ep2『県令ってのは忙しい』其の二
「一刀様。警邏のお迎えに参りましたが準備の方はお済みでしょうか?」
「あぁ…悪いけど、もうちょっとだけ待っててくれ」
何だかんだありながらも無事に政務を済ませ、警邏の為に武器を磨いていた俺の部屋に凪が迎えに来る。
入る前に部屋をノックするあたりに、凪の生真面目さが伺えた。本当に、現代の人たちにも見習って欲しい所である。
「最近は、礼儀のなってない若者が多いからな…」
指で刃の背の部分を軽くなぞる。
「凪みたいなのは、新鮮でいい……ふぅっ」
最後に優しく息を吹き掛けて刃についていた小さな埃を飛ばす。
「…熱心ですね」
何処か感心したような声の凪。
「いざと謂うときに使えなかったら武器の意味がないからなー。 …よし、こんなもんで良いかな?」
仕上げに装飾の部分を磨き終え、とんと床に柄を立てた。
「それに、凪からの贈り物を粗末に扱ったら悪いだろ?」
部屋に射し込む光を浴びて、きらきらと美しく輝くそれを眺める。
鳳天降…それがこの武器の名前。
簡単に特徴を述べるとすれば、片手持ち仕様の軽量型二刄戦斧。装飾として中心に埋め込まれた大きな宝石の両側から、どちらかというと槍に近い凶悪な刃が顔を出している。
羽を広げた鳳凰を象った物らしく、その名の由来にもなっている。
「そんな…っ! 贈り物だなんて。…わ、私はただ、一刀様にはそれなりに相応しい武器を持って欲しかったという一心で…」
「…ありがとうな。まぁ、この武器に相応しいかどうかはこれからの俺の努力に掛かってる訳だし、凪の期待に応えられるように精々頑張るよ」
綺麗な銀髪を、さわさわと優しくほぐすように撫でる。
「あぅ…か、一刀様」
「ん~? どうした?」
なんだろう。朱里に対してもそうなんだが、知らないうちに頭に手を乗せてる事が多いよな、俺。
「よしよし」
まぁ、凪って特に犬っぽいからな。可愛たがりたくなるのも当然か。
「恥ずかしいです、一刀様…」
顔を真っ赤にしていやいやと首をふる凪。
あぁ…もう、なにこの可愛い生き物っ!
「凪、グッジョブッ!」
最高の笑顔を浮かべ、親指をグッと突き上げて見せる。
「…ぐっじょぶ?」
当然、凪はハテナ顔だ。うんうん、キョトンとした顔もなかなか…
「グッジョブっていうのは、天の国の言葉で『良い仕事した!』っていう意味だよ」
しかし、萌える萌えないは別にしても、こっちの世界で通じない言葉が多いのは不便だな…
だからと言って、この世界の人たちがみんなそんな言葉遣いだったら違和感バリバリだが。
「成る程…ぐっじょぶ」
納得したような表情で親指をグッと突き上げてみせる凪。もしかして、気に入ったのか?
「それじゃあ、そろそろ警邏に行こうか?」
「あっ! そうですね。警邏…はい、警邏に行きましょう!」
その顔は、警邏の事忘れてたな?
「…凪って、真面目そうに見えて何処か抜けてる所があるな」
「べ、別に警邏の事は忘れていた訳ではなく…」
「本当に?」
「うぅ…忘れてなどいません!」
子供のようにむきになる凪。ちくしょう、マジで可愛いな…!
「は、早く警邏に行きましょう! あんまり遅いと置いていきますよ!」
そのまま勢いよく部屋から駆け出して行ってしまう。
「あ、ちょっと凪!?」
鳳天降を掴み、慌てて部屋を飛び出したが、既に凪の姿はそこにはなかった。まさか、本当に置いて行かれるとは…
「意地悪しすぎたか?」
俺って、実は結構S気質持ちだったりするのかもしれないな。
「仕方がない。1人で行くか…」
まぁ、自分の撒いた種だからな…。
「うん、異常なしっ!」
黄巾党に襲われた直後の町だから、もう少し治安が悪くなっているかも…と思ったのだが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「それにしても、復興が早いな…」
流石に、もう既に立ち直っている店があるのには驚いた。
「飲食店に、雑貨屋…それから市場。本当にこの国の人たちは凄いな」
先程、市場で貰った桃を1つ噛じる。
手元にはあと2つ、朱里と凪の分の桃を残してていた。
「喜んでくれると良いんだけどな」
ふっと自然に笑みが溢れる。
よく考えてみると、彼女たちに出会ってから、まだ一週間も経っていない。
それなのに、自分にとって彼女たちは最早家族と呼んでも差し支えの無いほど大きくて、大切な存在になっているのだ。
「思えば、不思議なことだよな…」
感慨深いななどと思いながら、桃をもう一口噛じった。
「ねぇねぇ、お兄さん」
「え、俺?」
不意に声を掛けられ、その方向を振り向くと、何処からどう見ても怪しいとしか言い表せないような黒服と言うか、黒布で全身を包んだ人間(?)が俺を手招きしていた。
声から判別するに、多分女の子だ。
「そうそう、そこのアナタっ! ちょっとあたしのお店に寄っていかない?」
取り敢えず、『オバケちゃん』と呼ぶことにしよう。勿論、心の中でだが…
「…お店?」
「うん! 来るよね? 来るよね! 来てくれるよね!」
女の子は俺の返事を一秒たりとも待たずに、その子供っぽい声に全く似つかわしくない凄い力で裏路地へと引き摺っていく。
「ちょっ!? オバケに喰われるーっ! だ、誰かーっ!!」
「オバケって、誰?」
不思議そうな声で問い掛けてくる少女。
「お前の事だっ!」
「うん、あたしオバケ好きだよ?」
既に会話が成立していませんよ、お嬢さん。
もう…どーでもいいです、好きにしてください。
暫く引き摺られていくと、裏路地の奥に急に広場のような場所が姿を現した。
「…で、お店ってどこなんだ?」
漸く停止した女の子に問い掛けると、「あれだよ~」広場の奥を指差す。
「…あれか?」
指先を追うと、今にもぶっ潰れそうな木造一階建ての建造物が目に飛び込んでくる。
『不思議』
屋根から縄で吊るされた看板にはそう記されていた。いや、寧ろその看板こそが一番不思議だ。
訂正。
今、俺の目の前に立っている女の子が一番不思議だ。
「あ、自己紹介がまだだったねっ! あたしは凌統っていいます。因みに…字は公績、このお店『不思議』の店主です♪」
若干嬉しそうな表情のオバケちゃんが、ピョンピョンと俺の眼前を跳ねる。
というか、凌統って三国志では呉に仕えていた勇将と名高いあの凌統かっ!? 色んな意味で、激しく気になる。
「あのな…自己紹介をするつもりなら、まずそのオバケ布を取ってからにしてくれ。人と会話している気がしない」
取り敢えず、オバケ布は没収な。
ひょいと頭の天辺部分を指で摘んで持ち上げる。
「駄目! それ、あたしの服ーっ!!」
「び、美少女だと…?」
やや悲鳴染みた声に構わず取り上げたオバケ布の中から姿を現したのは、見た目朱里と同じくらいの可愛らしい女の子。
手触りの良さそうなフワッとした栗色の髪が特徴的だ。
…しかも、全裸。
「だから、駄目って言ったのにぃっ!」
両手で自分の身体を守るように抱き、必死で裸体を隠そうとする。
「お前…下着ぐらいちゃんと着ろーっ!!」
何故か下着すら着けていなかった凌統に、慌ててバサッと制服の上着を被せた。
「うぅ…もう、あたし、お母さんになれないよぅ…ぐすっ」
なんだ、その例えは…。お嫁さんにいけないならまだ分かるが、表現が遠回しすぎだろう。
「あ~、悪かったよ…」
「悪かったで許されることと許されない事があるのっ! あたしの純潔は天の御遣い様に捧げるって決めてたのにぃ!」
「いや、マジで悪かった……ん? 今なんて言った?」
なんだか聞き捨てならない台詞があった気がしたのだが…。
「悪かったで許されること許されない事があるのっ!」
「いや、その後」
もしかして、分かって言ってるのか?
「あたしの純潔は天の御遣い様に捧げるって決めてたのっ!」
「…マジで?」
「何でそんな変な生き物を見るような顔してるのよっ! あたしが誰の事を好きになろうがあたしの勝手でしょ!?」
そりゃあ、そんな顔もするだろうよ。
だって、天の御遣いって俺の事だもん。
「まぁ…」
泣きながら喚き散らす凌統の勢いに若干押され気味になる。
ま、最初から押す押されるもないんだが…
「いい? 天の御遣い様は凄い人なんだよ!? この国の人、みんなに優しくて、強くてカッコよくて、キラキラ輝く服を着てて……あれ?」
キラキラと輝く服を来ているのは認めよう。
ただ、俺はそんなに強くもなければ、優しくもないし特別カッコいい訳でも…
「キラキラ輝く服を着てて…」
凌統は何事か呟きながら、自分が今羽織っている俺の制服を凝視する。
「カッコよくて優しそうな顔つき…」
それから、凝視する対象を俺の顔に変えた。
あんまり見つめられると恥ずかしいんだが…
「もしかして、貴方が天の御遣い様…?」
「あ、あぁ…俺は北郷一刀。一応、天の御遣いだよ」
正直に答えると、驚きからなのか凌統は一瞬凍りついたように固まった。
「……」
「おーい、凌統さーん? もしもーし?」
「ぎにゃ…っ!?」
トントンと肩を軽く叩くと、驚いた猫のようにビクッと大きく飛び上がった。
「も、ももももももも」
「…桃?」
「申し訳ありませんでしたーっ!! あ、あたし…お兄さんが天の御遣い様だなんてつゆにも思わずとんだ御無礼を! どうしよう! 本当にお母さんになれなくなっちゃったよぉぉおおお!! うわあああん!」
な、なんという高速謝罪。そしてこの取り乱し方…! 付け加えるのなら、やっぱりお嫁さんじゃなくてお母さんなのな!?
「ちょっと!? だ、大丈夫だから! 落ち着こう!? あぁ、もう服が落ちた…!」
取り敢えず、このままだと色々不味い気がしてきた。
ハラリと地面に落ちた俺の制服を拾って、もう一度泣きじゃくる凌統に被せ、そのままひょいと抱えあげて目の前の不思議(屋なのか?)に飛び込む。
「うわあああん!!」
「ほら、俺は何とも思ってないから……あぁ、もう! こっちが泣きたいっ!!」
神よ、私が何をしたと言うのでしょう。
「少しは落ち着いた?」
目の前で鼻を啜る凌統に塵紙を渡しながら話し掛ける。
「…うん。さっきは泣いちゃってごめんなさい…ぐすっ」
さっきの事もあって、涙腺が脆くなっているのか、また泣き始めてしまった。
「いいよいいよ。別に気にしなくていいから泣くな、ほら…」
今度は、ハンカチを手渡す。
「うぅ…ひっく。ありがとうございますぅ…!」
待て、鼻をかむな鼻を。そして、何事も無かったかのようにハンカチを俺に返すんじゃない。
そして、涙はオバケ布で拭くのな。
俺のハンカチ<オバケ布とか…本当に泣きたい。
「じゃあ、改めて自己紹介な? さっきも言ったけど、俺は北郷一刀。この国の県令で、皆からは天の御遣いなんて言われてるよ」
「ぐすっ…あ、あたしの名前は凌統。あざ…字は公績。この不思議屋の店主をしてます…ひっく」
泣いていたせいか、震える声で話す凌統。
「よろしくな?」
頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩くように撫でる。
なんだろうな。俺は今、迷子コーナーの係員のような気持ちを味わっている。
「…うん」
保護欲という表現が一番正しいんだろうな。
「それで、凌統は何で俺をこの場所まで連れてきたの?」
「真名…」
「え?」
凌統は、小さく囁くようにポツリと吐き出した。
「あぅ…あたしの事は、朧でいいよ」
「…そぼろ?」
それは…また、随分と美味しそうな真名だな。
「違うよ…おぼろ、ですっ!」
あーオッケー。把握したから、泣くな。そして、手に持っている冗談みたいにデカイ剣を仕舞え。
「それでだ。もう一回訊くけど、朧は何で俺をこの場所に連れてきたの?」
朧が剣を鞘に仕舞い終わるのを待って、もう一度問い掛ける。
「え? あぅ…えっと、その~…それは、うん。アレです! お店にお客さんを呼び込んで、ついでに天の御遣い様に逢うための情報収集をするために…」
確かに、呼び込みでもしないと誰も来ないだろうからな。というか、見つからないし、見つけられない。見つけたとしても、回れ右して帰るんじゃないか?
シュンとしている朧を、少し哀れみを込めた目で見つめた。
「じゃあ、既に朧の目的は両方達成されていた訳だ」
会話しながら、さっきから気になって仕方がなかった不思議屋の中を見て回る。
「でも、その意味も無くなっちゃったけどね…」
商品棚の中に所狭しと並べられた、如何にも怪しげな物品を眺めながら会話を続けた。
「どういうことだ?」
チラリと視線を移すと、棚の向こう側に見える彼女が、顔を伏せて悲しげに呟く姿が見えた。
「だって、あたし…きっとお兄さんに嫌われちゃったよ…」
どうやら、凌統という人物は、自分が気になったことを結構根に持つタイプの人間らしい。
「そのお兄さんは、朧の事を嫌いだって…一言でも言ったか?」
「言ってないけど、絶対あたしの事を嫌いだって思ってるよ…」
表情は窺えないが、きっとまた泣いているのだろう。
「そう思ってるならなら、はっきり言ってやらないとな。俺は…朧の事を嫌いだとかは全く、これっぽっちも思ってないぞ?」
棚を回り込んで朧の近くまで歩み寄る。
「…本当に?」
「あぁ、本当だとも。自慢じゃないが、俺は生まれてから今まで生きてきた中で、一回も嘘をついたことが無いからな」
それにな、と頭に手を乗せつつ言葉を繋ぐ。
「正直な所…俺は、嫌いな人と普通に会話できるほど器用な人間じゃないんだよ」
あははと笑いながらもう一度商品棚の怪しげな物品の物色に戻る。
「だから、安心しろ。別にさっきの事は気に負わなくていいから、な?」
一際目立つ位置に置かれていたシルバーネックレスのような物を手に取りながらそう締め括った。
というか、この時代にも銀ってあったんだ…
「う…はい!」
「別に、無理して敬語を使わなくてもいいんだぞ? 嫌とかそういうんじゃないんだけど、皆、俺に対して敬語だから…寧ろ、朧みたいなのは新鮮でいい」
「あははは……うん! やっぱり、お兄さんは優しい人だね」
オバケ布で涙を拭い、朧は俺の隣に並ぶ。
「そうか? そんなに優しくもない気がするんだが…」
実際、自分の事をSだと認めているくらいの人間だしな。
「そんなことないよ。本当に、お兄さんはあたしの思った通りの人だった。 貴方になら、あたしの命…賭けてもいいのかもしれない…」
そう語る彼女の横顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「朧…?」
突然、何の前触れもなしに、先程も見た冗談みたいに大きな剣が俺に差し出される。
「あたしの持てる武と知。その全てを貴方に…天の御遣い様に捧げると、この迅龍大牙の剣にかけて誓いましょう」
そのまま、朧は俺の前に膝をつき臣下の礼をとった。
「勿論、あたしの純潔も」
俺の顔を見つめながら、悪戯っぽく笑う。
「あ、あはは……はぁ」
どうやら、俺の家族はもう1人増える事になりそうだ。
「さて、誓いを立てたということで、本日付けでこの『不思議屋』2号店の方を閉店とさせて頂きます!」
朧は、晴れやかな声でそう言って、万歳のポーズをとる。
まて、2号店ってなんだ2号店って。
「というか、この店。客が来たこと一回でもあるのか?」
「それは勿論……あれ? うん。考えてみれば、お兄さんが初めてのお客さんだ」
ちょっと待て。
半分冗談のつもりで訊いたのだが、既に店として成り立ってすらいなかったとは……恐るべし『不思議屋』。
「ま、閉店につき、この怪しげな商品どもは廃棄処分するとして…」
「え? お城に保管してもいいの!?」
更に待て。顔を輝かせてそんな事を言うな。
なんだ? もしかすると…朧の中では、この国の城=廃棄物処理場なのか?
「いや、これは処分の方向でだな…」
「お兄さんが優しい人で良かった~」
だ、駄目だこいつ。早くなんとかしないと。
全く会話が噛み合わない、というかそもそも、マトモに会話が成立しない。
全く…俺が初めて警邏に出て、その結果手に入れたものはもしかすると後々我が国に災いをもたらすやもしれん。
「あれ?……警邏?」
そう言えば俺、まだ警邏の途中だったんじゃないか…
「やっば…」
「どうしたの、お兄さん?」
当然、何も知らない朧は俺の慌てぶりを見て小首を傾げる。
「いや、誰かさんのせいで警邏をサボッちまったからな…」
「きっと、それはオバケのせいだねっ!」
あながち間違っちゃいないが、全部お前のせいだ。凪にバレたらどうなるんだろう。やっぱり怒られるだろうな…
「ブルッ…」
思わず身震いして周囲を見回す。
当然ながら凪の姿はないのだが。取り敢えず、サボりがバレないうちに仕事を再開するのが得策だろうな。
「ふぅ…取り敢えず、俺は警邏の方に戻るけど…朧はこれからどうするんだ?」
「勿論、一緒に行くよ!! 」
大剣を抜刀して中段の構えをとりながら勇ましげにそう言う。
…待て、振り回すなこら!
ブオォォオオオンッ!! ガンッ! ズザザザザー!!!
剣の先が、俺の頬に赤い線を作りながら目の前を通りすぎていった
「あ、危なーっ!! 取り敢えずそれを仕舞え! 俺が死ぬーっ!」
必死で絶対一撃必殺確定の暴走を逃れ店の外に飛び出す。
俺のすぐ後ろで『不思議屋』の看板が木っ端微塵に砕けとんだ。
あぁ、神様。既に災いは起きていたんですね?
「だって、重くて止まれないもん!…嘘だけど」
「嘘なら止まれぇぇええ!!」
嬉々として迫り来る、殺戮兵器と化した朧から逃げる避ける、そしてまた逃げる。
何処をどう走ったのかは憶えていないが、漸く裏路地からの脱出地点に辿り着いた。
「ちょっと待ってよー! お兄さーん!」
「だったらその物騒な剣をさっさと仕舞えぇぇええ!」
危うく頭の後ろに刺さるところだった一撃をかわして、勢いよく表通りへと飛び出す。
「賊だーっ! 誰か助けてくれーっ!」
それと重なるように、近くで悲鳴があがった。
えっ!? もしかして俺の事ですか!?
「え!? もしかしてあたしたちっ!?」
後ろで朧が驚いたような声をあげるのが聞こえた。
ブルータス、お前もか…
あまりのタイミングに、俺達は一瞬そんな事を考えてしまった訳だが、逃げていく人が俺たちの事を気にも留めていないのを見ると、どうやらそれは思い違いだったらしい。
「…み、御遣い様っ! 娘を助けてください!!」
雑踏の中で立ち尽くしていると、先程の悲鳴の主と思わしき初老の男性が、俺に泣きついて助けを求めてきた。
表情を窺うと、今にも倒れそうな程に憔悴しきっていて、立っているのも辛そうといった感じだった。
…どう考えても、これはただ事ではない。
「なにがあったんだっ!?」
驚きつつも訊ねると、男性は「娘を助けてください」ともう一度繰り返し、丁度俺の後ろに当たる道の方角を指さした。
「コイツの命が惜しけりゃあ、ありったけの酒と金を持ってこい!!」
「あ、アニキに逆らうと本当に殺されちゃうから…言うことを聞いた方がいいんだなぁ」
「クケケケ…」
指をさされた方を振り向くと、まだ俺と同じくらいの歳の女の子の首に刃物を当てている筋肉質な男と、その部下と思わしきデブと小さいの(笑い方が妖怪っぽかった)の合計3人の姿が視界に飛び込んできた。特徴として、それぞれが頭に黄色の布を巻いている。
女の子は恐怖からか気を失っているようだ。
「くっ…!」
下手に動くと、女の子を傷つけてしまう可能性がある。
「ねぇねぇ、そこのおじさんたち?」
救出にあたって、いい策はないかと考えていると、何を思ったのかふら~っと朧が三人に向かって歩いていった。
「へっへっへ……なんだよ嬢ちゃん。お前もこの女みたいになりたいのか?」
「お金とお酒を貰ったら、そのお姉ちゃんを放してくれるの?」
頭の悪い笑い声をあげた小さいのを軽くスルーして、アニキと呼ばれた、リーダー格と思わしき人物に話し掛けた。
「…は? そんな訳ないだろうが。俺達は、酒と金とこの女の身体に興味があるんだからよっ!」
「…へぇ」
その言葉を聞いた瞬間、朧の雰囲気が変わった。
まだあどけなさの残る端整な顔の中に、静かな怒りの影が生まれる。
周囲に重圧にも似た殺気が満ちていく。
今の一瞬で、空気が――凍った。
「そう、それなら…」
襲い来る殺気を振り払うように、今まで女の子に突き付けていた刃物を朧に向けて降り下ろしたアニキ。
しかし、朧は、その一撃を鬱陶しいハエを追い払うような動作で簡単に払い除け、一言。
「The hell is shown to you.(貴方に地獄を見せてあげる)」
そう呟いて、目に見えない程の速度で鋭い蹴りを放った。
「ぐあぁああああああっ!!」
「「ア、アニキー!!?」」
それは綺麗に腹のど真ん中に命中し、アニキは大きな弧を描いて空中を舞った。
ドサッという鈍い音をたてて地面に叩きつけられる。
「ぐぇっ…! テ、テメエ何をしやがる!…がっ!?」
朧は、腹を押さえ苦しみながらも起き上がろうと必死にもがくアニキに常人の目では追えない程の速度で距離を詰め、追撃のヤクザキックを加えた。
「Will you have said? The hell is shown.(言ったでしょう? 地獄を見せてあげるって)」
声もあげられずのたうち回るアニキをわざと踏みつけるようにして、朧は女の子を抱え上げると俺の所まで連れてくる。
勿論、帰ってくるときに二度轢きするのも忘れない。
「役に立つでしょ? あたし」
つい一秒前まで物凄い殺気を放っていたなどとはつゆにも思わせない子供っぽい声で、胸を張って誇らしげに語る朧。あー…取り敢えず、突っ込みどころ満載だ。
「まず、何でお前は英語を話せるんだよ?」
俺の記憶に間違えがなければ、ここって中国じゃなかったか?
「それは……えぇっと、秘密だよ! あと…はい、お爺ちゃん! お姉ちゃん助けてきたよ?」
「……(”゚Д゚)ポカーン」
朧は、開いた口が塞がらずにぽかんと呆けている男性の手に気を失っている女の子を抱えさせる。
結果的に、助かったからこういうことも思えるのだが、見ていてかなりシュールな光景だ。
「感動の再会だね!」
お前の目には何が映ってるんだ、おい。
朧は満足そうにその光景を眺め、それから、今まさに起き上がろうとしているアニキとその側でオロオロと狼狽えている2人の方に向き直った。
「…じゃあ」
大剣をスラリと抜き放ち、切っ先を彼らに向けた。
「The nuisance must disappear.(邪魔者は消えてね?)」
「ぐっ…よくもやってくれたな!? お前ら、俺達が誰だか分かってるのか!?」
よろめきながらも立ち上がり、アニキが叫ぶ。
それに呼応するように、小さいのが小刀を大袈裟な動作で抜き放った。
どうも中二病臭いんだが、そこは敢えて突っ込まない。
「誰って、お前ら黄巾党だろ?」
そう言って鳳天降を構えると、3人の間に何故か驚きが走った。
「な、なんで知ってるんだなぁ~?」
「絶対バレないと思ったのに…」
「おい! そこの変な奴、なんで俺達が黄巾党だと分かったんだ!」
いや、頭。その頭部に巻かれた黄色の布が、貴女方の正体を全て物語っております。
あと、お前が変な奴って言うな。
「ひょっとしたら、この人達って凄い馬鹿な集まりなんじゃない?」
呆れたような顔の朧。激しく同意する。
「あ~…もしくは病気な。特にそこの肥満野郎とチビ」
なんか、見た目からして滅茶苦茶頭悪そうだしな…。よし、今後こいつらの事はズッコケ三人組と……
「俺達が馬鹿だとぉぉおお!? もう許さねえぞ! 死ねぇええええっ!」
「名付けよう……っと危ない危ない」
いきなり、ハチベエ(小さいヤツ)が斬りかかってくる。
ヒュンッ! と高くて軽快な風切り音を奏でながら、目の前を小刀の刃が通過していった。
「避けるなあっ!」
連続してヒュンヒュンとやって来るナイフをバックステップとサイドステップを活用して回避していく。
「伊達にモン○ンやってないからな。回避に関しては、もはや神の領域だ」
ぶっちゃけ、モン○ンとかなんにも関係ないけどなっ!!
「訳わかんねぇことほざいてんじゃねぇぞ、コラァ!」
叫びながら繰り出されたハチベエ渾身の突きを鳳天降の柄で軽くいなす。
「お前がほざくなよ、ハチベエ!」
そのまま、ハチベエの顔面目掛けて回し蹴りを放った。
…ドグシャアアッ!!
鈍い音をたてて蹴りが入る。
鼻血を流しながら、横っ飛びに吹き飛んだ。
「「チ、チビーーッ!!」」
ハカセ(アニキ)とモーちゃん(肥満野郎)が地面に叩きつけられたハチベエに駆け寄る。
「チ、チビッ! しっかりしろチビーーッ!!」
な、なんか始まったーーっ!?
ヤンキー映画のワンシーン宜しく、がくがくとハチベエの身体を揺するハカセ……あぁめんどい。チビとアニキでいいや。
「ア、アニキ…デク、必ず俺の仇を……『ヒューン…グシャッ!』ぐぇっ!」
「ふう、トドメッ!」
大事な台詞も最後まで言えず、空中から落下してきた朧に踏まれ気を失うチビ。
憐れだ。責めて、口上くらいは最後まで言わせてやろうか?
「テメェ…俺達が明日この国を襲う予定だったのを知っている上に、チビを殺りやがって…生かしちゃあ置けんっ!」
キレたアニキが、今まで何処に収納されていたのかが物凄く気になるのだが、巨大な戦斧を薙ぎ払うように振るってくる。
いや、前半の件について俺は全く知らないし、チビは死んでない。
そもそも、やったのは俺じゃないですよアニキさん。
「この国を襲うって、どういう事だっ!」
戦斧を弾き返しながら叫ぶ。
「フンッ! 知らなかったのか? まぁいい、冥土の土産に教えてやる、明日の朝方…俺達の仲間がこの国を襲う。……殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くしてやる!!」
ブォンッ!と斧を振り下ろしながらそう言った。
「ほぅ、それは良いことを聞かせて貰った」
しかし、振り下ろされた斧は俺は愚か、鳳天降にかすることもなく柄の途中からポッキリと折られ、空中で消滅した。
「なっ!?」
こんなことを出来る人間を、俺はこの世界で1人しか知らない。
「お怪我はありませんか、一刀様?」
すたっと、俺の前に降り立った凪が心配そうな顔を向けてくる。
「あぁ、大丈夫。俺ならピンピンしてるよ」
「よかったです…。それと、先程は申し訳ありませんでした…」
何処か気まずそうに謝る凪に気にしてないよと笑いかけた。
「…そちらの方は?」
凪が大剣の柄でデクをつつきまわしている朧を見つけ問い掛けてくる。
「い、痛いんだなぁ~」
「It is interesting.(面白い!)」
苛めるな、楽しむな。
「ちょっと? やり過ぎ。やめなさい、朧! 悪いな、コイツ暴走すると止められないんだよ…」
「こ、怖かったんだなぁ…」
何故かデクに謝りながら朧をこっちに引っ張る。物足りなそうな目でこっちを見るな。
イジメ・ダメ・ゼッタイッ!!
「ほら、朧」
背中を押して凪の前に立たせる。
「うん! あたしは凌統。字は公績だよ♪…あっ! あと、真名は朧!よろしくね?」
「私の名は楽進。字は文謙だ。よければ、凪と呼んでくれると嬉しい。是非仲良くしていこう…そぼろ」
「そぼろ違う、おぼろっ!」
「す、すまない! そうだな。そんな美味しそうな名前の人間がいる訳…」
凪、なんでそんなに残念そうな顔をする。
此方では、賊などそっちのけで自己紹介という名の漫才が始まってしまった。
一方、アニキはというと、2人の間で握手が交わされる頃になって漸く得物を折られたショックから立ち直ったらしい。
「お、お前ら何者だっ!」
少なからず慌てているのか、甲高い声で叫ぶ。
「俺か? 俺は通りすがりの仮面ライd「この御方は、貴様らのような腐った輩を滅し、大陸に平和をもたらさんとこの地に舞い降りた天の御遣い、北郷一刀様だ!」…ごめんなさい」
あーあ…この台詞、一回言ってみたかったんだけどな~
「何故に一刀様が謝るのです?」
「いや、いいんです凪さん。俺が全部悪いんだから…」
俺の小さな夢なんて…どうせ、どうせ…
…いじいじ。
いじけて、地面にのの字を描き始める。
「はぁ…」
「お兄さん、お絵描き…楽しい?」
こんなの全く、これっぽっちも楽しくくないやいっ!!
「お前ら、いい加減にしろっ! 天の御遣いだか、おつかいだか知らないが、俺達に楯突いて生きて帰れると思ってんじゃねぇぞっ!!」
待ちきれなくなったのか、とうとうアニキがデクから刀を奪い取り、俺に向かって斬りかかる。
「…ならば、私はこう返すとしよう」
だが、凪がその一撃をいとも容易く素手で受け止め、先程と同じようにへし折りながら言葉を返した。
「私の大事な主人に傷をつけようとして、五体満足な身体で無事に帰れると思うなよ、と」
――キィィイイイインという音を奏でながら凪の右手に光が集まり始める。
…氣だ。
説明は難しいので省かせてもらうが、某野菜の戦闘民族が出てくる漫画を想像してもらえば大抵の人間には伝わると思う。
今度、使い方を教えてもらおうかな?
「下衆が…もう二度と、この国に姿を現すな!」
ドゴオオォォンッ!!と凄まじい爆音と共に、ピカ○ュウの電気ショックを喰らった某悪者のような感じで蒼天に消えていくアニキ。
「忘れ物だよー?」
そして、何でもなさげに、意識を失って倒れ伏していたチビ&茫然と立ち尽くしていたデクを大剣の腹で打ち上げ、かっ飛ばす朧。
メジャーリーガーも吃驚だな。
「死にはしない、たぶん」
何処か物騒な決め台詞を残し凪が俺に向き直る。
「さぁ、城に戻りましょう一刀様。あの黄巾党の話が本当だとすると、大至急軍議を行う必要があります!」
明日の朝までに軍議と兵の準備を終わらせないといけないのを考えると、今から始めてギリギリ間に合うといった所か。
「そうだな。おーい! 朧、行くぞー…って何やってんだお前は」
何を思ったのか、オバケ布を頭から被って俺の後ろの方をフラフラと彷徨い歩いていた朧を捕まえる。
昼だからまだいいものを…夜だったら、子供が泣くぞ?
「何って、お城に行くから正装しなきゃと思って…」
ほう、お前の中では、それが正装になる訳か…
「いや、さっきまで着てた服でいい」
最初から薄々(というか、ビンビンに)感じていたのだが、どうも凌統という人間は他の人間とは感性が違うらしい。
「…可愛い」
そんな朧を、まるで縫いぐるみでも愛でるかのように抱き締める凪。
どうやら、人とは違う感性の持ち主は割りと近くにも1人存在していたらしい。
「全く、軍議するんじゃなかったのかよ…」
ため息をついて、城への帰り道を歩きだす。
ま、2人は放っておいても後から追いつくだろう。
「やる気があるんだか無いんだか…」
本当に、この国の未来が心配だ。
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今回は、凪拠点+ストーリーの進行を徒然と・・・
長くなりますが、楽しんで頂けた嬉しいです!