から引き上げた。

 そしてクライシスは話を、任務の説明を続けた。

 

 「蒼崎。諜報員、ならびに調査班からの報告だ。蒼の世界で行方をくらませていたレリウス=クローバーの所在を確認した。彼は今、ある世界で何等かの実験を行おうとしている」

 

 「ッ…………!」

 

 そして蒼崎の目は暗く沈んでいたが、クライシスが口にした男の名前を聞くや、それは本当かと言わんばかりに目を大きく開き、鋭い瞳孔でクライシスに尋ねた。

 それは本当なのか、と。

 

 「アイツが……」

 

 「ああ。確かな情報だ。ココノエ博士との共同調査でつい数時間前に発見。現在もその世界に居続けているようだ。理由及び研究内容は不明。だが、少なくとも彼の本懐を果たすための実験であることは間違いないだろう」

 

 「あの男は自分の目的のためならなんでもする男だ。きっとまた何か……」

 

 「そういうことだろうな。よって、ここに旅団団長として正式に任務を与える。次元転移を行いレリウス=クローバーのいる世界へと転移。対象を確保せよ。もしこれが叶わない場合は殺害も許可する」

 

 レリウスの危険性を知っている二人にとって殺害が許可されていることは特に問題も疑問もない。話の内容としては至極当然のことで、それだけ彼が危険であるということの証拠でもある。

 特にレリウスは目的は判明していても行動が読めない時が多いためクライシスからしてもこの機を逃すと次また何時見つけられるか分からなかった。

 そして、彼のやること、その結果を知っているのでもはやただ拘束することや懐柔は不可能であることもまた理解していた。

 

 「元より。あの野郎がどれだけ危険で屑なやつかは嫌ってほど知ってるんでな。」

 

 「頼む。任務は先発が君一人だが、招集でき次第デルタと朱雀の二人を援軍として派遣する」

 

 「……デルタと朱雀?」

 

 唐突に名を上げられた二人に蒼崎は何故と疑問を隠せない。デルタは旅団でも最初期のメンバーの一人でクライシスと唯一対等に話せる相手。つまり旅団ナンバーズでもかなり地位は高い人物だが、ある理由から体は不自由で病魔に常におかされている。

 そしてもう一人の朱雀は逆に旅団には最近加入したいわば新参者の一人である。真面目な性格で色物でしかないナンバーズの中では比較的”浮いている”といっても過言ではない。

 だが、その二人がなぜ援軍として派遣されるのか。なぜ多く居るメンバーの中で彼ら二人が選ばれたのかが分からない蒼崎は首をかしげるしかなく、関連性を見つけることができなかった。

 

 「……あのさ。なんで二人?」

 

 「不満か?」

 

 「いやそう言うわけじゃないんだけど……まぁ、団長の指示なら従うけどさ。援軍についても了解するし。けど、なんで俺が選ばれた? 別に俺が偶々暇だったからってことで別に俺もあまり気にはしないけど、援軍二人については……なんでだろって」

 

 団長の選抜したメンバーについて変に気になってしまった蒼崎は思わず彼に尋ねてしまう。選ばれた二人の共通性がイマイチわからず、どうして彼ら二人が指名なのかが、蒼崎には気になって仕方がない。

 それがその場で残っている、またはすぐに援軍として送れる人物だからと言われれば彼も納得するがクライシスの返答ははぐらかしたものだった。

 

 「それは……いずれわかる」

 

 「なんだそら……」

 

 「少なくとも、私は無作為に選んだつもりはない。理由あって彼ら二人を派遣することにした」

 

 クライシスのその言葉に少なくとも理由があることを知った蒼崎は、それ以上聞くことはせずに小さく息を吐くと

 

 「……わかった」

 

 短く了解を言い終えると、何も訊くこうとはせずに首を縦にふった。

 

 「相手が相手だ。一人で対処できない時は迷わずこちらに救援を要請しろ。前倒しで二人か、それ以外の誰かを派遣する」

 

 「……Blazは呼ばないのか?」

 

 「彼は別だ。今、レイチェル嬢のところに居る」

 

 どうやら彼らが居ない、来てない理由はレイチェルの城に呼ばれているからで間違いはないと、二人だけの部屋の静けさに納得した蒼崎だが、だからと言って全てを納得したわけではない。何故彼が団長を経由してレイチェルの城に呼ばれたのか、そして彼が呼ばれた理由。それを聞きたい蒼崎は食って掛かるが、それよりも先にクライシスが釘をさす。

 

 「詮索は今はなしだ。どの道、彼と君との任務は似ているものだからな」

 

 「……似ている、か。つまり俺とBlazは同じ場所に行くってわけでいいんだよな?」

 

 「そう言うことになるな」

 

 だが、任務(依頼)を受けるのは異なった相手から。蒼崎はクライシスから、Blazはレイチェルからという奇妙なやり方。内容は恐らくクライシスの話から同じか近しいものであるということは確実だが、二人はあえて回りくどい方法を取っている。

 その理由は。なぜそうしたのか。何の必要があるのか。

 それを聞くことも、今の彼にはできなかった。

 

 「……なるほど。ま、これ以上の詮索はやめにする。時間もないしな」

 

 「助かる。いずれにしてもレリウスの行動は我々にとっても無碍にできることではない。加えて、今はその唯一の関係者である竜神丸が、また(・・)アマテラスの中にいるらしいからな」

 

 「……もう団長の力で強引にでも引っ張ってきたら?」

 

 「それが出来れば苦労はせん。なんせ、アイツはアイツで面倒なことをしているからな」

 

 クライシスも竜神丸の最近の行動には手を焼いているのか、珍しく匙を投げるような言い方で無理だと遠まわしに答えた。彼がここまでの言い方をするのは滅多になく、それだけ竜神丸のやり方や振る舞いに手を焼いているのだろうと、蒼崎は次元の違う彼ら二人の関係に自分なりの考えを立てていた。

 事実、この事象での竜神丸は別の意味では他の事象の彼よりも強いらしく、クライシスも慎重にならざるえないという場合が時にあるらしい。実際、蒼崎が覚えている中で竜神丸と最近顔を合わせたのは指折り数える程度。しかも会話という会話もほとんどしていない。

 彼が一体何を考え、何をしようとしているのか。今や彼という存在自体が蒼崎も分からなくなっていた。

 

 「だが、私たちを裏切るつもりではないらしい。その時は……頼むよ」

 

 「俺が!?」

 

 「竜神丸の事象干渉を無効化できる人間はいない。あとは死んでも生き返るお前ぐらいだからな」

 

 「いやだからって俺の扱い酷くない!?」

 

 完全に捨て駒か特攻隊扱いされていることに対し猛烈に突っ込む蒼崎の顔はそれを本気で言っているのかと絶望の色を見せていた。正直、かつての竜神丸をとめることは刺し違えるなら可能であったかもしれないが、今の彼をとめるというのは蒼崎でも無理と言いだしてしまうほど。つまり、進んで戦いますと言えるような相手ではないのだ。

 

 「ま。それは冗談としてだ。改めて、私から任務だ、受けてくれるな?」

 

 (冗談じゃねぇだろ絶対……)

 

 竜神丸についての話が絶対に冗談ではないと思った蒼崎は引きつった顔でクライシスの任務を改めて受けることを告げる。

 どの道、レリウスという竜神丸と大して変わらない相手と戦うことになるのだ。その予行演習ではないがそれだけの危険人物と戦うだけの度胸を付けるにはもってこいの相手だろう。

 

 「取りあえず。俺はレリウスを探しに行くが……情報は?」

 

 「現地に調査員を待機させている。とは言ってもレリウスの詳細な所在は不明。転移は可能だが、現地についたら後は君の目と足でどうにかして探すしかない」

 

 「つまりほぼ情報は無し……か。まぁいいさ。いつものことだろ?」

 

 「……そうだな」

 

 斯くにも改めて団長からの任務を受けることとした蒼崎は部屋から出ようと、扉へと向かう。だが、急に何かを思い出したかのようにクライシスが背中を向けた蒼崎に対しあることを訊ねる。

 

 「……そういえば、蒼崎。君はこんなワードに聞き覚えはあるか?」

 

 「ワード?」

 

 「そうだ、調査員が手にした情報の中にあった何かを指す言葉。

 

 

 名は―――――『シンフォギア』だ」

 

 

 扉に手をかけようとした瞬間。背中から聞こえて来た言葉に蒼崎の足は止まり、彼の手は扉に触れることなくそのまま硬直してしまう。

 そして、その次に出てきたのは

 

 「―――本当、か?」

 

 「……ああ」

 

 まるで心臓でも掴まれたかのように掠れた声を出して訊いて来る蒼崎の背中だった。明らかに汗をにじませている、そんな様子が想像できる声色で明らかに何かしら知っているという声だったが

 

 

「―――わかった」

 

 ただ一言。そう言うと、蒼崎はそれ以上何も言わずに部屋を後にした。

 一人、部屋の中で椅子に座りながら彼の出ていく姿を見ていたクライシスは扉が閉まると

 

 「お前の目的は……神を作る気なのか?」

 

 と、彼もまたそうポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「嫌だなぁ、まるで私が世界の破壊者みたいじゃないですかー」

 

 「少なくとも今の貴方はそんなことしでかすかもしれないって事だから、黙りなさい竜神丸」

 

 蒼の世界。

 その中で深淵ともいえる世界、蒼の果てに繋がる境界に立つ二人の人物がいた。

 一人は白衣を纏い作り笑いと愉悦の笑みを浮かべる青年。もう一人は彼よりも幼く、金髪の髪を黒いリボンでツインテールにし、黒のゴスロリ服を着た少女で、二人はまるでどこかからクライシスたちの話を聞いていたと言わんばかりに話を切り出した。イキナリ話されては誰もが驚くところだろうが、少女はそれにさして驚く様子もなく返す。

 この二人こそ、話題に出て来た竜神丸とレイチェル=アルカードその人である。

 

 「それは言いがかりです。私はただ、知りたいことがあるから知りたいだけ。見たいものがあるから見たいだけ。それだけなのですから」

 

 「今のところは、でしょ。貴方がその気になれば世界は無かったことにできるのよ」

 

 「それこそ、その気はありません。第一そんなことに割くリソースがこの世界にはありますか?」

 

 と、まるで自分に言われたことは全て言いがかりであると言いたげだが、竜神丸も腹の底が読めない人物であるため正論を言ってもイマイチ説得力に欠けてしまう。事実、彼の目の前で紅茶を楽しむレイチェルも、正面にいる竜神丸対しては不機嫌な顔をして睨んでいる。

 敵対心ではないが、それは本当か、という疑いと今までそう言って自分を出し抜いてきたという不信感が現れていた。

 

 「アマテラスがその役割を終えたとはいえ、機能は確かに生きています。ですが、あの時のような最盛期ではないので、そこまでの力とリソースはないですからね。ま、今までのことを考えれば団長に機能を封印されるのも当然のこと」

 

 「の割には、あの時は名残惜しそうだったけど?」

 

「当然でしょ。世界を観測する巨大システム。それを解析も使用もできずに封印されるのですから。……それこそ貴方がいう悪そのものなんでしょうけどね。

ま、私としてはあらゆる事象、世界の観測ができるのであればそれで十分」

 

 そう言って、また手元で何かを操作する竜神丸は本当に名残惜しくない様子で作業を始めるが、彼が現在操作しているのはアマテラスの機能である世界の観測。本来は蒼の世界だけしか観測はできなかったが、世界にも「眼」が出来たことから一部ではあるが世界の観測ができるようになったのだ。それを使用し、新しく見つけた世界を観測するというのが最近の彼の楽しみでもある。

 

「まるで魔王が世界の覗き見をしているようね」

 

「その魔王みたいなことを貴方もしていたでしょ、レイチェル嬢」

 

「あなたほど無粋ではないとは思っているわ。少なくとも、ミッドチルダを常に観測している貴方よりは」

 

「警戒と監視を兼ねてるんですから仕方ないことです。それに、この観測も意外と面白いものですよ。他人の過去を覗き見るようで後味は悪いですけど」

 

「へぇ、貴方に他人への感傷があるなんて思いもしなかったわ」

 

 何もない空間で二人の罵倒ともいえる言葉の戦いが繰り広げられるが、そんな雰囲気を微塵も出さずに二人はそれぞれのやりたいことをしていた。竜神丸は世界を観測し、レイチェルはその様子を見ながら紅茶を楽しんでいる。

 あまりにも奇妙なこの状況は傍からすればどうすればいいのかと思えてしまう状況だが、これにはれっきとした意味があった。

 

「……ところでレイチェル嬢。一つ聞いても?」

 

「あら。何かしら」

 

「完全ってなんでしょうね?」

 

「…………。」

 

 唐突に質問をしてきた竜神丸の言葉にレイチェルは睨んでいた目をゆっくりと元のゆったりとしたものへと戻すと、竜神丸の質問に対しその意図を訊ね返す。

 

「貴方が聞きたいのは存在として? それとも概念として?」

 

「……そうですね。今回は(・・・)前者と言っておきましょうか」

 

 まるで後者も聞きたいような言い方で答える竜神丸に対し、レイチェルは答えることはしないがその質問に対し質問で返し、目の前で彼が観測している世界に対してその質問が当てはまるものではないかと聞く。

 

「貴方が今、観測ている世界はその完全を作り出す世界だとでも?」

 

「そんなところですかね。なんせ、ここまでの無限の可能性と言われるようなでたらめさはそうは見ませんから」

 

「そう。けど、無限の可能性という言葉自体、平行世界、可能性世界においては語弊なのだけれど、その事を踏まえてのデタラメさなのかしら」

 

「ええ。そこについて嘘は言いません。確かに可能性とは無限のもの。「こうあるかもしれない」と想像した時点でその可能性は創造されてしまう。それだけに危うくも魅力的なもの。故に私たちは可能性というものに頼り、そして可能性を礎として世界を作り上げた。

けどこの世界はその可能性を手あたり次第に立証し具現化していくというもの。本来ならあり得ない速度で世界が分裂、増殖してる世界です」

 

 

 本来、平行世界の成立と誕生は一定の感覚で行われる。それは際限なく増え続ける可能性によって世界の無作為な成立を制御するためで、この世界だけでなくその根本を司る装置が無為な増加を抑えるためにエネルギーの循環を一定にしているのだ。

 世界の根本。蒼などといった類のものは無限のようなエネルギーを有しているが、エネルギーの使用効率や一度に使用する量は決まっているハズ。無造作に使用できるなど、それは制御とは言わずただ垂れ流しているだけ。

 つまり蛇口で水の排出を一定にするように、世界を作り、制御するエネルギーも一定を保たなければいけない。無論、ある程度は上限を上回っても問題はないかもしれないが、今回のように無造作に増えるのはその上限を大きく上回ってしまう。

 

 

「このまま世界が増え続けるのは面白い反面、色々と不都合が増えます。可能性として不成立な不良品、失敗作の出現と増加。そして可能性の力の低下。下手をすれば可能性という概念が機能しなくなってしまう」

 

「……アマテラスや蒼、抑止力が黙っていることとは思えないわね」

 

「私もそう思います。ですが、現に世界はこれを放置。抑止力は介入の糸口を探しているようですよ」

 

竜神丸のセリフに再びレイチェルの視線が動く。

 

「抑止力を物理的に防いでいる……この世界、いいえ全ての事象を司るものたちが有する装置のハズ。それが動きを封じられるなんて……」

 

「あり得るとすれば……ふむ」

 

 訝しむ竜神丸は口元を抑えて考え込み、目の前の操作から一時的に手を離す。どうやら考えるだけで相当集中しているようで、彼の小声が微かだが漏れていた。

 一方で話の内容から考えるレイチェルも平然を装っているが、脳裏では今回の出来事について考えていたらしく何があったわけではないというのに笑みを作った。それは機嫌のよい時にする、何か興味を持った物に対して作るサディストの笑みだった。

 

「……なるほど。全てはそこに繋がるというわけですか……」

 

「……貴方が何を考えているのか、何を想像しているかおおよそ予想がつかめたわ。全く、長く貴方と付き合っていると変に貴方の考えが読めてしまって気持ちが悪いわ」

 

「それは残念ですね。意思疎通ができて以心伝心できるのはいいことではないですか」

 

「貴方の場合は以心伝心ではないのではなくて?」

 

「まぁ、なんにせよそれだけ私の考えが読めている、というのなら話は早いですよ。

今回の任務、是が非でも成功させなければなりません。

 

―――特に、蒼崎さん。どうやら今回の任務は貴方がカギを握っているようですから」

 

 竜神丸もまた、この場にはいない、今まさに次元転移を行った蒼崎に対して言うと霧散するかのように突如としてその姿を消し去った。

 

 

 

「さて。果たして結末はいかに……物語の始まりというのは、胸を躍らせてくれますね」

 

 

 

 

次回予告

 

Blaz「やー久しぶりの熾天使だなオイ」

 

ミィナ「今までラジオしてたから体訛ってるよ」

 

アルト「お前ら大丈夫か? 特にミィナ、お前最近贅肉ついてき―――」

 

ミィナ「ぎゃああああああああああああああ!?!?」

 

 

Blaz「次回。第二話「雨の日」。 オイ蒼崎。初っ端から前途多難だなお前」

 

ディア「あれ、もしかして今回休み!?」

 

Blaz「安心しろ。お前の出番は番外編だ」

 

ディア「えっ」

 


 
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