No.956310

ウロボロス・イーター ① 人の世にさよならの日(プロローグ)

荒井文法さん

負の感情の強さに比例して、特異な能力を発現させるデバイス『ウロボロス・イーター』。

悪意に満ちた人間ほど強くなる世界で、ウロボロス・イーターを使う死刑囚たちが、実態のある概念『コンセプタクト』を排除していく。

死刑囚たちにとって、コンセプタクトを排除する理由はどうでもよかった。

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2018-06-13 22:44:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:292   閲覧ユーザー数:291

   プロローグ

 

 

 からっぽな金属音が響いて、僕の手錠が解かれた。

 死刑執行の通告を受けたばかりの僕の。

 何度も想像してきた最期の場面に、相応しくない音。

 

 僕に死刑執行を告げた職員達は、もういない。

 代わりにスーツ姿の男2人が、僕を外に連れ出して、車に乗せた。

 

 普通車。

 後部座席。

 柔らかいシート。

 窓の外に流れる日常。

 

 何年間拘置所に居たのか覚えるのをやめてしまったけれど、見慣れない薄っぺらな信号機や、信号待ちしている歩行者みんなが俯いて何かを見つめている奇妙な光景が、混乱している僕の脳に時間を突き付けた。

 

 美人が自信を撒き散らしながらフロントガラスの前を横切って行く。

 

 オカシテコロソウ

 

 死刑執行だというのに。

 

 ドアヲアケテ

 

 騒がしい。

 

 トビダセ

 

 手錠のない両手を見つめる。

 

 車のドアは開くだろうか?

 ウィンドウを少し下げてみようか?

 逃げられるんじゃないか?

 

 本能が激しく身体をゆさぶる。

 理性が身体を抑える。

 

 車を運転しているスーツ姿の男も、助手席に座っているスーツ姿の男も、一度も振り返らない。まるで僕のことを、わざと見ないようにしているみたいだ。

 

 動いてはいけない気がする。

 

 しばらくすると、僕を乗せた車は、高層ビルの地下駐車場に駐車した。スーツ姿の男2人は、僕を車から降ろして、駐車場のエレベーターに乗せた。

 

 エレベーターは最上階へ。

 

 エレベーターのドアが開いた先に絞首台がある場面を想像して吹き出した。

 スーツ姿の男2人が僕を一瞥。

 僕の頭、もともとおかしかったけど、いよいよ崩壊したらしい。

 

 エレベーターのドアが開いても、僕が期待した絞首台は無かった。

 代わりに、重厚なドア。

 スーツ姿の男が「部屋に入れ」と呟く。

 エレベーターから出てドアの前に行くと、スーツ姿の男2人は僕を残して、エレベーターで去った。

 

 重厚なドア。

 社長室?

 まあ、もう、なんでもいいや。

 

 今朝の僕を支配していた死刑の恐怖は、すっかり無くなっていた。感覚が崩壊したのだろうか。僕は、もう人間じゃないのか。

 

 ドアノブを引っ張る。

 部屋の中に、真っ白な髪の男が一人。笑顔で椅子に座っている。

 社長室に相応しい椅子、机、ソファー。

 部屋の奥の壁はガラス張りで、青い空しか見えない。

 

 「はじめまして、驚かせてしまったね、申し訳ない」

 白髪の男が笑顔で言った。

 「私の名前はキヨシロウです。君と話がしたくてね、ここに呼んでしまった」

 

 キヨシロウと名乗った白髪男の言葉は、ほとんど頭に入らない。

 なぜなら、キヨシロウの机の上に

 

 「君の愛用のナイフ。たぶん12年ぶりくらいだと思うけど」

 

 ナイフ。黒く。錆びて。

 

 「強盗強姦殺人、を、7人、だっけ?」

 

 逮捕されるまでの記憶が走り回る。

 

 「9人です。僕が殺したことになっていない女が2人います。」僕は正直に答えた。

 「隠さないの?」キヨシロウが少しだけ首を傾けながら言った。

 「そのナイフ」キヨシロウを見つめて「もらえるんですか?」

 「このナイフで、何するの?」

 

 ナイフの真っ黒い錆がゆらめいて、陽炎みたいに立ち上る。

 

 「女性を、探して、20代くらいの、外側ばっかり綺麗で、自分のことしか考えてなさそうなのを、見つけて、つけて、家と、行動パターンを、調べて、数ヶ月くらい、把握したら、一番いいとこで、首を、頸動脈を、一気に、絞めて、場所は、どこでも、いいから、人のいないとこで、まずは、●●●●をナイフで●●●●、女が●●●●のはとても●●●●から、僕の●●●●は●●●●で、それを●●●●●●●●と、女の●●●●は●●●●から、●●●●●●●●ながら●●●●と、●●●●●●●●、●●●●●●●●●●●●●●●●、●●●●●●●●●●●●で●●●●、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●、ははは、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●、すごい、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●、あー●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●へへ●●●●●●●●、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●、何度も、何度もだよ、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●うっ、か、は、あ、あー、、、それから●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●

 

 気が付くと、さっき、自信を撒き散らしながら歩いていた女の死体が、足元に転がっていた。右手には黒い陽炎の塊。

 

 瞬きすると、死体は無くなった。

 

 右手には黒い陽炎の塊。

 

 ガラスの壁の外に、赤い空。

 朝?

 夕方?

 ズボンの中が、液体で塗れている。

 

 キヨシロウの机の上にあったナイフはどこだろう?

 

 右手の黒い陽炎の塊が、生き物のような姿に変わっていく。

 

 「おめでとう」

 キヨシロウは、真っ黒な長方形の物体を耳に当てながら椅子から立ち上がって、僕に向かって言った。

 「人の世にさよならの日だ」


 
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