「瞳っ、しっかり摑まってろよ!」
「は、はいっ!」
舞人は眠っていた瞳を叩き起こして舞月に飛び乗り、外套に彼女を包んで懐に抱え込んで愛馬を走らせた。
炎が建物を包み、焼け出された人々が逃げまどう大通りを避けて、舞人は裏路地街を舞月の巨体を走らせていたが―――
「ちっ!待ち伏せしてやがったのか!」
屋根に上った袁紹軍の兵が、槍を投げつけてくる。舞月は俊足を飛ばしてそれらをかわし、横から飛んでくる矢は舞人が振るった刀で叩き落とした。
裏路地街を舞月に乗って縦横無尽に逃げ回る。炎の氣は使えない。溜める時間が無いし、そもそも火事と民衆の混乱を避けて裏路地街を逃げているというのに、炎の氣を使って火をつけては本末転倒だ。
よって舞人は、瞳を抱えて逃げ回るしか手はなかった。
ここで場面は最初の対峙したシーンに戻る。
「もう一度言います」
重傷を負った舞人に、顔良は告げる。
「武器を捨てて投降してください、織田舞人さん。我が主本初はあなたが抱えている陛下とあなたを無下にはしないとの仰せです」
「てめぇらこそ・・・わかってんのか?『袁紹軍は今後洛陽に入ることを禁ず』―――これは帝の勅命だぜ?アホの本初や能天気な文醜ならともかく顔良、それに背いてどうなるか分からねぇお前じゃないだろ?」
「・・・言えなかったんです」
顔良は顔を伏せる。絞り出した声は恐怖に震えていた。
「我が軍に田豊と沮授という参謀がいるのは御存じでしょうか?」
「ああ。お前と並んでまともな部類に属する人間だと記憶しているが」
以前会った事があるが、世間知らずのお嬢様な主君の下で苦労する2人だと内心同情した記憶がある。
「その2人は、麗羽様に反対意見を唱えて・・・投獄されました」
『なっ!?』
思わぬ暴挙に舞人のみならず、協も息を飲む。
「諌めた家臣を牢に繋ぐなど・・・袁紹は気がふれておるのか!?」
「そうかもしれません。でも、私は家臣として下された主命を果たすのみです!」
彼女は『金光鉄槌』を悲壮な決意を持って構える。彼女の周辺を固める兵達もそれぞれの武器を構える。
(くそったれが・・・)
舞人は自身がかつてない窮地に陥っている事を認めた。懐には瞳を抱え、周りは20人前後の兵が2人を捕らえんと身構えている。さらに自分は重傷を負うというハンデを負っている。
(目が・・・霞む・・・)
やはり血が出過ぎたせいだろうか。もう彼には戦うどころか意識を繋ぐことすら不可能だった。
(せめて瞳の安全は、守らねぇといけないのに―――)
袁紹軍の兵は意識を失った舞人を縛り上げ、さらに劉協を後ろ手に縛った。さらに舞月の手綱を曳こうとしたが、舞月はすでに逃げ出した後だった。
「顔良将軍、いかがいたしましょう」
「構いません。名馬一頭逃がしたところで自体はたいして変わりませんから・・・ともかく陛下、我が主袁本初のもとにお越しくださいますか?」
顔良は劉協に対して行ったのは、問い掛けではなく確認。
「・・・好きにせよ」
それだけ呟いて、劉協は顔良が用意していた馬車に乗り込んだ。意識を失っていた舞人は最低限の治療を施されて檻車に放り込まれた。
「では・・・出立しましょう」
主命は無事果たしたが、顔良の表情はすぐれなかった。
(私たちは、何処に向かうのだろう―――)
Tweet |
|
|
60
|
7
|
追加するフォルダを選択
第13弾です。前回記したように上下ではなく三段構成で『洛陽の変』をお送りします。12回のお話の中で無敵を誇った彼がついに・・・!?