No.942722

鈴鹿御前との絆語り

oltainさん

鈴鹿御前と桃を食べるお話です。

かぶきりひめとの絆語り:http://www.tinami.com/view/932006
仙狸との絆語り:http://www.tinami.com/view/932816
夜摩天との絆語り:http://www.tinami.com/view/933331

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2018-02-24 01:16:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:783   閲覧ユーザー数:775

「ふー……こんなもんかな」

部屋の隅にまで散らばっていた節分豆を容器に入れ、俺は四つん這いの体勢から立ち上がった。

「あたたた……」

じんじん痛む腰を抑えながら、よぼよぼとちゃぶ台に移動する。

 

幼い式姫は遊び疲れたのか、豆を撒くだけ撒いた後さっさと自室で寝入ってしまった。

散らかった豆をそのままにしておくわけにはいかず、俺は狗賓や鈴鹿御前と一緒に後片付けをしていた。

「お、鈴鹿ー、こっち終わったぞ」

ちょうど居間に入ってきた鈴鹿御前に容器を渡す。

「あら、ありがとうございます」

「いやー豆まきがこんなに大変だったとは……」

苦笑いしながらそう言うと、鈴鹿御前は

「あなたも休んでいてくれて良かったのに」

「二人だけで片付けるのを黙って見ているのも、居心地が悪いしなぁ」

ちゃぶ台にべっとりと上半身を伸ばす。流石に疲れの色を隠せる余裕はなかった。

 

「お茶でも淹れてきましょうか?」

「お茶か……うーん、いや、そうだな。ちょっと待ってろ」

鈴鹿御前をちゃぶ台の前に座らせ、俺は台所へと向かった。

「あなた、ちょっと」

「ん?」

「せっかくだから、この容れ物も持って行ってくれる?」

「あいよっ」

 

 

 

「お茶も悪くないけど、疲れた時は甘いモノってね」

桃の盛り合わせをそっとちゃぶ台に置く。

「この前買ってきたヤツがまだ残ってたのを思い出したんだ。ちょうどいい具合に熟れてたから」

「ありがとうございます」

「なあに、そっちこそ鬼役お疲れ様」

それなりに体を動かした事もあって、小腹も空いていた。お茶では腹は膨れない。

 

「狗賓さんは?」

「狗賓さんなら、とっくに片付けを終わってお餅でも食べているんじゃないかしら」

「ありえるな……」

苦笑しながら、楊枝をプスリと桃に突き刺す。

「もぐもぐ。うん、いい頃合いだ」

「もぐもぐ。……ふふっ」

桃を頬張っていた鈴鹿御前が笑う。

「どした?」

「いえ、あなたと二人っきりで食べられるのが嬉しくて」

「……変な奴だな」

「そうですか?」

「主様大好き鬼ならともかく、桃を食べて喜ぶ鬼は流石にどうかと思う」

「…………」

 

「いやいやいや、食べるなって言ってるんじゃあない」

きょとんとする鈴鹿御前に、俺は弁舌を振るい続ける。

大神実命(オオカムヅミ)。神代の時代に、黄泉国の鬼を追い払った桃の名前だよ」

「甘いですね。私は桃ごときで懐柔されませんよ」

「節分の豆よりは効果ありそうだろう。じゃあ残りの桃は俺がもらってもいいか?」

「あなた……」

「冗談だって、そんな目ぇすんな」

 

今、懐柔されかかってたように見えたんだがな。

たっぷりと水気と甘味を含んだ水蜜桃は、鬼にもちゃんと効き目があるようだ。

 

「現代でもこの時代でも、流石に桃を投げ合うような風習は無いか」

「食べ物を粗末にしてはいけませんよ」

「だけど、自分の命がかかったような状況なら俺だって桃でもなんでも投げるかもしれんぞ」

「……私なら、例え巨岩に塞がれようともあなたを諦めたりしませんよ」

「じゃあ残りの桃は俺がもらってもいいか?」

「あなた」

「だから冗談だって。もぐもぐ」

 

そういえば、地獄に勤務する鬼もいたな。彼女に桃を投げつけると、どんな反応を示すだろうか。

十中八九、お説教一時間コースだな、うん。

 

「あぁそうそう、俺のいた時代ではトマトを投げ合うお祭りとかあったなぁ」

「真祖さんが喜びそうですね」

「俺は一緒に行きたくないが」

「あら、意外ですね。あなたは真祖ちゃんと仲が良いように見えますが」

「……いや、食べ物を投げ合う祭りなんて遠慮したくなるのが普通だろう」

 

桃を食べ終わると、器を横にどけて鈴鹿御前と向き合う。

 

「鈴鹿」

「何でしょう、あなた」

「お前、鬼だよな?」

「鬼ですわ」

「……分からんな」

「?」

料理は美味いし、力も強い。洗濯に掃除、買い出しから討伐までなんでもこなす万能式姫。

 

「こういうのを聞くのも変だと思うが、どうしてそこまで俺に肩入れする?」

「どうしてと言われても、あなたの事が好きだからですよ」

微塵も臆さずストレートに好きと言えるのは、彼女の肝の据わりっぷり故か。それとも、既に常軌を逸しているのか。

「好きな人に尽くしたいと思うのはおかしいですか?」

「それは……間違いでも正解でもない。そもそも、恋愛に正解なんてないだろうけど」

俺には愛の形を否定する事はできない。

理解が及ばないからと言って、安直に軽蔑していいものではない。

 

何の事はない。俺には彼女から向けられる愛情に応えてやるだけの度胸がないだけだ。

「あなたにとっての一番が私でない事は承知していますが、それ故に時々考えるのですよ」

「何を?」

「私が式姫でなかったら、と」

 

式姫でなかったら、か。

単純そうに見える鈴鹿御前だが、この鬼も中々に面倒な知恵が回るのかもしれない。

 

「それはつまり、普通の人間だったらって意味か?」

「ええ。あなたが祝言を挙げ、子を成す時に隣にいるのが私であれば――」

 

こちらを見つめる視線に耐えきれず、俺は目を逸らした。そんな目で見ないでくれ。

 

「叶わないと知ってなお、願い続けるのか」

「ただの妄想ですよ」

「鬼にしちゃあ随分と奇妙な妄想だ」

「いけませんか?」

「いや全然。だけど、仮にお前が人間になっても俺が好きになる保証はないぞ」

「そうでしょうか」

「第一、その怪力を簡単に捨てようとするな。腕っぷし、頼りにしてるんだから」

「……それは、喜んでいいのでしょうか」

「誇ってはいいと思う」

 

古より続く妖怪譚の中でも、さっき挙げた通り神代の時代にまで遡る程に鬼と人との縁は深い。

それでも――やはり鬼と人は相容れない。

少し齧った程度の知識だが、平安の時代に於いて陰陽師は主に鬼を祓う役目を担っていたという。

人を襲い、酒を喰らい、怪力を以て悉くを蹂躙するモノ。袂を別つが世の理というものだ。

 

あるいは、姿形を変えて人の心中に巣食うモノか。

鬼は元来『隠』と呼ばれ、その字体の示す通り隠れ潜む妖怪を表していたという説もある。

 

目の前の鬼は、隠れる気などさらさらなさそうだが。

 

「鈴鹿が式姫でなかったら、多分どこかで討伐すべき妖として出会っていたかもしれんな」

「奇妙な妄想ですね」

「ありえん話でもないだろう。それも、どちらかが死ぬような戦いだ」

「私はあなたの為に死んではあげませんからね」

鈴鹿御前が即答する。やはり、彼女はこうでなくては。

 

「あぁ、その方がありがたい。簡単に退治できるような鬼なんぞつまらん」

「あら、豪胆ですのね」

「鬼の前では弱みは見せるなってね。弱虫でも、虚勢を張らなきゃいけない時だってある」

「私はどちらかというと強い殿方が好みですが」

……中々に手厳しい事をおっしゃいますな。

 

「そうかそうか、じゃあ俺は対象外だな」

「あなた。私の為に、強くなってみませんか?」

「嫌だね。強くなる事を目標にする奴は大成しないからな」

「今の私にはただの面倒くさがりに聞こえますが」

「ふん、ほっとけ」

 

強くなりたいなら、強くなる事を目標にしてはいけない。俺の座右の銘の一つだ。

マラソンで例えるなら、ゴールのない道を延々と走り続けるようなもの。

 

早く走りたいが為に走る練習をするというのは、動機としては間違っている。

練習を続けていれば、誰だって早く走れるようになる。当たり前だ。

そんな理由で走り続けていれば、いずれ目標を見失い失速する事になる。

辿り着きたい場所が見えている人とそうでない人では、走力が全然違ってくるのだ。

 

俺は何の為に陰陽師をしているのだろう。その目標を見失ってはならない。

紙に書く必要はない。周囲に大言壮語を吐く必要もない。念仏のように唱える必要もない。

 

 

 

然し其れは忘れてはならぬ。

 

 

 

鈴鹿御前にも、その心構えは通じている。以前と比べて随分丸くなったのもそのせいだ。

式姫というのは不思議なもので、特に言葉を交わさなくとも自分の考えや主義主張が伝わる事がある。

尤も――。

 

「あなたが何と言おうと、私はあなたの事を愛していますからね」

尤も、この鬼の根っこの部分は変わらないようだ。

 

「それはありがたいんだが、俺は鬼でも式姫でもないからな。時の流れには逆らえん」

「どういう事ですか?」

「俺を想う気持ちが変わらなくても、心や桃はやがて腐る」

「…………」

「鈴鹿と違って、誰かを想い続けるのは難しいって事だよ」

 

式姫は腐らないけれど、式姫を想う心はいずれ腐るかもしれない。

うまいうまいと毎日食べている鈴鹿御前の手料理も、いつか疎ましく思う日が来るかもしれない。

 

 

 

美味しい桃の半分を主君に献上したあの人が、やがて食べかけの桃をよこしやがったと非難されたように。

「ふわああああ。まどろっこしい話はこの辺にしておくか」

「あら、もうこんな時間」

「今日は疲れたしなー。腹も膨れたし、のんびり風呂に浸かってくるか」

「あなた、明日はよく晴れるそうだから」

「ちゃんと出しとくって。もし忘れてたら、部屋まで剥ぎ取りにきてくれ」

「私は奪衣婆じゃありませんよ」

 

洗濯担当とはいえ、奪衣婆なんて呼ぶと怒られそう。

じゃあ羅生門って呼んでみようか?いや、通じなさそうだから止めておこう。

 

「洗濯は――」

「鬼のいる間にお願いしますね、あなた」

「はいよ。んじゃ、お先に……っと、そうそう、一つ言い忘れた」

「?」

「俺にとっての一番は、鈴鹿だから」

「あなた……!」

「一番怒らせてはいけない式姫が鈴鹿な」

「何ですって!?」

「おーこわ。桃の効果があるうちにさっさと退散するか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋へ戻る途中、ふと奇妙な妄想にとらわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぁ鈴鹿御前。

俺も人でなかったら、お前のようにずっと誰かを想い続ける事が出来るのかな。


 
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