No.960809

ヘキサギアFLS3 孵らぬ卵(下)

 かくして、ヘキサギア・フロントラインシンドローム第三話完結です。ここまでの三作の中では一番戦闘規模が大きいためか、上中下構成となりました。ご覧頂いた方々はお疲れ様でした。
 次回はまた上下編……あるいは一本で済むかも知れません。ちなみにシング達の側からの話の予定です。お楽しみに。
 ちなみに挨拶を先にしたのは、Twitterにリンクを並べると下のリンクに説明文が表示されてしまうので、あらすじが見えちゃうので……

・ここまでのあらすじ

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2018-07-22 06:35:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:626   閲覧ユーザー数:626

 陥落から一週間ほど。ハンプティ・ダンプティ・シティは完全にヴァリアントフォースの制圧下となり、支配地域管理用の無味乾燥な記号でのみ呼ばれるようになっていた。

 侵攻時に破壊された防壁の一部は再建されないまま、突入を防ぐ対ヘキサギア障害物などが設置されていた。潜入部隊、侵攻部隊ともにパラポーンが中心の部隊だったためか、市街地の建造物も使われずに昼夜問わずセンチネル型アーマータイプの影が作業を続けている。

 作業とは即ち、市内に残った人々を情報体化する作業だ。脱出に間に合わなかった市民や、HDフーズに籠城していた社員達は食糧倉庫に押し込められ。二四時間態勢で身元照合と処置が進められていく。

「早く終わらねえかね。大勝ちしたけど、今この都市は前線の突出部だぜ?」

 デモリッション・ブルートが道路脇に寄せた瓦礫に腰掛け、シングがつまらなさそうに頬杖をついていた。時刻は深夜。もはや疲労困憊の様子の市民が腰縄をつけられ、パラポーンに連行されていく光景を前に何ら感慨も無い様子だ。

「いつもの私達だけの潜入ならどうとでも出来ますが、こう大規模ではねえ?」

 隣で同意するフォーカス。さらにその隣にもう一人分のシルエットがあった。長い槍を携え、マントを身に付けた影だ。

「新たなる領民を迎え入れるための大事な行いである。ここで急いては、人類救済の行いたり得ん」

 藍色の甲冑じみたアーマータイプ。パラポーンの上級モデル、イグナイト型だ。灰色のマントを身につけた彼の固有名はパラミディーズ。シングらとはよく見知った仲であり、侵攻部隊の指揮官としてシング達の潜入と同時期に戦線へ着任していた。

「用意無き市民の中には、情報体化の過程でアイデンティティに混乱をきたす者もいる。フォローが必要なのだ」

「そんなひ弱な連中ほっとけよ。パラポーンにもできやしないってのに」

「善良な民草を新たなる安寧の地に誘うことはSANATの願いであり、また彼らの穏やかな営みを保つこともまた同様である」

「善良ねえ……?」

「穏やかですか」

 呆れた調子のシングとフォーカスが見上げる先、建材の柱が乱雑に立ち並ぶ一角があった。その柱には、一本につき一人が縛り付けられ、磔の様相を呈している。

 その中には、アーマータイプを引きはがされたリバティーアライアンス兵、さらにはHDフーズのアンドリュー社長らの姿もある。

 ヴァリアントフォースに抵抗した者達が、見せしめとして掲げられているのだ。

「無闇な反抗心や功名心が、我らの偉大な行いの邪魔となることもまた、示されなければならぬ。これも道理である」

「あーおれむつかしくてぜんぜんわかんないやー」

 子供のように足をばたつかせ、シングは話を打ち切るよう促す。そうして身を乗り出し、

「そうじゃなくてよお、理念はどうあれこの突出状況が続いてるのは戦術的にまずいよなって話よ」

「そんなことはわかっている。市民の収容が終わり次第この都市を爆破解体の上撤収することはもう決まっていることである」

「わかってんならはじめっからその話をしろってんだぜ」

「力ばかりで不勉強な貴様らにはたまには難しい話も良いかと思ってな」

「ご高説どうも」

 睨み合い額を擦り合わせるシングとパラミディーズに、フォーカスは頭頂部からため息のような排気音を上げた。

「まあ、最大限フォローしつつ、最大限急いでいるのはわかりますが、この経過時間は不安ではありますねえ」

「ああ、リバティーアライアンスが増援を要請していて、ここを脱出した連中がそいつらと合流したことを考えれば反撃が始まってもおかしくない時間帯だぜ」

「ええ、それもあります。おまけに我々はバカ勝ちしましたからねえ」

 フォーカスは弾痕だらけの街を見渡す。視線の先には、上半身が破裂したストライプカラーのバルクアームαの残骸も見える。

「恨みを買っていると考えると、敵の立ち直りは計算以上に早いと思いますよお? 奴ら、被害者ぶって、自分達の正義を叫んで、元気いっぱいに攻めてきますよお?」

「元気があったとて、この攻めにくい構造の都市を攻略することは困難であろう? 我々ですら、内部からの工作を必要としたというのに」

 パラミディーズは冷静にそう応じるが、フォーカスは自身の頭をコツコツと突いて告げる。

「その元気、微々たるものですが、無からエネルギーを生み出すものですよお? その上とんでもないことをやらかしますからねえ。無下にしていると痛い目を見ませんかあ?」

「微々たるものは所詮微々たるもの。無からではなく、敗北を認められぬ憤りというマイナスからのスタートよ。他愛なし」

 ひらひらとパラミディーズは手を振った。その様子に、シングとフォーカスは肩をすくめる。

 そして現場を監督するパラミディーズがその場に残り、シングは適当に寝るために都市内の残ったビルに潜り込み、フォーカスはアライアンスの前線を観察するため防壁に登っていく。

 話し声は途絶え、すすり泣きと金属質の足音ばかりが響くようになる旧ハンプティ・ダンプティ・シティ。そこへ一発の砲弾が撃ち込まれたのは、夜更け近くの出来事だった。

 

「弾着――今っ!」

 ハンプティ・ダンプティ・シティから後方へ四キロ。ヴァリアントフォースの突出部を受け止める新たな前線にそんな声が響いた。

 瞬間、朝焼け前の紺色の空に黒々と浮かび上がる防壁に、朱色の火の玉が浮かんだ。一〇秒前後遅れた爆発音に、前線の兵達は土嚢の影から顔を出す。

「敵即応――無し!」

「攻撃続行! 目標防壁!」

「対地底施設用徹甲榴弾、じゃんじゃん持ってこい!」

 指示が飛び交う中、砲弾ラックを増設したスケアクロウが歩み寄る先には、砲撃仕様に改装されたバルクアームα達が掩体壕に半ば埋まりながら待っていた。彼らは基本装備の低圧砲ではなく、より長大なリボルビングバスターキャノンを装備している。

「現時刻より五分間、自由に撃ってよし! 防壁を叩き割れ!」

「作戦は開始された! 弾を切らすな! 撃ち続けろ!」

 精密かつ強固な砲撃システムとなったバルクアームα達は、分厚い防壁めがけて満遍なく砲弾を浴びせていく。砲弾は硬芯部で食い込んだ後に爆発を起こす対施設型。住民のいなくなった防壁外のバラック小屋が容赦なく吹き飛び、歩哨パラポーンも吹き飛ばされていく。

 世界が終わるような轟音の中、防壁の一部が亀裂で寸断されて都市内に落下していく。ゲート部などは砲弾に対して一瞬たりとも耐えきれず、突破した砲弾を市内で炸裂させていた。

「準備砲撃終了まで三! 二! 一! 砲撃止め! 突入部隊の武運を祈る!」

「最終着弾――確認! 全ユニット偽装解除――――!」

 砲撃陣地のバルクアームα達が赤熱化した銃身を掲げると同時、戦線と防壁の中間地点で動きが生じた。土を被ったキャンバスを取り払い、リバティーアライアンスのガバナーやヘキサギア達が一斉に姿を現したのだ。

 彼らが身を隠していた窪地の奥には、トンネルが掘られていた。この一週間、リバティーアライアンスは武装を整え、さらに突入部隊を地底から前進させていたのだ。

「第一梯団! 快速部隊突入せよ!」

 隠蔽を破って最初に飛び出していくのは、トライク状のヘキサギアに跨ったガバナー達。とんでもない加速で防壁に迫った彼らは、瞬時にヘキサギアを変形させて防壁の裂け目や弾痕に飛びつき、それを飛び越えていく。

 高速奇襲ヘキサギア、ロード・インパルスを装備した部隊だ。廃墟となった都市に忍び込んだ彼らは、ハンプティ・ダンプティ・シティ陥落時のヴァリアントフォース潜入部隊のように働くであろう。

「第二梯団! 機甲部隊並びに随伴部隊――――!」

「応――――!」

 続けて砂煙を上げながら姿を現し、払暁の下を突き進み始めるのは大量のバルクアームα。近接戦闘向けにガトリングガンや巨大なブレード、パイルバンカーなどを装備した機体達は、周囲に歩兵ガバナー達を随伴させながら力強く前進を開始する。

 特に先陣を切っていくのは、両腕に巨大シールドを装備した機体。シールドには荒っぽく『REVENGE』『ALIVE』と白いペンキで書き込まれており、自律稼働するミニガンをハードポイントに増設する中、一カ所だけハンプティ・ダンプティ・シティ治安維持部隊の回転灯を残している。

「敵討ちだオラァ!」

 半壊した防壁のゲートを突き破って出場してきたデモリッション・ブルートに対して、ダブルシールドのバルクアームαは全身で突撃をかける。薄闇の中に火花が散り、押し合いの中でダブルシールド機はミニガンでデモリッション・ブルートのガバナーを吹き飛ばし、押し切っていく。

 近接戦型ヘキサギアが防壁近辺を制圧すると、巨大チェーンソーや射突式ナックルを装備した工兵型バルクアームαが半壊した防壁に取り付き、突入口を作りにかかる。あちこちで開設されたスペースに、リバティーアライアンスは突入していった。

 そして進撃する部隊の一つ、歪に改装されたムーバブルクローラーと牽引砲を曳くリトルボウの部隊がある。

「六三五六小隊は予定通り、生存者が監禁されているHDフーズ倉庫区画へ進撃する! 機甲部隊を前にしつつ、接近する敵兵力を警戒せよ!」

『ROCK'N'ROLL』

 ムーバブルクローラー、デスペラードの本体上部に設けられたグリップを握り、高い位置から指示を飛ばすのはコロンバスだ。車体に取り付いた部下、ミスターのリトルボウに同乗した隊員、さらには徒歩行軍の者もそれに続く。

『あの時と同じ呼吸で行きますよ!』

 彼らを先導するのはダブルシールドのバルクアームαだ。立ちはだかるデモリッション・ブルートや、スクランブルするモーターパニッシャーからの攻撃に対し、巨体は突進していく。その背を追って六三五六小隊は他の随伴部隊と共に前進していく。

 

「言わんこっちゃねえわなあ」

 銃撃と鉄の足音が響く眼下に対し、シングは鼻で笑いながら機体を浮かべていた。

 シングとフォーカスは防壁への第一着弾の直後に機体に走り、誰よりも早く離陸。フォーカスの索敵機能によってリバティーアライアンスの攻勢を把握していた。

「快速ヘキサギアに続き機甲部隊並びに歩兵部隊が市内へ侵入。我々の時に比べて前線が近いからか正当派な攻めですねえ」

「どーすんのさ、パラミディーズの大将」

『迎撃するに決まっておろうが! 救援も要請済みである!』

 通信越しのパラミディーズの様子に、シングとフォーカスは顔を見合わせる。しかしフォーカスがシングの肩を叩いて前を見るよう促し、シングは明けていく空に浮かび上がる光点を見た。

「リバティーアライアンス側からさらにブロックバスターやブリッツガンナー型の航空ヘキサギアの出場も確認。制空権はよろしいですかー?」

『貴様らも航空戦力の一翼だろうに!』

「助けてくれって素直に言えばいいんですけどねえ」

 フォーカスのぼやきにサムズアップを見せながら、シングはシャイアンⅡを飛ばした。防壁を越え、都市内での航空支援に向かってくるヘキサギア、ブロックバスターの部隊に迫る。

「空中戦なんて想定外なんだけどなあ……」

「設計者本人が言うんだからその通りなんでしょうね」

 ぼやきながらブロックバスターの隊列に突入したシングは、シャイアンⅡをバレルロールさせながら機体前肢の機銃を掃射した。雁行陣形だったブロックバスター隊の先頭機体がキャノピー越しに掃射を受け、脚をばたつかせながら墜落していく。

 編隊に突入されたブロックバスター隊は、ホバリング飛行を駆使して防御陣形を取りながらもじりじりと旧ハンプティ・ダンプティ・シティを目指していく。彼らとの距離が近いため地上からの対空砲火は無いが、強力なレールガンや機体ごとに増設された近接防御火器がシャイアンⅡを狙っていた。

「おほっ、お怖いこったぜ」

 ブロックバスター隊の対応に感嘆しながら、シングは陣形の下に潜り込んでシャイアンⅡを急上昇させる。機銃掃射を脚部に受け、数機のブロックバスターが脚を脱落させるが、ブロックバスター隊はこれを耐えた。

 しかしシングは上昇のため下を向いたシャイアンⅡの尾部、推進用フローターをそのままに上体を折り曲げさせ、ブロックバスター隊の上空で尾部機関砲を展開した攻撃モードへ機体を変形させている。

「照準よーし!」

 後席のフォーカスが身を乗り出し、観測ユニットからロックオンデータをシャイアンⅡへ転送。シングは首を傾けながらトリガーを引き、

「こいつは美味しいスコアだぜ!」

 対地攻撃用の大口径機関砲の掃射に、ブロックバスター隊ははたき落とされるように次々と墜落していく。シングは感嘆の息をヘルメットの下から漏らすが、しかし周囲では別の部隊がなり振り構わない様子で都市へと突き進んでいた。

「……これじゃ多勢に無勢だぜ」

「アグニレイジタイプ、早く配備して欲しいですねえ……」

 地平線から顔を出した太陽に照らされつつ、シングとフォーカスは上空でぼやいた。

 

 都市を進撃するリバティーアライアンスは、その速度を落とさざるを得なくなっていた。一度敵の完全な支配下に置かれた市街地は待ち伏せに適した戦場だからだ。

 しかし、突入部隊に含まれていた快速のライトアーマータイプ部隊が驚くべき速さで各ビル内のクリアリングを行っていく。防壁が破壊され瘴気汚染が流れ込んでいるかも知れない戦場での決死の行動だ。ほぼ女性で構成されたその部隊にエスコートされ、バルクアームαの先導で部隊は前進を続ける。

『前方に敵陣地、近いものから潰していく!』

 路上の残骸や放置車両に土嚢を並べて簡易陣地としたパラポーン達が立ちはだかるのに、ダブルシールドのバルクアームαが飛び出した。それを受け、コロンバスはデスペラードから飛び降り、

「援護だ。デスペラードは直接背面カバー。我々は射撃支援」

『ROGER.』

「よし……クイント!」

 隊員達が展開する中、ミスターはリトルボウに指示して野戦砲を展開。さらにリトルボウ自身は隊員達の防壁として前へ出た。

 激しい撃ち合いの中、バルクアームαとデスペラードは前進し、障害物ごと敵を蹴散らしていく。瓦礫やヘキサギア、さらには各々が持ち込んだシールドの陰などから兵達は射撃を続け敵の頭を押さえた。

「俺は俺の役目を……」

 防弾版に銃弾が弾ける中、アウトリガーを接地した野戦砲に寄り添いミスターは照準を定める。この銃撃戦を飛び越え、視界は後方へ。

「いつでもどうぞぉ!」

 かつて陣地でミサイルランチャーを操作していた隊員が、ミスターの反対側で補助ハンドルを握って反動に備えている。ミスターはサムズアップし、砲撃。

 ミスターが狙うのは、後方陣地から駆けつけてこようとする増援。徒歩や車両で向かってくる敵に、破裂するプラズマ砲弾は容赦なく降り注いだ。

 銃撃戦の中から、後方の爆発音を気にするパラポーンもいる。だが彼らが不用意に顔を上げると、すかさずコリンズがその頭を狩っていった。頭部を破壊されたパラポーンは銃を乱射するが、当てずっぽうなその動作は銃撃戦の中で射線に引っかかり、揉み潰されていく。

「ここも突破できそうですね!」

「さて、そろそろ重量級の機体も動き始めるタイミングだと思うが……」

 ミスターはそう呟く。そして実際、望遠視野の中では、煙の向こうから姿を現すメタルブルーの機影が見えていた。

「デモリッション・ブルート!」

 ミスターが見る間に、デモリッション・ブルートは車両形態から起き上がる。土を掻き、走り出すその姿にミスターはかつての陣地での戦闘を思い出した。

 今はバルクアームαとデスペラードが前に出ているが、二機共にゾアテックスを発動した第三世代ヘキサギアとの格闘戦には不利な機体だ。周囲のパラポーンを蹴散らし身構えるが、

『まずい! 皆は下がってくれ!』

 ミニガンで弾幕を張るバルクアームα。しかしデモリッション・ブルートは止まらない。

「ミスター!」

「ヤツはこの前も一撃では止まらなかったからな……」

 ミスターはなんとかデモリッション・ブルートの脚を狙うが、敵はバタリングラムを左右のビルに叩き付け、全身を振り乱しながら迫ってくる。パラポーン達は退避したが、凶悪な突進が迫る。

「我々も退避を……」

「いや待て!」

 ミスターが照準から目を離すと、コロンバスは何か通信を受けている様子だった。

「――友軍が来る!」

 瞬間、路地からデモリッション・ブルートに飛びかかる機影があった。俊敏に飛びついたそれは、全身の重量をかけてデモリッション・ブルートをビルに押しつけた。

 飛びついた機体の背で、ポーンA1が拳を振り上げている。そして強襲したヘキサギア、ロード・インパルスはデモリッション・ブルートの背に爪を振り下ろす。

 操縦するガバナーが吹き飛ばされ、デモリッション・ブルートは重いモーター音を咆哮のように鳴り響かせる。対するロード・インパルスも歯軋りするかのように全身を軋ませながら、その脇腹に食らいつき続けた。

 四肢のつま先に陽炎のような揺らめきをまとい、ロード・インパルスはデモリッション・ブルートを押し倒した。グラビティコントローラーを駆使したマーシャルアーツ的な技だった。さらにそこから、牙を立てるように頭部チェーンガンとグレネードを至近距離で撃ち込んでいく。

「こいつは鎮圧した! 進め!」

 手を振り、ロード・インパルスのガバナーは機体を跳躍させた。グレネードを撃ち込まれた上にミサイルに誘爆したデモリッション・ブルートが爆散する様子に歓声を上げながら、コロンバス達は前進を再開する。

「いいぞ、進め! 目標は拘束された人々の救出だ!」

 進撃の足音のリズムに合わせ、兵達の鼓動は高鳴っていく。かつての敗北を払拭する勝利へ向かって。

 

 そして、旧HDフーズ倉庫区画までリバティーアライアンスの進撃は到達した。他のエリア、特にヴァリアントフォースが機体を駐留させていた場所へも別働隊が動き、遠く砲声を響かせている。

 到達を果たしたコロンバスら六三五六小隊、さらにここまでの進撃を支えてきたダブルシールドのバルクアームαに、先行していたロード・インパルス達は見た。倉庫の正面扉が開け放たれ、その奥の暗闇から紫色の眼光がこちらを見ている。

「やってくれたものよなあ……。おかげで拙速な手段を取らざるを得なかったではないか……」

 リバティーアライアンス陣営にそう告げながら朝焼けの元に歩み出てくるのは、イグナイト型アーマータイプを装着したパラミディーズと、彼が乗るヘキサギア、スイフトローバーだった。しかし今、ガバナーは藍、ヘキサギアは緑のはずの色彩は赤い斑に覆われている。

「この都市は我々が制圧した。そしてSANATの威光の元、人々の救済は果たされた。貴様らの反抗心など無意味なのだよ!」

 そう叫び、パラミディーズは多数の記憶媒体を握った手を掲げる。同時に、倉庫の入り口から血溜まりが広がり始めた。

「あいつ、まさか住民達を!?」

「SANATの狂信者が!」

 激昂したリバティーアライアンス兵の一斉射が、パラミディーズに降り注ぐ。しかしパラミディーズは愛機のハンドルを握り、

「猛ったところで結果は我が手の内よぉ!」

 一瞬姿勢を低くしたスイフトローバーが、クラウチングスタートするように瞬発した。紫の眼光が尾を曳き、機体は一瞬でロード・インパルスのそばへ迫る。

「死ぇあっ!」

 獣脚類型のスイフトローバーの浴びせ蹴りが、ロード・インパルスに跨っていたガバナーを一瞬で消し飛ばした。残った機体がゾアテックス状態のKARMAの本能で抵抗するが、パラミディーズはそのコンソールにグレネードを叩き込み機体を跳躍させる。

「愚鈍愚鈍! 戦士たるにはそのタンパク質の肉体は脆弱に過ぎるわ!」

 叫びながら、パラミディーズは機上でスタニングランスを構える。抵抗の銃撃が続く中、激しく飛び跳ねながら向かう先はダブルシールドのバルクアームαだ。

「ヤツはすばしっこいぞ! 気をつけろ!」

 バルクアームαの足下、野戦砲を接地していたミスターが警告した。そして砲を照準しようとするが、狂乱するように駆け回る敵の機動が予測できない。周囲のガバナー達からは薄い陰りにしか見えていないだろう。

『踏み込ませるわけには!』

 狼狽える兵達をまたぎ越え、バルクアームαはシールドを構えた。だがその瞬間、スイフトローバーは構えられたシールドを駆け上がりバルクアームαの肩上に乗り上げていた。

 脚と手でミニガンを押さえ込む細身のヘキサギアの上から、パラミディーズが咆哮する。

「ロートルがぁ!」

 直下へ突き立てられるスタニングランス。バルクアームαの首元を穿ったそれは、内部のガバナーに到達するほど深く撃ち込まれた。

『があああっ!』

「パラミディーズ!」

 瞬時に野戦砲から手を離し自身のアサルトライフルを手にしたミスター、さらにコロンバスに支えられながら狙撃銃を構えたコリンズとが機上のパラミディーズを狙い撃つ。しかしパラミディーズはスタニングランスをパージしてスイフトローバーを跳躍させ、二射線を一度盾を掲げるだけで離脱していた。

「遅い遅い! 微弱な化学反応に頼った意識で、我が電子の反応速度は捉えられぬわ!」

 バックステップを数歩踏んだスイフトローバーは再度跳躍。リバティーアライアンス兵の頭上から、鋭い蹂躙爪を突き立てていく。

「がはあ!」

「ぐえぇっ!」

「ちくしょう……!」

 陣形に突入され、リバティーアライアンス部隊は踏み荒らされる。朝焼けよりも赤い血飛沫の中で、スイフトローバーは踊り狂った。

「報いを浴びて新しい時代に踏みつぶされていくが良い……!」

 揺れる視界の中、パラミディーズは抵抗を叩き潰されていく人々を睥睨して吠えた。

 そして、その視界の隅に光点が瞬く。スタニングランスに貫かれ尻餅をついたバルクアームαの背中。

 それは、倒れ込んだバルクアームαが、ミスターの野戦砲の銃身を掴んでスイフトローバーへ向けているところだった。操作グリップはミスターの手の中にあり、

「終わったタスクだと、デジタルに判断したのが仇になったな」

 狙い澄ました一撃が、踏みしだく脚を撃ち抜いた。よろめき吹き飛んだスイフトローバーはゾアテックスを解除。トライク状態で着地した機体へ、リバティーアライアンス兵は手にした白兵戦武装を振るった。

「ちぃっ……。異端めが、力を振るう相手を過ちおって」

 機体の頭部カウルや、自身の装甲を切り刻まれながらパラミディーズは車体を高速後退させた。間合いを逃れたパラミディーズに射撃が飛ぶが、反転加速したスイフトローバーはそれらを振り切って走り去っていく。

 上級パラポーンの排除に勝ち鬨が上がり、しかしパラミディーズが去った倉庫区画の惨状に、リバティーアライアンス部隊は言葉を詰まらせた。

「勝利したが、そもそも敗北していなければ、か……」

 気を引き締め、倉庫区画の制圧確認に向かい始める兵の中で、ミスターの隣に並んだコロンバスが呟く。ミスターはバルクアームαが銃身を離した野戦砲をリトルボウに繋ぎ直しながら、それに応じた。

「自分が関われない敗北に巻き込まれることもあれば、自分の手で勝ち取れる勝利もある。悲しむべきことは悲しみ、喜ぶべきことは喜ぶ。それぞれを分けて考えることが、大事だと思いますよ」

「……含蓄のある言葉だ」

 頷くコロンバスとミスターの前で、兵達が倒れたバルクアームαからスタニングランスを抜き取っている。そして開放された操縦席からは、脚に貫通創を受け朦朧としながら、助け起こす兵の手を取るガバナーが起き上がる。

「しかしなるべく喜びたいものだ。悲しい出来事の中からも」

「そういうエゴが、人間らしさなんでしょうな」

 言葉を交す二人に、デスペラードに乗り込んだ隊員達が近付いてきた。手を振る隊員達にコロンバスは頷き、デスペラードの上へ、ミスターはリトルボウへと乗り込み、進撃を再開していく。

 

 随所から黒煙を上げる都市を、シングとフォーカスは上空から眺めていた。耳を澄ませば、ヴァリアントフォース指揮系統からの通信が入っている。

『一般市民の回収自体は完了、この都市の拠点としての価値も喪失した。各自、撤退行動に移り友軍の戦線へ帰還せよ――』

 そんなパラミディーズの声を、もはや完全に市街上空に達したブロックバスターやブリッツガンナー隊の発砲音が掻き消す。

 シングはフォーカスに振り向き、

「ま、俺達の仕事はもう終わっていたわけで。パラミディーズがこのあとどんな評価を受けるかが見物だよな?」

「残りの捕虜の情報体化を済ませてるので、イグナイト階級としては評価されるだけじゃないですかねえ」

 世間話を交すシング達の眼下、突入時に明けた防壁の穴からヴァリアントフォースが脱出すべく、その周囲で防戦を展開している。一気呵成に攻めるリバティーアライアンス兵の様子も見下ろしたシングは、首を鳴らした。

「んじゃまあ、俺達も適当にスコアを稼ぎながら帰りますかね。敵がノリノリなのは見てて気持ちいいものでもないし」

「ほほ、痛み分けとはいえ、こちらに有利な取引にしたいですねえ」

 対地攻撃の態勢に入り、二人の乗るシャイアンⅡは降下していく。響き渡る銃声に新たな掃射音が加わり、今しばらくそれは終わりそうに無かった。

 

 そして、一連の攻防からさらに時間は過ぎた。

 ハンプティ・ダンプティ・シティ攻略からの追撃戦により、リバティーアライアンスは戦線自体を押し上げることまでを成功させた。

 ヴァリアントフォースはハンプティ・ダンプティ・シティの市民を収容したことでこの戦線への興味を減じたか、反撃は散発的なものに終始した。新たな陣地に着任した兵達は、瘴気汚染対策のためにヘルメットを外せない中でも、リラックスした雰囲気を見せている。

「ここの戦争も、いったんは落ち着きますかね……」

「ああ」

 司令テント内で、コロンバスとコリンズが休憩を取っていた。六五三六小隊も、この陣地を築いてからは開店休業の趣だ。

「最後に勝ったのは我々だとはいえ、ヴァリアントフォースにしてやられたのは悔しいところですね」

 コーヒーを二杯淹れたミスターが、二人のもとへ歩み寄る。

 三人がテントの覗き窓に視線をやると、以前より戦線から遠ざかったハンプティ・ダンプティ・シティの防壁が見える。防壁と言っても、内部からの爆破とリバティーアライアンスの砲撃で半壊した壁はもはや巨大な廃棄物でしかない。解体の足場が組まれ、取り壊されている最中だ。

 この防壁の損壊に加え、市内生存者無しという惨状が決定打となり、ハンプティ・ダンプティ・シティの復興は絶望視されている。市内に残った人間には大多数のHDフーズ社員達が含まれており、都市の運営を行うHDフーズ自体がこの地上から消滅してしまったのだから。

 そうでなくても、ヴァリアントフォースの虐殺が行われた街だ。その記憶が薄れるまで住み着く者はいないだろうし、それまでに全ては廃墟と荒野に沈んでいくだろう。

 卵は割れ、何も生み出されなかった。アンドリューの行いも、市民達の未来も。

「まあ、もとからろくな結果にはならんだろうとは思っていたが、一番派手な終わり方になってしまったということだな。抱えていた爆弾が爆発するという、な」

 コロンバスは遠い目でそう言うと、ミスターのコーヒーを一口すすった。

「厚い防壁のためか、誰も彼も現実を直視していなかったのがあの街だった。保身する社長、抵抗しない企業、救済を求めるばかりの市民。戦線の真後ろで、ああ緩まれていれば、な」

「しかし、私達リバティーアライアンスはああいう街を、自由を守るためのものだったんじゃあ……」

「あそこにあったのは自由ではない。様々なパワーバランスが生んだ空白……単に野放図だっただけだ」

 コリンズの問いに、コロンバスは首を振る。ミスターはそれに頷きながら自身も席に着き、

「リバティーとは、人間が作り上げた自由のことだ。間違った押しつけにも、誰かに与えられると期待している者にも、訪れるものではない」

 ミスターの言葉に、コロンバスは頷き、コリンズは俯く。

「しかしそう考えると、人類が自由を維持していた時間は、決して長くはないのかもしれないな」

「少なくとも現代は違うでしょうね。我々が、求めて戦っている最中ですから」

「今あるのは、強い者のみが振る舞える摂理としての自由、フリーダムだけなのかもしれないな」

 コリンズが悲しそうな表情で二人の間に視線を彷徨わせる中、ミスターは視線を戻す。逆の覗き窓、塹壕の側へ。

「どこもかしこも、最前線ですからね……」

 いかなる姿も、秩序も存在しない荒涼。この戦線が落ち着いたことで、ミスターも他の者も、またその中に踏み込んでいかなければならなくなるだろう。それぞれが打ち立てようとするもののために。


 
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