携帯端末から飛び出した半透明の画面に、ノイズだらけの映像が浮かび上がる。
大きな大きなステージに、沢山の人々に囲まれて佇んでいる一人の女性。
沢山の羽根飾りを付けた青いドレスは、澄み切った雲のない空のよう。
瞳には涙が溢れている。悲しみの涙ではない。大きな感謝と、少しだけの寂しさと、そして未来への期待と不安。そんな涙だ。
(よくわからないけど、そんな気がしますわ…)
美森、いや、8代目篠田麻里子は、自分に寄り添う魂が熱く震えているのを感じていた。
画面の中の女性は、とても強い眼差しで此方を見つめている。
そして途切れ途切れの音声の中でも、一際はっきりとした声で、それは聴こえた。
『私は、生まれ変わっても、AKB48を選びます――…』
「…っ!」
麻里子の瞳から涙がとめどなく溢れだす。胸が締め付けられる。まるで初めて、そう初めてゼロゼロのステージを観たときのような…
桃色のキララが、ぱあ、と明るく光り出す。
これは麻里子の、岸田美森の輝きでは、きっと無い。
これは…“魂”の輝きだ。
AKB48・篠田麻里子、そのオリジナルの輝きだ。
***
麻里子と同じ映像を観ている者たちが、ここにも居た。
支配人室の端末に映る涙に揺れる青いドレスの光で、眼鏡がキラリと光っている。
『オリジナル篠田麻里子の卒業コンサートの映像が見つかった。』
そんな連絡がWOTAから入ったのは、一昨日のことだった。
戦災による文化破壊やその後の芸能禁止政策を潜り抜けたオリジナルAKB48の映像や音源が見つかることはままあり、その度にWOTAはツクバ財団での電脳アーカイブ化と共にゼロゼロの支配人へそれを渡してきた。
この映像も、そうして支配人、片桐ツバサの元へとやってきたものだった。
遥か昔に存在した地球という惑星、その中の小さな国の都市、福岡という篠田麻里子の故郷で行われた卒業コンサート。
舞台上での挨拶で彼女が発したという言葉。それはとても大切な、宝物のような言葉だ。
それは映像が失われた中でもまるで呪文のように伝わり、今なお、ゼロゼロやWOTAの支えになっている。
「まさか、映像が出てくるなんて…8代目の襲名が引き寄せてくれたのかしら」
「…そうね、そうかもしれないわね」
ツバサは一緒に映像を観ていた牛山に気取られないように、眼鏡の下に滲んだ涙を拭う。
だがそれは、牛山も一緒だった。
深呼吸の後、少し赤く見える瞳をしぱたたかせ、牛山は呟く。
「生まれ変わってもAKB…。リインカーネーション、魂の転生。このオリジナル麻里子様の言葉から、ゼロゼロは始まったのよね」
―…先代麻里子様としては、色々思うところあるんじゃないの。
牛山は、その言葉を言うだけ野暮だと首を振った。
ツバサは、そっと首元のスカーフに触れる。
これは、彼女がかつて“7代目篠田麻里子”であったという証だ。
13代目前田敦子が目映い光の中に姿を消したあの日から直ぐ。
何の前触れも断りもなく、卒業と運営入りを決めた自分に、WOTAの皆が用意してくれたのはあの“青いドレス”のレプリカだった。
『卒業公演、何も準備出来なかったから…僕らのせめてもの気持ちです。』
添えられていた手紙を、何度も何度も読み返した。
自分勝手にステージを去る“麻里子”に、WOTAの、ファンの皆は、優しくあたたかだった。
「幸せの青い鳥。オリジナル麻里子様は、そんなイメージでこのドレスを作ったそうよ」
牛山が、支配人室から見える夕暮れに切り替わったスクリーンを見つめて目を細める。
きっと彼女は、ステージの光のその先にある何かを見つけに羽ばたいたのだろう。
幸せの青い鳥、それはきっと、オリジナル篠田麻里子自身。
そしてその魂は、彼女が宣言した通り、今こうしてここで生まれ変わり、脈々と受け継がれている。
皆がプレゼントしてくれた青いドレスのレプリカは今、常に寄り添う一枚のスカーフになってツバサの傍らにある。
あの頃7代目篠田麻里子だった私を、13代目前田敦子が見失ってしまわないように。
お守りであり、目印のつもりだった。
牛山が、そっとツバサの肩をたたく。
「貴女にとっての青い鳥は、あっちゃん?」
「…そうね、でも、もうあっちゃんだけじゃないわ」
でも、今は少し、意味合いを変えていた。
「ゼロゼロの全てが、私の青い鳥よ」
いつか、あっちゃんの居る所まで羽ばたいて、笑顔を届ける青い鳥に。
***
支配人室を出ると、急に声を掛けられた。
「あ、あの、ツバサさん」
「どうしたの、麻里子」
ドアのすぐ傍に、背中を丸めた8代目篠田麻里子が立っていた。
彼女と彼女の背後のキララの様子から、直ぐに判った。
「そう、貴女も観たのね、オリジナル篠田麻里子の卒業コンサート」
麻里子は小さく、はい、と頷いた。
そして、いつもの自信はどこへやら、俯いたままでおずおずとその気持ちを語り出す。
「私、急に不安になってしまって…その、私は、本当にあんなに素敵で、AKBへの愛に溢れた“篠田麻里子”で居られるのかって…」
両の掌が、ぎゅっと握られる。
華奢な肩が震えていた。自分を選んだ“魂”の輝きの大きさに、きっとこの娘は戸惑っている。
ツバサは、自分が襲名した時の事を思い出していた。
そして、その時あっちゃんが傍にいてくれたこと。
『麻里子は、麻里子なんだから、それでいいんだよ。7代目麻里子様、私、好きだよ。』
ツバサはふん、と鼻を鳴らし、口角を上げて見せた。
「あら?貴女はゼロゼロや、オリジナルAKBへの愛に自信がないの?」
「えっ、あっ、そんな…そんなことありませんわ!」
優しい慰めでも的確なアドバイスでもない、挑発的な言葉に、麻里子は思わず言葉を返す。
その様子に腕組みをして不敵に笑うツバサ。
「じゃあ、いいじゃない。貴女は十分、素敵な“麻里子様”よ」
あの時知った、魂の資質や襲名の意味。それをそのまま、ツバサは麻里子に伝える。
「魂は受け継がれ、夢は生まれ変わる。だけどその形に一定のものなんてないの。…探していた幸せの青い鳥も、時と共に姿を変えるわ」
「青い、鳥?」
「貴女は貴女らしく、貴女だけの“麻里子様”でいなさい。いつでも強気、上からマリコ、よ」
強く肩を叩かれた麻里子は、驚きながらも、何かをふっ切った表情でツバサを見つめた。
「そう、ですわね。私、ちょっと弱気になってました!私だけの“麻里子様”になってみせますわ!」
麻里子には、一瞬だけ目の前のツバサが、“7代目篠田麻里子”に戻っていた、そんな気がしていた。
レッスン室へと戻る麻里子の背中を見つめて、ツバサは微笑みながら首のスカーフをきゅっと握った。
待ってて、あっちゃん。
私と、“麻里子”の魂が、必ず貴女を迎えに行くから――…
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以前発行したAKB0048本の再録です。
ツバサさんと美森、そしてオリジナルの三人の『篠田麻里子』のお話。
丁度麻里子様の卒業の時期に書いたものです。