もしかしたら…それは、夢だったのかもしれない。
ここで起こったこと
作り上げてきたもの、何もかも。
全てが、儚い夢だったのかもしれない。
だとしたら、それはとても残酷な夢である。
出来れば誰もが永遠に見たくないと思うような夢。
それが今、現実となってここにある。
突然、私の前から姿を消した愛しい人。
出会いも、そして別れも唐突だった。
例えるのなら、そう……彼は、胡蝶の夢。
脆く、長くは続かない。
一時の、奇跡。
一時の温かさ。
一時の優しさ
あぁ、なんて儚い夢だったのだろう。
私の人生に降りかかった、残酷で…とても理不尽な夢を恨む。
もし、永遠に続いてさえすれば。
私はもっと違う心持ちだったのだろう。
今回の、成都旅行だってそうだ。
彼が居ないと始まらないのに。
成都で開かれる大切な祭りは4日後に迫っていた。
「……計画がぶち壊しじゃないの」
彼が消えたあの日から何も変わらない部屋を見渡し、そう呟いた。
何処からか迷い込んだのか、一匹の揚羽蝶がひらひらと舞っている。
そこに人の気配は、ない。
唐突に主を失ったその部屋は、彼がそこに存在していた軌跡を今も証明し続けている。ただ、それだけ。
だらしなく乱れた布団。
乱雑に積まれた未解決の書類。
部屋の隅に無造作に投げ捨てられた『携帯電話』と呼ばれる彼の私物。
擦りきれて表紙の読めなくなった生徒手帳。
まるで、時を止めたかのように静まり返った彼の居住空間全て。
ひとつ、ひとつ……またひとつ。
彼の寝室に置かれた物を見て回る。
まるで彼の面影を探すかのように。
いつからだったかはもう覚えていないが、それが私の日課になりつつあった。
「…そんなことをしても、彼はもう、帰ってこないというのにね」
深い悲しみと、切なさを含んだ感情が私の中を駆け巡る。
……1年。
彼が居なくなってから過ぎていった無意味な時間。
それはとても長い時間だ。
たった一人、傍に居てくれさえすれば…私にとって、幸せなものとなる筈だった…大切な、大切な時間だ。
ただ、失ってしまったものは大きくて。
あまりにも大きすぎて。
取り戻すことが出来ないことが、何より悔しくて。
「…?」
ふと頬に感じる冷たさに、私は自分が泣いていたことに気がつく。
「…無様ね、曹孟徳」
今だって、溢れる涙の奔流を止めることさえできやしない。
「本当に、無様ね…」
そこに覇王たる自分の面影はなかった。
在るのは一人の少女の姿。
――いっそ、忘れることができたらよかったのに。
泣きながら思ったこともあった。
――死のうとさえ思ったこともあった。
彼の居ない世界に生きる価値など無いと。
ただ。
忘れようとする度、命を絶とうとする度に蘇る彼の姿。
抱き締められた時に感じた…暖かな彼の温もり。
困った時によく浮かべていた表情。
私が何より好きだった、優しい笑み。
大きな手のひら。
邪気の無い瞳。
人懐っこく、それでいて紳士的な仕草。
重ねた唇の柔らかさ。
彼の一挙一動がありありと私の中に浮かんでくる。
私は…こんなにも、彼のことを愛していたのに。
「忘れることなんて…できる筈もないのにね…」
心の中では、誰よりも愛していたのに。
結局…最期まで、伝えられなかった。
『貴方に愛して欲しい』と。
私の望みは、貴方と死が2人を引き裂くまで、愛し合い続けることであると。
……私は不器用で、意地っ張りで。
『貴方を愛している』
言えなかった。
この一言だけでもいい。
もし…世界の何処に居るやも知れぬ貴方に、この声が届くのならば。
しかし、それすら叶わない。
――貴方に会いたい。
――貴方と言葉を交わしたい。
――優しく、抱きしめて欲しい。
――ただ、私だけを愛して欲しい。
それが私の心の深くに隠された本心。
胸の奥深くにしまい込んでいた、小さな小さな本当の望み。
今、私を支配するどうしようもない胸の痛みの正体。
……張り裂けそうな程に私を深く侵す後悔の念。
北郷一刀。
私が生涯初めて、そして最後に愛した、たった一人の異性。
…貴方が居ないだけで。
私の小さな世界は色を無くしてしまう。
忘れられる筈もない。
貴方は、別れ際に、私を寂しがり屋だと言った。
……そうだとも。
認めよう、私は寂しがり屋だ。
それも筋金入りの。
「だからこそ…」
――貴方が、私のことを本当に、誰よりも、他の誰よりも心の底から愛していたのなら
「傍に…居てほしかった」
――私が寂しがり屋だと誰よりもわかっているのなら。理解してくれているのなら。
「自分勝手に…消え、ないでよ…」
ずっと私の隣に居て欲しかったのに。
永遠に、その命、そしてこの命が燃え尽きるその時まで。
私を愛して欲しかったのに。
「…ねぇ、一刀」
――私は貴方を心の底から愛し、それと同じくらい貴方に愛されたいと願っていたのに。
「もうすぐ……お祭りがあるの」
気が付けば語りかけていた。
「それは、この大陸に古くから伝わる、10年に一度の大切なお祭りでね」
まるで、彼がそこに居るかのように。
「その日に…愛を誓い合った恋人同士は、永遠に幸せになれるっていう伝説があるの」
女性にとって一番大切な日を、最愛の人と過ごしたいと思うことが、果たして願ってはいけないことなのだろうか?
「滑稽ね、ほんとうに」
そんなことを思う自分が。
……もう、彼は帰ってこないと分かっているのに。
理解している筈なのに。
「でも、逢いたい…あなたに…あいたい…」
溢れ落ち、服を濡らす大粒の涙。
その涙は、彼への強い愛。
純粋な想いの結晶。
大好きで、大好きで、大好きで仕方のなかった彼にもう一度逢いたい。
真っ白で、ひたむきな。
一人の少女の小さな願い。
それは、この世界に作用することのできる、たったひとつの鍵。
その鍵は今、優しい世界の鍵穴をゆっくりと回していく。
「どうやら、お呼ばれのようですね~♪」
……ひとつの願いを基盤に、動きを止めた外史の歯車は今再び噛み合い、そして動き出す。
儚く消えた胡蝶の夢を、今再び蘇らせる為に。
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『目を覚ますとそこは森の中だった』
そんな始まり方をする物語をいつだったか読んだことがあった。
ただ、その物語には飛行機が墜落して放り出されただの、誰かに連れ去られただのという、何らかの過程があったはずである。
だが、何らかの理由でその過程が存在しないことを、現実にあり得ないこと……俗にいう『2次元のお話』という。
もしくは……
「なんで?」
今、俺の置かれている状況のことをいうのだろう。
【永久に我と共にあり】
シリアス打破作。
「……よし、落ち着いてる俺」
流石に二回目だ。取り敢えず、ここは日本ではない。
たぶん、魏か呉か蜀の領土の何処かだと思う。
「うーん……よくわからんが、取り敢えず帰って来れたんだよな?」
現状確認。……見渡す限りに広大な自然が広がり、近くには水浴びができるくらいの小さな池。そこから小川が流れていて、及川がプカプカと流れに乗って揺れていた。
いやまて、なんでお前がいる。
お世辞にも整っているとは言い難い容姿に、額のない眼鏡。身に纏うポリエステル100%の聖フランチェスカの制服が木々の間から差し込む陽光を反射して煌めいていた。
「どー見ても及川だ」
ここは何処なのか以前に、何故この場所に及川が居るのかが唯一の疑問になりつつあったが、ヤツは置いておいて少し思考を巡らせ……はい挫折。正直なところこの辺の地理なんて全くわからん。
一応、俺は人を見捨てるような性格ではないので放っておいたら間違いなく溺死するであろう及川を(不本意ながら)助けに向かう。
「うー……アホやろ、かずピー」
訂正。
やっぱりコイツ放っておこう。
無性にムカついたので、意識の無い及川に一発蹴りを入れ(口から水をピューと吐きながら池の方に向かって流れていった)身を翻す。
「あっ! お目覚めですか?」
その先には、いつの間に現れたのか1人の女の子が川岸に立っていた。
俺の姿を認めると、まだ幼さの残る整った顔に可愛らしい笑みを浮かべ小走りに駆け寄ってくる。純白の綺麗な髪が特徴的で、銀で装飾された衣装と、同じく銀装飾に紅色のワンポイントが入った腰布がその魅力を引き立てていた。
華琳辺りが見たら必ずやお持ち帰りしているであろう完璧な美少女だ。
「一刀様、お加減は宜しいでしょうか?」
彼女は俺の前に辿り着くと、少し辿々しくそう尋ねた。
「大丈夫だけ……」
「あぁっ! 良かったですっ♪」
最後まで喋らせて貰えず、ぎゅむっ!! という形容が一番正しいのだろうか。
感極まったようにいきなり飛び付かれ強く抱きしめられてしまった。
驚きすぎて動くことすらままならない。
「ちょっと!? かずピー! ナニしとるんやっ!」
しかも、こんなバッドタイミングで及川復活。
某裁判ゲームの主人公よろしく、ズビシイッと勢い良くこちらに指を差し向けてくる。というかお前、それ以前に驚くことが色々とあるだろうが。
「何って、ほら……」
「私が一刀様に抱きついているだけですが、何か?」
「ひぃっ!!(情けない悲鳴をあげて池に飛び込む及川)」
及川のプライドの為に言っておくが、今の台詞は「邪魔するなこのゴミ虫め」とでも言いたげ殺気全開の口調だった。ヤツが怯えるのも正直わかる。
……正直めっちゃ怖ぇ。
「……取り敢えず突っ込んでも良い?」
「一刀様の燃えたぎる欲望ならば……この私、何時でも受け入れる準備は出来ておりますよ?」
いやんと腰をくねらせ俺の耳にフッと息を吹き掛けてくる。その姿が妙に色っぽく、俺は我慢できずにその肩を――
「って! 違う違うっ!」
美少女センサーが激しく反応し、危うく本能一刀くんに流されるところだったよHaHaHaHa。うん、カムバック理性さん。
「そう、こういうときは素数を数えるんだ……」
「?」
大丈夫ですか? みたいな感じで首を傾げる目の前の少女。いや、この場合はきっと、素数って何ですかだと思う。多分、メイビー。
「えっとだな……全然深い仲でもないのに、いきなり知らない男に身体を許すのはどうかと思うが」
「いえ、許すとか以前に、一刀様に抱かれるのなら寧ろ本望なので」
あくまでも一刀様限定ですけどね。彼女はそう付け足して、クスリと妖艶な笑みを浮かべた。ああ、こういう顔も出来るんだ……って、あれ?
「なんで俺の名前……あとその『様』ってなに?」
そう言えばと思い返してみても自己紹介した覚えがない。
まさかと思って及川を見たが……って居ないし(盗賊に連れさられました)。
「ああ! すっかり忘れていました!」
思い出したかのように、ぽんっと手のひらを叩く。
……うむ、どうやら天然気質とみた。
「えーと! 私……姓は徐、名は晃、字は公明と言います。ちなみに、真名は撫子(なでしこ)と言いますので、気軽に呼んで頂けるとありがたいですっ♪」
「徐晃っ!?」
うん。俺確信したよ。やっぱり帰って来れたんだな。というか、徐晃って曹操に仕えた武将の1人だったような…
「えっと、出会って間もないのに真名で呼んでも良いのか?」
「はい♪ 一刀様は私の主となる御方故に♪」
……はい?
「主? 俺が?」
ワーイっ! なにこの新☆展☆開
そんな俺の問いに、勿論ですと大袈裟に頷く。
「ちなみに、一刀様をこちらの世界にお連れしたのも私です♪」
こんな風に、といって指をピッと立てる。
「ひぎゃああぁぁあああぁっ!!!」
すると、蒼天から物凄い勢いで及川が降ってきて、頭から池に突っ込んだ。
「せっしょうなぁぁああああっ!!!」
ザブーンッ!!!
盛大に水飛沫が飛び、勢い良く水面に叩きつけられる及川祐(17)
いや、こうして見るとかなりおもしろ……げふんげふんっ! 可哀想だな。
「へぇ…って!? お連れした?」
「はいっ!」
アッチの世界に旅立った及川に気を取られていて思わず流しそうになったが、気になるフレーズを発見。
「呼んだって、今回もなにか目的があったりするのか?」
再び意識を失って、下流方面に流れていく級友を華麗に無視しつつ訪ねる。
「それが……」
徐晃、もとい撫子がちょっと言いにくそうに口を開く。
なにやらただならぬ様子。
もしかすると、華琳の身に何かあったとか?
最悪の場合を想像して思わず身構える。
「ぶっちゃけるなら、私の趣味です♪」
テヘッと舌を出して頭を掻いた。
ズゴッ!!!
撫子さん、アンタ……なんというか、ぶっちゃけ過ぎ。
あんまりな回答に俺は盛大にずっこけて頭を地面にぶつけた。
「~~~っ!」
そして全身を駆け巡る激痛。声にならない叫びとはこの事ですか。
「ちなみに、冗談です……って一刀様の額がパックリと開き、そこから大量の血液が!!……嘘ですが」
「冗談なら言わないでくれっ!!てか嘘かいっ!」
あぁ、華琳。
俺はここで死ぬかもしれない。
外傷はないようだが、次第に朦朧としていく意識の中でそう思った。
「で、本当はなんで俺を呼び戻したの?」
道すがら、俺は撫子に問いかける。
「ちょっ! か、かずピー速すぎやっ!!」
五月蝿いので及川はスルー。
……つーか、順応性抜群だなお前。ちょっとは戸惑えよ。
「それは、曹操さんがそれを望んだからです」
もはや及川を居ないものとして語る撫子。
「華琳が?」
「はい、貴方がこの地を去ってから約一年。曹操さんは一刀様のことをひたすらに想い続けていました」
「……」
「貴方が帰ってくると信じて」
「……あぁ」
「その想いが、貴方を導き、本来なら消滅する筈だった貴方という存在を再び呼び戻したのです……私も幾分かお手伝いさせていただきましたが」
他にも、貂蝉とかいう(絶世の美女からは程遠い)同業の変態が居たらしいが、俺の貞操が危ない(貞操なんてとっくの昔に無くなっていたが)という理由で連れて来なかったらしい。
本当に良かった。ありがとう。
「とにかく、物語はハッピーエンドを迎えるべきなのです」
笑顔でそう言い切った。
「……ありがとうな」
頭を撫でてやると、撫子は嬉しそうに俺の横に寄りかかってきた。
「えへへっ♪」
取り敢えずこの光景を華琳が見つけた暁には、俺は首と胴体がさよならすることだろう、間違いなく。
想像した瞬間、ゾクゾクと寒いものが背中を走り抜け、慌てて辺りを見回した俺はチキンです。
「でも、帰ってこれたんだ」
別れた皆に会いたい。
何より。
「待ってろよ、華琳」
この一年間、ずっと俺を待ち続けていてくれた寂しがり屋の女の子に会いたくて。
「行くぞ、なでしこっ!」
俺はペースを上げるのだった。
「そう言えば、なでしこ」
「はい?」
「……俺は良いとしてなんで及川まであそこに居たんだ?」
「ぶっちゃけると、ノリです(ニコニコ)」
「ノリで人の人生を弄ぶのか……」
「それが私の生き甲斐ですから」
さっさと捨ててしまえ、そんな生き甲斐。
「あ、みたらし団子食べます? 美味しいですよ♪」
「No Thank You!!」
Next
「で、ここ……というか、今どのあたりなんだ?」
辺り一面、どこまでも広がる野原。少し離れた所に小さな山が見える場所を歩きながらのことだった。
ふと疑問に思ったので訊いてみる。
どう見ても魏の地じゃないよね、ここ。
「成都の近くですが?」
それが、なにか? みたいな顔して撫子は俺を見つめてくる。
余談だが、撫子の口の回りには大量にみたらし団子(彼女の私物らしい)のタレが付着していて、善意からそれを拭き取ろうとした及川が「私に触らないでください」と文字通り一蹴され7メートルほど宙を舞った。
流石は徐晃、強力無双の武人と言ったところか。
「……てっきり洛陽に向かっていると思っていたんだが」
結局、見て見ぬふりも出来ない程にタレが拡散しつつあったその顔を拭いてやる。
成都といえば蜀の首都だった筈なのだが。
「曹操さんは今、洛陽に居ませんから」
「えっ?」
王が首都を出るということは、それなりに事情がある時。もしかして魏になにか深刻な事でもあったのだろうか。
「あ、大丈夫です、心配はいりませんよ~♪」
俺の顔色が変わったのを見て撫子が否定するように笑った。
「……大丈夫って、なら何で華琳は洛陽に居ないんだ?」
「一刀様は、明日のお祭りをご存じでしょうか?」
そんな俺の問い掛けに人差し指をピシィッっと掲げながら問い掛けで返してくる。
「いや、俺は知らないな。……明日の祭りって?」
もはや空気となってしまった及川(蹴り飛ばされた後、ピクリとも動かずに地に伏していた。もしかすると死んでしまったのかもしれない)を見やりながら問い返した。
撫子は何処か含みのある笑みを浮かべ「一刀様は世間知らずですね~」と俺の頬をつつく。……五月蝿いやいっ!
「拗ねてる一刀様も、また可愛いですね~♪ なんだかゾクゾクしてしまいます~」
……なんでこう、俺の回りにはキャラの濃い奴が多いのだろう。つーか俺、可愛いとか言われたの初めてだぞ?
「おんどりゃあっ!」
取り敢えず、どこぞの世界へと旅立たれてしまわれた撫子をぽかりと一発。どこか気の抜ける、お菓子好きの女の子が使っていた掛け声と共に手刀を放った。
いや、掛け声に関してはただのノリだが、ぶっちゃけこれ以上追求されるとメーカー的な問題で色々とヤバイので不問にして欲しい……って誰に言ってんだろ俺。どうやら、おかしな電波を受信してしまったらしい。
「はっ!!」
まぁ、電波云々は少し置いておいて、手刀が効いたのか催眠術から解けた人みたいな声をあげ、撫子帰還。
時を同じくして、視界の端で死の淵から未だに帰還できない眼鏡が1人、ビクンッと身体を大きく痙攣させた。
生きてて良かったね。もしかすると、末端神経がなんちゃらとかいう死後痙攣というやつなのかも知れないが……
「お帰り」
不謹慎ではあるが及川の惨状を見て思わず吹きそうになるのを堪え、撫子に言葉をかける。
「か……」
しかし、撫子はそんな俺に気がつく様子もなく……
「一刀様に叩かれてしまいました~」
ヘラヘラと恍惚の笑みを浮かべ、またもや別世界へと旅立った。
うん、SなのかMなのか全く分からん。
まぁ、桂花みたいなもんか。
「……分からんものは放置に限る」
誰だったかはわからんが、どっかの偉い人がそんなことを言っていた気がする。よくよく考えると無責任な台詞ではあるが、それもまぁ、1つの手なんだろうな。
撫子が(アッチから)還ってくるまで放置の方面にさせて貰うとして…「さぁ、行きましょう一刀様♪」って還ってくるの速えぇよ。
俺の手を掴み、やたらと上機嫌で歩き始めた撫子。及川はまだ地べたに伏している。結構歩いた筈なのに及川との距離が全くと言って良いほどに開かないのを見ると、どうやら這ってでも追い掛けるつもりらしい。凄い執念だな、おい。
「で、明日の祭りって?」
結局聞きそびれた話題をもう一度振ると「恋人との永遠を誓い合う為のお祭りです」と笑いながら答える撫子。
そんな祭りがあるんだ……
「恋人との永遠を誓い合う為のお祭り??」
初耳だった。女の子だらけの国なら、一度くらい話題に上ってもおかしくないと思ってたのだが。
「はい、この国の女の子なら誰でも楽しみにしている大切な行事ですよっ♪ そもそも、そのお祭りの起源は……」
「で、つまり華琳はその祭りの視察に行っている訳だな?」
撫子の蘊蓄(うんちく)は約二時間。
俺が理解したこと、これだけ。誰か俺の二時間を返せ。
「ぶっぶー! 10点です」
胸の前で手をクロスさせて唇を尖らせる撫子。悪い、正直イラッ☆ときた。
「何の為に一刀様が此処に喚ばれたと思っているんです? それも、このお祭りの前日にピンポイントで」
お願いです。どうか、貴方は馬鹿ですか? みたいな目で僕を見つめるのをやめてください。それぐらいは理解できてます、マヂで。
「それは、華琳が望んだから……あ」
口に出してみて、漸くその真意を理解。やっぱ、俺は馬鹿でした、本当にごめんなさい。とまぁ、謝りつつ思考を巡らせる。
……俺が華琳に喚ばれてこの地を踏んでいる、ということはつまり、そういうことなのだろう(どういうことだ)。
「お気付きになられたならば良いのです。……そういえば一刀様、つかぬことをお訊ねしますが……」
まったく、というように溜め息を吐いた後……撫子は、何処と無く神妙な声音で何事かを俺に訊ねてきた。
「一刀様は、この一年間の記憶をお持ちですか?」
「え? そういえば、無いけど…」
それが何か? と問い返すと、撫子はやはりですか……と軽くぼやきにも似た言葉を呟いた。
「まさか、とは思っていたのですが……嫉妬とは恐ろしいものです」
いやいや、見えない。全く話が見えませんが。
「嫉妬? まさかとは思っていた?」
ただただ困惑する俺。絶賛放置中。
「私の同僚に、于吉という男がいました」
そんな俺を尻目に撫子が語りだす。
何処か遠くを見つめる瞳が、少し不気味だった。
「これもまた同僚ですが、于吉は、左慈という男の補佐役(兼自称恋人)で、生まれながらのヘンタイ……簡潔に言うならば、真性のガチホモです」
ずうん、と重くなる空気。
……結構ぶっちゃけたね。というか、左滋とやら。お前の部下はそんなので良かったのか?
「この一年ですが、一刀様は左慈の管理下のもとで(半ば強制的に)武術や戦略を学び、己を磨いて(磨かされて)おりましたが、此方に呼び戻された折りに、一刀様と左滋の間柄に嫉妬した于吉の手により、ここ一年の記憶が消されてしまったようです」
わーい☆ なにその今更な設定(はーと)
というか、急展開すぎ、完膚なき迄に説明不足すぎ、嫉妬とかワケわからなすぎ。付け加えて言うならば、于吉の器小さすぎ。
「無くしてしまった記憶に関しては……仕方がありませんが、たぶん身体が覚えていると思いますから…」
いや、何が?
「……ごめん、話が見えないんだけど?」
状況が整理できずに、ひたすら困惑する俺に、撫子は先程とは打って変わった……そう、徐晃という一人の武人を思い出させる強い眼差しと、凛とした声音で俺に告げた。
「賊です。所詮は烏合の衆に過ぎませんが、その数約三千は居るかと」
そう言われて、ぐるりと回りを見渡すと、いるわいるわ。まさに大群。
何で今まで気がつかなかったのかと言われても仕方の無い位に、大量の賊が伺い知れた。
少し距離は離れているが、このままでは確実に衝突するだろう。しかも、広範囲に拡散しているために、それを回避する方法も見つからない。
初めて此方に来た時は、たったの3人だったよな……人生のハードルが格段に上がったことを悲しく思うよ。
ただ、何故だろう。不思議と恐怖を感じることはなかった。
それどころか、何処か高揚さえしている自分がいる。
だからだろうか?
「一刀様、武器をお取りください」
そう撫子に言われた時、二つ返事で「わかった」と返事をしたのは。
「……これは?」
受け取った武器を眺め、撫子に問う。
一見して千輪のような形、その刀身は満月を顕すような綺麗な円を描いていて、そこに彫り込まれた朱雀の装飾が美しく煌めいていた。巨大な装飾付きのフラフープという例えが一番分かりやすいと思う。
「その刀は、名を朱雀永月刀、別名を無殺生満月の剣と言います。……殺生を嫌い民草を第一に考えて善政を行った二代目漢皇帝が神仙より承ったと言われている宝剣です。そして、その剣の持つ特徴としては、不思議なことに、絶対に命在る者を傷つける事が無いということ、またその刃の餌食となったものを深い眠りに誘うということの二つとなります」
俺の問いに生真面目に答える撫子。
(流石に命に関わることなので、及川君にはお帰り頂きました)
その右手には、巨大な四方戟(四枚刃)が握りられていて、背中には【徐】の文字が書かれた旗がパタパタと揺れていた。
俺の背中にも【十】の文字が書かれた旗が同じように揺れている筈だ、感覚的に。
「一刀様。どうか出陣の合図を」
そう俺に促す彼女の顔は自信に満ちていて、先程の姿とは別人のような覇気と力強さが伺えた。
「……撫子」
2騎対3000騎。その兵力差は圧倒的である。
俺は覚悟を決めることにした。
「(死んだ及川の為にも)絶対に勝つぞっ!」
……え? 死んでない? 知るかそんなこと!!
蒼天に浮かぶ笑顔の及川をバックに、俺らしい、いまいち締まらない出陣の合図を出した。
†~成都門前の戦い~†
【対野党戦】
敵軍兵力:3000 対 自軍兵力:2
敵軍将軍:野党頭
敵軍軍師:野党
自軍将軍:北郷一刀
自軍軍師:撫子
「と戦闘に入りたいところですが!!」
いきなり出鼻をへし折られた俺です。しかも味方に。
「時間がないので、ある策……ぶっちゃけると奥の手を使いましょう」
「時間って? 後、ぶっちゃけるとの使い方間違ってるからな」
怪訝な顔で訊ねる俺に対し、撫子はこっちの話です♪ と元の天然お気楽口調で言い、指をぴっと上へと掲げた。
「ちょっ! 奥の手ってそれかよ!?」
しかも、何でこのタイミングでそんなことを言い出しましたかね、貴女は?
「……使えることを忘れていました」
うっわ、しれっと答えやがったよこの娘は!! こら、こっちを見なさい! お父さんは許しませんよ!?
「……!!」
正直ムカついたので、文句の一言でも言ってやろうかと口を開くのと、身体が白い光に包まれるのはほぼ同時。
俺の意識は急速に薄れていった。
いや……なにこのオチ。
Next
↓
予想外だった、と先に言っておく。
撫子が俺を何処かに送り飛ばした時、俺の中での行き先は、華琳の所に行くか、成都に直行するかのどちらかだと思っていたのだが。
ただ、どうやらその思考は浅はかな物だったらしい。
うん、敵の将軍は華雄だ。そういえば、野党化してたんだっけ? 何でか知らないが、袁術居るし。袁術の隣に立ってるのは……張勲だっけか? いまいち確証がないが。
え? 何でそんなことがわかるかって?
何故ならば、ここ、つまり……俺が飛ばされた場所は――
「な……っ!? お前、何処から来た!?」
――敵の本陣真っ只中だったからだ。
†○○○○の戦い†
自軍兵力2
敵軍兵力3000
敵軍将軍…華雄
敵軍軍師…張勲
自軍将軍…北郷一刀
自軍軍師…撫子
てか、タイトル何?
「……貴様、北郷一刀だな?」
流石華雄、春蘭以上の猪武者なのか、生粋の武人なのか、驚きつつも得物を構える。
戦斧の切っ先が俺に向けられた。
……目がマジだ。
取り敢えず、いきなり斬りかかって来ないだけ春蘭よりはマシかもしれないと少しだけ華雄に対する偏見を改めた。というか、さっきから春蘭基準だな、俺。
「へくしっ!」
「どうした姉者、風邪でも引いたのか?」
ちょうどその時、一人の女の子が盛大なくしゃみをしたのは全くの余談であり、今後、馬鹿は風邪を引かないと言う猫耳軍師に対し私は引いたから馬鹿ではないと無駄に彼女が誇り始めたのはもっと必要のない余談である。
まぁ、何にしろ、斬りかかっては来ないにしても華雄はかなり殺気立っているように見える。
それはそうだろう。
元敵がいきなり自分達の軍の、しかも本陣に現れたんだから。
「どうやってここまで来た?」
凄みのある声で質問……もとい尋問される。だってほら、華雄斧持ってるし。
「どうやってって……」
そう言って空を指差す。実際、自分にも分からないんだから仕方がない。
「……空が何だ?」
どうやら、理解出来なかったらしい。流石、三国一のお馬鹿さんと言ったところか。
「そんなんだから、恋姫制作スタッフに愛されないんだな」
「哀れむような目で私を見るなぁ!! それに、少しはスタッフの愛を感じることだってあるっ!!」
「ほう、例えば?」
吼える華雄、追い詰める俺。
流石に、こういうユーザーの視聴する場面で裏事情について持ち出すのは正直どうかと思うが、SSならばどうと言うこともないだろう。
何かおかしな電波を受信したが、取り敢えず舌戦では勝っている。
「う……それはだな。……そ、そうだっ! 今作、私は死んでいないっ!」
前半はしどろもどろ。後半は無い胸を張って言い切る華雄。
「言っていて、悲しくならないか? 胸と真名の無い華雄さん」
だめ押しの一撃。
すぐ近くでは、兵士や張勲たちがヒソヒソと内緒話をしていて、華雄と目が合うと生暖かい笑みを浮かべた。
「この舌戦、俺の勝ちだっ!!」
兵士たちの「憐れだ」「俺、故郷に帰るよ」と言う声をBGMにバァンッ! と人差し指を突きつける。
しかし、俺が舌戦での勝利を確信したその時、ぷちぃっ!! と華雄の安っぽい理性が……キレた。というか、今までよく持ったものだと思う。
「許さんぞ、北郷ぉぉおお!!」
そっか、忘れていたよ。
……舌戦の後には戦闘が待ってるんだったね。
「ぬおっ!!」
ガキィンッ!!
咄嗟に永月刀を抜刀し、打ち降ろしの一撃を防いだ。ちなみにド○ジは関係ない。
つか、ヤバいだろう。
あれが当たったら、正直一瞬で死ねる。
「あのー、華雄さん? 北郷さんを生きたまま捕らえないと私たち殺されちゃいますけどぉ?」
「なななっ!? 七乃、アイツを止めるのじゃ~!!」
「美羽様ぁ~それは無理な話です~」
なにやら張勲と袁術が騒いでいるが、華雄の耳には届かない様子。
「跡形も残らず、死んでしまぇぇええっ!!」
まるで、空間ごと俺を切り裂かんとする華雄の斬撃だが、当たらなければ意味はなんとやら。
ブォンッ! ……ズドォォオオンッ!!
とんでもない速さで降り下ろされるが故に発生する重量級の風圧と風切り音、そして、地面にぶち当たり生まれる轟音。
……実際、ここまでひょいひょい回避できると思っていなかった分、拍子抜けた。
一年前の俺なら、ブォンッ! ズバァァアアッ!! オワタ\(^o^)/となっていたことは確実だろう。
未だに思い出せぬ左慈という人物に感謝をしたいのだが、記憶在りし頃の俺はよっぽど酷い扱いを受けていたのだろうか、それとも于吉の策略か……左慈に対してのどす黒い感情(殺意ともいう)が噴き上がるだけだった。
「避けるなぁっ!」
「いや、無理だろうっ!!」
見るからに殺傷性抜群の攻撃をバックステップで回避。
薙ぎ払いの斬撃がさっきまで俺の首があった場所を通過していった。
「ちょっ!? 本当に洒落にならないから!!?」
ガキィンっ! ガキィンッ!
激しく獲物がぶつかり合う。一瞬先は闇ならぬ、一瞬先は死だ。気を抜くと、死ぬ。
「お前なんか、去勢して宦官の仲間入りさせてやるぅぅうう!!」
「は、激しく嫌だぁぁああっ!!」
撫子が敵本陣に一刀を送り飛ばしたのは、決してミスなどでは無い。
確かに、少しの遊び心なり闘争心なる欲求はあったのだが。
それでも、遊び心、闘争心は抜きにしても作戦としては抜かりはない。本気だ。
敵の指揮官は誰か知らないが、こちらの予想が合っていればそう易々と引き下がってくれるものではないだろう。
「変態ほどしつこい者は居ませんと言いますし」
別に、賊に扮しての行動は変態でもなんでもないものだ。下手に訳のわからないメイド服を着たゴリマッチョとかは変態だが。
そんなものが目の前に現れた場合、それは冥土服になるだろう。徐晃の手によって。
……想像するとヘドを吐きそうなのでこれ以上はなにも言わないが。
とにかく、作戦としては、彼が敵の本陣を叩き、面倒なところを一気に殲滅。
その後、敵の動きが乱れた隙に、慌てふためく兵士たちを叩きのめす。
無論、徐晃とて、理由なき暴力や殺人は好きではないし、九割八厘の割合で向こうはこちら(一刀は当てはまらない)に手を出すことはないという確証があったため、殺したりはしないが。
なぜ、そう思ったのか。
答えは簡単だ。ただの賊にしては統率がとれ過ぎているのだ。
賊団の特徴である馬鹿騒ぎも起きていない。
ただの賊にしては落ち着き過ぎている。
挙げ出したらきりがないのだが、それはそれ。
話を戻すが、一刀が好戦的な性格では無いことを知っていたにも関わらず、何故本陣に彼を送り込んだのか?ということにも、それは、敵の動揺とともに、なし崩し的な戦闘に突入したとき(確実にこうなる)、最も将軍を叩きやすく、私情を挟むならば、全てが終わった後に彼が見つけやすいからだという見解と、敵は良識の無い賊ではないということを考慮した結果だった。
故に、例え一刀を敵の本陣に送り込んでも(個人のスペック的にも)絶対に殺されない、という確信にも直結しているのだし。
しかし、一刀を送り飛ばすことを思い付いてから、ここまでの計画を練るのに約0コンマ2秒。
流石は徐晃、もはや神の領域か。
ジャリ、ジャリ。
敵陣の中、武器も持たずに堂々と歩を進める撫子。
「ええっと、君……ひぃっ!」
やんわりと引き留めようとした兵士がその眼光と殺気に当てられ即座に失神した。
哀れな話だが、その兵士……今回が初陣だった。
流石に可哀想なことをしましたと思いましたが、賊のフリをするのなら、言葉遣いを変えるべきだと?(撫子談)
まぁ、そんなことはさておき、ここまで来ると、神と言うより、死神だろう。
「……死にたくなければ、動かないでください」
少女の姿をした白い死神はクスリと笑って楽しそうにそう言う。
ちなみに、それは最終勧告でもあるのだ。
……自分に刃を向けたら、殺すという。
勿論、兵士たちは動くことができない。
ただただ言い様の無い恐怖の表情をその顔に張り付けるのみ。
……史実の通り、徐晃という人物の個体値は関羽、夏候惇の更に上を行く。
呂布と同格だろう。
つまり、今の状況を簡単に例えるならば、最高レベルの勇者とそのパーティーに、レベル1のスライムが一体ずつ飛びかかっていくような状況なのだ。
想像して欲しい。そんな状況にスライム以上に知能の発達した彼らは堪えられるだろうか? 精神的、肉体的に。
導き出される答えはただひとつ、否。
「そうです。それが聡明な人の判断ですね」
もう一度クスリと、今度は妖艶に笑って、最後に一言彼らに言葉を放つ。
「一刀様は渡しませんよ、蜀の兵隊さん」
――それじゃあ、劉備さんに宜しく。
next
↓
「ねぇ、朱里ちゃん。本当に成功すると思う?“天の世界から帰ってきた一刀さんを保護して、華琳さんに送り届けてあげよう"っていう作戦」
「はいっ! 絶対に大丈夫かと思います! 于吉という占い師の情報が正しければ、一刀様は必ずここ成都に姿を見せる筈ですし、現にそれらしい人間と接触したとの連絡が私のほうに入っています。それに此方の部隊は華雄さんと張勲さんの直属の精鋭揃いですし、一刀様の武力については既に把握済みですので、抵抗される事はないと思います。」
所変わって、此方は成都の城内。
玉座の間には、何処か不安げな表情を浮かべる劉備と余裕の笑みを浮かべながら話す諸葛亮の姿があった。
「だけど、万が一でも一刀さんに怪我でもさせちゃったら……」
本来彼女達の考えた策は一刀を保護する事。
だが……もし、なにかの手違いで彼に傷を付けるようなことがあれば、蜀の名に泥を塗ってしまう処か、折角安定した三国の関係が破錠してしまう原因となることは絶対と言ってもいいだろう。
また、彼を大切に思っている多くの魏の民や武将たちを傷付ける事にもなってしまう。
その可能性を劉備は危惧していた。
「その件については問題ありません。確かに華雄さんは少し感情的な面もありますが、理由なく人を傷付けるような事はしません。それに張勲さんも一緒に居ますから、万が一のときも……」
しかし、諸葛亮が大丈夫です!と話を締め括る前にその声は遮られる事になった。
「劉備様っ! 諸葛亮様っ!」
血相を変えて部屋に飛び込んでくる伝令。
諸葛亮は一瞬、成功の報告かな?と思ったが、どうにも様子がおかしい。
「どうしたのっ!?」
焦ったような劉備の問い。もしや一刀に良からぬ事が起こったのでは?と動揺を隠せない。……実際あったのだが。
「ほ、報告しますっ! 華雄隊1500、張勲隊1500は徐の旗と十の旗を掲げた2騎と戦闘に突入し……申し訳ありませんっ! 実力及ばず壊滅致しましたっ!」
「えっ!? かっ壊滅!?」
「はわわわわっ!……きゅう~」
この時点で諸葛亮失神。 まぁ、予想もしなていなかった……兵が壊滅したという有り得ない事実と、先程、あれほどまでに心配はないと豪語した策が失敗した恥ずかしさからというのが大まかな原因だ。
「それで、みんなはっ!?」
真っ青な顔で伝令に詰め寄る劉備。今にも泣き出しそうだ。
しかし、それを伝令は笑顔で宥めた。無論、その笑顔は少し不自然なものであったが。
「こちらの兵は確かに壊滅致しましたが、死者はおろか負傷者すら居ません」
「えっ?それってどういう事!?」
壊滅したのに死者は0、負傷者すらいないという矛盾に劉備は戸惑いを隠せない。
「簡潔にお伝えしますが、兵は、私を含めて皆武器を棄て成都に敗走。華雄様、張勲様、袁術様は御健闘空しく敗れ、天の御遣い様に捕縛されました」
「えっ!? 華雄さんたちは大丈夫なの? 捕まっちゃったなら、今は何処に居るの?」
再び取り乱す劉備を伝令は落ち着いて報告を聞いてくださいませと遮る。
「華雄様も張勲様も袁術様の身柄は、現在は成都に引き渡されております。勿論、怪我一つ無いとの報告を受けておりますのでご安心下さい。」
報告を聞いて、その場にへたり込む劉備。
思えば、この策には欠点が多すぎたのだ。
そもそも、こちらに戦いの意志が無かったとしても、何も知らない一刀にとっては、それは十分な脅威と成りうる。ましてやその数約3000。
これ程の大人数で城を出る必要など何処にもないし、それだけの数の兵全てにに今回の作戦が伝わる保証は何処にもないのだ。
いくら華雄隊、張勲隊の兵士が精鋭揃いだとして、いや、それだからこそ……なにかの手違いで天の御遣いを斬ってしまう可能性は高かった。
諸葛亮を含む私たちは少し浮かれすぎていたのだ。
「しかしながら、劉備様」
伝令はそこで渋い顔をした。
「将軍方の件で問題が発生してしまいまして……」
↓ next
「…かずと」
彼の使っていた布団で身を包みそのままコロコロと寝台の上を転がる。
今ほど孤独な時間は生まれて初めてだ。
こんなにも寂しいのも…
こんなにも切ないのも…
今まではこんな感情、感じたことなかったのに。
「私の初めては、全部貴方が持っていくのね」
そっと呟く。
布団に染み付いた愛しい人の残り香が私の気持ちを余計に切なくさせた。
「…ばか」
涙が溢れた。
――確かに、三国には平和が訪れた。
――多くの民が喜び、笑顔になった。
それが一刀の願い。
沢山の人達をを幸せにしたい、悲しみに嘆く人達の顔を笑顔にしてあげたい。
いつか、彼が言っていた事だ。
「私は…?」
ねぇ、一刀。
私は“その人達”には含まれて居なかったのかしら?
私は、わらえない。
貴方が居ないと笑えないのに。
「寂しい」
掠れた声で呟いた言葉は、部屋にむなしく反響して消えた。
「帰ってきてよ、一刀」
返事はない。
悲しいのは嫌。
切ないのも嫌。
貴方が居ないのは…一番嫌。
貴方という存在が居なくなった。 それは、私が壊れるのには充分すぎる理由だ。
何かの例えではない。 近いうちに、本当に壊れてしまうだろう。
弱虫なのだ、私は。
そんな弱虫に誰が従うだろう?
信頼する部下達は皆、失望の眼差しで私を見つめこう言うだろう。
『今の貴女には、私の命を預ける事が出来ません』
嫌だ、怖い。
そんな目で私を見ないで。
一刀…一刀…かずと…
「たすけて…っ」
一刀…一刀、お願い…私を助けて。
優しく微笑む彼の顔を思い浮かべる。
……でも、変わりに現れたのは寂しそうに俯く彼の姿だった。
彼もまた、私と同じように泣いていた。
『…さようなら、華琳』
ふっと、想像の中の彼が姿を消した。
私は独りになった。
ぷつん、と糸が切れた音がした。
「嘘…」
お願い、かずと…
「独りに、しないで」
大切な物を失いたくなくて必死に伸ばした手は何もない空を掻いた。
愛した人は遠い所に行ってしまった。
「ひとりに、しない…で」
「…華琳」
きゅっと抱き締められる感覚。
「えっ?」
懐かしい声。
「俺は、お前を独りにしたりはしないよ」
私がずっと待ち望んでいた、優しい声。
「かず、と…?」
これが夢だとしたら、とても残酷な夢だ。
しかし、今感じている彼のそれは、夢にしては現実味を帯びすぎていた。
「ただいま。 遅くなってごめんな?」
彼が、宥めるように頭を撫でながら涙を拭ってくれる。
「かずと…? 本当に一刀なの?」
手を伸ばして彼の頬に触る。
ゆっくりと、本当にゆっくりと彼の存在を確かめるように指でなぞる。
「本物だろ?」
「…うん」
そのまま、導かれるように唇を重ねた。
私から彼を求める、激しい口づけ。
頬にあった筈の手は、いつの間にか彼の首に回っていた。
「ずっと、貴方に会いたかった」
「俺もだよ、華琳」
彼がより強く私を抱き締めた。
「もう、何処にも行かないって約束して」
「あぁ、約束する」
また…涙腺が緩みだした。
やっぱり、彼の前では1人の少女になってしまう。
「ずっと、一緒に居てくれる?」
「大丈夫、ずっと一緒に居てやる。 嫌って言っても離れてやらないからな?」
「それは、ちょっと…」
「冗談だよ」
楽しげに笑う彼。
少しムカついたので押し倒してやる。
「…私に冗談だなんて、お仕置きが必要かしら?」
「ちょっと? 華琳? あー…華琳さま?」
「安心なさい。 悪いようにはしないわ?」
彼が居るだけで、私は本来の私に戻る事が出来る。
今だって、楽しくて楽しくて仕方がない。
さっきまでの暗い気分は何処かに行ってしまった。
「なぁ、華琳」
「な、なによ?」
不敵な笑みを浮かべる彼。 この顔は、何か良からぬことを考えている時の顔だ。
「結婚しようか?」
え? 結婚? 誰が? 誰と?
私と、一刀が。
「な……」
結論に辿り着いて急に恥ずかしくなる。
きっと、私の顔は真っ赤になっているだろう。
「ちなみに、冗だ…」
「冗談だなんて言わせないわよ?」
だからこそ、そんなことを言ってやる。
「ちなみに婚儀は明日に行うように取り計らっておくわ? それまでに準備しておきなさい」
「ま、待て。 落ち着け華琳!」
ふふふ、慌ててるわね。 でも、その言葉の持つ意味と責任はちゃんと理解して貰わないとね?
「これは、私を今まで待たせた罰よ?」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「だったら何よ? 私の事が嫌いなの?」
歯切れが悪いわね。
言いたいことがあるのなら、はっきり言えば良いじゃない。
「取り敢えず、落ち着いて周りを見てみろ。 話しはそれからだ」
なによ?
周りになんて何も……
「あ……」
みんないた。
それも、魏・呉・蜀の重鎮と王が勢揃い。
そわそわして居心地の悪そうな者。
傍目から見ても分かるくらいに楽しんでいる者。
私たちを肴に酒を呑んでいる者さえ居る。
「えっと、そのさ…華琳」
「な、何かしら一刀?」
なんで今まで気がつけなかったのかしら?
と言うか、いつから見られていたのかしら?
「どうしようか、これ?」
桃香が、すっごくキラキラした目で「大至急に婚儀の用意を」とか言ってるのが聞こえてきたのだけれど……気のせいよね? きっと?
「はわわわわわわっ!? 華雄さんたちの処遇について曹操さんにお話があって来たのですが……」
あ、一刀がいかにも原因は俺にあるみたいな顔をしてるわね。
「…何したのよ、貴方?」
「何もしてないぞ? 寧ろ、俺が被害者だ。 信じてくれ」
「この状況をなんとかしたら信じてあげるわ」
「なんでそうなる」
泣きそうな目をしないでよ、もう。
「それと、ここを無事に斬り抜けられたら、今晩は可愛がってあげるわよ? ……あ」
迂闊だった。
「うわー…華琳ったら大胆」
雪蓮の言葉をきっかけにして、騒ぎは大きくなっていく。
まぁ、こんな日常があっていいんじゃないかしら?
取り敢えず、今夜は眠れないようだとだけ覚悟しておこう。
城内にある庭園の片隅に、私は1人佇んでいた。
「この外史の一刀様も、無事にハッピーエンドを迎える事が出来ました」
空を見上げると、そこには雲ひとつない蒼が広がっている。
まるで、運命に引き裂かれた2人の再会を祝うかのように。
「ですが、私は…」
この空は、今の私にとって、苦痛以外の何物でもない。
この空は、あの人の事を思い出してしまう色だから。
私は、この外史を含めて7つ、例えば、蜀が大陸を統一する外史。 呉が大陸を平定する外史。 その他にも様々な外史を渡り歩いてきた。
全ての物語をハッピーエンドにするために。
あの人を発端として開かれ、終わりを迎えた外史をもう一度始める為に。
でも。
「どれだけ旅を続けても…私の愛した貴方に出逢う事は出来ませんでした」
全ての物語をハッピーエンドにし続けることは。
「どんなに強く心を持ち続けても、この胸の痛みは癒えませんでした……」
本当は、全部自分の為で。
「いくら気丈に振る舞った所で、私は心の涙を止める事は出来ませんでした……」
けれども、それはとても辛いことで。
「撫子は、なでしこ…は……ぐすっ…折れてしまいそうです……」
自分は弱い女だと認めてしまった時点で涙が止まらなくなった。
「こんな撫子を、あの人は…あの人はどう思うのでしょうか…?」
手の甲で、そっと流れる涙を拭った。
「きっと、優しく抱きしめてくれるのでしょうね……あの人はそういう人ですから」
特に、泣いている女の子は絶対に放っておけない人だから。
「だからこそ、悲しみは大きいのです……」
私があの人を心の底から愛しているから。
ある日、突然、私たちの前から消え去ってしまった大切なあの人を、忘れる事なんて出来ないから。
……だから。
「きっと、貴方を探し出します。 貴方がこの世界の何処に居ても。 この撫子が必ず見つけ出してみせますから…」
私の……私たちの物語も、絶対にハッピーエンドにしてみせる。
「次の外史では、私の想う貴方に出逢えますように……」
祈るように胸の前で手を組み合わせ、静かに瞳を閉じる。
ポウッと白い光が現れ、私の姿を優しく包み込んだ。
「全ての物語に幸せな結末を…。 そして、そこから始まる新しい物語への希望を……」
――そうですよね、私の愛した……北郷一刀様。
第二章へ続く。
オリジナルキャラクターの設定。
名前‡徐晃
字‡公明
真名‡撫子(なでしこ)
身長‡165センチ
B‡85
W‡59
H‡83
ステータス‡(基本)統率力B、武力A、知力B、魅力A、法術A。
白銀の悲女‡統率力B、武力S、知力S、魅力A、法術S。
使用武器‡『四斬十字刄斧(シザンジュウジジンフ)』
その名前の通り、十字の斧。
重量‡約40キロ
片手持ちのタイプである。
本編の設定的には、左慈や于吉、貂蝉と同じく外史を管理する機関の人間。 しかし、外史の管理を目的とせずに、北郷一刀を起点として開かれた外史を幸せな結末へと変えていくことに、その力を使っている。
撫子は元々、北郷一刀を起点として開かれたとある外史に存在するファクターの1人で、自分が存在していた外史内で起こった『外史による異物排除行動の巻き添え』で消え去ってしまった自分の主、北郷一刀の事を探すために組織に入っている。
幸せな結末は、一刀を探す過程で起こる撫子の私情なのだそうだ。
外史から外史へと自由に移動できるだけでなく、物体の外史転移術に長け、また、土塊に命を吹き込み兵士を造り出したりと、法術も得意とするが、体力の消費が激しく、何度でも出来る訳ではない。
服装は、銀素材の物を好み、美しい純白の髪の毛が特徴的。
彼女の旅の目的とその姿から、左慈達からは『白銀の悲女(ジュリエット)』の通称で呼ばれている。
趣味‡他者との会話、幸せな結末の本。
好きな物‡『みたらし団子』と『一刀と呑むお酒』そして『幸せな結末』
嫌いな物‡『悲劇の終末(バットエンド)』と『一刀との思い出を汚す人間』
一人称‡基本的に『私』だが、地が出ると『撫子』になる。
口調は‡緩い敬語。
「○○なんですよ~♪」
「○○は大好物なんですぅ~♪」
がいい例。
話の方向が一刀絡みになってくると徐々に緩さ加減が弱まる。
next
↓
あとがき。
はじめまして、雪音紗輝です。
今回は、以前から自サイトで掲載していた小説をTINAMIさまの方に投稿させていただきました。
一気に投稿してしまいましたが...一応、次回からは少しずつの更新にしていこうと考えております。
こんな駄文を読んでくださった物好きな方、本当にありがとうございました!!
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魏ルートアフターと、真・恋姫無双のリメイク作品です。
リメイク作は、次回からの予定ですので、よしなに...