次の日、村に大量の馬に乗った軍隊がやってきた。
乗っている兵達の装備が揃っているところを見るに、正規軍だと思われる連中は、村の外側に馬を繋いでいく。
村人達が野次馬として集まるなか、代表者らしい4人が村に向かって堂々と歩いて来た。
一刀は村人の中に溶け込むように姿を沈ませると、鋭い視線で相手を分析する。
まず一番に目を引くのが、明らかに周りの人と一線も二線も存在感を逸している、真ん中を堂々と歩いてくる金色の少女。
次にその金色の少女の一歩後ろをつき従うように歩く、美しい黒髪をまっすぐに長く伸ばした、大剣を背負った長身の美人。
その黒髪の隣に付き従うのは、綺麗で繊細な薄い青髪を短く切りそろえ、片目を隠すようにしている切れ目の麗人。
もしかしたら隣の黒髪の人と姉妹なのかだろうか?
この2人の服装は髑髏を肩に当てており、とても類似していた。
そして金色の少女の真後ろからは、少し癖のかかった栗色の髪に猫耳フードという、またえらいツッコミ待ちかと思う、美少女がトテトテと歩いていた。
4人は全員が目を引いて思わず立ち止まるほどの美人さん達であり、その姿形に加え、常人ではない雰囲気が只者ではないと感じさせた。
自然と頭を下げる村人達の前で、金色の少女がよく通る綺麗な声で村人に話しかける。
「騒々しくしてすまないわね。
この村の責任者はどなたかしら?」
そう金色の少女に尋ねられたので、代表者である村長が一歩前にでた。
すると今度は青髪の女性が代わりに用向きを伝えだす。
「すまないがこちらの質問にいくつか答えていただきたい。
一つ目は、ここらに光り輝く流星が落ちてはこなかっただろうか?
4日前の明朝のことなのだが……」
“……!!”
四日前の明朝といえば、一刀がこの村に現れたときと重なる。
__しかも”流星”だと? 俺は気づかなかったが、もしかしたら光っていたのか?
予想外の連中の言葉に、一刀が視線を鋭くしていると、心配そうに顔を見上げている流琉に気がついた。
「兄様……」
流琉は何か気づいたのだろう、一刀の服の袖を掴んで不安そうに見上げてくる。
「大丈夫だよ」
安心させるように一刀は流琉の頭を撫でる。
流琉が猫のように目を細め、気持ちよさそうにしていた。
「……いえ。
そのようなことはトンと存じ上げませぬ」
村長の断定的な言葉が相手に伝えられる。
村長も気づいているのだろうが、一刀を庇うために嘘をついてくれたようだ。
__ありがたい。
「そう……か。
なら2つ目は、この村は盗賊の被害にあってはいないだろうか?」
“!!!”
緊張が走った。
俯く村人達に緊張が走る。
“まさかこいつら、今更助けにきたとでもいうつもりか?”と口には出さないが、皆同じことを考えていた。
だが相手は官軍だ、いらぬ波風を立てたくはない。
流石に、村の誰もが声を上げようとしなかったのだが、1人だけ例外がいた……季衣だ。
怒りで頭が一杯の季衣がスッと立ち上がると、目を吊り上げて巨大鉄球を振り回す。
巨大な質量に空気が唸りを上げ、一刀が気づいたときには季衣の手から鉄球が放たれようとしていた。
__やばい!
「流琉!」
一刀は流琉を叫んで季衣へと駆ける。
「え? ……季衣!?」
一刀と流琉の2人が慌てて季衣に飛びついて押し倒そうとする。
だが、季衣の巨大鉄球は既に放たれた後であり、轟音を上げる鉄球は村へ来た官軍4人の中央にいる、金色の少女へと向かっていってしまった。
傾斜する視界の中で一刀は季衣を抱き倒すと、その手に繋がれた鉄球の鎖を睨む。
__軌道を逸らすしか!
一刀は刀の鞘で思いっきり鎖を叩きつける。
そのわずかな力の乱れが伝わり、微妙に鉄球の軌道がそれていく。
そして鉄球の先は、隣にいた黒髪の大剣使いへと変わった。
__くそ! あと少しでも……
一刀が口惜しげにそう思うと、視線の先の黒髪の女性は、皆が呆れる行動をとった。
黒く重厚な大剣を構え、そのまま鉄球に叩きつけたのだ。
馬鹿みたいに巨大な鉄球も振り回すのもアレだが、あの大剣も大いにアレだと一刀は思う。
これは漫画か何かなのか? と一刀は自分の目を疑いたくなった。
大剣で鉄球を叩き落す。
どこの英雄譚だよっと思ったが、ここは三国志だということを思い出して一刀は何故か妙に納得してしまった。
そう一刀が思考を放棄しかけたのも束の間。
いつの間にか隣の青髪の女性が、こっちに向かって弓を構えていた。
__殺気はないみたいだが……
「流琉!」
一刀は鎖を攻撃したせいか体勢が悪く、流琉に矢の対処を頼む。
「ハイ! 兄様!」
鋭く放たれた弓を、流琉は器用にも巨大なヨーヨーで弾き落とした。
「なに!?」
あちら側も、こちらの動きに随分と驚いているようだが、その驚きに付きあう余裕は一刀達には無い。
先ほどの黒髪の女性が、大剣を携えながら駆けてきているのだ。
__しかも、速い!
あの大剣はどんな材質でできてんだ! それともただ馬鹿力なだけか?!
と、一刀は悪態をつきたくなるが、もう戦闘は避けられないと判断して精神を切り替えた。
相手はそのまま突っ込んでくる。
__勢いの乗った大剣の一撃か。
間違いなく勢いそのままに攻撃を受け止めたら刀が折れる、いや木っ端微塵になる自信がある。
油汗が背中をジトリと流れた。
相手が近づいてくると、その実力の全貌がビリビリと一刀に伝わってくる。
その裂帛の気合と気迫。
そして大剣を振り回す膂力に、あの脚力!
おそらく先日の趙雲と同クラス、単純な筋力ならばそれ以上か。
?
まて……まてまてまて!
頭に過ぎる考えに、一刀は思考をフルスピードに上げていく。
__ここは陳留に近い、そして官軍、傍らには凄腕の弓使い。
そしてこの女は凄腕の大剣使い、というと……
……まさかこいつら?!
結論の出た一刀は心を鎮め、刀を抜いて思考をより、戦闘へ先鋭させる。
相手の動きの一切を観察し、あらゆる流れを想定する。
死ぬかもしれない。
だが、一刀の後ろにはまだ季衣が倒れているし、流琉も季衣を起こそうとしている最中だ。
__俺が、止めるしかないんだ、絶対に!
だから一刀は勝負に出た。
相手の歩幅を読みきり、相手の力の入れられない、虚をつくタイミングで一気に間合いに自ら踏み込む。
「っなぁ!? ぁぁあああ!!」
一刀の予想外の動きに明らかに相手は焦った。
そして一刀のタイミングは完璧だった。
だからこれは向こうが異常なのだ。
外されたはずの踏み込みタイミングを、強引に筋力による力技で修正してきたのだ。
__だが、完全じゃねぇ!
振り下ろされる大剣に併せて一刀は刀を滑らしていく。
__ッッッチィ!
一刀にとって腹が立つのは、上手く受け流しているのにも関わらず、馬鹿げたパワーがあまりに重過ぎて、一瞬でも気を抜くと押し戻されそうになることだ。
__やられるわけに……いくかよぉお!!
一刀は背後にいる季衣と流琉を守るため、力を願う。
__2人をやらせるものかぁ!!!
ズキ
__………………
キィィィイイ!!
鋭く高い金きり音が一刀の体の横を流れていく。
そして一刀は苛烈な上段による斬撃を流し切った。
黒髪の大剣が流され、切っ先が地面へと向かう。
これで一刀が相手の首元に切先を突きつければ、チェックメイトのはずだ。
だが、同時にそれが油断になってしまった。
「があああああぁぁぁ!!!」
一刀は相手の大剣が勢いそのままに地面へつきささり、引き上げの隙ができると考えていた、そう決め付けてしまっていた。
だが相手はその大剣が土に刺さる前に、なんと無理矢理引き上げたのだ。
無茶苦茶な筋肉運動に、相手の腕がぶわっと膨らみ、筋肉がブチブチっと切れる音が聞こえてくるようだ。
気づいた一刀が急いで相手の首に刀を押し付けるのと、相手の大剣が一刀の脇に押し付けられたのはほぼ同時であった。
「はぁ……はぁ……」
「……ぜぇ……はぁ……」
互いの息遣いが聞こえる、ほんの少し手を伸ばせば、容易に触れられる距離。
そこで一刀は、この黒髪の女と視線が交錯した。
確固たる意思を貫く力強い瞳だ。
どうやら、お互いに譲れないものがあるらしい。
こうしてしばらく、一刀達が互いにピクリとも動けず止まっていると、どこからか……泣き声が聞こえてきた。
「グス、エグ……フ……クフゥ……」
一刀の後ろからだ。
「……グゥ、官軍……なんて、グスッ……だいっ嫌い、だぁ!
みん、なで……一生懸命……収穫した作物、を、持っていくだけ……持っていって……全然、全然!! 僕たちを守ってなんかくれないじゃないか!!!」
“!!!!”
季衣の慟哭に、官軍側に動揺が走る。
一刀の前の女性も、気まずいように目線を一刀から逸らした。
「だから、ヒグ……僕の、グッ……流琉の……父さんと、母さんも……フグゥ……エエウ」
__やはり、そうか。
この数日間、季衣と流琉の2人はずっと一刀と一緒にいたのだ……つまり二人の保護者らしき人に会わなかった。
むしろ幼い2人が村人のために、率先して動いていたのだ。
その歪さに気づいていながら、一刀はそれだけを聞くことはしなかった。
言いたくないのであれば触れるべきではない、だが……それは言い訳だ。
__ただ、すごい怖かった。
人を殺すよりも、一刀にとってこの小さな2人の胸の内に隠されている想いの方が遥かに恐い。
自ら踏み込んで、受け止めきれる自信が一刀には無かった。
だから聞けなかった……情けない。
一刀は情けなさ過ぎて、涙がでそうになる。
だが、一刀が涙腺を緩める前に、至るところから泣き声や嗚咽が聞こえてきた。
村人達皆がすすり泣いている。
「季衣ぃ……泣かないでぇ、よぅ……じゃない……と、私ま、グッ……でぇ、エグッ」
そして流琉もぽろぽろと泣き出した。
いつも明るい2人の泣き声が、あまりに辛い。
一刀の涙腺は、緩むどころかむしろ引き締まった。
刀を握る手が強く、強く握られる。
一刀の予想が正しいのなら、悪いのは前にいる官軍達じゃあない。
それはわかっている、一刀は理解している。
ただ御門違いの怒りのいき場が、無いだけなのだ。
だが、一刀までがこのまま感情に流されるわけにはいかないだろう。
努めて理性に働きかける一刀は、そっと刀を静かに引くと、黒髪の女も大剣をそのまま下ろしてくれた。
「……一体、何があったのかしら?」
金髪の少女が、地を睨むように俯きながら村人に問う。
「「「「……………………」」」」
だが、村長を含めて誰も答えることができない。
だから、一刀が返してやるのだ。
「……ここ一月ほど、この村は200人規模の盗賊団に度々襲われていた。
州牧に幾度も襲撃を知らせる遣いを送ったが、返答は”現在討伐軍を編成している、耐えて待て”
の返事一辺倒。
そして、ここの村長達代表者一同が街まで直談判に行くと、そこでは昨晩に酒を飲み明かしていた州牧があらわれ、自分は頭痛がするから時期を改めよ、との命で村人達は何も得ずに帰還。
それでも官軍の到着を信じ、耐え続けていた村人達だが、先週に官軍から遣いがきた。
ようやく官軍が到着したのかと思った村人達に、その遣いはこう言った。
”ここの村や周辺一体の町を放棄する、今後一切の要請を棄却する”との有難いご通達だった……ってわけさ」
一刀の言葉を聞くと、金髪の少女が硬く目を瞑り、綺麗な唇を噛み締めている。
それを目の当たりにした一刀は、あの確信を得ていた。
「……とまぁ、貴方達にこんなことを言っても仕方が無いのはわかっている。
貴方達のせいじゃないこともな」
その言葉に、金髪の少女が神妙な顔を上げた。
「貴方達はここの州牧の関係じゃない……そうなんだろ?
恐らく、陳留辺りの官軍じゃないのか?」
一刀の言葉に驚く村民達、季衣と流琉も息を飲んでいるのがわかる。
「……そうよ、よくわかったわね」
「どうも」
「……そう……でも言い訳になどならないわ……」
金色の少女は言葉を区切ると、村人に向き直って丁寧に頭を下げた。
「華琳様!」
後ろの猫耳フードが声を上げるが、金色の少女は深く頭を下げたままだ。
「ごめんなさい」
この光景に、官軍も、村民も、この場にいる全員が衝撃で言葉を、泣き声を失った。
一刀以外は。
なんとなくなのだが、もし将来覇王と呼ばれるものならば、こうなるような気がしていた。
この時代、役人……それも遥かに上の身分の者が、農民に対して頭を下げることなど在りえない。
民は常に下であり、役人は絶対的に上なのだ、それが常識。
それにも関わらず、頭を下げれるその器量。
覇王の器の一片を、垣間見た気がした。
静まり返る場は、もう変えてもいいだろう。
一刀はこの空気を変えようと、地に倒れる季衣に近づいて抱き起こす。
小さな体を抱いた一刀は、泣いた跡の涙を拭いて立たせる。
「さて、季衣。
勘違いしちゃったんだから、ちゃんと言う言葉はわかってるな?」
一刀は目を赤く腫らしている季衣の手を繋ぐと、金髪の少女の前まで連れて行く。
「ごめんなさい! ボク……勘違いしちゃって!! 向こうの刺史様の噂はきいています! 領民に優しくしてくれる立派な人だって!」
必死に頭を下げる季衣に、金色の少女は優しく笑ってくれる。
「いいのよ。
今の役人が腐っているのなんて、私もよくわかっているわ。
貴方が怒るのは当然よ」
「よかったなぁ、季衣」
一刀はちゃんと謝れた季衣の頭を、ゆっくり撫でてあげた。
えへへーっと目が腫れながらも、満面の眩しい笑みを浮かべる季衣に、一刀は心が救われる思いがする。
「私は、性は曹、名は操、字は孟徳、貴方達の名前を是非教えて貰えないかしら?」
「僕は許緒!」
「私は典韋と申します」
「俺は……北郷、一刀といいます」
「北郷、一刀?
失礼だけれどずいぶん変わった名前ね」
__まぁ日本でさえ”北郷”も”一刀”も珍しいけどね?
「まぁいいわ、それであなた達が襲われたという盗賊団は、どの辺にいるのかわかるかしら?」
曹操は恐らく、直ぐにでも賊の討伐に赴くつもりなのだろう。
「いや、賊はもういないよ」
「……え?」
一刀の言葉に、曹操がポカンとする。
「4日前に“北郷殿!”……いいんですよ、村長。
どうせいずれはバレるでしょうし」
「「「「?」」」」
村長とのやり取りに、官軍の代表者達が皆一様に訳がわからないという顔になる。
「わけがわからないって顔をしてるね。
……まず俺はこの村の人間じゃないんだ。
4日前の明朝に、俺は森を抜けた街道で気を失っていた」
「な!? ではあなたが……」
「天の……」
「? とにかく、森で気がついた俺は、自分がどこにいるかもわからなかったので、辺りを散策しようとしたのだが……」
一刀は村人の叫び声を聞いて駆けつけ、襲われた村を助け、季衣や流琉、村人達と協力して盗賊団を倒したことをそのまま曹操達に伝えた。
「素晴……これが天……遣いの……」
何か曹操が俯きながら呟いている。
「……是非、いえ絶対に欲しいわ」
何か意を決したように、曹操が美しい顔を上げる。
「3人とも、私の元へ来て頂けないかしら?」
「「「!!!」」」
驚き言葉を失う一刀達3人の元へ、曹操はそっと頭を近づけると小さな声で3人にだけ伝える。
「……私は、今はまだ刺史だけれども必ず、天下を取って王となる」
「「「!?」」」
信じられない言葉を伝えた曹操は、一歩下がり真っ向から視線を合わせる。
「貴方達ほどの才格、もっと広く世に役立てるべきよ。
許緒、典韋、あなた達2人の武は先ほど見せてもらった、素晴らしい力だわ。
そして……北郷一刀殿。
先ほどから、貴方の判断力、洞察力、それに春蘭と渡り合う武。
貴方を初めに見つけたのが、大陸でこの曹孟徳であったということは、正に天佑といえるでしょう」
貫くように一刀達の目を射抜く曹操。
かつて、あらゆる有意な人材を愛し、登用することで大成した覇王。
乱世の奸雄とも言われたが、正にその才は覇王にふさわしきものであった。
だが、なまじ三国志を知っているとなると、ある種の戸惑いが生まれるのも事実だ。
三国志に勝者はいない。
少なくとも一刀はそう考えている。
もっとも統一の可能性があった魏も、結局はあの戦いの敗退からは立ち直れず、曹操は老齢(?)で死んでしまった。
歴史での曹操は好きだが……自らが仕える、か……
少なくとも北郷一刀はこの歴史において、自身の危険性を理解している。
未来を知るということは、完全なジョーカーだ。
どのような危険をも呼び寄せると同時に、全てをひっくり返せる可能性を孕んでいる存在。
ここで一刀が曹操につくのが、果てして正しいのかどうかの答えが定まらない。
一個人の予想の範囲をはるかに超えている。
一刀がどうするか迷っていると、流琉と手を繋いだ季衣が、モジモジと不安そうに曹操へと近寄っていった。
「あの……曹操様が、もっと……もっと偉くなったら……僕達の村を、守ってくれますか?」
不安一杯な表情で尋ねる季衣に、曹操は優しく微笑む。
「ええ、我が名曹操にかけて誓わせてもらうわ」
自信に満ちた言葉を聞いた季衣と流琉が、ぱぁっと花開いた笑顔になる。
__どうやら2人の心は決まった……かな。
そして手を繋いだ2人が、一刀の方へ振り返った。
「兄ちゃん……?」
「……兄様……」
2人は一刀の様子が変なことに気づいたのだろう。
もう片方の手できゅっと一刀の手を、2人の手が掴む。
潤んで見上げてくる2人に、一刀は1つ嘆息をつくと手を離して、思いっきり2人の頭をワシワシ撫でた。
「にゃ!」
「あう、兄様」
__今は、この2人を笑顔にできれば、それでいいだろう。
「俺達3人とも、曹孟徳のもとに行きましょう。」
こうして、一刀達は曹操の夢を叶える”力”になった。
こうして曹操に勧誘された一刀達は、村の外にいた官軍が張った天幕に案内された。
今、この場所には曹操とその御付が3人、それに一刀と季衣と流琉での7人である。
「客将ですって?」
一刀は曹操の元に行くために、一つの条件を出していた。
「兄ちゃんどうして? 曹操様はいい人だよ?」
一刀の言葉に納得がいかなかったのか、季衣が不思議そうな顔で見上げている。
「そうだな、たしかに曹操さんはいい人だ。
昨日流琉と行った町でも陳留の評判は高かったし、治安も良いと聞いた。
さっきのやりとりでも、その人柄やカリスマ性は素晴らしいと思う」
「か、り……すま?」
可愛らしく頭を傾けて聞き返す季衣。
「あー、神格……いや、人を引き付ける魅力というか、人を纏め上げる力というか、そんな感じの意味かな?」
「ふ~ん」
季衣が、わかったようなわからなかったような感じで、まだ頭を傾げているので撫でてあげる。
「ま、まぁそれは気にするな?
要するに、曹操さんはとても立派で、もっともっと偉くなる人なんだってことをいったんだよ。」
ここまで説明して季衣はようやく合点がいったようだ。
「じゃあ兄ちゃんも一緒に……」
「だがな季衣。
曹操さんは恐らく俺達に忠誠を求めている」
その言葉に曹操の眉がピクリと動いたのを一刀は見逃さない。
「だが、俺は今の自分の状況がよくわからないんだ。
それはわかってくれるだろ? 季衣。
そんな状態の俺が忠誠を誓いますって言っても、白々しくて失礼だろ?」
そう言った一刀は苦笑を浮かべる。
「それに曹操さんの方でも、俺に何かあるみたいだしね」
「1つ、確認してもよろしいだろうか?」
青髪の弓使いが横から口を開く。
「あなたは?」
「ああ、すまない。
我が名は夏候淵、華淋様の家臣をしている者だ。
……聞きたいことは、貴方が流星とともに現れる天の御遣いということで、よろしいのだろうか?」
__やはり夏候か、じゃあやはりさっきの黒髪は”魏武の大剣”……よく生きてたな~俺。
一刀は若干冷や汗を感じながら、尋ね返した。
「天の御遣いとは?」
「管路という占い師が方々で話しているのだ。
”光る流星とともに現れる天の御遣い、光る衣纏いて地に降り、全てを切り裂く刃をもって数多の暗き道々を開く、その輝ける道を示して人々に平穏をもたらすであろう”と、私も人からだが伝え聞いている。
……4日前に、光る流星がこちらへ落ちてきたのを陳留から確認した我々は、偵察隊を編成したのだが、こちらの州牧が中々許可を出さなくてな。
最近現れているという盗賊の討伐に理由を付け、華琳様直々に裁可を求めたために、なんとか許可が下りたのだ」
それは州牧も許可を出しにくいだろう、自分はその辺の領地はほっといていますって、ばらすようなものだからだ。
「そうか……でも俺がその天の御使いかどうかはわからないよ。
俺はフランチェスカの近くで、鏡から発せられた光に包まれた。
そして気づいたらここの空にいて、落ちていたんだ。
……この時、俺自身は気づかなかったが、自分自身が光っていたのなら流星のように見えたのかもしれないな」
「なるほど……その、フランチェスカというのは?」
「学校だよ、俺の通っていた」
「学校?」
夏侯淵が片眉を上げている。
__あ、学校って呼び名もこの時代にはないのか。
一刀は頭の中で整理すると、気をつけて話し始めた。
「皆で一緒に勉学を励むところ? っていえばいいのかな」
「私塾のようなものか?」
「そうだね、ただ俺のいた場所では、国がそれを運営しているんだ。
子供は皆通えることになっていてね」
「な! 皆なのか?」
「あぁ、一定年齢まではお金もほとんどかからないしな」
「……なんと」
夏候淵は信じられないといった顔で驚いている。
「素晴らしいわね天の国というのも……ただ疑問があるわ。
あなたはどうしてそんなにも落ち着いていられるのかしら?」
曹操の疑問は当然といえば当然か
「……祖父が剣術道場の師範代でね、小さいころから鍛えられてきたから、かな。
それに慌てても、どうにもならないのは明白だしね」
一刀の言葉を聞いても、まだ曹操は納得がいっていないようだった。
__訝しげだな、優秀な奴はこれだからやりにくい。
一刀は無理に会話を止めさせて、続きを繋げる。
「とにかくそういうわけだ。
こんな俺でもよければ、力を貸したいと思っているのだけど、どうかな?」
まだ思案をしている曹操なのだが、その横にいる猫耳フードの娘が強烈な視線で一刀を睨んでいた。
「あ……あの、そちらの猫耳の娘は、なんで俺を睨んでいるのでしょうか?」
一刀の言葉に全員の視線がそのフードの娘に集まると、曹操や夏候淵達が、あ~っという顔になった。
「気分を悪くしたならごめんなさい、この子は荀彧と言って、ちょっと男性が苦手なのよ」
__へぇ~荀彧かぁ……って荀彧?! この子があの王佐の才だというのか?!
一刀は頭痛がしてきた額に手をあてる。
実は一刀は荀彧 文若が三国志の世界でも、トップスリーに入るくらい好きなのだ。
一刀を凄い形相で睨んでくる荀彧に、ちょっとなのか?と問いたい気持ちに駆られる。
敬愛する人物にこうまで睨まれるなんて正直ショックというものだ。
__いや! めげるな俺!
「……北郷一刀です、どうかよろしく」
__限りなく自然な笑顔で挨拶したはずだ、俺に落ち度はないはず……
「ちょっと! 話しかけないでよ! 妊娠したらどうしてくれるの! この獣!」
__え
…………………………………………
……………………
…………
「……悪い子ではないわ」
曹操は一刀から目を背けている。
一刀は仕方なく気を取り直して、黒髪の美人の方へ向き直る。
「私は夏侯元譲だ」
「北郷一刀だ、よろしく夏侯惇」
「……うむ」
夏候惇の瞳は意思が強くまっすぐだ。
「……わかったわ。
北郷一刀、貴方を客将として迎えさせていただく。
貴方のその目で、大陸を、時代を、そして私を、よく見ていなさい。
その代わり……」
「ああ、わかってる。
だが、俺自身としては天の御遣いなんて自覚はないんだ、そこのところさえ覚えていてくれるなら、好きにしてもらってかまわないよ」
「! ……ええ、これから期待させてもらうわ」
曹操は一刀達の処遇を決めると、直ぐに管轄の州牧のいる街へ向かって季衣達の村の管理を奪い取ってきた。
本来そういうのは朝廷あたりに許可を得なければならないのかと思うのだが、夏侯淵曰く”最近の朝廷になら後で報告しても問題ない”のだそうだ。
流石は末期、乱世の始まりか。
一刀は、曹操は華琳、夏候姉妹から春蘭と秋蘭と真名を呼ぶことを許され、荀彧に関しては華琳の頼みというよりも、命令によってイヤイヤだが真名を呼んでもいいとされた。
桂花というらしい。
「さて、これで私達の2つの目的は達成されたわけだけれど、最後の一つはどうなのかしらね」
「そうですね、先ほど村の人間に聞いたところ、それらしいものも知らないようですし……」
華琳と秋蘭が何やら話し合っているのを、一刀は聞きつける。
「そういえば、初めここに来た時にいくつか聞きたいことがあるって言ってたね。
1つは俺でもう1つは賊なら、後は?」
「ん? 北郷か……恥ずかしい話なのだが、陳留の隣町が盗賊の被害に遭ってな。
そこに厳重に保管してあった貴重品が、いくつか盗まれてしまったのだ」
「へぇ、随分な値打ちものなんだろうね」
一刀の呟きに秋蘭がちょっと渋い表情になる。
「……いや、どちらかというと資料とか文化財が主だったのでな、価値はあるのだが実際に値打ちになる物というとほとんどない。
ただ、そのうちの1つに華琳様が非常にお気になさるものがあることがわかったのだ」
__あの華琳が?
「一体なんだったんだ?」
「かなり貴重な古書でな、”太平要術”と呼ばれる本だ」
「「!!」」
一刀と流琉が意外な名を聞いて驚く。
__やばいかな、あの本がそんなに貴重品だったとは……
気まずく顔を見合わせる一刀と流琉に、季衣が不思議そうな顔をしている。
「どうしたの流琉? なんか顔色が悪いよ?」
「……ううん、大丈夫だよ?」
__ちょっと季衣! こんなときに限って! 黙っててよ!?
「にゃ?」
季衣がよくわからんといわんばかりの表情だ。
だがこのまま隠しておくのも華琳達に悪いかと判断した一刀は華琳へ近寄ると謝った。
「すまん、華琳」
「? ……どうして貴方が謝るのかしら?」
「実はだな……」
一刀は昨日起きたことをかいつまんで説明し、太平要術を旅人に預けたということを伝える。
「そうなの……ならば仕方がないわ。
そのうちどこかの街に保管されるのでしょうから、捜索願いだけはこのあたりの街に出しておきましょう」
「そうか、すまなかったなぁ、本の値打ちなんか全然知らなくてさ」
「いいわよ、貴方がそこで拾わなければ、最悪賊に燃やされていたかも知れないのだしね。
聞いた限りでは良識ある人物の手にあるようだから、縁があれば出会えるでしょう」
そうして一刀達はひとまず村に戻り、荷物をまとめはじめる。
季衣と流琉は色々持っていく物があるのだろうが、先日来た一刀の荷物など限られている。
「荷物なんて刀と、この……」
スラ
一刀は初めに村に来たとき以来、袖を通していないフランチェスカの制服を手にする。
つい、この間まで平凡……といえるかわからないが、間違いなく平和な日々を過ごしていた服。
それが今では天の御遣いの光る衣という御大層なものに変わったものだ。
不思議なことに、初日この制服で賊を殺したはずなのに、血の跡が微塵もない。
不可解なことはそれだけじゃない。
本来刀というのは、名刀といえど何十人も切ることは出来ない。
人の血に油、どれほどの達人が扱おうとも手入れをしなければ切れ味が悪くなるはずなのに、一刀の持つ日本刀はその切れ味を落とさなかった。
__これは一体どういうことなのか、わからない。
「……ふぅ、はは、また……人を殺したんだよな俺……」
下手に独りになるべきではない。
一刀の網膜は、初めの日のことは何も映さない。
でも、盗賊を皆で退治しに行った時には間違いなく殺した、その光景は明確に蘇り肉を切り裂いた感触が掌に重く残っている。
それを思い出すと気持ちが悪くなり、また強烈な吐き気が一刀を襲った。
「……ううぐ……」
急に恐くなってしまった一刀は制服を抱きしめるが、血生臭い匂いなどはしなかった。
むしろ微かに日向の匂いが残っているのは、季衣と流琉のものだろうか。
本当は精一杯だった。
自分のやれる役割が、ただ人よりも大きかっただけで、それを冷静に受け入れて演じていただけだったのだ。
涙ぐむ一刀は日向の香りに少しだけ心を安らげると、頭を振って気持ちを落ち着けながら立ち上がった。
罪悪感はある、だがそれは、強烈なものではなくて鈍い痛み。
布に染み込んでいく墨汁のような広がり方。
消えない。
きっと消えない。
ずっと消えなくて、それを幾重にも重ねていくのだろう。
黒く……真黒に……
__ハァ、じいちゃん……ありがとう。
辛くて死にそうな稽古ばっかりだったが、それに今は素直に感謝したい気持ちだ。
少なくとも、俺は今潰れることはなかったのだから。
一刀は借りていた農民の服を脱いで丁寧に畳み、体に馴染んだ白い制服を着込んでいく。
「……さて、いこうか」
気合を入れなおして外に出ると、村中の人達が見送りにきてくれていた。
季衣と流琉は先に行ったのか、ここにはいない。
「北郷殿……」
「村長、皆さん。
お世話になりました」
一刀は深く頭を下げる
「頭をお上げください! 我々の方こそ北郷殿……いえ! 北郷様にお救い頂いたのです!
……ですが……ですが北郷様! 我々の願いを聞いては下さらぬだろうか?」
「俺に、できることでしたら……」
村人の皆が総じて頭を垂れる。
「あの二人を……どうかよろしくお願いいたします。
我々が不甲斐無いばかりに、今まで多くの苦労をかけさせてしまいました。
実に……情けないことですじゃ。
北郷様が来ていただいてから、2人とも本当に楽しそうで、楽しそうで……」
「……わかりました。
俺自身、どこまでできるかはわかりませんが、2人を守ることを約束しましょう」
「そのお言葉だけでも、有難いですじゃ……北郷様、これを……」
「これは?」
村長に促されて小さな女の子が一枚の布を差し出してくる。
「以前村に駐留していた仙人様に教えて頂いた、魔除けの文様をあしらった布ですじゃ、せめてものお守りにお持ちくだされ」
渡された布はハンカチよりもちょっと大きめな布だったが、引っ張ってみるともの凄い伸縮性を示した。
__何の材質で出来てるんだ?
とにかく、一刀はそれを有難く受け取ると、盛大な見送りの声援を背中に受けながら村を後にするのだった。
おまけ
「馬に乗れない?」
華琳は意外そうな声をあげる。
「仕方ないだろう?
実際に馬に触るのさえ、生まれて初めてなんだぞ?」
「じゃあ天ではどうやって移動をしていたのだ?」
もっともな疑問を、堂々と馬に跨る春蘭が問う。
「馬より速くて効率的な乗り物はたくさんあったしね。
乗馬なんて、どこかのセレブ人がやるくらいしか知らないや」
「せれぶ?」
「お金持ちの人ってことさ、馬は生きてるからね、餌代とか世話が大変だろ?
天だとそういうセレブってお金持ち達くらいでないと、中々乗馬なんてやっている人はいないんだよ。
安く乗馬だけさせくれるところもあるらしいけどな」
「……ほぉ……?」
今のはよくわかっていないな、春蘭。
「全く! 馬にも乗れないなんて、早く死んだらどうなのよ?」
桂花の放つ言葉は、あまりに容赦がく一刀は凹んでしまいそうだった。
「へぇ~兄ちゃんって馬に乗れなかったんだ?
ボク知らなかったよ、じゃあ後ろに乗る?」
早速宛がわれた馬を引いている季衣が、自分の後ろを空けて鞍を叩く。
「すまん、季衣」
ここで季衣の馬に跨ったのを後に、一刀は後悔する。
「あ! 季衣……兄様!
あのぅ、私の方にしたほうが……」
なんだか流琉が言いにくそうにしているが、一体どうしたのだろうか?
「ん? まぁもう乗っちゃったし、今回は季衣にお願いするよ」
一刀はこのとき判断を誤った。
「季衣! ずるいよ~!」
流琉がちょっと涙目で怒りながら季衣に抗議をするが、季衣は鼻歌を歌っており聞いていない。
一刀は季衣を抱き上げるように腕を回して、しっかりと掴まった。
温かい体温に包まれる季衣は、わけがわからないが顔を熱くする。
「///えへへ~~。 じゃあ飛ばしていくよ!」
「へ? いや、普通に走ってくれればいいんだけ……えええええええぇぇぇぇああぁあぁ!!!」
力強く馬を蹴り上げ、どんどんと加速させていく季衣。
一刀は季衣にしがみつくのが精一杯で、わずかも緩めることができない。
「ちょ、ちょちょおおおお! 待って! 季衣! しりが痛い! 痛いんだってええぇぇぇ!」
強く抱かれて調子に乗った季衣がもはや止まるわけはなく、陳留に華琳達が付く頃に北郷一刀は……
季衣に抱きついたまま真白になっていた。
どうも、amagasaです。
明日で休日が終わるな……少しでも書き溜めておきたい。
支援・コメント・応援メール・ショトメを送って下さった方々ありがとうございます!!
ホント嬉しいです、この一言に尽きますね。
今回、覇王の前にあたる役人時代の華琳様です。 お楽しみいただけたでしょうか?
村民達の前では頭さげないんじゃね?との意見もあるかと思いますが、まだ王ではありませんし、役人に徹して華琳様が従事していたら、頭を下げる気がしたんです。(このあたりから原作とキャラが違うかも?)
一刀君は出会いがこれですので、初めから魏メンバーからの態度は対等な感じになっています、(桂花は無理だった。)
後は……戦闘パートについてですが、達人の領域になると、初めの一撃で勝負にいくみたいなイメージがあるんです。
一撃でつかなければ、その後はかなり長い間拮抗する……まったくもって素人イメージです。
自分、拠点と本編を分けて書いていません。
オマケ位なら思いつきで書くかもしれないですが……
拠点パートのように見えて本編に関わることとか平気でしてしまいます、御了承下さい。
たくさんの方からのリアクション、大変有難いです。
これからも作品に対して何か御意見、ご感想がありましたらどのような方法でも構いませんので、送っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
一言
マイコーりょうと、芋洗坂係長で何か本格ダンスでデュエットして欲しいです。
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皆さん、応援ありがとうございます。
今回は覇王華琳様と魏メンバーとの出会いになっております。書いておいてなんですが……一刀君、あまり原作から離れないで欲しいな