No.937446

【新6章・後】

01_yumiyaさん

新6章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。後編

2018-01-14 00:40:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1188   閲覧ユーザー数:1182

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■■■■

 

ザワザワと賑やかな音が響いていた。

いつも遠目から見てはいたが、自分と同じ目線で街の人々を見ると身体に響く喧騒が桁違いだとクレイは驚いたように立ち竦む。

「お祭りが近いから賑やかでしょ?」とクレイの横でダイヤが笑った。

 

「まずはユーグたちに相談したいから、聖堂に行こう!」

 

元気な声で、クレイと繋いだ手を離さずにダイヤはドンドンと街の中を進んで行く。

人前で手を繋いでいる現状に気恥ずかしい気持ちがないと言えば嘘になるが、歩くことにも人混みにも慣れていないクレイとしては手を離されたら非常に困ると必死にダイヤについて行った。

周りを見る余裕もなく、あっという間にクレイは聖堂と呼ばれている建物の前に到着する。

たくさん歩いてかなり消耗しているクレイとは裏腹に、ダイヤはそっと聖堂を覗き込み「あれ?」と困ったような声を漏らしていた。

 

「ユーグたちいないなあ。裏庭かなー」

 

そう言ったかと思うとダイヤは再度クレイの手を掴み裏庭に向かって歩き出す。

休む間も無く引っ張られたクレイは「わ、まっ少し、あの、ダイヤ」とオロオロと途切れた声を鳴らすことしか出来なかった。

 

裏腹に着いてすぐクレイはその場にへたり込む。歩き疲れもあるが、恐らく人混みに酔ったのだろう。

目をくるくるさせながら力尽きるクレイを見て「うわあ!?ごめんなさい!」と慌てて謝罪するダイヤの元に、パタパタとした足音が駆け寄って来た。

 

「誰かと思えば大きい方のダイヤでしたか。泥だらけでどうかし、ましたか」

 

そんな声とともに青い騎士が姿を見せ、へたり込んでいるクレイと笑顔のダイヤに交互に視線を向ける。

「ダイヤ、その人になにしたんです?」と遅れて緑色の僧侶が笑いながら現れ首を傾げた。

ええと、とどこから説明しようかと悩んだダイヤはとりあえず、

 

「青いほうがユーグで、緑のほうがクリフ。で、この黄色いのはクレイ」

 

と全員に割と雑な紹介をした。

男性陣から不満の声が上がったのは当然と言えるだろう。

 

■■■

 

「はあ、天使、ですか」

 

ダイヤとクレイの話を聞いて、ユーグは目をパチクリさせた。

泥だらけだったふたりにお湯とタオルを渡し、まずは身体を綺麗にしてくださいと言われがダイヤは己の顔を拭きながら事情を話す。

はじめはのんびり聞いていたユーグたちの顔は、話が進むたびに凍りついていった。

目の前にいる、どこからどう見ても人間の彼は元天使なのだと言われても、信じろというほうが難しい。

まあ確かになんとなく髪型が羽根っぽいといえば羽根っぽいが。

聖堂でアンデッドの調査や対処をしていた際、何人かの天使は見掛けたが彼のような真面目な天使は見ていない。

「赤い天使なら見ましたけど」とクリフも首を傾けたが、「あ、それは私の友人だな。気の良い天使だっただろう?」と微笑まれた。

その笑顔に嘘や悪意などは見当たらない。

判断に困るとユーグとクリフは顔を見合わせたが、ダイヤが「目の前で羽根がバサーってなくなってね、えっと、信じてくれる…?」と必死に説明していた。

そんなダイヤを見てユーグたちはふと気付く。

 

クレイが元天使であると言われても、

真実か嘘かわからないが、

そもそも真正面に天使の力を貰って、

変身してるらしい子が

いるんだった。

 

ならばまあ、

天使が人間になるのも

アリなのだろう

 

納得したんだか納得してないんだかよくわからない決断をし、ユーグたちは目の前に揃った不思議な事柄たちに向けてため息を吐いた。

多分恐らくこの世には人智の及ばぬ何かがある。目の前の二人がそうだ。

ならもう、考えるだけ無駄だ。目の前の事情を受け入れよう。

ユーグたちがこくりと頷くとダイヤは嬉しそうに笑い、当面クレイをどうしたらよいかの相談を持ちかける。

ぶっちゃけた話、現状クレイの住むところがない。

聖堂にも旅人を泊める場所はあるが今は満員、街の外は危ない、屋敷に連れて行くことも出来ない。

 

「いや、私は別に外でも、」

 

そうクレイは主張したがダイヤは「だめっ」と首を振った。

妙に頑なな態度を取るダイヤに困り顔を向けながらクレイは、一応人間に成ったとはいえ、元天使であるせいか基本能力値が高くまたアンデッドに対抗する術も会得している。だから大丈夫だと頬を掻く。

それでもダイヤは首を振るばかり。

「だって、人間ならお家で暮らすものだもの。人間だっていうなら人間らしくしなさい!」と真っ直ぐクレイの目を見てピシッと指を立てた。

 

「ていうか、歩いたらすぐ転ぶんだから大丈夫なわけないじゃない!」

 

ぷくんと頬を膨らませダイヤはぷいとそっぽを向く。

キョトンと目を丸くするクレイはここでようやく彼女に己の身を心配されていることに気付き、頬を染めつつ俯いた。

守りたいと思った子に心配される恥ずかしさ。

クレイとダイヤが各々の理由で口を閉ざしたため、呆れた顔でユーグが口を挟む。

 

「…もういいですか。住居の心当たりならあります」

 

ユーグのその言葉にダイヤとクレイは勢いよく顔を上げた。

ダイヤは「ほんと?」とキラキラした目で、クレイは「良いのだろうか」と少し戸惑った目で。

両者の反応に怯みつつも、ユーグは「町外れに小さい小屋があります。誰も使っていないから聖堂で管理してまして」と物件の説明をする。

ユーグの話を聞いてクリフも「ああ、あそこ」と思い出したように手を打ち鳴らした。

 

「でもあそこ、ほぼ物置ですよ?掃除しないと使えない…」

 

「掃除は得意!」

 

クリフの声にやや食い気味にダイヤが元気よく挙手をする。

早く行こう!とダイヤは立ち上がり、クレイに手を伸ばした。

オロオロしているクレイに痺れを切らし、ぐいと手を掴んでダイヤは嬉しそうに聖堂の裏庭から飛び出して行く。

「ちょっとダイヤ!貴方場所知らないでしょう!?」と叫びながらユーグも慌てて追いかけた。

なんだか賑やかになりそうだなと苦笑して、クリフも3人の後をのんびりと追っていった。

 

■■■

 

ユーグの言った小屋に到着し、少しばかり立て付けの悪い扉を開くともわっと埃が舞う。管理していたとは言うが、ほとんど放置されていたらしい。

そんな埃まみれの小屋を見て、ダイヤの目がウキウキと輝き始めた。

 

「掃除しがいがありそう…」

 

ピカピカにしてくる!と至極楽しそうな声を残して、ダイヤは小屋の中へと突入して行く。

「え?あ、私も手伝、」とクレイも後に続こうとしたが、クリフに肩を掴まれた。

 

「ああなったダイヤは止められないというか、むしろ『邪魔だからどいて!』と追い出されるので、待ってましょう」

 

「しかし、」

 

「無理ですから」

 

諦めたように首を振るクリフと、ポンポン飛び出てくるガラクタを片付けるユーグ。

妙に手馴れているなとクレイが首を傾けると、クリフは「昔聖堂の物置掃除してたらダイヤが来てですね?まあその、ボクらもゴミと一緒に放り出されましてね?」と遠い目をして教えてくれた。

大人しく放り出されたゴミの始末してたほうが良いです、とクリフは積み上げられていくガラクタの山に目を向ける。

 

「…ダイヤにゴミ扱いされたいなら、止めませんが」

 

「……、遠慮しておく」

 

クレイがぷるぷると首を振ったのを見たクリフは苦笑し、片付けましょうかとゴミの山に近寄った。

「あ、力仕事はユーグに任せていいから」というアドバイスを受けながら、クレイもガラクタの処理に向かう。

その間にも続々とガラクタが積み上げられていった。

 

 

しばらくして、満足げな表情でダイヤが小屋の中から顔を出す。

どうやら心行くまで掃除が出来たらしい。

綺麗になったよと言われクレイは小屋の中へ入ったが、先ほどまでの埃は何処へやら、こざっぱりとした広い部屋へと変貌を遂げていた。

 

「じゃあ、私必要なもの買ってくるね」

 

クレイが驚いている間にダイヤは何処かへ出掛けて行く。

戸惑うクレイを尻目にユーグたちは「じゃ、ガラクタの中から見付けた使えそうなものを運び込みますか」と机やら椅子やらをどんどん詰め始めた。

部屋というものは、何もないと非常に広いが家具を入れると途端に狭くなっていくらしい。

前は広い神殿にいたから知らなかったなとクレイがオロオロしている合間に、小屋は人の住める家へと進化して行く。

 

「水と火。あと電気は使えるようにしましたから」

 

ユーグがクレイに振り返り伝えた。聖堂管理というのは嘘ではなかったらしい。

そうこうしているうちに大きな荷物を持ったダイヤが帰って来た。

生活必需品を買ってきたと微笑んで、ダイヤは買ってきた品物を並べる。

カーテンや絨毯、食器など人間の生活に必要なものをクレイに見せ教えたダイヤは、それらを次々と設置した。

が、

 

「…あの、ダイヤ。これは?」

 

「スポンジ」

 

「熊の形をしているのだが」

 

「? 可愛いでしょ?」

 

こざっぱりした部屋が、生活必需品を買ってきた人間の趣味を如実に現した部屋に、どんどん染められていく。

つまるところとても可愛い。

なんかとてもファンシーかつラブリー。

多分これは男性が住む家の内装ではないのだろうと、クレイは笑いを堪えているユーグとクリフを見て思う。

 

「…ダイヤ。次買い物に行くときは、私も行く」

 

「?うん、買い物の仕方覚えなきゃだもんね?」

 

クレイの言葉の意図を理解していないダイヤは無邪気に笑った。

私これからここに住むのかとクレイは困ったように目を泳がせる。

なんだかとても、落ち着かない。

 

 

■■■■■

 

 

 

クレイはしばらく「人間」としての生活を学んだ。

朝は歩く練習として散歩、昼は聖堂に行っての勉強、夜は眠って次の日に備える。

慣れてきた頃、夜は街の外でダイヤとアンデッド退治を始めた。幸いにも天使だったときの技術や能力はそこまで落ちていなかったため、きちんと対抗することが出来るようだ。

それでもやはり天使だったときよりも体力が落ちているのか、無茶が出来ない。夜通しアンデッド退治なんてしてしまえばブッ倒れるだろう。

少し不便だなとクレイは笑う。けれどもこの不便さが人間らしくて愛おしい。

街の近くにいたアンデッドを粗方退治した頃、一緒にいたダイヤがクレイに顔を向けた。

 

「あ、そうだ。明日買い物に行きましょう?」

 

「…私は構わないが…」

 

夜に女性が街を出歩くのは流石に危険ではと眉を下げるクレイだったが、ダイヤは「え?昼間だけど」と首を傾げる。

昼間は屋敷での仕事があるのではとクレイが問えば「お休みの日なの」とダイヤが笑う。

 

「外に出てもいいって言われたから、お買い物したいなって」

 

そういうことなら問題ないとクレイも微笑み了承した。そしてすぐに思い立ち、クレイはダイヤに「迎えに行こうか?」と提案する。

屋敷は街から少し離れているから、迎えに行ったほうが安全だろうと提案したのだが、ダイヤは少し頬を染め「へ!? あ!え、ぅ」と奇怪な声を漏らした。

それでも一応頷いたため、迎えに行くことが決定した。

明日の予定も決まったため、クレイはダイヤと別れ帰路に着く。

クレイと別れたあとダイヤが「あれ…、なんかデートみたいに、なっちゃった…」と小さく呟いたのは、クレイの耳には届かなかった。

 

■■

 

次の日、クレイは約束通りダイヤのいる屋敷に向かう。まだ歩くことに慣れていないのを考慮して、少し早めに。

数度転びはしたが、一応無事に屋敷に辿り着き門前で待っていたダイヤに声を掛けた。

いつも一緒に戦うときとは違い、ちんまりとした姿のダイヤはクレイに気付くと慌てて駆け寄り「また転んだの?」と汚れを払う。

「まだなんとなく身体が重くて」とクレイが言い訳すれば、ダイヤは苦笑して小さな手を差し出した。

いつも通り手を繋ぎ、クレイとダイヤはのんびりと街に向かって歩き出す。

 

「そういえば、最近戦い方に慣れてきたみたいだが何か特訓でもしているのか?」

 

「ううん、なんかちょっと前からお屋敷の書庫に指南書みたいなのが増えてて、それを読んでるの」

 

そういえば魔皇が再活動する前あたりからダイヤは書庫に篭っていた。あの時から読んでいたのだろう。

おかげで前よりずっと上手く立ち回れるようになったの、とダイヤは微笑む。

その笑顔を見てクレイは複雑な表情を浮かべた。

正直なところ、もう彼女には戦ってほしくない。普通の女の子として普通の生活に戻ってもらいたい。しかし、まだ完全に人間の身体に慣れたとは言えない己がそれを言っても、彼女は納得しないだろう。

己の不甲斐なさに消沈しつつ、クレイは空を見上げた。

アンデッドだけではなく、天使も人間を消そうと動いているのだ。早くこの身体に慣れたほうが良い。

最悪の事態、つまりはアンデッドと天使のダブル襲撃が起こる前に動いておきたい。

幸いなのは、エーリュシオンがあれから全く動いていないことだ。おかげで身体を慣らす期間が出来た。

 

「…しかし何故、あの人は動かないのだろう…」

 

あの時の態度ならばすぐさま大地を浄化するか、クレイを消滅させに来ると思ったのだが。

天から離れた自分が言う権利など無いが、天界に何かあったのだろうかとクレイが眉を下げる。

そうこうしている内に、クレイたちは街に到着した。

 

相変わらず賑やかな音を響かせ、今日も街は活気に溢れている。

魔皇が再活動したことも、天使が浄化させようとしていることも知らず、人々は元気に生きていた。

街の雰囲気に飲まれ、クレイは口元を緩ませる。街の人々を見ていると元気を分けて貰えるようだとクレイは優しく微笑んでダイヤに顔を向けた。

 

「今日はどこに行く?」

 

「んー、お菓子が欲しいかな」

 

そうかとクレイは笑って菓子屋の方へと歩き出す。一応ここ数日のおかげで街の中はある程度把握出来た。

が、ダイヤはクレイの手を引っ張り「あ、そっちじゃないの」と慌てた声を漏らす。

首を傾げるクレイにダイヤは「こっちの奥の道に小さいお店があるのよ」と得意げに笑った。

地元民しか知らない隠れた店舗といったところか。まだまだ知らない場所があるなとクレイは頬を掻き「そんなところがあるのか。…良ければこれからも、色々教えて貰えると嬉しい」と笑みを返せば「任せて!」とダイヤも笑う。

店へ向かう道すがら、ダイヤはあちこちを指差し裏路地にある隠れた店々を教えてくれた。

クレイも興味深そうにキョロキョロ見渡しながら歩いていると、余所見をしていたせいかもふんと何かにぶつかった。

反射的に謝罪の言葉を発したが、よくよく見ればクレイのぶつかったものは緑色の羽根。

羽根?とクレイが顔を上げれば、そこにはひとりの天使がキョトンとした顔で浮いている。

 

「…キミ、なんか見たことあるような…」

 

首を傾けつつ不思議そうな顔でクレイをジロジロと眺め、いつの間にかクレイの後ろに隠れていたダイヤを見つけ嬉しそうに笑った。

「おや、あの時の可愛い子だ。元気かい?」とダイヤに近寄ろうとしたが、ダイヤは微妙に怖がって逃げるようにクレイを盾にする。

ダイヤの警戒っぷりが尋常ではないとクレイもダイヤを庇うように立ち、目の前にいる天使を睨み付けた。

人間に好意的であるためエーリュシオンの配下ではないようだが、その割にはダイヤが怖がっている。というかなんだっけこいつ見たことあるような。

 

「あ。…シェムハザ、で合ってるか?」

 

確かアザゼルとよく連んでいた天使がそんな名前でこんな背格好をしていたはずだ。アザゼルとはまた違ってクレイとは正反対な性格をしているから、ほとんど顔を合わせたことはないが。

そうクレイが名前を当てると、シェムハザは「んん?ボクの名前…あれ?」と怪訝そうな表情でクレイに視線を戻した。

しばらくクレイを観察していたシェムハザは「あ」と小さく呟いたかと思うとガシッとクレイの顔を掴み「っははははは!何これマジ?」とクレイの顔を揉みくちゃにし始める。

 

「堕天通り越して人間化とか!優等生クン思い切ったねぇ」

 

ボクたちでもそんなこと考えつかなかったよ、とシェムハザはクレイの頬を引っ張りながら「うわ凄いホントに人間だ」と笑うのをやめない。

ケタケタ笑われ、気分としては"昔の同級生とバッタリ会いイメチェンを笑われる"に近いのだろう。クレイは顔を赤くしてシェムハザの手を払い除けた。

払われた手をヒラヒラさせながらシェムハザは「あー、久しぶりに大爆笑したよ」とまだニヤつき顔から戻らない。

そんなシェムハザから目を逸らし、クレイはダイヤの頭をぽんと撫でた。

 

「…ダイヤ、別の道から行こう」

 

「無理だと思うよ。…お客さんみたいだ」

 

クスクス笑いながらシェムハザはふわりとクレイの頭を掴み、無理矢理後ろを向かせる。

何するんだ、と苦情を言おうとしたクレイの口はそのまま固まった。

シェムハザが示した場所、クレイたちの後ろに紅いモノが浮遊していたからだ。

それは紅い髪と紅い服を着た、紅い天使、だったモノ。

彼の自慢の紅い翼は姿を消して、代わりに炎のような翼が彼の背を覆っている。

肌の色も赤く染まり、輪も毒々しい色で、羽根も完全に変化した彼を「天使」だと判断する術はどこにもなかった。

それでもクレイは彼を「天使」だと、「天使だった」と判断する。

変わり果てた姿に驚き戸惑い言葉を失くしたクレイに対し、紅い天使は「許さねェ…」と不気味な声を叩きつけた。

 

「オマエは天を裏切った、地に堕ちたクサレヤローだ!!」

 

その言葉がクレイの胸に突き刺さる。

それは事実であったから。

天使たちの行動に疑問を持ち天から離れたのは、人間に惹かれ地上に降りたのは、事実であったから。

これは天使たちから見れば、立派な裏切りとなるのは理解していたから。

そう罵られるのは覚悟していたから。

けれども、己が非難されるのは覚悟していたけれども。

彼がこんな姿になるとは、微塵も予想していなかった。

自分が天を裏切ったあと、何があった?

君に、何があったんだ?

そんな想いとともに、クレイは目の前にいる天使だったモノに対し言葉を掛ける。

 

「カマエル…」

 

目の前にいる、変わり果てた友人の名前を。

 

どうしたのかと問おうと、話をしようとクレイは口を開いたがカマエルはこれに応えず真っ赤な剣をクレイに振り下ろした。

慌てて防御したクレイは、受け止めた剣の気配がおかしいことに気付く。

光は感じる、聖なる気配も感じる。

それなのにカマエルから、アンデッドと同じ気配が漂っていた。

混乱するクレイに、シェムハザが場に合わない軽い声を落とす。

 

「堕天とも違うねぇ。あれは、死んでるのに動いてる」

 

「なっ…」

 

シェムハザの言葉にクレイは息を飲む。

そのままシェムハザは槍を手に取りカマエルに向けた。

「"アンデッド"は"浄化しなくてはならない"んだよね?そうでしょ、優等生クン?」とにっこりと微笑む。

 

「待て!あれはカマエル、」

 

「知らないよ。あのね、あれはアンデッド。しかも、結界の張られた街の中にまで進入してきたアンデッド、だよ?倒さないとヤバいでしょ」

 

「しかし、」

 

「…可愛い人間の女の子連れてて、グダグダ言う?あれ倒さないとその子どうなっても知らないよ?」

 

ボクはその子や街の人が死ぬの嫌だからあの死に損ないを殺すよ、とシェムハザは笑みを消し槍で空気を切り裂いた。

ビュンという風切り音がクレイの耳を襲う。

キミにとってはオトモダチかもしれないけど、キミ以外の人から見たらあれは化け物でしかない。と、シェムハザはカマエルから目を逸らさず言葉を並べた。

 

「選びなよ優等生。人間を守るか、人間を見捨てるかをさ」

 

そう言ってシェムハザはカマエルに、カマエルだったものに、カマエルだろうものに槍を振るった。

クレイは動かず、ただ緑の槍がカマエルの腕を貫くのを見ていることしか出来ない。「んー、やっぱ多少壊したくらいじゃ止まらないか」というシェムハザの言葉が耳を通り抜けた。

言葉通りカマエルは、傷を負った腕がだらりと垂れ下がってはいるものの、怯むことなくこちらを睨み付け今ここにいる面子の中で一番脆い人間に襲いかかる。

変身していなければただの女の子である、ダイヤに。

ターゲットにされたダイヤは慌てて変身しようとしたが、恐らくこのままでは間に合わない。

 

そう気付いた瞬間、反射的にクレイはダイヤを庇いつつ襲ってきたモノに対し剣を振るった。

 

ほとんど無意識に

友人と同じカタチをした

アンデッドを

躊躇なく切り裂いた

 

己が何をしたかクレイが気付いたときには、すでにそれの翼の火の粉が飛び散り、それの衣服は斬り裂かれ、それの胸に付いた宝石は割砕かれる。

間近で見たそれの顔は記憶にある友人と同じ顔を、苦痛と悲しみに染めていた。

崩れ落ちかけた彼の名の形にクレイの口が動くが、その言葉は音にはならずそのまま大気に溶けていく。

切り裂いたのは己だというのに青ざめたクレイはカマエルに駆け寄ろうとした。が、その足は光に阻まれ眩しさに歩みを止める。

見覚えのある明るく暖かな光。しかしそれは見知ったものよりも強く、拒むような明るさだった。

その光の中心にいるのは、予想通りエーリュシオン。ただ、クレイの知る純白の姿ではなく、白い翼を七色に染めた光そのもののような姿だ。

カラフルに染まった羽根を広げ、普段は覆い隠していた瞳を晒し、エーリュシオンはふわりふわりと降りてくる。

そのまま崩れかけたカマエルをそっと抱き上げ「まだ安定していないというのに」と小さく呟き、カマエルの頭に手をかざした。

 

「カマエル、信じよ。穢れを祓い、正義を救うのだ」

 

エーリュシオンがそう言葉を落とすとカマエルの呼吸が穏やかに戻る。

安堵したような表情を浮かべたのち、エーリュシオンは眼光を鋭くさせクレイたちに顔を向けた。

 

「…。ああやはり、人間など、地上の生命など、堕ちたものなど救う必要は無かった」

 

それだけ残してエーリュシオンは空へと舞い上がる。地上にいる全てのものを見下しながら。

光が消え去ったのち、ようやくクレイは我に返り忘れていた呼吸を思い出した。

はあと大きく息を吐き、ダイヤに向けて大丈夫かと声を掛ける。

 

「はいストップ。…ちょっとオハナシを聞かせてもらうよ」

 

しかしシェムハザに頭を掴まれダイヤとの会話は阻害された。言葉は多少柔らかいが、クレイの頭を掴むその手は死ぬほど強い。

「この馬鹿借りるねー」とシェムハザはダイヤに手振ったが、ダイヤは「私も」とトテトテ近寄ってきた。

 

「私も無関係じゃないと思うから」

 

そう言ってダイヤは、エーリュシオンの加護を受けた姿へと変身する。

姿を変えたダイヤを見て「ああ、そっか」とシェムハザは笑い、おいでとクレイを掴んでいる手とは反対の手を伸ばした。

まあダイヤに首を振られ拒否されてしまったが。

残念そうに苦笑して、シェムハザはクレイを引きずったまま相棒のいる住処へと向かう。

キミら飛べないの不便だねぇと楽しそうに笑いながら。

 

■■■■

 

クレイがシェムハザに連行されているころ、神殿ではエーリュシオンがカマエルを寝台に寝かせていた。

死んだように動かないカマエルは、ただ死んでいるだけでしばらくすれば動き出す。

元天使とはいえ今のカマエルはアンデッド。他の天使を天空に逃がしておいてよかったとエーリュシオンは再度ふわりとカマエルの頭を撫で、小さくため息を吐いたのにふらりと部屋から立ち去っていった。

 

ラダマンティスから鍵を借り、ゲヘナまで行ったはいい。

ただ、一歩遅かった。

天使であるが故か多少耐えていたようで身体の損傷は少なかったから、安堵し連れ出したのだが。

やはり彼はもう既に死んでおり、それを地上に戻したせいで生きた屍体へと成り果てた。

迎えに行ってしばらくはほぼ動かず、動いたとしても地上のアンデッドたちと同じように蠢くばかり。

少しずつ少しずつ彼を取り戻そうと、幾日も加護を受け、足りないと気付けば己もさらに力を増して何度も何度も呼び掛けて。

ようやく少し自我を取り戻した矢先にあれだ。

というか自我を取り戻したからああなったのか。最期に想い憎んだ相手を追ったようだし。

おかげでまた彼の身体は崩れてしまった。

 

彼がこうなってしまった責任は己にあるとエーリュシオンは顔を伏せる。

管理不行き届きと人は言うだろう。

彼が自我を取り戻し、自分に恨み辛みをぶつけるのならば受け止めて、苦しむようなら己の手で楽にしてやろうと覚悟していたのだが。

どうやら彼の恨み辛みは、己がこうなった直接の原因のほうに向かったらしい。

 

「しかし、理性が不安定なカマエルはともかく、クレイのほうがああもあっさり剣を振るうとは」

 

僅かに首を傾けエーリュシオンは悲しそうに瞳を伏せる。ふたりとも天使だったときは仲が良さそうに見えたのだがな、と何度目かのため息を吐いた。

それだけクレイは人間に染まったということだろう。

なんせ地上の人間は、己の欲を満たすためなら友人だろうと親兄弟だろうと簡単に殺す生き物なのだから。

そんな生き物が跋扈する、汚毒に塗れた大地を眼下に納め、エーリュシオンは声を落とす。

 

「消すことこそが、この世のためなのだ。それ以外に道はない」

 

大地の完全浄化を再度決意し、エーリュシオンは顔を上げた。すると、ふらふらとした気配が神殿内を動き回っていることに気付く。

カマエルが動き出したかとエーリュシオンは慌てて探しに向かった。先の戦いでどこまで損傷しているかわからないから、しばらくは動いてほしくないのだが。

 

ふらふらしているカマエルを発見したエーリュシオンが彼に近寄ろうとすると、カマエルは呻くような声を漏らした。

この声を聞いて、やはりまた自我が崩壊したかとエーリュシオンは悲しげに髪を揺らしたが、よくよく見るとカマエルはじっと、縋るような眼差しでこちらを見つめている。

おや?とエーリュシオンがふわりと近付くと、ずっと固まっていたカマエルの口元が僅かだが嬉しそうに緩んだ。

動いた?とカマエルの頬に手を当てると、弱々しいながらも擦り寄ってきて口元がまた笑みの形に動く。

先の戦いがショック療法にでもなったのだろうか。カマエルは以前と比べ明らかに自我が安定し、感情が表現できるようになっている。

ならばとエーリュシオンはもう数え切れないほど与えた己の加護を、カマエルに重ねた。

すると、

 

「あ、れ?」

 

声を出した。

目には生気が宿りキョトンとした表情を浮かべている。

まあ死んでいるのに生気が宿るとは不思議な表現だとは思うが。

やっと取り戻したとエーリュシオンから思わず笑みが零れた。

と、エーリュシオンは気付く。カマエルは現状身体がアンデッドだ、己の傍を嫌がり地上もしくは冥府のほうが心地良いと言うならば居場所を残してやらねばならない。

まあそのためにラダマンティスから借りた鍵を未だに所持しているのだが。

カマエルから手を離しながらエーリュシオンは「自分は浄化が終わったら天界に帰るつもりだが、カマエルはどうしたいか」と問い掛けた。

地上はともかく冥府にならラダマンティスがいる。冥府と他のアンデッドを消さぬ代わりに、あとついでに鍵を盾にカマエルを預けることができるだろう。

「ゲヘナへの鍵を返して欲しくばカマエルを保護しろ」と。

エーリュシオンがナチュラルに外道なことを考えていると、カマエルは不思議そうな顔で、まだ上手く口が動かないのだろう、たどたどしく、けれどもしっかりと「帰る」と言葉を紡いだ。

その言葉を聞いて、よかった、とエーリュシオンは笑う。

 

ならばこの大地も冥府も

自分の部下をこんな目に合わせた輩も

救いに来たのに恩を仇で返したこの地上全てを

救いようのないこの世界を

消し去ってしまっても問題ない。

これで心置きなく地上を消せる。

 

カマエルの返答に了承の意を伝え、エーリュシオンはカマエルの名を呼び「おいで」と手を差し伸べた。

カマエルは嬉しそうに手を伸ばし、エーリュシオンの手に触れる。

その手を離さないよう柔らかく包み、エーリュシオンはカマエルを己の机の前へと連れて行った。

浄化したらカマエルを巻き込んだなどということがないように、己の加護の他にもうひとつ護りを与えておくことにする。

 

「これを、肌身離さず持っていなさい」

 

そう言って聖杯を手渡せば首を傾げられた。

"聖"杯とアンデッドは相性が悪いのかと少し心配したが杞憂だったようで、カマエルは「オレこれ貰っていいの?」という表情で不思議そうに聖杯を受け取る。

と、

手渡した金色の聖杯は、カマエルが触れた瞬間血のように赤く染まった。

これには流石にエーリュシオンも驚いたが、目を丸くしたエーリュシオンとは逆にカマエルは嬉しそうに赤い聖杯を眺めている。

特に害もなく、また嫌悪感もないらしい。どうやら聖なるものとアンデッド気質とエーリュシオンの加護が入り混じって、アンデッド用の特殊な聖杯に変化したようだ。

回復しつつ攻撃しつつ加護を受ける、呪いで歪んだ聖杯といったところか。

 

「…馴染むなら良いか」

 

他の者にとっては毒かもしれないが、カマエルにとっては役立つだろう。

無くさないようにと再度忠告して、エーリュシオンはぽんとカマエルの頭を撫でた。

これでこの子は大丈夫だろう。

 

さあ、あとは

もう救いようのないこの世界を

消し去るだけだ。

 

■■■■

 

 

■■■■

 

一方その頃、町外れの森の中でシェムハザに連れて来られたクレイはアザゼルの前に放り出されていた。

「誰コイツ」と怪訝な表情を浮かべるアザゼルに、シェムハザが「例の優等生クン」と笑いながら説明するとアザゼルはあんぐりと口を開きシェムハザとクレイの顔を交互に眺めてぽつりとひと言漏らす。

 

「その発想は無かったわ…」

 

うっわー…と若干引いた様子で、アザゼルは青い槍の柄でクレイを突いた。

クレイが不快そうに槍を払い除けると、アザゼルは呆れたまま「そこまで思いつめてたなら誰かに相談すりゃ良かっただろーに」と払い除けられた槍でクレイの頭を小突く。

 

「? 天命に背いたから飛べなくなった。ならばそんな羽根はいらない、羽根もなく天命にも反した私は天使じゃない。なら人間になるしかないだろう?」

 

「あん?」

 

アザゼルは何言ってんだコイツと言う目でクレイを見下ろした。

アザゼルたちも天命に背いたが翼は普通に動く。故に堕天使を自称しているのだ。あくまで「天使」である。

それなのにクレイは堕天すっ飛ばして人間になった。ある意味堕天だが天使そのものを捨てている。

おうワケわからんからイチから説明しろとアザゼルは槍でクレイの頬をグリグリと抉った。

ムッとした顔で、しかし生真面目な優等生は嫌々ながらも事の経緯を説明する。

隣にいたダイヤもクレイの説明を補足するように口を挟み、仲良く思い出話をし始めた。

ちなみにダイヤはまだ変身したままである。アザゼルは不愉快そうだったが「そこの緑のひとこわい」とダイヤが訴え防衛のため許された。

 

「えー、変なコトしないよ?」

 

「抱き上げて抱き締めて撫で回すのはアウトだろ」

 

そんなシェムハザとアザゼルの会話を耳にした瞬間、クレイがひっそりと怒りを露わにし剣を握り締めダイヤを庇える位置に移動したのは言うまでもない。

珍しく怒っているクレイを尻目に、粗方の内容を理解したアザゼルたちはふたり揃って生暖かい目を作った。

簡単に言ったら、タイミング良くそして都合良く勘違いしてそのまま人間化したのだ、このクレイという男は。

真面目であるが故に、一度そう思ったらそのまま思考停止したわけだ。

異性に対して感じた緊張と混乱を天命に背いた罰だと思い込んで、罰を受けた自分はもう天使じゃない→じゃあ人間だ!となったわけだ。

阿呆なんだか馬鹿なんだかよくわからん。

 

「…色々突きがいはありそうだが、今やると面倒なことになりそうだな」

 

そう的確に判断しアザゼルたちは口を紡ぐ。

元よりこの世界の生き物は、姿形に己の想いが影響し、己のなりたいように姿が変わっていた。まあ外的要因もあるとはいえ、基本は常識の範囲内で「想い」が「カタチ」になるようなのだ。

「大きくなりたい」「強くなりたい」「他者を護りたい」「敵を倒したい」「仲間を助けたい」

そんな想いを叶えるように成長する。

つまりは元からクレイは「人間になりたい」という想いが根底にあり、そう成長しただけなのだろう。

ただまあこのド糞真面目な優等生はそれを認めないとは思う。

己から「天使」という種族を否定していたなどと、認めるわけがない。

そんな結論に達したふたりは無言で頷き合った。

しかしまあ、人間に成るのも面白そうだ。実例が目の前にいるんだから、自分たちもやってやれないことはないと思う。

ふむとふたりが考え込んでいるとクレイはぽつりと「アザゼル」と声を掛けた。

 

「以前、…お前の言っていたことが、今なら理解できる気がする」

 

妙に神妙な声色だったがアザゼルとしては「またなんかよくわからんことを言い出した」という気持ちにしかならない。

優等生ってのは人が言ったことをいちいち覚えてんのかね、とアザゼルは頭を掻いたがふと思い立ちニヤリと笑った。

「ま、優等生はキライだが…」と指を立てクレイに顔を向けてひとつ提案をする。

 

「ここはひとつ手を組もうじゃねーか」

 

と。

 

■■■

 

クレイは以前、アザゼルから言われた言葉を思い出す。

「やりたいことをやればいい」

当時は使命を無視してまでやりたいことなどないと思っていたが、今は違う。

やりたいこと、が出来た。

今ここにある生命を守りたい、消し去られたくはない、それを実行しようとする天使たちをこの地から追い出したい。

だからそれを、やりたいと思う。

 

クレイの話から、完全浄化のため大半の天使は天へと避難しており今地上にいるのは実行者のエーリュシオンだけだということもわかった。

責任者であり天界でも相応の地位にいる彼さえ追い払えれば、今後しばらくは天界も地上に手出ししなくなるだろう。

とはいえ、力の強い天使に真正面から戦いを挑んでも勝ち目は薄い。迎え討つ準備をされてしまえば手も足も出なくなる。

つまるところ最善は奇襲だと堕天使組は主張する。正々堂々立ち向かうべきだというクレイの主張や、話し合いするのはどうかと問うダイヤの案は上記の理由からすぐさま却下された。

「流石にそれは卑怯では」となおも食い下がるクレイを蹴り飛ばし、アザゼルは「今のアイツ相手に正々堂々とか話し合いとか出来るわけねーだろ阿呆か!」と一喝する。

地上を浄化させないためには、こっそり近付き背後から襲い弱らせて「死にたくなければ今すぐ出て行け」と脅すしかないとクレイを踏みつつアザゼルは言う。

 

「アイツからしてみればオマエは "人間に入れ込みすぎて天使捨てた裏切り者" だろうが!話し合う間も無く瞬殺だっつの!」

 

街で見たエーリュシオンの態度的にそれは当たっているだろう。正論をぶつけかれたクレイは目を泳がせ大人しくなった。

奇襲すると半ば強制的に決まりはしたが、これが意外と難しい。

天使とエーリュシオンの加護を付けられた人間だ、そんな目立つ気配が大人数で神殿近くをウロついたら立ち所にバレる。

比較的簡単に近付けるのは、人間となり天の気配がかなり薄まったクレイぐらいだろう。

シェムハザもアザゼルも初見ではなかなかクレイだと気付かなかったため、エーリュシオンに察知される可能性は低い。

 

「オマエ強制参加な。あとひとりくらいはいけると思う、誰がいい?選べ」

 

まだやると言っていないにも関わらずどんどん話が進んで行く。戸惑いながらクレイは3人に目を向けた。

誰と行きたいかと言われても。

アザゼルは怖いし

シェムハザには笑われたし

ダイヤにはもう闘わせたくないし

誰も彼も選びたくないのだが。

ぐるぐる悩むクレイはふと気付いた。

 

これ私がダイヤを選ばなかったら、残ったどっちかとダイヤがしばらくふたりきりになるのではないか、と。

アザゼルを選んだら、ダイヤとシェムハザがふたりきり。

シェムハザを選んだら、ダイヤとアザゼルがふたりきり。

 

あれ?

なんかそれは、

 

とてもいやだ。

 

そう考えた瞬間クレイの身体は無意識に動き、ダイヤの前に移動する。

すっと彼女の手を取って、眉を下げつつ申し訳なさそうな声色でクレイは彼女の目を見てはっきりと問い掛けた。

 

「君をもう闘わせたくはない、が、…すまない。私と一緒に来てくれないだろうか」

 

クレイが懇願するように頼むと、うひゃあとダイヤは何故か赤面し、アザゼルは死ぬほどウザそうな顔で目を逸らし、シェムハザは思い切り吹き出す。

三者三様の反応にクレイが首を傾げると、ダイヤは「あ、うん、わかった」とコクコク頷いた。

 

「だからあの、そろそろ、えと、…手…」

 

「手? ………あああ!すまない!」

 

慌ててクレイは手を離し、頬を染めつつ行き場のない手をパタパタさせる。

お互い、徒歩の補佐で手を繋ぐのは平気なくせに、改まって手を握ると気恥ずかしさが勝るらしい。

線引きがよくわかんないなこのふたり、とシェムハザはニヤニヤしながら生暖かい視線を送った。

多少微妙な空気が残っている中、アザゼルがそれを打ち消すかのように手を鳴らす。

まあ、人間と人間なら見つからずに近付けるだろう。そう考えアザゼルはシェムハザに声を掛けた。

 

「ああならオレらは死神んトコ行くか。前探したときは見つからなかったが、この騒ぎだ、出て来てるかもしれねーし」

 

「ヒマだからいいよー」

 

ヒラヒラと掌を揺らしシェムハザが応える。

これで、

エーリュシオンの方へはクレイとダイヤで

ラダマンティスの方へはアザゼルとシェムハザで行くこととなった。

 

「んじゃ出掛けるか。教えてやろうぜ、地上は今ここにある生命のもんだってことをさ」

 

「他所から急に来て、上から目線で消すだの消さないだのホザくな、とか?」

 

そう語り合いながら堕天使のふたりが笑う。

クレイも同感だと頷いた。

光の名のもとに命を消し去るのが天命ならば、そんなもの捨ててやると人間にまで成ったのだ。

今までしてきた選択に後悔はしていないし、これから選ぶ道を疑うことなどしない、とクレイは微笑みダイヤに手を差し伸べ、柔らかく声を掛けた。

 

「私は、たとえ光が消えようとも、大地とともにあることを選ぶ」

 

そうして手の先に暖かく柔らかな感触を得たクレイは、真っ直ぐ顔を前へと向ける。

トンと一歩外へと踏み出し、ゆっくり地上を見渡した。

 

さあ、あとは

生命に満ち溢れたこの素晴らしい世界を

護るだけだ。

 

 

■■■■

 

クレイたちはエーリュシオンのいる神殿へ向かうため急いで沼地を駆け抜ける。

沼地も未だにアンデッドがウロついていたが、体力を温存するためなるべく避けた。まあ流石に目が合ってしまったときは戦わざるを得なかったが。

思ったよりもアンデッドの数が少ないなと不思議に思いながらも切り抜け、クレイたちは岩山の前に到着した。

この山の中腹に神殿がある。

普段なら見張りの天使がウヨウヨいるのだが、今はガランとしてゴツゴツした岩肌が立ち並ぶのみだ。

岩肌のおかげで見通しも悪く、エーリュシオンに視認される可能性は低い。

行こうかとクレイは足場の悪い地面を踏みしめた。しかしまあ歩き難い。天使だったときにはひとっ飛びで移動できた距離が人の足ではこうも大変だとは。

数度転びそのたびに頭や手足を岩にぶつけ、無駄に生傷を増やしながらクレイたちはゆっくりと岩山を登っていった。

 

「…大丈夫?」

 

「…大丈夫…」

 

どこからどうみても大丈夫ではないけれどとダイヤは苦笑し、岩の影でクレイを手当てする。ダイヤの祈りはクレイを癒し、傷から痛みを取り除いた。

ほっとした表情を浮かべるクレイに「ほらやっぱり痛かったんでしょ?」とダイヤはクスクス笑いかける。

少しバツの悪そうな顔を隠すようにクレイは立ち上がり、「先に進もう」と声を掛けた。

 

ふたりが山を登って行くと、目の端に真っ白い建物が見えてくる。ようやく到着したようだとクレイは岩陰から神殿をこっそりと覗き見た。

クレイが飛び出したあの日から変わらず白く佇むその神殿は、人間の身で見上げると妙に尊厳な雰囲気を醸し出している。

それはダイヤも同じだったようで「街にある聖堂よりもなんかちょっと怖い」と小さく身震いしていた。

畏れ多すぎて恐怖を感じるとでもいうのだろうか。

クレイは恐怖を打ち払うかのように頭をぶるぷると振るい、もう一度しっかりと神殿に目を向けた。

ここで私が立ち止まったら、地上はなすすべなく消し去られてしまう。

ふうと大きく深呼吸して、クレイはダイヤに「…怖いなら、ここで待っていてくれ」と声を掛ければ、ダイヤは「ううん、私も行く」と己の拳を握り締めた。

 

「消されるなんて、いやだもの」

 

そう言ってダイヤは笑い「みんなと明日からのお祭りを楽しむんだから!」と握った拳を空へと掲げる。

明日という日を迎えるためには、今日全てに決着をつけねばならない。

ダイヤの宣言にクレイも「そうだな」と笑い、同じように拳を空へと向けた。

 

■■

 

神殿の中はしんと静まり返っており、生き物の気配は感じられない。クレイは見慣れた神殿ではあるが、ダイヤはあちこちキョロキョロと見回し「すごい…」と感嘆の息を吐いていた。

天使の神殿なだけあるなあと、ダイヤはキラキラした目で細かい装飾の飾り窓を眺めている。

 

「上から下まで全部すごい綺麗…、あれ?この銅像…」

 

神殿にある広間に辿り着いて、ダイヤは入口近くの銅像へと駆け寄った。

「やっぱり、あのコだ。あのコ天使の知り合いだったの?」とダイヤはホワイトドラゴンを模した銅像に手を触れる。

「知り合いではないが、ええと…」とクレイが言葉を選んでいると、突然にわかに室内が明るくなり「裏切り者の人間が何をしに来たのだ」と重い声が降り注いだ。

クレイたちが声のした方へと振り返ると、そこには煌々と輝く光を纏った七色の天使が立っている。横に紅いアンデッドを連れ添いながら。

エーリュシオンに向かってダイヤは、大地の浄化をやめてほしいと訴えた。

しかしエーリュシオンはダイヤの言葉を鼻で笑い、吐き捨てるように言う。

 

「もう遅い。世界は破壊され、生まれ変わるのだ」

 

握っていた剣をクレイたちに向け、エーリュシオンはさらに言葉を続ける。

 

「救われない世界は消し去るのが最善。それが天命だ」

 

消すことこそがこの世のためで、それ以外に道はない。

もはやこの地上に見切りをつけたと、この地上に生命などいらないと、それが天命だとエーリュシオンはそう言った。

この地を、生命の実らぬ砂漠にするつもりだと。

クレイはそれに反論する。

 

「あなたにそれを決める権利はない!」

 

と。

地上は地上に生きる生命のものだから。地上のことを決めるのは地上の生き物がすることだから。

天界の生き物である天使が、勝手にそれを決めていいはずがない。

クレイに次いでダイヤも言葉を放つ。

 

「たとえ光に見放されても、私達は生き抜くわ」

 

地上の生き物でない天使が見放したとしても、地上の生き物には関係ないと。

勝手に救いに来て、勝手に見放して、勝手に消そうとするな。

地上は自分たちのものなのだから。

天使の都合に、勝手に人間を巻き込むな。

お前らなんかいなくても、

アンデッドくらい還してみせる

毒沼くらい治してみせる

生き抜いてみせる

 

だから、

 

 

クレイたちが剣を構えたのを見て、エーリュシオンはため息を吐き応戦するように剣を構え直した。

「ああ本当に、人間というものは罪深いな」と小さく呟き、

 

「この私の前で驕り高ぶるとは」

 

とクレイに刃を落とす。

クレイはとっさに盾を構えたが、一撃が重く装飾の宝石が砕けてしまった。

キラキラと破片が宙を舞う。

クレイが怯んでいる間に、真っ赤に染まったカマエルが追撃のように真っ赤な剣を振り下ろした。

何かを喋っているようだが、要領を得ない。やはりこれはカマエルの形をしただけのアンデッド、なのだろうか。

現に、クレイを庇おうとダイヤが間に割り込み光剣で突き刺せば、他のアンデッドと同じように崩れていった。

その瞬間、エーシュリオンからの殺気が強くなる。

 

「何故貴様らのようなものがいるのだろうな。もはや人間など、生まれたことが罪だ」

 

カマエルを刺したダイヤに冷たい声が落とされ、同時に光の柱が部屋中に降り注ぐ。

エーリュシオンが剣を掲げるたびに裁きの光柱が走り、クレイたちを襲った。

 

幾度となく光柱に切り裂かれ、ダイヤはその場にへたり込んでしまい、クレイも膝をつく。

天界の上位天使の地位は伊達ではないらしく、アザゼルの言った通り手も足も出なかった。

しかし自分がここで負けたら、ここで諦めたら、ここで立ち止まったら、地上に明日は訪れない。

満身創痍の身体を気力だけで動かしてクレイは叫ぶ。

 

「私は、まだ、やらねばならない!」

 

負けない

折れない

諦めない

 

「この地は汚させない…。だが光で消し去るなど、決して許されない!」

 

剣を掲げクレイは力強い目をエーリュシオンに向けた。

体力もギリギリ、これが自分の放てる最後の一撃。

雄叫びをあげながら振るったクレイの刃は、地面を抉り突き進みエーリュシオンの胸元を切り裂く。

気力を使い果たし倒れるクレイの耳にカランと何かが落下した音が響き、同時に「くっ…」という呻き声が届いた。

クレイの意識が薄れていく中、呆れ果てたような声色とともに「これが貴様の招いた結末だ」と七色の羽根が揺れる。

 

「世界が汚毒に塗れる様を見るがいい…」

 

最後に聞こえたその音を残して、クレイの世界から光が消えていった。

闇とはこんなにも暗いものだったのかと、クレイは今更ながら気付く。

光も見えない闇、など初めて感じた。

これは、

 

■■

■■■■

 

暗闇の中に居たクレイの目の前が突然明るくなり、泣きそうなダイヤの顔が眼前に映し出された。

驚き慌てて起き上がろうとしたクレイは「まだ起きちゃダメ!」と再び押し倒される。

 

「???」

 

「よかった、どれだけお祈りしても動かないから…起きなかったらどうしようかと思ったぁ…」

 

ぐすぐすと泣くダイヤを慰めたいが起きるなと言われているし、そもそも今どうなっているのかよくわからないから動けない。

寝転びながらも現状を把握しようとクレイが目線を動かすと、どうにも頭の下が柔らかくて暖かい。

おそるおそる目線を落とせば「う。頭動かされると、ちょっとくすぐったいな」と困った声が上から聞こえた。

つまるところこれは、今私は、

 

なんか膝枕されてる。

 

現状を把握出来たクレイが大慌てでダイヤの膝枕から退こうとすると、「だから動いちゃダメだってば」と元の体勢に戻される。

どうしたらいいのかわからない。

この角度駄目だ、どこ見ればいい?

柔らかい違うやめろ考えるな。

ど、うすれば、どうしよう。どうしよう。

混乱しすぎたクレイはぐるぐる目を回し、再度意識を失った。

 

三度目に目覚めたとき、ダイヤに大泣きされたのは言うまでもない。

別の意味で死にたくなった。

 

まだ寝てたほうがと心配するダイヤに思い切り首を振りクレイは大丈夫だとアピールする。

なんとか落ち着いたクレイがゆっくりと周囲を見回すと、あちこち崩れ無様な姿となった神殿が映し出された。

元々の綺麗な神殿の姿を知っている身としては、今の惨状は申し訳ない気持ちとなる。

思い切り壊してしまったなとクレイは困ったように頭を掻いた。

 

クレイが意識を失ったあと、エーリュシオンはカマエルを連れて「天界に戻る」と神殿から出ていったらしい。

これを落としていったよ、とダイヤは1本の剣を差し出した。エーリュシオンの所持していたものだろう。

居住と武器を捨てて出て行ったということは、エーリュシオンは浄化を取りやめたということだろうか。

現に窓から見える景色には、いつもと変わらない沼地が広がっている。

 

「勝った、のか?」

 

勝ったと表現していいのか些か疑問ではあるが、"地上の浄化をやめさせるため、追い出す"という目的は達したらしい。

これで大丈夫だろうか。

地上を守れただろうか。

続く生命を護れただろうか。

その答えは目の前の彼女が教えてくれた。

 

「…ね、明日一緒にお祭りに行かない?」

 

どうやら「明日」は無事訪れるようだ。

ならばクレイの答えはひとつ。

クレイは柔らかく微笑みながら、嬉しそうに応えを返した。

 

 

END

 

■■■

■■■

 

ちょうど同じ頃、アザゼルたちはふわりふわりと地上を回っていた。

先刻神殿のほうから強い光の波動を感じ、そのまま静かになったことには不気味さを感じるが、まだ地上がそのままであるため浄化はなされていないのだろう。

クレイたちがやったか、クレイたちがやられたか。

前者なら良いんだけどなと、アザゼルは難しい表情を浮かべた。

 

「お?」

 

突然地上に死の気配が現れふらふらと移動し始める。

どうやら目的の相手が出てきたようだ。

アザゼルはシェムハザに目配せし、その気配を追って行った。

すぐに追い付き、アザゼルたちは大きな釜を持った死神の前に降り立つ。

何故かその死神は、ゾンビビをひとり連れていた。

 

「出やがったな、偽善者とつるんでる死神さんよぉ」

 

開口一番アザゼルが煽ると、ラダマンティスは嫌そうな雰囲気を露骨に出してため息を吐く。

ラダマンティスはゾンビビを隠すように立ち、アザゼルたちに向き直った。

 

「めんどうな人達だ…」

 

「アンタには言われたくないねぇ」

 

面倒な奴に面倒だと言われ、苦笑しながらシェムハザが返す。

ラダマンティスは天使という種族に良い印象を持っていないし、アザゼルたちも冥府の生き物が堂々と地上を彷徨っているのは面白くない。

魂の件もあることだしと、若干喧嘩腰な態度でアザゼルが「何だよそのアンデッド」と煽るとラダマンティスは再度大きく息を吐き語り出した。

 

「冥府に連れて帰るんですよ、元々うちの魂ですし。そちらのお偉方もいなくなったみたいですしね」

 

「…あん?」

 

アザゼルが怪訝な表情を見せると、ラダマンティスは「おや?」と小首を傾げのんびりと言葉を並べる。

ついさっき鍵を返しにきて「地上にはもう二度関わらない」と残して飛び立っていったのだと。

ボロボロの赤い天使をひとり、大事そうに抱えながら。死んでいるかのような妙な天使でしたがねとラダマンティスは楽しそうに笑う。

もしも未だに鍵を返さなかったら督促に行きましたが、手間が省けたと鎌を揺らした。

 

「つまりなんだ、アイツ任務放棄して逃げ帰ったのか」

 

「逃げ帰ったというよりは、呆れて見放した感じではありましたよ」

 

ラダマンティスがクスクス笑いながら補足する。

どうやらクレイたちは一応目的を達成したようだ。天使を追い払い、地上は浄化されることなく存続される。

ならば残す問題はアンデッドと毒沼だが、アンデッドに関しては目の前の死神が勝手に回収してくれるらしい。

 

「…オマエ、人間に手出しする気は?」

 

「ありませんよ。そんな事をしたら名簿が狂ってしまいますから。過剰分、この場合は彼らアンデッドですね。彼らを取り返すだけです」

 

ならアンデッド関連を心配する必要もなければ、死神を咎める必要もない。

あとは毒沼だが、これは追い追い治していけば良いだろう。アンデッドが湧くから毒化していただけなので、アンデッドそのものが冥府に連れて行かれるならば恐らく徐々に回復するはずだ。

地上を覆っていた心配ごとは、ほぼ解決したと見てよいだろう。

ふーん、とアザゼルは頭を掻いた。そんなアザゼルを見てラダマンティスは表情のない顔で愉しげに笑う。

 

「しかし、これから此方は大変ですね。なんせ彼の方を怒らせ呆れさせましたから、この地は光の加護を喪った地へと変貌を遂げます」

 

くるりと鎌を回しラダマンティスは手を広げ、空を見上げた。

光の加護というものは、輝くことだけをいうのではない。

光を得ることだけではないのだと。

 

「光を抑える、それも加護に入るのですよ。強すぎる光は全てを消し去る、そんなこと、彼の方御本人が一番良くご存知ですから」

 

地上に注ぐ光が弱くなりすぎないように。そして強くなりすぎないように。

それを調整していたのは他でもないエーシュリオンなのだから。

その彼を、貴方方は追い払った。

 

「その意味、お分かりですよね」

 

これが貴方方の招いた結末だ、そう暗に含めラダマンティスは「それでは失礼します、私は忙しいのでね」とゾンビビを促し霧の中へと消えていく。

アザゼルたちから離れたラダマンティスは、ゾンビビを撫でながら冥府への扉を開けた。

 

ああ、忙しくなりそうだと死神は笑う。

 

なんせこの地は光の調整が出来ず

過剰に光を得て

過剰に光を喪う

生き難い大地になるのだから

 

それでも恐らく生命は続く。

細々と、堂々と。

己が取り戻した大地だからと。

私の仕事はまだまだ安泰だと扉に手を掛けた。

生き物がいないならば冥府など必要ない。

生き物がいる限り、必ず冥府が必要となる。

 

そうだつまり

最終的にあの天使は

約束通りアンデッドの浄化を止め、

人間を生かし、

冥府を存続させた。

 

「殺すことも出来ただろうに、今すぐ殺して楽にしてやることも出来たのに」

 

見捨てるという非情な選択をなさるとは。

加護を無くした地で苦しみながら生き続けさせるとは。

石像の並ぶ己の庭で、ラダマンティスはふわりと笑う。

 

「まあ、私は構いません。約束を守っていただけましたから、これからいくらでも時間はありますし、いくらでも庭いじりを楽しめますから」

 

静かな冥府で、ラダマンティスの笑い声だけが小さく小さく響いていた。

地上の未来を楽しむように、しばらくしたら石像でも増やそうかと企むように。

次はどんな石像を並べようかと、ただただ愉しそうに微笑んでいた。

そんなラダマンティスの口から小さな唄が漏れる。

それはエーシュリオンがカマエルに聞かせるように口ずさんでいた、柔らかい唄。

天使に伝わる、世界最古の楽曲。

 


『生きている間は輝いていてください

思い悩んだりは決してしないでください

人生はほんの束の間ですから

そして時間は奪っていくものですから』

 

それは、

ずっとエーシュリオンが歌っていた、地上の生き物を想う、優しい唄だった。

この唄はもうあの人の口から流れることはないでしょうねと、ラダマンティスは消えていく唄を石碑に刻む。

まあ私くらいは覚えていても良いでしょうと、のんびり天を見上げた。

 

 

■■■■■■

 

 

さて、

これにて昔々のお話は終わりとなります

どうであろうと差異はこの程度

天使が勝って生命の実らぬ砂漠となるか

人間が勝って生命の続く砂漠となるか

たったそれだけ

 

どちらであっても

誰がどう動いても

砂漠となる未来は避けられない

未来はそう示しておりますから

 

「これが正しい」と言える勇気があれば英雄ですが

それは相手も同じこと

 

以前も言いましたが

「正義対正義は勝ったほうが正義」

ですが、

「正義が正しい」なんて誰が言いました?

 

この世界には

正しいものしかなくて

間違ったものしかありません

 

昔々から、ずっと

 

 

では、

現代に戻りましょうか

終わりの時が近いです

どこまで追いきれるかわかりませんが

風の行方を追いかけましょう

 

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