No.939489

紫閃の軌跡

kelvinさん

第113話 過ぎ行く楽しい時間

2018-01-30 15:50:26 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1815   閲覧ユーザー数:1705

学院祭を前日に控え、アスベルの部屋にはルドガーとリィンがいた。ルドガーとはステージ関連の打ち合わせで、偶々リィンが来たのでついでに三人で軽めのお茶会と相成ったのだ。流石にどこぞの悪戯好きのようにクッキーに睡眠薬を仕込んで、彼らに好意を抱いている女子の部屋に連れ込もうなどとは考えてはいないが。ラジオからは音楽が流れている。

 

「そういえば、エリゼは学院祭に来るのか?」

「この前の手紙では来るといっていたから、二日目あたりかな」

「アスベル、あの二人は?」

「どうだろうな……クロスベル自体予断を許さないような状況だし」

 

すると、アスベルのフラグを回収するかのように音楽が途切れてノイズ音が流れるラジオ。聞こえてくるのはミスティ(ヴィータ・クロチルダ)の声。クロスベルにてディーター・クロイス市長が出した声明『国家独立宣言』……臨時ニュースを伝えるその声にアスベル、ルドガー、リィンの表情が強張る。

 

「クロスベル独立宣言……シルフィアさんとレイアさんもあそこにいるんだっけ?」

「だな。あの宣言を出していた以上、遅かれ早かれと言った感じだが……アスベル、勝算はあるのか?」

 

ここでルドガーの言っている勝算とは、クロスベル独立国の勝算ではなく、その後に成立させる予定のクロスベルを中心とした独立国家への勝算。そのためにはカルバード共和国のみならずエレボニア帝国の力も殺がなければならないことと、その国家を維持するための自衛戦力の保持を急速に行わなければならない。その程度はアスベルも承知の上と言いたげに息を吐く。

 

「そのためにこの十二年の時間を費やしたんだ。それに、向こうには<驚天の旅人>もいるし<猟兵王>もいる。ま、滅多なことにはならないと信じたいが」

「……こうやって聞くと、アスベルって軍人なんだよな。しかも中将」

「カシウス中将が推挙して、近々大将に打診してるらしい。正規軍に骨を埋める気は毛頭ないんだが」

「別の意味で苦労してるんだな、お前」

 

出自を知っても、王国軍だけに身を置くつもりはない。外堀埋めようとしたら王国軍全員の心を折ると言い放ったアスベルの言葉に、シュトレオン王子は引き攣った笑みしか出てこなかったのであった。英雄扱いを必要以上に嫌うのはカシウスも、エステルも、そしてアスベルも同じ考えであるだけに……ブライト家の存在はまさしく諸刃の剣なのだ。

 

翌日、ようやく待ちに待ったトールズ士官学院の学院祭。とはいえ、Ⅶ組の出番自体明日の午後のステージ発表なので、それまでは自由行動。一応帰りに集まって楽器のチューニングなどの最終打ち合わせが残っているぐらいなのだが。

 

「にしても、準備期間中は学院にいなかったようだが、大丈夫か?」

「まぁ、何もしてなかったわけじゃないけれどね。気持ちだけ受け取っておくよユーシス」

「フッ、ただの気紛れだ」

「あれあれ~、いつの間に仲良くなったの?」

「ふむ……焼きもち?」

「やめてくれ、アスベル。冗談にしてもキツいぞ」

「むー……ていうかさ、クロスベル方面で結構大変なニュース出てきたのに、よく冷静でいられるよね?」

 

そんな軽いやり取りの後にミリアムが述べた後に出てきた意見というのは『クロスベルがどうこう言おうとも、現状口先だけの独立宣言など実行力が薄い。警備隊上がりの軍隊など精強な帝国正規軍には敵わない』というものであった。クロスベル方面の情報を帝国軍情報局が握ってしまっている以上、その程度の認識しか出てこなくても無理はない話だ。

 

(無理に聞いては来なかったが、連中は既に?)

(十中八九そうだろうな。直前まで第七柱がごねたらしいが)

(……ごめん、<鋼の聖女>のイメージが崩壊しそうな言葉が聞こえたんだが、事実か?)

(………)

 

後方で、聞き取るのが難しいぐらいの小声でアスベルとルドガーが話す。その過程で聞こえた言葉に対してルドガーが遠い目をしたのを見て、事情を察したアスベルはルドガーの肩にポンと手を置いた。ひとまず解散となったので、アスベルもとりあえず所属している調理部に顔を出そうと思ったときに、珍しくリィンに呼び止められた。

 

「アスベル」

「ん? どうした、リィン? 明日は妹さんの案内になるんだし、許婚(ラウラ)とかステラとかアーシアのご機嫌取りでもしたほうがいいと思うぞ」

「いや、アスベルって生徒会のメンバーだろ? 何か手伝えることはないかなと思ってさ」

「……いや、確かに間違ってはないんだけどさ」

 

本来この学院では部活動を兼務することはない。生徒会と部活動などもっての外なのだ。だが、その例外としてアスベル・フォストレイトという存在がいる。もともと調理部所属なのだが、夏至祭でのコンクールの一件以降教頭の視線が強くなり、面倒というほかなかった。それを聞いたヴァンダイク学院長の計らいで、調理部兼生徒会副会長という形になった。一年生が副会長というのは異例すぎるのだが、トワとアスベルが知り合いであるということを知っている理事長が取り計らったらしい。後でお付きの人に『簀巻きでバルフレイム宮から吊るしてください』と頼んだのは別の話。

 

閑話休題。

 

どこまでも生真面目なリィンを見て溜息を吐きつつも、ポケットから何かを取り出してリィンに手渡した。

 

「腕章に、チケット?」

「今年度から来場者に配っている特典チケットさ。一枚につき二人まで入れるから、うまく活用するといい。リィンには敷地内を巡回してもらって、何かトラブルがあって自力で解決できるならその差配は任せる。で、チケットに関しては今日中に使い切って、簡単なレポートをトワ会長に提出すること」

 

ぶっちゃけ、乙女心に鈍いリィンにこう仕向けでもしないと、彼に恋慕している人は大変だろう。戸惑うリィンを追い払うように巡回へ向かわせた後、ARCUSを取り出して連絡を試みる。通信が繋がった音と聞こえてくる声にアスベルは対応し始めた。

 

『はい、生徒会トワ・ハーシェルです』

「アスベル・フォストレイトです。会長、差配通り仕向けておきました」

『了解。って、これじゃ私が悪いことしてるみたいじゃないですかぁ!』

「発破かけろって言ったのは他でもない会長なのですが?」

『むぅ……会長命令です! アリサちゃんとセリカちゃんも連れてきて、生徒会室に来なさーい!!』

 

怒鳴り散らすかのような口調と声で叫んだあとに突然切れる通信。きっと切った後に『あー! やっちゃったよぉ……』と机に突っ伏している様子が目に浮かび、僅かに笑みをこぼした。さて、早速指名された二人を呼び出そうとしたところ、背後から声をかけられた。

 

「アスベル? って、そういえば生徒会の仕事でしたね」

「アリサにセリカか。ちょうどよかった。実は会長さんに呼ばれていてな、ついでにお前たちも」

「私らも? ……ふふ、会長も隅におけないわね」

「さて、会長がこれ以上機嫌を損ねないうちに行くとしますか」

 

機嫌直しに屋台のものを少しばかり買い込んで、生徒会室へと向かうのであった。

 

 

一方、リィンは巡回をしてトラブルを解決しつつ、もらったチケットを出し物のアトラクションを楽しむこととなった。

 

「ふむ……全開でやっていいか?」

「壊れない程度にしとけよ……」

 

みっしぃパニックではラウラと一緒に俗にいう『もぐらたたき』を楽しむこととなった。その過程でラウラが目に止まらないハンマーの動きを披露してリィンが冷や汗を流すというワンシーンもあったが。次は乗馬のタイムアタックということでアーシアを呼んだのだが

 

「意外だな、ここまで乗馬ができるだなんて。ガイウスやアスベルにも引けを取らないぞ」

「流石にちょっと疲れちゃいましたが…そういえば、東方系の喫茶を出しているクラスがあると聞きましたが」

「そしたら、せっかくだしそこに行こうか」

 

実兄が乗馬に詳しく、その手解きを受けていたと言っていたのだが、アトラクションでは乗馬部の先輩にしか気を許さない馬に乗るという神業に周囲の人を驚かせもしていた。そのカリスマ性は親であるカイエン公爵譲りなのだろう。ともあれ、リィンも一息入れようとそのまま東方喫茶『雅』に足を運ぶこととなった。その喫茶で引けるおみくじの内容は

 

『―――人を大切にせよ。己を省みることこそが相手への思いやりにつながるであろう』

 

これがリィンの引いたくじの内容。そしてアーシアのほうは

 

『―――臆することなくしっかりと押していくべし。回りくどいことはせず、正直な想いをぶつけろ』

 

「リィンさんのは…何か縁結びというより、リィンさんを名指しで『説教』しているような気がするのですが」

「ああ、うん。俺もそう思ったよ」

 

アーシアのほうも明らかに恋慕している対象のことを的確に当てているだけに、おみくじが神がかっていると思いつつも…リィンとアーシアはおみくじを結んで喫茶を後にした。その際、アーシアから

 

「次はステラさんだと思いますけど、明日来るソフィアさんやエリゼさんを『女性として』ちゃんと構ってあげてくださいね」

「? ああ、善処するよ」

 

貴族クラスであるⅡ組の教室の出し物―――『ステラガルテン』。教室の中に夜の庭園を再現した感じのようなものに、リィンとステラは驚きを隠せない感じで進み、中央部の装置を起動させる。すると夜空に綺麗な星々が映し出され、幻想的な雰囲気が目に飛び込んでくる。近くにあったソファーに座るリィンとステラ。

 

「綺麗ですね。こうしてるとノルド高原の一件を思い出します」

「ああ。あそこでステラが大胆な行動を起こすとは思わなかったが」

「あ、あれは…まぁ、不可抗力ということで」

 

実は過去に二度リィンの寝ているところに潜り込んでいたことなのだが、寝ぼけていたことは事実。しかも記憶には薄らと残っている。でも嫌な感じがしなかったのは既にリィンのことを気にかけていたということなのかもしれない。それを思いつつ、ステラはジト目でリィンを見やる。

 

「でも、リィンさんも人のこと言えませんよね? いったい何人将来の奥さんを増やすおつもりですか?」

「え? いや、さすがにこれ以上はないと……」

「言えます? 天然お人よしのリィンさんが」

「うぐ……それ、エリゼやソフィアにも散々言われてるよ」

 

本人にいたってその自覚なし、その上で息を吐くように女性の心を掴んでいるのだから、エリゼとソフィアの苦労が少しばかりわかるような気がしたステラであった。

 

 

一日目も終わり、第三学生寮で一息ついていたリィンらⅦ組メンバー。そこに聞こえてくる旧校舎の鐘の音。急いで旧校舎に向かうと、青白い光…いや、結界が展開されていた。結果的にはリィンを含めたⅦ組メンバー15人だけが中に入れることから、教官陣は事態の解決を彼らにゆだねた。

 

旧校舎の階層攻略に対してアスベル、ルドガー、セリカ、そしてリーゼロッテは積極的に関与してこなかったのだが、今回は状況が状況だけに看過できないと判断。その結果、

 

「あはは……」

「あんな図体のを一撃って……」

「私も鍛えていたつもりであったが、彼らの限界を見誤っていたようだ」

「…気持ちはわかるかな」

 

アスベルとルドガーの実力はともかく、大剣を片手で奮って魔物を断ち斬るセリカと、アーツだけでなく不思議な術を如何なく発揮して戦っているリーゼロッテのその実力にラウラが自らの力不足を痛感し、フィーもその言葉に同意するようにつぶやいた。

 

 

「リーゼロッテさん、あなたは……」

「…すみません、今はまだお伝えできないんです。“師匠”からそう言われてますので」

「そう、ですか」

 

力を見せることはあろうとも、正体は隠せ……リーゼロッテの言葉でそのことを察してしまったエマはそれ以上の追及をしなかった。たとえ、今見せた片鱗だけでも自分はおろか、自分が姉と慕った人物すらも超えてしまっている力であってもだ。

 

 

そうして辿り着いた第七階層最深部。そして試練。それを成したリィンらの前に姿を見せたのは、精巧ともいえる機械人形。その名を“転生者”は当然気づいている。だが、決して口にしない。こういうのはリィンが一番初めに言うのが“お約束”だろう。時刻は日付が変わったが……教官たちの示したタイムリミット内に騒動は解決。無事、学院祭二日目が開催される運びとなったのであった。

 

「………」

 

逸話も知っている。だが、こうして実物の騎神を見れば否応にも感じられる力……直接的な原因ではないにせよ、このような代物の存在が<獅子戦役>を引き起こした。アスベルは静かに息を吐きつつ、来るであろう『激動の時代』を肌で感じつつあった。

 

 


 
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