No.937767

村上春樹のダンスダンス(上)良いとこ文章抜粋

H@さん

村上春樹のダンスダンス(上)良いとこ文章抜粋

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2018-01-16 18:23:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:461   閲覧ユーザー数:461

村上春樹のダンスダンス(上)良いとこ文章抜粋

 

でも僕らは泊まった。我々はここに泊まるべきなのよ、と彼女は言った。そしてその後で彼女はいなくなってしまった(P13)

 

羊男は知っていたのだ。彼女が行かなくてはならなかったのだということを。僕にも今ではわかる。彼女の目的は僕をそこへ導くことにあったからだ。それは運命のようなものだった。あたかもモルダウ河が海に達するように。(P13)

 

僕は彼女の名前さえ知らないのだ。彼女と一緒に何ヶ月か暮らしたというのに。僕は彼女について実質的に何一つ知らないのだ。僕が知っているのは彼女がある高級コールガール・クラブに入っているということだけだった。クラブは会員制で、身元の確かなきちんとした客しか相手にしなかった。ハイ・クラスの娼婦だ。彼女はそれ以外にもいくつかの仕事を持っていた。普段の昼間は小さな出版者でアルバイトの校正係をやっていたし、パートタイムに耳専門のモデルもやっていた。要するに彼女はとても忙しい生活を送っていたわけだ。彼女にはもちろん名前がないわけではなかった。実際の話彼女は幾つも名前を持っていた。でもそれと同時に彼女には名前がなかった。彼女の持ち物―殆どないも同然だったが――のどれにも名前は入っていなかった。定期券も、免許証も、クレジットカードも持っていなかった。小さな手帳をひとつ持っていたが、そこには訳のわからない暗号がボールペンでぐしゃぐしゃと書きこんであるだけだった。彼女の存在にはとっかかりというものがなかった。娼婦は名前を持っているかもしれない。でも彼女たちは名前を持たぬ世界で生きているのだ。(P14)

 

とにかく僕は彼女について殆ど何も知らない。どこで生まれたのかも、歳が本当は幾つなのかも。誕生日だって知らない。学歴も知らない。(P15)

 

僕はこう感じるのだ。彼女はいるかホテルという状況を通して僕を呼んでいる、と。そう、彼女は今また再び僕を求めているのだ。そして僕はいるかホテルにもう一度含まれることによってのみ、彼女ともう一度巡り合えるのだ。そしておそらく彼女がそこで僕の為に涙を流しているのだ。(P15)

 

時々、女が僕の部屋に泊まりにきた。そして朝食を一緒に食べ、会社に出勤していった。彼女にもやはり名前はない。でも彼女に名前がないのは、ただ単に彼女がこの物語の主要人物ではないからだ。彼女はすぐにその存在を消してしまう。だから混乱を避けるために僕は家の字に名前を与えない。しかしだからといって、僕が彼女の存在を軽んじていると考えてほしくない。僕は彼女のことがとても好きだったし、いなくなってしまった今でもその気持ちは変わっていない。(P19)

 

僕と彼女はいわば友達だった。少なくとも彼女は、僕にとって唯一友人と呼びうる可能性を持っていた人間である。彼女には僕の他にきちんとした恋人がいる。彼女は電話局に勤めていて、コンピューターで電話料金を計算している。職場について詳しいことは僕も訊かなかったし、彼女もとくには話さなかったが、だいたいそういう感じの仕事だったと思う。(P19・P20)

 

僕は哀しくはなかった。だってそれは明らかに僕の責任なのだ。彼女が僕の元を離れて行くのは当然のことだし、それは始めからわかっていたのだ。(P29)

 

そして、彼女は出て行った。彼女がいなくなったことで僕は寂しい気持ちになったが、それは以前にも経験したことのある寂しさだった。(P29)

 

僕はやがてまた何処かで別の女にめぐりあうだろう。我々は遊星のように自然に引き合うのだ。そして我々はまたむなしく奇跡を期待し、時を食み、心を磨り減らせ、別れて行くのだ。それがいつまでつづくのだ?(P30)

 

そして僕はそこで彼女に会わなくてはならない。僕をいるかホテルに導いた。あの高級娼婦をしていた女の子に。何故ならキキは今僕にそれを求めているからだ。(P49)

 

彼女はキキなのだ。少なくともある奇妙な世界の中で、彼女はそういう名前で呼ばれていた。そして、キキがスターターの鍵を握っているのだ。(P49)


 
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