No.981162

夜摩天との絆語り -湯-

oltainさん

夜摩天さんと一緒に……。

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夜摩天との絆語り:http://www.tinami.com/view/933331

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2019-01-20 23:40:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:918   閲覧ユーザー数:917

「ふーっ……」

一人では広すぎる浴槽に全身を放り出し、熱い湯船に身を沈める。

式姫達が入浴を済ませた後に、主が湯を頂くのがウチの決まりだ。

「ふわああぁぁ」

大きな欠伸と共に、疲れが癒されていく。

あーやばい。このまま眠ってしまいそう……。

もうすっかり夜も遅い時間帯。騒がしい式姫達の喧騒から解放された俺は、至福の一時を過ごしていた。

――唐突に、入り口の戸が開かれるまでは。

 

ガラガラ……

 

「!?」

まどろんでいた意識が一瞬にして引き戻され、反射的に振り向いた。

気が緩んでいても、本能が危険を察知して自動的に反応する。長年の戦闘経験から得た賜物だ。

遠征中とは違い、妖に襲われる危険性はないのだが……誰であれ、入ってくる者が女性である事に間違いない。

当然、だだっ広い浴槽に身を隠せる場所など存在しない。闖入者が俺の姿を認め、浴場内に悲鳴が響き渡るのも時間の問題。

その後、どうなるかは……想像したくもなかった。

「…………」

口を半開きにしたまま、式姫の様子を伺う。

手拭いを片手に、どことなくふらついた足取りでこちらへ向かってくる少女。いや、女性か。

見た目はごく普通の人間。羽根やもふもふ等の要素はこちらからは確認できず。

胸は……そこそこ大きめ、といったところか。こちらに気付いていないので、色々と大事な箇所が丸見えだ。

一秒にも満たぬ刹那の間に、眼球から得た情報を脳裏に刻み込む。

記録完了、さぁ次は悲鳴に備える覚悟だ。指令を下された全身が硬直する。が――。

「…………?」

戸が開かれてからおおよそ三、四秒は経過しただろうか。

幸か不幸か、どうも向こうはこちらに気付いていないようである。

硬直の解除を一時許可。より正確な状況を把握する為、即座に情報を収集せよとの指令が眼球に下される。

どれどれ……焦点の合ってない瞳。風呂に入る前からやや紅潮している頬。眠そうに半分閉じている瞳。

頭の上で束ねてある髪の色は茶色。

全身のスキャン完了、妖艶や色っぽさはあまり感じないがスタイルとしては申し分ない。

摂取した情報を元手に、式姫の照合が開始される。――何?該当者なし?

おい該当者なしってどういう事だよこのポンコツ。お前の頭蓋はお飾りか?

いや本当に合わないんだってエラーでもなんでもない、さらなる情報の精査が必要なんだ。

馬鹿か、ウチの風呂によその式姫が入ってくるわけないだろうが。さっさと判別せんか!

だからそれが出来ねぇっつってんだろ!おい口、ちょっと名前聞いてこい名前!

こんな状況で悠長な事が出来るか!そんな事したら確実に気付かれるわ!

頭の中で脳司令とその他諸々の機関――もとい、器官達による喧嘩が繰り広げられていたが

その間に例の正体不明の式姫はいつの間にか俺と同じ浴槽に浸っていた。

……くっ、確かに視覚からの情報ではこれ以上の判別は不可能だ。

しかし、全く知らないというワケでもない。脳ですら気付かない無意識の領域に、答えが潜んでいる。

頭の中では自分でも止める事のできない罵詈雑言が飛び交い、思わず頭を抱えたい衝動に駆られた。

いくらなんでもこの距離で俺が見えていないハズがない。

極端に目の悪い近眼の式姫なんていたっけか……?

近眼……近視……眼鏡……待てよ待てよ待てよ待てよ、眼鏡……茶髪……あ!

 

無意識から拾い上げられた一枚の紙に描かれていたのは、あろうことか地獄の裁判長。

 

頭の中の喧騒が、一瞬にして止んだ。

呼吸が止まる。思考が止まる。頭の奥がすうっと白くなる。

「夜摩、天……」

口が勝手に式姫の名を呟いた。

その一言で、ようやく気付いたらしい夜摩天がこちらを振り向く。

「…………」

「…………」

丸々二秒程見つめ合った後、夜摩天の目がじわじわと開かれていく。

まるで目の前にいるのが信じられないという風に。

「…………えーっと、オガミさん」

「……はい、どうもこんばんは」

「あ、はい、どうも」

頭を下げると、夜摩天もつられて会釈を返す。

「そうじゃなくて……えーっと、その…………」

夜摩天の顔がみるみる赤く染まり、気まずそうに俯いた。

いや止めて下さいよそんな反応されたらこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか……。

キュッと目を瞑り、うううーと唸る夜摩天。不謹慎なのは承知だが、見ていて可愛い。

おっと、いかんいかん。見とれている場合じゃなかった。さぁどうするよ俺。

どちらに非があるかといえば、それは勿論後から勝手に入って来た夜摩天の方である。

いちいち裁判を開くまでもない、黒は彼女の方だ。今はどちらかというと赤になっているが。

かといって彼女を咎めるのも、今すぐ出ていけと命じるのも、主として大人げない。

たまには器の大きい所を見せてやらないと。

間違っても夜摩天の裸を眺めていたい等という不埒な下心など一切ないので誤解なきよう。

いやしかし普段着からは想像できない中々の……コホン。今のは諸君の空耳だ、気にしないでくれたまえ。

 

「…………」

「…………」

気まずい。非常に気まずい。

お互いに視線を合わせる事ができないまま、のろのろと時間だけが過ぎてゆく。

当初は至福に始まり幸福に終わる予定だった入浴は、今では並の言葉では形容できない程に重すぎる雰囲気と化していた。

己の罪にもだえ苦しむ彼女に対し、何かしら声をかけてやるべきなのだろうがそんな上手い台詞などすぐには浮かんでこない。

チラリと夜摩天の方を見ると、風呂上りに死刑でも宣告される罪人のようだった。

何事も手際よくテキパキとこなし(ただし料理は除く)戦闘においては勇ましく断罪の斧を振るう夜摩天。

少々説教臭いところもあるが、それも俺を想ってのこと。叱るだけでなく、励ましてくれる事もある。

なんだかんだで頼りない主を支えてくれる、頼もしい式姫の一人。

その彼女が、今ではただの可愛いらしい生娘に見えてしまう。

そういえば、眼鏡を取った所を見たのは初めてだった。

もしかして、眼鏡をかけている時だけ裁判長モードになるのだろうか……。

焦点の合っていなかった視線も、ややふらついた足取りも、恐らく酒によるものだろう。

……待てよ、確か飲酒後の入浴は危険ではなかったか?

ううむ、だとするとやはりここは多少強引にでも追い出すべき、か……。

しかしどう言えばいいのだ。飲酒後の入浴は危ないんで出て行って下さい?

いや出ていけってそれはちょっとないでしょ。飲酒後の……えーっと……。

というか、夜摩天ともあろう者がそんな事も知らないとは思えない。

じゃあお酒は飲んでいないのかな。あれ、どっちなんだ?

酒を呑んでいたにしろいないにしろ、この状況が……ずっと続くのは……マズ、い……。

 

…………。

…………。

…………。

…………。

「あら、気が付きましたか」

朧げな視界がだんだん開けてくる。

見覚えのある天井、心配そうに覗き込む夜摩天の顔。今度はちゃんと眼鏡をかけている。

「夜摩天、さん……あれ、俺は……?」

体がひどく重い。口がうまく回らない。全身が半分鉛になったかのようだ。

「ふう、意識は大丈夫そうですね。オガミさん、お風呂でのぼせたんですよ」

「……すいません」

「全く、次からはちゃんと言って下さいね?気分が悪くなるまで浸るのは逆効果です」

「ハイ……」

夜摩天の手が、そっと額に当てられる。

全身の感覚はまだはっきりしないが、どうやら服は着ているらしい。

……彼女が着せてくれたのか。

「ま、まぁ、大した事にならなかったようでなによりです。その……見てしまいましたケド」

最後の方が小声になっている。あー、やっぱり見られたか。

恥ずかしくて死にたい……。

「コホン。まぁ、そこはおあいこという事にしておきましょう。この事は、皆には内緒ですからね?」

「はい」

「分かればいいのです。……あ、まだ起きちゃ駄目ですよ。もう少し横になっていないと」

さっきから気になっていたのだが、この頭の下の感覚はもしや……。

「膝、枕?」

「ええ。しかし、これは中々恥ずかしいですね……普通の枕の方が良かったですか?」

ぶんぶんぶんぶん。

「ふふ、良かった。もう少しだけ、診ていてあげますから。このまま眠ってしまってもいいですよ」

母親が子供にするように、夜摩天の手が優しく頭を撫でる。

やれやれ、ついさっきまで今夜はぐっすり眠れるとは思ってはいなかったけれど。

「……ありがとう、ございます」

災い転じて福となす、というヤツだろうか。

 

……おやすみなさい。


 
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