No.961802

うつろぶね 第二十三幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/961166

キャット空中三回転に続き、次は南斗水○拳ですよ……この昭和脳、困ったもんだ。

2018-07-29 20:28:42 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:633   閲覧ユーザー数:622

 ここは……一体。

 妙に明るい場所に、カクは立っていた。

 海の上では無い、あの貝も無い、僧も、姫君も居ない。

 彼女の手に棍も無い……。

 そして、彼女が棍で打ち叩いた、蛭子珠も。

 だが、この手には、あれを叩いた感触だけは確かに残っている。

 そして、確かに手応えが有った事も。

 私は、どうなったんだろう。

 白っぽい、不思議な光が偏く世界に満ちている。

「何だろね、かくりよじゃ無いみたいだけど」

 人の言う死では無いが、彼女たち式姫が現世(うつしよ)での生を終えた時に、その魂が還る場所。

 そう言われているが、カクにはその時の記憶は無い。

 その意味では、彼女たちとて、人と大差ない。

 今の生を超える記憶は無いのだ。

 だから、断言はできない。

 でも……ここは違う気がする。

 ここはもっと、そう。

 

「おねえちゃん」

 

 いきなり近くで響いた声に、カクは驚いて視線を下に向けた。

 全く気配を感じなかった。

 落とした視線に、緩く波打つ、柔らかそうな茶色の髪の毛と、つむじが飛び込んできた。。

 唐の国に居た時は、さほど珍しくも無かった髪の色だが、この日の本に来てからこちら、あまり普通の人ではお目に掛かった事の無かった髪の色。

「……なんだい?」

 警戒は有った……。

 だが、カクには、何となく判る事が一つあった。

 この少女は、敵では無い。

「おねえちゃんも、いちにきたの?」

「いち?」

 いちって、市の事かい。

 そんな物が……。

 少女の視線を追って、上げたカクの視界に、七色の光が躍った。

「……わぁ」

 覚えず、カクの口から、どこか子供のような、純粋な嘆声が零れた。

 暮れなずむ藍色の空に、夕焼けの色が、紫に、黄に、赤に染まっている。

 山の稜線の上に浮かぶのは、穏やかにほほ笑むような金の月。

 神社の森や山や田の、様々な緑が、闇の中に閉ざされる刹那の光の中で煌めいている。

 あちこちに吊るされた提灯の灯りが、赤に黄色に、白に、朧な光を投げかける。

 地面に敷かれた綺麗な布の上に、色とりどりのとんぼ玉が、今にも自分で転がりそうな風情で楽しげに並ぶ。

 男が器用に、金色に溶けた飴をくるくると二本の箸の間で動かしているうちに、みるみる可愛らしい犬の形になっていく。

 それを手にした子供たちが、賑やかに笑いながら駆けていく。

 あちらでは軽業師が、立てた竹竿の上で、器用に6個ものお手玉をくるくると手の中で回している。

 あっちに居るのは猿まわしか、猿がぴょんぴょんと身軽に跳ねてトンボを切る度に歓声が上がる。

 

 カクの中の芸人の魂が疼く。

 こんな楽しそうな場所で、変面劇やりたいなぁ。

 

 世界の全てが、自ら光を宿しているかのように、きらきらと輝いていた。

 それは余りに、綺麗な……綺麗すぎる光景。

 それだけに、カクには判ってしまった。

 色々な感情に、胸が詰まる。

 ここは……。

 少女は、少し俯いたカクの顔を覗き込みながら、無邪気で可憐な笑みを浮かべた。

 

「おねえちゃん、かいしにようこそ」

 

 一瞬閃いた、真昼のような明かりが、仙狸の目を焼いた。

 咄嗟に目を伏せたが、猫の式姫が夜闇の中に凝らしていた目には、この光は辛すぎた。

 失明する事は無かろうが、暫く、この目は使えないか……だが、それよりも。

「カクよ、無事か!」

 仙狸は海を漂う板切れに掴まりながら、声を張り上げた。

 だが、その声に応えは無い。

 鋭敏な耳をあちこちに向けるが、聞こえるのはただ、波の音だけ。

 何じゃ、何が起きた。

 

 あの蛭子珠こそが、今回の件の元凶。

 蜃に強大無比な力を授け、二人の人間の魂を蜃の中で生かし続け、ついには、その三者を融合させる要となった、純粋なる創世の力の結晶。

 思えば不思議な事では無い。

 世界を作るという事は、何かを繋げる事でもある。

 蛭子珠は、その本来の在り様の一つとして、蜃と僧と、そして姫の因果を繋いでしまったのだ。

 そう、全ては純粋な力に振り回された人と妖の道化芝居。

 故に蛭子珠を砕いてしまえば、少なくとも、この度の海市の禍は除かれよう。

 そう思っていた。

 そして、カクもまた、同じ認識の下で、蛭子珠を破壊しようとしてくれた。

 だが、あの白い光は、一体なんだ。

 そしてカクは、どうなったのか。

 彼女にもしもの事があったら……わっちは。

「カクよ、どこじゃ、返事をいたせ!」

 だが、仙狸の目は闇に閉ざされ、耳は波音を拾うだけ。

「カクよ……」

 疲れ切った体を板に預け、仙狸は見えぬ目を天に向けた。

 頼む、無事でいてくれ。

 カクと少女は市の中を歩いていた。

 あの死臭に満ちた鬼市とはまるで違う、華やかで活気に満ちた空間。

 それを眺めながら、カクは少し悲しげに眼を伏せた。

 

 そっか、本来はこうだったんだ。

 海の上に、一夜だけ現れる幻の市に相応しい、夢と美と光に満ちた。

 

 カクの少し先を早足で歩く少女の姿に目を向ける。

 頭に狐のお面を掛けて、手には鼈甲色した、綺麗な飴細工。

 猫の姿のそれを、舐めてしまって良い物か、渋面を作って睨む様が可愛らしい。

 カクもまた、金平糖を手に、それを時折摘まんでは、そぞろに市を歩いていた。

 なんて綺麗な場所なんだろう。

 市を少し離れた水路には蛍が舞い、淡い闇の中で黄緑色の光を明滅させている。

 水路で冷やした胡瓜やまくわうりを、道行く人に分けている、人の良さそうな老爺がいる。

 カクは、彼から瑞々しい胡瓜を受け取って、歯触りの良いそれをしゃりっと齧った。

 美味しい。

 ここでは、お金は要らなかった。

 おいしそうだねと言えば、店主は飴をくれたし、可愛いねと言えば、好きなお面を手にできた。

 子供の夢だ。

 そんな中を、少女はひたすら歩き回っていた。

 無限に広がる市を、隅から隅まで、見て、楽しみつくす様に。

 そして、それは同時に。

 

「……ねぇ、君は何か探してるのかい?」

 

 カクが掛けた声に、少女は足を止め、ゆっくり振り向いた。

「うん」

 さがしてるの。

 ずっと……ずっと。

 そう、おねえちゃんも探して上げようか?

 ありがとう!

 それじゃ、さがして。

 わたしのだいじな……。

(あいつに、奪われた)

 

「ははさまを」

 

「……そっか、それじゃ一緒に探そうか」

 カクは彼女の隣に並び、顔を見上げた。

 そこに、あの可憐な少女は居らず。

「ええ、お願いします」

 あの、姫君が、どこか寂しげな笑みを、カクに向けていた。

 

 ごぼり。

 海が泡立つ音が一つ響く。

 その音に、仙狸の背筋が、そして常に彼女に危険を教えてくれる尾が、悪寒にそそけだつ。

「蜃か……だがこれは?」

 強い。

 これだけの妖気は、かつて殺生石の力を取り込んだ鵺 ー式姫が八人がかりでようやく退治したー と、対峙した時に感じて以来の物。

 間違っても、龍のなりかけ程度の蜃が持つ力では無い。

 この殺気と妖気はどこじゃ……何処から来る。

 耳をそばだて、気配を探る。

 海中の尾が、危険に膨れ上がる。

 直下!

 巨大な何かが猛烈な速度で仙狸に迫る。

 水中では勝負にもならぬ。

 舌打を一つして、仙狸はもたれかかっていた木片に、気合を込めて掌を叩き付けた。

 掌の下で、板が割れ砕ける、その込められた力が、海中に没していた彼女の体を、水上、更に空中へと跳ねあげる。

 その後を追うように、彼女を喰らわんと大きく口を開いた蜃が海中から飛び出した。

「……これは?!」

 目はまだ見えない、だが、それが彼女の体の直ぐ傍を通り抜ける時の気配、そして空気を押しのける量で、あらましの大きさは知れた。

 最前までの蜃の数倍。

 もはや、それは龍と呼ぶに相応しい。

 辛うじて食い殺される事は避けた仙狸だったが、飛び出して来た巨体が僅かに彼女の体を掠め、その体を弾いた。

「ええい、人を毬か何かのように!」

 毒づいた仙狸だったが、奴から大きく離れられるのは悪くない。

 空に飛ばされても、猫の式姫は上下の感覚を失う事は無い、彼女は空中で綺麗に姿勢を立て直し、殆ど水飛沫も上げずに、頭からするりと水の中に潜った。

 海を騒がせぬよう、飛び込んだ勢いだけで水中のかなりの距離を移動する。

 その最中、相手を警戒して気配を探って、仙狸は愕然とした。

 海に命の気配が無い。

 魚も、水底を這う生き物も。

 奴に食い尽くされたか、逃げたか、どちらもありそうな事だが。

 これでは他の命の気配に紛れる事は出来ない。

(最悪じゃな)

 気配を消しながら、水面から顔を出し、彼女は耳をそばだてた。

 相手の気配を探る。

 今は、とにかく時間が、せめてこの目が回復するまでの時が欲しい。

 

 ゴロゴロという遠雷のような音が、水面と夜空を不気味に震わせる。

 あの蜃の唸り声。

 これを聞いただけで、その存在の巨大さが知れる。

 その正確な位置を知ろうと、耳をさらにそばだてた仙狸の耳が、微かに調子の違う音を捉えた。

 

 シ……イ……メェェェ……。

 

 遠雷のような唸りの中に、人の声のような音が混じる。

 獣が人語を無理やり喉から絞り出しているような……。

 たとえ、その喉が裂け、血を噴いてでも、尚、言葉を発しようとする。

 そんな、悲痛な、慟哭に似た叫び声。

 何なのじゃ、これは。

 ……カ……セ。 

 まさか、この声は。

 ヒメ……ヲ。

 そうか……まだ、その妄執は晴れぬのか。

 

 ヒメヲ……カエセ……カエセェェェェ!


 
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