No.945160

双子物語83話

初音軍さん

雪乃(妹)とその彼女のお話。

2018-03-15 16:20:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:571   閲覧ユーザー数:571

双子物語83話

 

【叶】

 

 ここ最近、先輩がゲーム会社へ行く回数が増えている。やりたいことがやれて

幸せそうにしている先輩の顔を見るのは好きだけど一緒にいられる時間が少なくなり

私は少し不満である。が、そんなこと先輩に言えるはずもなく。

 

 悶々とした状態で柔道の練習をしていたらコーチから叱られた。

 

「こら、小鳥遊。ぼやっとしてないで集中しろ!」

「はい…!」

 

 とはいえ言われてすぐに切り替えることなんて難しくて、少し休憩した後でも

力が入り辛くまた気づかない内に気が抜けていた時。

 

「…!」

 

 練習相手に思い切り投げられた後、受け身が取り切れず利き腕に全体重が乗るような

落ち方をして…嫌な音が聞こえた。

 

 

【雪乃】

 

 好きな仕事に関わりたいと思って、今まさにその入り口でがんばっているというのに

通う日が増える内に疲労が溜まっていっている気がした。

 

「大丈夫?」

「え、あ…すみません」

 

「顔色悪いわ。今日はこの辺で切り上げましょうか」

 

 私について教えながら仕事をこなしている早矢女さんは私の様子を見て

心配してくれている。早矢女さんも忙しいのに、申し訳ない気持ちになる。

 

「すみません…」

「いいわよ。慣れない環境だし、貴女のことは社長から聞いてるからね」

 

 そう言って私を入り口まで送ってくれた。

 

「本当は駅まで送りたいんだけど、仕事がまだ残ってるから」

「いえ、ここまででいいです。ありがとうございます」

 

 私はだるく重く感じながら何とか家までたどり着いてドアを開けると

珍しく叶ちゃんが早く帰ってきていた。そしていつもとは違う、利き腕を見ると

ギプスをはめているのがわかった。朝はいつも通りだっただけにその姿を見て

衝撃を受ける。

 

「どうしたの、それ…」

「いやぁ…。何というか、練習で下手をして…」

 

 すごく気まずそうに俯きながら説明をする叶ちゃん。どうやら骨折をしているようだ。

 

「珍しいじゃない。叶ちゃんがそんな失敗するなんて…」

 

 冷静を装うも少し声が震えてギプスにそっと触れて叶ちゃんを見る。

本人はそんなにショックを受けてはいないようだった。それよりも私を見ると

申し訳なさそうにしている表情の方が印象が強かった。

 

「注意力散漫だったのは、もしかして…最近あまり一緒にいられてないのが

原因だったりする?」

「いえ、いえ…!そんなことは…ないですよ!?」

 

 最後の部分がけっこう声が上擦っていた。叶ちゃんは嘘が下手だからわかりやすい。

 

「ふうん、なるほど…」

「あ、でも別にそのことを言い訳にしたくないというか!私の心の弱さが原因なんで!」

 

 チュッ

 

 慌てて言う叶ちゃんの額に軽くキスをすると言葉が止まりきょとんとして私を見る

叶ちゃん。

 

「ごめんね、確かに最近色々ありすぎたね…」

 

 その原因は私の不調にも関わりそうな部分もあることがわかったから良かった。

 

「その怪我、治るまでなるべく一緒にいるね」

「そんな気にしなくても…」

 

「私がしたいの」

 

 それから食事やお風呂で利き腕が使えない部分は私が直に手伝ってあげた。

そのたびに恥ずかしそうにしている叶ちゃんの表情が可愛くて私は構いたくなる。

私の様子を見て安心したのか、途中から叶ちゃんも私に身を委ねてくれる。

 

 特に食事時の「アーン」させるとき、最初こそは恥ずかしそうに抵抗を見せつつも

途中からは顔を赤くしながら素直にあーんしてくれる姿がとても可愛かった。

お風呂ではお互いに慣れない部分もあって一緒に照れながら洗ってあげた。

 

 そういう風に過ごしている内に夜中になり、叶ちゃんを先に部屋に入らせた後。

私は少し離れた場所でまだ起きているであろう早矢女さんに連絡をとった。

 

 数回コール音が鳴った後に電話に出た早矢女さんは少し驚いたような声で私に声を

かけてきた。

 これまで電話で早矢女さんとは連絡を取ることがなかったからだろう。

心配そうな声で聞いてくる早矢女さんに私は力ない言葉で悩みを打ち明けた。

 

 彼女が怪我をしたこと。プライベートが上手くいかなくなってきたこと。

自身の体力が持たなくなってきたこと。早矢女さんは私の弱音を親身に聞いてくれた。

 

「まずは彼女さんのこと優先してあげて。まだ仕事は体験のようなものだから。

それと体調に関しては私も考えたのだけど」

「やっぱり辞めた方がいいんでしょうか…」

 

「…ふふふ」

 

 急に笑い出す早矢女さん。

 

「真面目だね。この仕事だけがすべてじゃないからその選択もあるけれど…まだ他にも

方法はあるんだ。聞いてみる?」

「はい」

 

 集中して耳を傾けると早矢女さんは優しい声で私に告げてきた。

 

「雪乃ちゃんはパソコンって使える?」

「はい、少しは」

 

「なら自宅で作業する方法もあるんだけど、教えたり協議したりとかはパソコンを

通じてやりとりできるし」

「なるほど…」

 

 頭の中が少し白くなっていてなかなか内容が入ってはいかないが大まかには

何とか理解できる範囲ではあった。

 

「それでもいいなら、やってみない? 私が社長に相談してみるから」

「あ、ありがとうございます…!」

 

「いやいや、未来の可愛い後輩のためだもの」

 

 最後の言葉はどこか嬉しそうにウキウキしたようなリズムで言ってからお大事にと

言って通信を切った。多分叶ちゃんのことを言ったのだろう。

 

 電話が切れてしばらくその場に留まって静まり返った空間にソファに寄りかかりながら

ボーっとしていた。すると後ろから寝ているはずの叶ちゃんが私の隣に座ってきた。

 

「どうかしましたか?」

「ん~…」

 

 叶ちゃんの顔を見ているとものすごく甘えたくなってきた。

叶ちゃんもいつもの私と違うのを感じているのか。そっと寄り添ってきて頭を撫でてきた。

 

「叶ちゃん…?」

「あ、ごめんなさい。何か疲れてる様子だったので…つい…」

 

 いいや、もう難しいこと考えずに今は存分に甘えてしまおう。

そう思ってからはスッと気持ちが楽になって私は叶ちゃんに顔を近づけて

頭を叶ちゃんの肩の辺りに預けた。

 

「ありがとう…。もう少しして…?」

「ふふっ、今日の先輩はあまえんぼさんですね」

 

 叶ちゃんはそんな甘えてくる私に小さく嬉しそうに笑って痛めてない方の手で

再び私の頭を撫で始めた。思えば小さい頃、母にやってもらって以来で

大好きな人の手で撫でられるとこんなにも気持ちが暖かくて癒されるとは思わなかった。

 

 気持ち良すぎて今にも寝てしまいそうになるのを我慢してしばらく撫でられるのを

堪能した後に手を繋ぎながら二人で寝室へ戻り手を繋いだまま眠りに就いた。

 

 ここ最近色々考えて疲れていたのか、何も考えずに叶ちゃんの温もりに包まれながら

眠るのはすごく心地よかった。小さい時に寂しいからと別々のベッドだった彩菜が

私のベッドに潜り込んできた時のことを夢に見た。

 

 彩菜とは違う部分もあるけれど、落ち着けるという点は同じくらい心地良い。

将来的に仕事しながら叶ちゃんのことを見ていられることができたら一番いいのにと

思いながら私は私の辿れそうな道を探すことにした。どれだけ時間がかかっても。

私たちの幸せのために…。

 

 とりあえず今は二人、痛めた羽を休ませることに重点を置くことに決めたのだった。

 

続。

 


 
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