No.96869

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」17

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の17

2009-09-23 01:35:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:433   閲覧ユーザー数:421

「大丈夫、エディ?」

 エディに駆け寄る者がいる。

「……ろ、ローズ」

「早く立って、逃げないと」

「逃げ、る?」

 ダメージの抜けきれないエディの思考は回らない。聞き覚えのあるローズの声に何とか返事をするのがやっとだった。

 ただ顔を上げれば、グチャグチャになり、風穴どころか、原型を留めない渡り廊下だった物が散在していた。そしてその中に横たわるクランとハルナ、二人が重なるように倒れていた。

「あ……」

 ピクリとも動かない二人。血が衣服を汚し、無惨な廊下に二人の体が転がっていた。

「あああああああああぁぁぁ!!」

 エディは悲鳴にならない声をあげた。

(どうして攻撃を受けないといけないの! どうして二人がこんな目に! どうして! どうしてぇっ!)

〔落ち着かんか! 二人とも生きておる〕

「え?」

 ユーシーズが強く言ったのが功を奏し、エディの奇声はとまる。

〔さすが、魔法学園を名乗るだけはあるわ。壁の護紋が威力を殺ぎおった。それにあの小僧の方が咄嗟(とっさ)に防御魔法を使っておる〕

「よ、よかった……」

 一応の安堵。しかし、頭は働いていない現状で、何もかも、事態は把握出来ていない。ただ、死んでいないと聞かされただけで反射的に安心の言葉が口に付いただけだった。

「早く逃げるわよ。狙われているのはあなた」

 やっとにして目の前にローズがいることを疑問に思うぐらいにはエディも冷静になれていた。

「あたしが狙われている?」

「そう、早く」

 エディの手を引きながら、ローズが壊れた壁から覗く空を見上げた。

 エディもつられて視線を上げて気が付いた。はるか上空、誰かが飛んでいる。その者が砲撃魔法を使ったのだろうか。近視の進んだエディにはぼやけてその姿がはっきりしない。

「逃げるわよ!」

 ローズに取られた手をしっかりと握り返す。このときエディには、攻撃魔法を受けた手がまだあるということに、今更ながら驚いた。体を庇(かば)う為とはいえ、手を犠牲に威力を削ぐなんて行為は、今にしてみれば寒気を覚える。

 そのまま二人はひた走る。どこに逃げようかという思考はエディには生まれなかった。ただただ、ローズに手を引かれ、走り続ける。

 まだ魔法の爆発に見舞われた体には無理があったのだろう。息は切れ、足がふらつく。それでも止まればまた攻撃されてしまうという強迫観念が、エディ達に付きまとっていた。

 どうして逃げるのだろうという疑問と、逃げなければやられるという恐怖。そんな不安の中で、エディの手を取り走るローズの後ろ姿が頼もしく見えた。

 エディよりも小さな体の少女。よく見れば、彼女の来ている服は、先日ニルバストの街に二人で出掛けたときに買った服だった。それが何とも嬉しかった。

 どれだけ走っただろう。無我夢中で走る二人は、いつの間にか、学園の校舎から離れた場所に来ていた。辺りは木々に囲まれた雑木林の中。学内で襲われて逃げるなら、学園の周りを取り囲んでいる森林地帯以外になかったのかもしれない。ここなら、寮住まいのエディ達には地元も同然、逃げるにしても土地勘が利く。

「ねぇ、ねぇ、ってば」

 襲われてからしばし経ち、若干余裕が出たエディがやっと声をかけた。それなのに、ローズ・マリーフィッシュは止まる気配なく、エディの手を引っ張ってまだまだ森の奥へと進んでいく。

「ねぇ、どこに行くのよ。それにさっきの攻撃なんなの? いえ、それより会長達の手当もしないで……」

 ユーシーズからクランとハルナは生きているとは聞かされたが、その安否を確かめたわけではない。あのときエディが見た二人はぴくりとも動かなかった。そんな様子を思い出して、エディが心配するのは当然だ。

 それなのにローズに手を引かれるまま、その場を離れてしまったのを今更ながら後悔していた。高位魔法である『治癒』は使えないまでも、攻撃され意識を失ったまま、二人を放っておくなんて、追撃されていれば本当に死んでしまう。

「ねぇ、ローズ。何なのこれ? あんた知ってるんでしょ?」

 その質問に、ローズは深い溜息を一つ。やっとにして、歩調を緩めたローズは振り返った。

「エディ、会長から何も聞いていない?」

「だって、いきなりさっきの爆発……」

 エディにはそれ以外の情報が本当にない。世情に疎いエディでも、こんなとんでもない事態が起こるような予兆があれば、それなりに聞き及ぶはずだ。

「工作員よ。ブリテンの」

「え?」

「本当に何も聞いていないの? 学内にブリテンの工作員が入ったって」

「あ~、そういえばそんな話、誰かがしていたような……」

 エディは額を押さえる。いつもはどうでもいいと気にしない噂話を思い出そうとするが、一体誰がいつそんな話をしていただろうか。

「そいつらの目的は、連盟お膝元の学園で騒ぎを起こすこと。それは連盟本部を混乱させる意味がある。それとついでにある情報を狙っている」

 なにやらローズは確信だった喋り方だった。彼女は一体何を知っているというのだろうか。

「ある情報?」

「学園がひた隠しにする学園最大の秘術、……らしい。詳しくは私も知らない」

(秘術? それってもしかして『魔女の秘術(ウィッチ・クラフト)』? ユーシーズが今も生きているという秘密を私は知ってる。あの洞窟に眠るユーシーズが目的なの?)

〔そうだとすれば、ご苦労なことじゃ〕

 エディが逃走している間、気を散らさないようにと気をきかしていたのか、口を開かなかったユーシーズの声が聞こえた。しかし、その姿はエディの『霊視』にも映らない。恐らく離れた場所で高みの見物をしているのだろう。

(何よ。他人事みたいに)

〔何を言っておる。ブリテンだ、連盟だと、それが我に何か関係があるでも言うのかえ?〕

「エディ、心当たりあるんでしょ?」

 ローズが狙い澄ましたように聞いた。ユーシーズとの心の会話が聞かれていたみたいで、エディは答えに窮する。

 何も答えないエディに、ローズはくすりと笑った。

「それがエディが狙われている理由」

「そんな……。だって、私が知ってるのは」

「何を知ってるの?」

 エディは息を呑んだ。自分の知っていることとは何か、狙われなければいけないような秘密を知っているのか。ユーシーズの存在を知っていることが、それ程の重みを持つのだろうか。

「私は何も……」

 そう答えるのが精一杯だった。


 
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