桜が、舞っている。
「ふぅ…今日は随分と沢山買いましたね」
「ふふ、祐一さんがお手伝いしてくれると言ってくれましたから、ちょっと奮発しちゃいました」
「こんな事でいいならいつでも手伝いますよ!」
「あら、それじゃあ明日から毎日、祐一さんに手伝ってもらおうかしら」
「…………」
「ふふ、冗談です」
秋子さんならやりかねないな、と少し思ったり。事実、俺の右隣を歩く三つ編美人…秋子さんはとてもご機嫌なようで、鼻歌交じりに足取りも軽い。
まぁ、こんな事で喜んでくれるならいくらでも手伝っていい……とは言えず、俺の腕はそんな意思とは裏腹にプルプルと痙攣してたりするのだ。
商店街を抜けて暫く、桜が3分咲きで中々見事な景色を演出している並木道を二人で歩く。穏やかな、本当になんでもない。そんな昼下がり。
だが、それでも俺達にとっては特別な日。
「それにしても秋子さん。何も聞いてなかったんですけど、なんか遠回りじゃありませんか?」
「そうですか?きっと気のせいですよ」
「いや、普段こんな道通らないじゃないですか」
「あら?そうでしたか?」
ここで「気のせいですよね、あははー」とか返せるなら、空気も読めて一番良いんだろうが、生憎とさっきから気になって仕方が無かったのだ。
決して、腕が辛いから早く帰りたいのになんで遠回りするんだー!とかそういう自己中心的な理由じゃなくて、単純な好奇心なので念のため。
「ふふ、何となくです」
「何となく、ですか」
「はい。何となく祐一さんと一緒に桜を見ながら帰りたい、と思っただけですよ」
「…そ、そうですか」
満面の笑みでそう答える秋子さんの顔を、見つめる事に耐え切れず目を逸らす。
いや、反則だ。誰がなんと言おうとあれは反則だろう。冷静に考えろ。相手は一児の母っていうか名雪の母親だろ。それなのに、何であんな反則級の笑みを浮かべられるのか。あんなもの見せられたら、何も言えなくなるに決まっているのに。
「もう、あれから随分経ちますね」
「そうですか?少し前まで病院で桜の木を見上げてたじゃないですか」
「…………」
「いたたたた!?」
思い切り腕を抓られた。思わず手荷物を落としそうになるのを堪え、それでも成すがままにされながらも何とか平静を装う。
「そう、ですね。退院してもう2週間ですね」
「はい。名雪や祐一さんには本当に迷惑をかけてしまいましたね」
「いやぁ、心配はしましたけど迷惑だなんて思ったことは無いですよ。っていうかそんな事思う訳ないですよ」
「ええ。それでも、ありがとうございます。お陰で退院する事ができました」
まあ、俺は何もやってないですけどね、とは言えずにただ曖昧な笑みを浮かべるだけ。我ながら自己嫌悪するレベルで気が利かないとは思うが、今更どうしようもない部分でもある。
それでも、秋子さんの退院を祝う気持ちだけは本当で。
「秋子さん。改めて」
だから、俺も今の気持ちを一杯にこめた言葉で
「退院、おめでとうございます」
「……えぇ。ありがとうございます、祐一さん」
俺の言葉がどれくらい、目の前の女性に伝わっているんだろう。俺がどれだけ、退院してくれて…いや、生きていてくれて嬉しかったのか、ちゃんと伝わっただろうか?
あの冬の事故は、俺と名雪に大きな変化をもたらした。だが、そんな変化と同じくらい、秋子さんの存在の大きさを実感させられた。俺の中での秋子さんの存在の大きさっていうのは、どうやら無くては満足に生活も出来なくなるほどのものらしい。
もし、今…もう一度秋子さんに何かがあったら、と想像するのすら、怖い。だから俺は、こうして歩いていても、いつまたあんな恐怖が襲ってくるか分からない事を、怖がってる。
「まぁ、ほら。秋子さんがいない間も色々と大変でしたけど、名雪の寝起きも良くなりましたし」
「あらあら。それじゃあ私はもう少し入院していたほうが良いのかしら?」
「あ、いや!そんなつもりは全く!」
「ふふ、冗談ですよ」
「…ほら、祐一さん。見て下さい」
「はい?どうか……」
「私はもう、こんなに元気なんですよ」
「―――――」
思わず、泣きそうになってしまった。
それでも、必死に笑みだけを返す。あぁ、くそ。泣いちゃ駄目だって分かっている筈なのに。それでも俺は、どうしても堪えきれずに思わず空を見上げる。
「……秋子さん」
「はい」
「―――おかえりなさい」
「…はい。ただいま、祐一さん」
空には桜。桜色に染め上げられたブルーの景色に、新しい約束を誓う。
二度と、この人を傷つけたくない。だから、ずっと一緒にいよう。そうすればきっと、何があっても、幸せに暮らしていける筈だから。
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kanonの二次創作小説。名雪シナリオ後の秋子さんとのショートストーリーです。