3.コーラルビーチ 新米教師と教え子
「あった!ここに全部落ちてるみたいだね!!」
「はぁっ、はぁっ……バニーちゃん、元気ですね……。私、もう息が…………」
しばらくは楽しく駆けていた私だったが、やがてバニーちゃんに引きずられるようになり、彼女が立ち止まると同時に崩れ落ちてしまった。
「あははっ、ごめんね。ついつい運動部のノリで……」
「はっ、はっ……ふぅうっ…………。それにしても、奇麗な砂浜ですね……砂が真っ白。海にはサンゴ礁が見えます。なるほど、コーラルビーチ、ですか」
「ねー!おとぎ話の中みたい!!それに、なんかめっちゃ可愛いペンギンさんもいるよ!寒くないのに不思議だねー!」
「ペンギンは意外と温かいところにもいるんですよ。むしろ、寒冷地に住むペンギンの方が少数派で――」
「へーっ!可愛いなぁ!!」
「……ところで、バニーちゃん。それって、モンスターじゃありません?」
「へ?わぁっ……!なんかめっちゃつっついてきたー!!」
水色のペンギンは、体をもふもふと触ってきたバニーちゃんを敵と認識したのか、クチバシを向けてくる……!咄嗟に支給された木の盾で防ぐバニーちゃんだけど、すぐに連撃が来て防御が追いつかなくなってきている!
「バニーちゃん、離れて!」
「う、うんっ……!」
私の言葉で彼女は正に脱兎のごとく駆け出し、ペンギンと距離が開く。私はそれと同時に魔法の詠唱を始める――
「シュメッターリング!」
私が発動したのは、初歩的な攻撃魔法だった。魔力の塊をただぶつけるだけという、低級のものだけど、残念ながら攻撃魔法で私が安定して使えるのはこれぐらいしかない。
それでも、魔力を受けたペンギンは大きく吹き飛ばされる。……でも、倒せてはいない。
「バニーちゃん、今の内逃げよう!」
「う、うんっ……!けど、地図……」
「今はいいから!」
今度は私がバニーちゃんの腕を掴み、駆け出した。
バニーちゃん、ものすごくいい子だけど、申し訳ないながら一緒にいて安全な旅ができる相手とは思えない……!
「わ、わぁっ、追ってくるよ……!もうっ、こうなったら……!!」
「私の魔法で倒せなかった相手なんだから、戦っちゃダメ!」
「ううん――いけるよ!でやぁっ……!!」
バニーちゃんは私の手を振りほどき、グローブをはめた手でペンギンを殴り抜ける――!
「抉り込むように打つ――!ボクシング部伝統のパンチ、フィストアタックだよ!」
「……そのままの名前ですね」
「でも、シンプルゆえに最強!」
その言葉通り、思い切りパンチを受けたペンギンは遠くにまで吹き飛ばされ、倒れた。
「…………これ、勝ったのかな!?」
「恐らく。確か、倒したモンスターは消滅するという話でしたが……」
まだペンギンは消えていない?でも、消えるまでに時間がかかるんだろうか。
「やったー!勝った、勝ったよー!!」
「……はい。初勝利です。適正の相手ではなかったはずですが、なんとかなりましたね。バニーちゃんのお陰です」
「ううん、最初にシープちゃんの魔法が当たったからだよー!魔法ってやっぱりすごいんだねぇ!!」
バニーちゃんは私に飛びつき、ばしばしと背中を叩いて喜ぶ……力はこもってないけど、ちょっと痛い……かも。
「バニーちゃん、そろそろ……」
「あっ、ごめんね!ふーっ、でも、ちょっと緊張しちゃったなぁ」
「……そうですね」
ようやくバニーちゃんが離れてくれて、一息ついていると、視界の端にちらっと動くものが見えた。それは私たちに向かって、来ている……?」
「バニーちゃん、後ろ!」
「ふぇっ?」
さっき倒したはずのペンギンが、無防備なバニーちゃんの背中に向かって飛びかかる……!もう、防御も間に合わないし、怖さで私の体も動かなかった。
――ガツンッ!
咄嗟に目を瞑った私の耳に届いたのは、バニーちゃんが倒れる音ではなく、何か硬いものがクチバシを弾く音だった。
「間に合ったようだね……よかった」
「あっ…………」
恐る恐る目を見開いた私の目に映るのは、バニーちゃんとペンギンの間に滑り込んだ見知らぬ男性の姿。彼はバニーちゃんの持っている盾よりも頑強そうな木の盾で敵を弾き、次いで手にした木剣で打ち倒す。……今度こそペンギンは倒れ、消滅した。
「ふぅ、君たちはさっきの便でこの島に来たんだね。実戦経験が浅い内に来るところじゃないよ、ここは。私がいなければどうなっていたか……」
「あっ、ありがとうございます……!」
バニーちゃんはがっ、と勢いよく頭を下げて、バランスを崩しかけて男性に手を取られていた。
「よっ、と。やれやれ……どこもかしこも無茶をする生徒ばっかりみたいだ」
「どこもかしこも、ですか?」
「ん?ああ、私は教師……と言っても教育実習生だからちゃんとした先生じゃないんだけどね。とにかく、高校で子どもたちを受け持っていたんだけど、その中にこの島へと向かう生徒が何人もいてね……心配で追いかけて来たんだ。それで、この辺りをずっと捜していたんだけど見つからなくてね」
「そうだったんですか……」
なるほど、多少着崩しているとはいえスーツを着ているから、いまいち冒険者らしくないと思っていたら、そんな事情が。
それにしても、彼の仮装は……
「お兄さん、タヌキさんですか!?」
「い、いや……一応これ、アライグマなんだよ、タヌキと大差ないかもしれないけど、動物占いでアライグマだ、って出たからね」
あっ、そっちだったんだ。私はハクビシンかと。でもしっぽに縞模様があるから、あれはタヌキかアライグマの特徴か。
「つまり、ラクーンさんですね。……本当に危ないところをありがとうございました」
「いやいや、無事でよかったよ。それじゃ、私は教え子を捜すから、君たちはもう少し慣れるまではあっちの地域で鍛えた方がいいよ」
「はい!じゃっ、シープちゃん、いこっか。ばたばたしてたら、地図もまた散らばっちゃったし……」
「そうですね。……あの、教え子さんの特徴って何かありませんか?恩返し代わりに、私たちも捜すことができれば、と思うんですが」
「いいのかい?それじゃあ……一人はピンク色の髪の毛が特徴なんだ。……あっ、君もそうだったね」
「え、ええ……髪の色だけだと、あまり特徴としては機能しないかもしれません……」
「それじゃ……うーんと、7プリンセスなんて呼ばれてるんだけど、彼女は大人びた少しきつい顔立ちでね。プリンセスというよりは、女王様みたいな……」
「7プリンセス!?それって、悪の四天王みたいな!?」
なぜかバニーちゃんは目を輝かせる。
「こらこら、人の生徒さんを悪って」
「あー……いや、それもあながち間違いじゃないっていうか。主に捜してるリーダーの子、ローズマリーは言ってしまえば不良少女でね……犯罪を起こすような子じゃないんだけど、ちゃんと授業は受けないし、校則も平気で破るような、他の教師はみんな匙を投げてしまうような子なんだ。それで、そんな彼女に集まった六人の女の子が7プリンセスと名乗っているんだけども、今はみんなどうしているのか……」
「なるほど。グループとしてまとまっていたのなら、今も一緒に行動している可能性は高いですね。複数人で行動している女性に気を付けたいと思います。その七人で全てなんですか?」
「いや、もう一人いるんだ。恐らくは、ローズマリーがカバリア島を目指すきっかけになった子……たぶん、君たちも知っているんじゃないかな。映画『クレオパトラ』の主演が決まったモデルの……」
「えーーーっ!!?そ、それって!!」
「……有名なんですか?私は知りませんが……」
本のことはよく知る私だけど、芸能系のことはちょっと……。
本が出るほど有名になった芸能人なら、その内容を一文逃さず暗記できる自信はあるんだけども。
「今、めちゃくちゃ人気のあるモデルさんだよ!それなら私、わかるよ!奇麗な黒髪で、スタイルもよくって、とにかくすっごく可愛いの!!」
「へ、へぇ……」
う、うう、この温度差。なぜか私が流行遅れのおばあちゃんになったような感覚がある……。
「まあ、彼女は見ればわかるし、話題になってるんじゃないかな。ファンも多いからね。ただ、そんな目立つ子のはずなのに、見つからない……この島に来ているはずなんだけどなぁ」
「……あの、芸能などはよくわからない素人の考えなんですが、そんな有名人なら、変装をしているんじゃないですか?カバリア島の決まりは動物の仮装をすることですが、そこから更に手を加えて、モデルだとは気づかれないようにしている……ですとか」
「なるほど!そうか、その可能性は考えてなかったよ。ううん、そうなるといよいよ大変だな……髪や目の色を変えられていたら、さすがに簡単には見抜けないかもしれない。教師として教え子に気づかないなんて、失格だけどね……」
「相手は大きな映画にも出演されるような方なんでしょう?そんな演技派なら、仕方ありませんよ。それに、芸能人というものは、内からにじみ出るオーラ……のようなものは隠せないと思います。私も、そんな特別な風格のある人には注意してみますから」
「……ありがとう。そう言ってくれると少し気も楽になるよ」
生意気なことを言ってしまったかもしれない、とはっとしたけど、ラクーンさんは爽やかな笑顔を見せてくれた。……この人も大概、俳優みたいだな、と思ってしまった。甘いマスクはむしろ、男性アイドルなのか。……あんまりわからないけど。
「さ、君たちはもう行くといい。どうか気を付けて」
「はい。ラクーンさんも。……また会いましょう」
「じゃあねー!先生!!」
「……ははっ、じゃあね」
バニーちゃんが笑うと、ラクーンさんも満面の笑顔を見せてくれた。……彼女には人の笑顔を引き出す才能があるんだな、と。そう思った。
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